第三楽章 カイヤ・ディアルという少女
「これにて、正教は『ロマルス』の名の下に、アルバ・カーネイズを『勇者』と認めます。そして、あなたに全面的な援助をすることを約束します。同行者である信徒テミス・レターナーには、彼の旅に助力することを命じます。正教の信徒として、恥じぬ行動を取るように」
「拝命しました」
長々と進められた儀式のような催しは終わりを迎え、エルルーン教皇はアルバとテミスを立ち上がらせた。
「ふぅ、お疲れさまでした。早くビールが飲みたいですが、もう少し我慢します」
この人、ずっとビールのこと考えてたのかよ……とアルバは内心引いていたが、仕事を完璧にこなし続けた結果若くして教皇になった彼女に文句が言えるはずもなく、真顔でその発言を受け流した。
「では、旅の準備を、っと言いたいところですが、実はお二人にお願いがあるのです」
「お願い?」
「はい。『カイヤ』、こちらにいらっしゃい」
彼女が手を叩くと、側廊から一人の修道服姿のシスターが彼らの元まで歩いてきた。
人形のような小さく綺麗な顔に灰色の瞳を備え、被っているベールから銀色の前髪が顔を出している。
「綺麗な人……」
そうテミスが零した言葉通り、聖女のお手本のような姿をした、綺麗な女性だった。
「初めまして。私『カイヤ・ディアル』と申します。以後、よろしくお願いいたします」
「初めまして。アルバ・カーネイズです……」
「テミス・レターナーです……以後?」
「はい。彼女がお二人の旅に同行したいと申し出ましたので、連れてきました。よろしいでしょうか?」
「……エルルーン教皇、理由を聞かせてもらえませんか?」
テミスが疑問を投げかけると、彼女はカイヤに目配せをして、静かに呟いた。
「彼女は、あの『大蜘蛛』の被害から生き延びた、唯一の人間です」
「なっ、『大蜘蛛』ですか⁉」
テミスの強一番の大声が、聖堂内に響き渡ったが、アルバは不思議そうに首を傾げた。
「『大蜘蛛』? なんだそいつは」
「アルバ知らな——っってそうだ、アルバが知らないのも無理ないよね。『大蜘蛛』が出現したのは戦争終結の当日で、被害報告はその後に上がってきたんだ。わずか一日しか姿が確認できなかったし、姿を見た人たちは殆どいなかったから、アルバがここを離れた後に報告が挙がったんだよ」
興奮するテミスを落ち着かせた後、エルルーン教皇は静かに語り始めた。
「『大蜘蛛』——プルガトルム西部地域に突如現れ、9つの村と大地を全焼させて突如消え去った、巨大な蜘蛛の形をした生命体です。報告書によると、腹部が砲門のように巨大化しており、そこから大量の光線を発射していた発覚しています」
「そんな奴が……」
「我々は歴史上発生した全ての『魔物』の絵とその情報を詳細に記述し、保管していますが、『大蜘蛛』はその中にも姿が確認できず、魔人族の世界における魔物である可能性があります。
「そうなると、魔人族の世界にはそういう魔物が跋扈してるかもしれないのか……」
アルバは手を口元に置き、情報を整理していると、力強い足音が響き渡った。
「だからこそ、私は貴方たちと共に生きたいのです。この目で『大蜘蛛』の居場所を突き止め、死んでしまった人々に報いたいのです」
「ですがっ……カ、カイヤさん。報いるっていったって、どうするおつもりなんですか?」
テミスはぎこちなさそうに彼女に問うと、彼女は両手を力強く握りしめた。
「この三年間、私なりに努力しました。なんとか『回復魔法』を習得することができましたが、それ以外は未収得です」
「『回復魔法』⁉ そ、それは凄いですよ! 『魔法』なんてそう簡単に習得できるものじゃないです! 僕は8年も魔法を使ってますけど、『回復魔法』は習得できませんでしたし!」
早口で語るテミスを尻目に、アルバは手を口元に置いたまま話を繋げる。
「確かに『回復魔法』は、旅にとても役立ちます。俺も三年前から魔法を練習しているけど、現状この旋風の剣の風を操るくらいしかできません」
エルルーン教皇はそれに頷いた後、『魔法』の話をし始めた。
「ご存じの通り、魔法は空気中に存在する『マナ』という微粒子が発生源です。そして、私たちは『マナ』を呼吸によって無意識に体内に貯蓄しており、貯蓄した『マナ』を消費することで、魔法を使用することが出来ます」
「初等学校で習う範囲ですね。といっても、『マナ』を貯蓄できる量は人それぞれですけど。だけど、魔法を使える人間は少なく、一つの魔法を学び行使できるようになるには、長い年月を費やさなければいけない」
