第四楽章 旅立ち
ピザ屋『アルレッキーノ』
正都ペダンマデラの市街地の一角に立つ、開店一年目のピザ屋。新しさを感じさせないシックな内装が施された店内は、今日も大勢の客で埋め尽くされている。
そんな店内のテーブル席で、三人は昼食を取っていた。
「そういえばカイヤさ——」
「呼び捨てでいいよ。敬語も禁止。私たち同世代みたいだし、そういうのは教皇様たちの前だけにしましょう?」
テーブルにはブルスケッタが6切れと、生ハムとサラミの盛り合わせが置かれている。
「わかった。じゃ話を戻すけど、お前旅の同行を持ちかけた時、テミスに対してわざと良い子の振りしてただろ?」
「げ、バレてた?」
「え、そうなの?」
「だよな。多分出会った時に『あ、このくせ毛のやつ私に惚れたな?』とか考えたんだろ。途中でテミスに上目遣いした時に、『あっ、こいつ』って思ったわ」
「……じゃあ僕の目の前にいた可憐で清楚な人は、最初からいなかったってこと?」
彼らの話に水を差すように、テーブルにピザが届く。アルバは店員にお辞儀をして、話の輪に戻る。
「そういうこと。カイヤも、仲良くしてくれるのは嬉しいけど、あんまこいつをからかうなよな。昔っから初心な奴だし」
「いや、僕もうこいつと仲良くなれる気がしないんだけど……」
「はいはい。あ、このピザめっちゃ美味しい!」
カイヤの唐突な言葉によって、会話の的はテミスからテーブルのピザに向いた。
「っ! 確かにこのロマーナピザ美味しいな。トマトソースと塩味の強いアンチョビがよく合ってる。ピザ生地は味付けされてるし、こりゃ他のピザも美味しいぞ」
今後を心配するテミスには目もくれず、二人はロマーナピザとブルスケッタをテミスの分まで平らげた。
食べ終えたアルバとカイヤは目配せをして、互いに料理のメニューに標準を合わせた。
テミスを除け者にしたまま、二人は食を通じて分かり合うことが出来たようだ。
「あの……僕の分——」
「「すいませ~ん! マルゲリータ追加で!」」
昼食を終え大聖堂に戻るついでに、三人は各々に必要なものを買いに行った。
アルバは模様が入った黒色のインナーと、それに重ねる白色の羽織を購入し、その場で着替えを終えた。
テミスは家から魔法を使うための杖を持ってきて、杖に着ける装飾品と、小さいナイフを一つ購入した。
「やっぱ杖くらいは派手にしないとね。ナイフはほら、なんかおしゃれじゃん」
カイヤは行きつけの店で、分厚い靴を購入した。靴の詳細は二人に教えなかった。
「何に使うかはお楽しみに」
そんな買い物を済ませ、三人は軽快な足取りで大聖堂に戻った。
大聖堂に着いたところ、騎士姿の背の高い男が彼らを待ち構えていた。
「アルバ・カーネイズ殿、少しよろしいでしょうか」
どうやらアルバに大事な話があるようで、アルバは騎士と共に大聖堂の中へ歩いて行った。
「……ねぇカイヤ。なんで僕とお前だけ、外で待たされてるの?」
カイヤとテミスの二人は、大聖堂前の広場前で待機を命じられていた。
「仕方ありません。アルバ様は勇者なので、大事な話があるのでしょう」
カイヤは既にベールを被っており、先ほどの姿勢と言葉遣いに正している。
「……ずっとこの状態ならいいのにな……ってグホァ⁉」
「テミス様、何か言いましたか?」
脇腹に肘打ちを喰らったテミスは、脇腹を押さえながら悶えている。
「……あの~カイヤさん、貴女ってもしや、力強かったりします?」
「いいえテミス様、私はか弱いシスターですことよオホホホ」
わざとらしい言葉遣いのカイヤと、横で悶えているテミス。
そんなやりとりを繰り返すこと数十分後、二人は大聖堂内へ呼び出されたのだった。
