第一楽章 大聖堂へ向かおう
説明文が多い章になりますが、ご自愛ください。
正都。
プルガトルムの中心部に聳え立つその城郭都市は、『正しき都』というべき存在だった。
白亜の城壁とそれに準じた街並みは、圧倒的な清廉さを表している。街並みの中には、足元にいる狼たちに手を差し伸べる男の石像と、馬に騎乗する騎士の石像が複数溶け込んでいる。
そして、都市の中心に槍のように聳え立つ塔の様な『大聖堂』は、四方に位置する4つの地帯の一端と、それ以外を構成する丘陵、城壁の近くにある大樹の丘を一望している。
北東には複数の島が浮かぶ海の地帯。北西には乾燥した砂漠地帯が広がる。
南東には緑溢れる森林地帯。南西には雪と桜が舞い散る巨大山脈。
そして、極北には妖精族が住まう幻影の森。
そうした性質の大地に囲まれた、異質な存在感を放つ人工の城郭都市。
それが、この『正都ペダンマデラ』と呼ばれる都市の特徴だった。
「やっぱこの正門って、めちゃくちゃ綺麗だよなぁ……。」
そう小さな声で呟いたのは、くせ毛の薄青色の髪と水色の瞳が目立つ、白いローブを纏った少年だった。
雲一つない昼の青空に、太陽に照らされた大地。
日光を跳ね返さんとする城郭都市の正門前で、少年は暇を持て余していた。
「おっそいなぁ……」
なぜなら、待ち人が来ないからだ。
待ち人は約束の時間の10分前には集合場所に着く習性を持っているそうだが、たった今約束の時間を10分越えたばかりだ。
首元のロケットペンダントをいじり、正門に背を向けて丘陵を眺めながら、せっかく約束の20分前に来てやったのになと悪態ついていると、彼の広い視界に一頭の馬と騎乗する人物が入る。
彼らは少年目掛けて勢いよく走ってくる。その馬の体毛は白く、騎乗した人物は赤いマントを激しく揺らしている。そして、その人物の髪の色は、赤黒かった。
赤黒い髪をした人間は「彼」しかいないと疑わない少年は、近づいてくる人物に向けて大きく手を振った。
「お~い! アルバ~!」
◇
「すまん、遅れた。久しぶりだな『テミス』」
「うん、三年とちょっとぶりだね」
アルバと先ほど彼を待っていた少年テミス・レターナーは、三年ぶりの再会を果たし、握手を交わしていた。
「泊まってた村の前に魔物が出てな、対処に時間を食ったから遅れた。許せ」
平謝り気味なアルバに、テミスは少し顔を歪ませたが、すぐに顔を元に戻す。
「まぁ、10分遅れだし許してあげましょう」
「助かる。てかお前、身長あんま伸びなかったな。三年前は俺の方が背低かっただろ」
「その話は止めて。胃が痛くなる」
アルバとテミスの身長差は6センチほどで、三年前とは逆転現象が起きていた。
「……まぁその話は置いといて。早く大聖堂に向かうよ」
二人はペダンマデラの正門を通って、大聖堂までの道を歩み始めた。
「そうだ。アルバ、僕の帽子被っといて。目立つとまずいから」
「しっかし、どこも昔と変わってないな」
石造りの建物が並ぶ大通りを横並びで歩きながら、アルバはかつての故郷に思いを馳せている。
「この都市は全体的に『完成』されてるからね。三年ぽっちじゃ変えるところが無いんじゃない?」
市街の店の並びはともかく、ペダンマデラの街並みは彼らが生まれる前から一切変わっていない。
「そうかもな。あ、この噴水懐かしいな。ここでよく三人で待ち合わせしただろ?」
「うん。僕とアルバ、フレイゴールが遊ぶ時は、いつもここが集合場所だったね」
「おい、フレイゴールじゃなくて『フレイ』って呼んでやれよ。『自分だけ名前が長いのはキツイ』って、文句垂れるぞ」
「そうだったそうだった。元々呼びやすい名前なのに、学校の奴らにもフレイって呼ばせてたっけ」
「あいつ両親にもフレイって呼ばせてよな。両親がくれた名前なのに、難儀な奴だよ」
三人で遊んだ時代を懐かしみながら、アルバはふと聞きたかったことを思い出す。
「そうだテミス。フレイは今どうしてるんだ」
その言葉を聞いたテミスは、静かに歩みを止める。