「はい。そのため我々人間にとって非常に効率が悪く、魔法は世界史において殆ど使われてきませんでした。山脈地帯の人々のみ、山脈に吹く風や霧を読むための魔法の習得を義務付けているようですが、それでも魔法を使える人物はそう多くありません」
「だからこそ、魔法を使える人間はどの国でも重宝されている」
「それがこの僕ってわ——」
「あなたは未熟なので重宝されません。もっと練習しなさい」
ふふんっと息巻こうとしたテミスはバッサリと切り捨てられた。
「だからこそ、私は習得した『回復魔法』で、お二人のお助けが出来ると考えたのです。……テミス様、同行させていただきたけないでしょうか?」
カイヤはテミスに向けて上目遣いでおねだりする様に問うと、テミスは即答した。
「はい! 是非よろしくお願いします!」
どうやら、彼女に釘付けにされてしまったようだ。
そんな彼とは対照的に、アルバは冷静に答えた。
「体力や傷の回復は自然治癒と回復薬で賄うつもりだったので、カイヤさんの同行は非常に嬉しいです。男子二人との旅になりますが、今後とも、よろしくお願いいたします」
「っ! ありがとうございます!」
喜びの表情を浮かべたカイヤはアルバと握手を交わし、旅の同行者が2人に増えることとなった。
「本当によかったです。『危なっかしい子』ですが、今後ともカイヤをよろしくお願いいたします」
二人に頭を下げたエルルーン教皇は、そのまま次の話に移った。
「では、旅の最初の目的地を決めましょうか」
◇
「俺たちがまずやるべきことは、『聖剣』を探すことだと考えています」
「確かに、それがないとやってられないよな……」
アルバ達は大きく広げられた世界地図を眺めながら、最初の目的地をどうするか考えていた。
世界地図の北東にはガルーダ海地帯、北西には砂漠地帯、南東には樹海地帯、南西には山脈地帯、中心部には正都ペダンマデラが描かれている。
「兄がそうしたように、『地獄の門』を開けるためには、おそらく『聖剣』を門に掲げなければいけない。だけど現在は所在不明の状態。たしか『聖剣』は、俺が逃れた妖精領地で『妖精族』が大昔に鍛造した代物で、悪しき存在を絶つための剣だって聞いたから、魔人族や奴らの世界が『悪』であるなら、このプルガトルムの何処かにある可能性が高いと思います」
「じゃあ、目的情報を探るのが第一かも」
「それなら、このペダンマデラから一番近い、北東部のガルーダ海地帯に位置する『水上王国メストリア』に赴くのはどうでしょうか? あの国は商人と関わる人が多いでしょうし、彼らと交流することで情報が手に入るかもしれません」
「よし。じゃあまずは『水上王国メストリア』に向かおう。カイヤさんもそれでいいですか?」
「はい、私も賛成です」
こうして、アルバ達三人の旅の最初の目的地が決定した。
「では、時間もお昼をだいぶ過ぎてしまったので、三人は昼食を取ってきてください。その間、我々正教は旅の必需品や金銭、他荷物の準備、馬車の手配を行っておきます」
「わざわざありがとうございます」
「また、信徒の者に他4国へ赴かせ、『世界を救わんとする勇者アルバに助力するように』という御触書を出します。アルバの個人情報は姿の特徴と名前のみ記載しますので、後はご自身でお話しください。では、よい昼食を」
長かった会議も終わり、三人は大聖堂から退出する。
昼食をどこで食べようかとアルバが話しかけようとしたその時。
「は~~~あっ、疲れた」
何処からか気の抜けた声が聞こえてくる。発声元は、カイヤだった。
カイヤは頭に被ったベールを脱ぎ、銀色の髪の自由を取り戻す。銀色の髪は彼女の肩甲骨辺りまで降り、随所から銀毛が飛び跳ねていた。
「やっぱずっと立ってるのは疲れるわ。言葉遣いも気をつけなきゃだし」
彼女は先ほどの可憐さを一切感じさせず、勇ましい女性の雰囲気を纏っていた。
「……え?」
カイヤの雰囲気が急変し、テミスははカイヤを二度見した。
アルバはすでに何かを感じ取っていたようで、頭を抱えて呆れていた。
「え~っと……、先ほど僕の目の前にいた可憐で清楚な人は?」
「は? 何言ってんの。そんな人なんて、私以外誰がいるってのよ」
直後、テミスは膝から崩れ落ち、魂が抜けたように真っ白になった。
「……そんな…………」
彼が恋した可憐で清楚な人は、カイヤの仕事時の側面に過ぎなかった。
そして、くせ毛の少年に芽吹いた恋心は、一時間も持たずに彼方へと消えていった。
「いいから早く飯行きましょ。ピザ食べさせてあげるから」
カイヤは『真っ白になったもの』には目もくれず、鼻歌交じりで歩き出した。
「……なあテミス。正教の女性って、オンオフが激しいやつしかいないのか?」
裏表の激しい人って意外といますよね