「こちらは旅の準備を終わらせました。金銭や生活の必需品などの荷物を乗せた馬車は、すでに正門前に待機中です。また、訓練させた『伝書鳩』も馬車に乗せています。こちらとの連絡は『伝書鳩』か各地の信徒の者たちを通して行いますので、何かあった場合はすぐに連絡してください」
「了解しました。何から何までありがとうございます」
テミスのその言葉に続いて、三人はエルルーン教皇に深々と頭を下げた。
「……では、最後に忠告を」
「忠告?」
テミスが首を傾げる。
「昼食前に『大蜘蛛』の話をしましたが、貴方たちはそれ以外の脅威と相対するでしょう。勇者セイバ率いる勇者軍が地獄の門を通った後、この世界に突如現れた、強力な魔人族たちを」
真剣な面持ちで、彼女はその魔人族たちを口にする。
「水上王国メストリアを一日で降伏させた『嵐』、我々正教と『砂漠王国アマルナ』の連合軍と交戦した、魔人族軍の司令官『伯爵』、樹海地帯全域に現れた『夜』、山脈地帯に現れた『八人の騎士』、そして『大蜘蛛』……。勇者セイバが『地獄の門』を開けるのを待っていたかのように突然現れた、強力な魔人族たち……」
「「「……。」」」
「貴方たちは、彼らと相対しなければいけません。……世界を救うために、その若い命を使わなければいけません。だから、どうかご無事で。……いってらっしゃいませ」
三人はもう一度深々と頭を下げ、大聖堂を後にしていく。
初めての旅立ちに、テミスは少し浮足立ち、カイヤは神妙な面持ちで歩いている。
だが、アルバは二人が合流してから大聖堂の広場を抜けるまで、一言も声を発することがなかった。
そして、彼の幼馴染であるテミスは、その些細な異変に気付けるほど、賢くはなかった。
正都ペダンマデラ 正門前
昼にアルバとテミスが再会を果たした正門前には、一台の馬車が止められている。
アルバが騎乗していたバルキリーという名の馬は、すでにエトルブール村に返されていたようだった。
三人は馬車に乗り込み、正教信徒の御者が馬車を走らせた。
目的地は、プルガトルム東部に位置する『ガルーダ海』その港。
「初めて馬車に乗ったけど、意外と風を浴びるんだね~」
「え? あんた乗ったことないんだ。もっとバンバン乗って色々観光しまくってんのかと思ってた」
「……一体テミスは僕にどんなイメージを持ってるの? うちの両親は正教の騎士団に所属してたから、そんな時間なかったよ」
アルバとテミスは横に並んで座り、反対側にはカイヤが肘をかけて座っている。
「そうなんだ~。アルバはどうなの?」
「俺は一人で馬に乗ってたぞ。よく兄と『セプテム』まで馬を駆けて遊んでた。ほら、あそこに見える大樹のとこまで『競争だ!』って言って」
アルバが指さした先にあるのは、『セプテム』という名の大きな丘だ。かなり傾斜のある丘の頂上には、一本の大樹が添えられている。大樹の横には古びた椅子が立てられ、椅子に座れば壮大な丘陵の景色をゆっくり一望できる。
「……懐かしいな」
セプテムを眺めながら、アルバは昔を懐かしむ。その刹那。
「……ッ! あっつッ!」
急に声を荒げたアルバは、炎を振り払うように左腕を動かした。
「うわ! どうしたのアルバ?」
驚きながらも心配するテミスだったが、アルバは左腕を押さえながら、冷や汗をかいていた。
「……ちょっと、幻覚?を見た……」
「……大丈夫? 馬車止めてもらう?」
修道服の彼女は、普段とは違う優しい声をアルバにかけた。
「大丈夫だ。心配かけてすまん……」
そう二人を安心させるアルバだったが、彼の瞳は左腕の包帯に向いていた。
包帯の下には、炎のような形の刻印が一つ。
「……何だったんだ? 今の……」
二人には聞こえないほどの小さな声で、アルバはそう呟いた。
馬車は風に揺られ、馬たちは不調なく歩を進めている。
旅の始まりには似合わない、邪悪な影を映して———。
これにて、第一歌終了です。
第二歌に入る前に、幕間を投稿します。