「俺、戦争後は妖精領地にずっといたから、誰とも連絡取れなかったんだよ。今年に入ってから、使いをよこすのを一度だけ許可してもらって、お前に旅の誘いをしたんだけ……ど」
アルバがテミスと横並びで歩いていないことに気づいた頃には、二人の距離は十数メートル離れていた。
数秒の沈黙の後、テミスは静かにこう答えた。
「フレイは……死んだよ」
瞬間、アルバはそのグレーの眼をこれ以上ないほどに見開いた。
「あいつ……『刻印』を傷つけたんだ。市街で化け物になって……討伐されたよ……」
歩みを進めた大通りに、冷たくも優しい風が吹く。まるで、友が死んだことを伝えにきたかのように。
「……そうか。……後で、墓参りにでも行ってやるか」
空に目を移しながらそう呟くと、左腕に巻かれた包帯が風で揺らめく。
友のために、二人はまた大通りを歩き始めたが、彼らの歩幅はいつもより、少しだけ小さかった。
互いに無言のまま、しばらく歩いていると、大きな広場に辿り着く。
広場は大勢の子供たちや家族連れで賑わっている。
「ねぇ~。早く助けて~」
「うるせ~! 今どうするか考えてるから!」
「へっへっへ。お姫様は俺のもんだぜ~」
アルバが広場の左側に顔を向けると、三人の幼い子供たちが機嫌よく遊んでいる声が聞こえてくる。
捕まったお姫様役の女の子を救出するために、勇者役の子と魔王役の子がおもちゃの剣を交える、昔からある遊びだ。頭部に剣を当てた方の勝ちなのだが、勇者役の男の子は勝つ算段が思いついていないようだった。
「……」
——「今日はアルバがお姫様役やれよ。足速いからいつも有利だし。ちなみに俺が勇者役な」
——「はいはい。俺は守らされていただきますわよ~」
——「え、僕が魔王役やるの? なら杖と剣の二刀流でやりたい。『魔法』も使える有能魔王みたいに、魔法を撃つふりするから」
——「おいおい、杖は持ってきてないだろ。ま、たとえ本当に魔法を撃ったとしても、テミスの魔法じゃ俺は倒せないだろうけどな~」
——「は? 上等だよ。アルバ、僕の家から杖持ってきて! 今ここでフレイを潰す!」
——「お、やるかッ! アルバ、急いで杖持ってこい!」
——「はいはい。早く始めないと、お前らの親に今日のテストの点数ばらしますわよ~」
——「「マジでやめろ!!」」
機嫌よく遊ぶ彼らの光景に、かつての自分たちを重ね合わせたアルバは、決して届かない悲しい微笑みを零した。
「やっぱり、一度だけでも……あいつの顔を、見ておきたかったな……」
拭いきれぬ友への思いが言葉を漏らした時には、二人は広場の奥に聳え立つ大聖堂に到着していた。
◇
正都ペダンマデラ中心部に坐する大聖堂。
『塔』のように聳え立つこの建物は、目にした者たちの心をいつでもときめかせる。
大聖堂の内部は、各所に貼られた大きな窓が太陽の光を神々しく入れ込んでおり、大聖堂内を美しく照らしている。
大聖堂は三廊式で、中央には広い身廊、両脇には側廊がある。両脇の側廊には多くの人間たちの墓や石碑が、彫刻と共に並べられている。
身廊の先、大聖堂の中心部には、壁の様に太い4本の柱と石像が四方に立っている。4本の柱にはそれぞれ、狼、男、馬、女の石像が順に並んでいる。
それらの柱に囲まれているのが祭壇であり、その祭壇の奥に位置するのは、一つの巨大な『玉座』である。
そして、この大聖堂の最上階には、一人の男の『聖墓』が安置されているのだ。
被っていた帽子を脱いで、アルバとテミスは大聖堂の中へ足音を揃えて進んでいく。
中心部まで進んでいくと、祭壇の前に立っている人物が目に入る。
その人物は腰下まで伸ばした金髪の上に冠を乗せ、白色の祭服を着用しており、如何にも『聖なる人』のイメージを醸し出している。
二人が祭壇の前に辿り着くと、祭壇前にいた人物が振り返った。
「ようこそおいでくださいました。お久しぶりですね、アルバ・カーネイズ」
3000字ほど書いても全く話が進まないことに絶望しております。
次の話は少し短めなので、すぐに投稿したいと思います。
女の子キャラはあと少しで出てきます。




