第二楽章 白百合と赤薔薇
めちゃくちゃ遅れました。
2/09更新:花の数え方間違えました。
時を同じくして。
テミスと対峙するは、槍を携えた二人の魔人と杖を構える一人の魔人。
「カイヤ! こっちは三人だから、支援はキツイかも!」
「大丈夫!」
対して、カイヤが対峙するは剣を携えた二人の魔人。一人は図体のある醜い容姿で、もう一人は細身で端正な顔立ちだ。
この村で心臓が脈動しているのは、九人の魔人と三人の人間。彼らの戦いの火蓋は、昼を迎えたと同時に開かれた。
「……」
二人の魔人の内の一人、細身の魔人は顎を触りながらカイヤに冷たい視線を向けてくる。
カイヤが二人を凝視するが、それに割り込むかの如く、聞きなれない音が耳に入った。
「!」
振り向くと、アルバと対峙する魔人の内の一人、魔法使いたる女が地面に杖を刺していた。
地面に刺した杖を一つの頂点として、巨大な黒色の正方形が形成されていく。カイヤの後方付近にいたアルバと魔人たちは、既に正方形の中へと消えていた。
——結界魔法ッ!
その異物が何なのか、カイヤは教会で教わっていた。
——空間の一部を『結界』として閉ざし隔離させ、内部に別の世界を構築する魔法!
——アルバがあたしたちの世界から隔離された! あの女をどうにかしなきゃ、アルバが助けに来れないッ!
「結界を使ったか。これで勇者セイバの弟の邪魔は入らない。こちらはこちらで、やるべきことをこなすだけでいい」
細身の魔人は安心めいた声を発する。実力は未知数なれど『勇者セイバの弟』という肩書きは、魔人族にとって最重要の警戒対象になりうるのだ。
「…………はぁ」
——ならこっちも、やるべきことをやらないと……。
瞳を閉ざしたカイヤの脳裏に、魔猪の姿がよぎる。
顔は潰され、鼻先は切断されたその顔は、彼女の暴力の証。
——相手は敵。あたしたち人間の、敵。
敵を殴り、敵を蹴って、殺さなきゃならない。
——なら、いつも通りをやればいい。
全身のマナを回して、四肢に集中させて、暴力を与えるだけでいい。
——でも、目の前にいるのは、あたしと同じ姿形の『人』。
どんなに醜い顔つきでも、どんな卑しい仕草をしても、あいつらは人なんだ——。
魔猪の顔が掻き消える。次に脳裏をよぎるのは、足元に倒れる彼らの姿。
甲冑は砕け、口には吐血の痕が遺り、四肢はあらぬ方向を向いていた。
——ああ。
姿さえ違えば、形さえ違えば、あんなに楽で、気持ちがいいものだったのに。
今じゃこんなにも、躊躇いがある。
凄惨な予測を残したまま、もう一つの姿が脳裏をよぎる。
それは——陽の光に照らされた、無邪気な姉の眩しい笑顔。
その瞬間、彼女はアカシアの如き瞳を開いた。
——だけど。
これを杞憂で済ませるために、あたしはここまでやってきた。
大蜘蛛を見つけて、殺すために。
なら……やるしかないでしょ!
迷いを切り捨て、魂を奮い立たせる。大きく息を吐きながら、軽いジャンプで体を解して、彼女は戦いの準備を完了させた。
「あんたたちは、あたしが殺す」
距離は十メートルと少し。戦いは幕を開けた。
「はッ、女のくせに、俺たちを殺すだって? バカなことは止めて、今すぐ男探しでもしてくるんだな! まぁ、こんな暴力的な雰囲気の奴なんて、だれも相手にしねーか、ははっ!」
「うるさいわね、頭蓋砕かれたいの? ああ、低脳が捻り出したような愚痴しか言えない頭になんか、骨の一片もなかったかな?」
「なんだとテメェ!」
「なんだよクソアホ!」
「おちつけマルカス」
飛び交う罵声を遮ったのは、傍らに位置する細身の魔人。彼はマルカスと呼ばれた男を落ち着かせた後、冷静に言葉を続けた。
「やつの両手を見ろ。多分マナの制御を担う道具かなんかだ。あれをモロに食らったら、ただじゃすまないぞ」
「……ふぅん」
——外れだけど、とりあえず反応しておこう。
——にしても、あの細い奴、何か怪しい。先にデカいのを潰すとして、その後どう動く?
細身の魔人を不審がりながら思考にふけるカイヤ。
——だとしても、まずやることは一つ。
「……ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
先ほどとは打って変わり、カイヤは二人に慎重な声をかける。
「何だよ」
「あんたたち、『聖剣』が何処にあるか知ってる?」
「——ッ!」
細身の魔人の目つきが鋭利に変わる。
「……何?」
「てめぇ、どこでそれを知りやがった!」
「それ、心当たりがある顔だったりする?」
問答は続く。
「……我々は聖剣を探すため、この北部までやってきたのだ」
「……なんですって?」
分かりやすい疑問の表情がカイヤの顔に浮かぶ。
——どうして魔人族が聖剣を探しているの? 場所を知らないならともかく『探す』って何のために? ……ってことは、聖剣はこの世界にあるで確定ってこと?
「こちらからも聞こう。お前達も聖剣を探しているなら、知っていることを全て吐け」
「残念だけど、ちっとも」
——これ以上聞いても意味ないか。
「そうか……。なら話は終わりだ」
「……ええ、終わりね」
問答は終わる。戦闘の姿勢を取るべきだが、カイヤは口を閉ざさなかった。
「回れ」
そう小さく呟いて——
「もういいだろバトス? ……おい女! 話が終わったならかかって来——」
言葉が終わる直前、彼の瞳はカイヤを映していなかった。
空気中に存在し、呼吸によって肉体に入り込む極小の微粒子、マナ。
肉体に入り込んだマナはそのまま肉体を周り、生命は体内のマナを操作することで、身体能力の向上や魔法の行使が可能となる。
カイヤ・ディアルが行ったマナ操作は、二つ。
一つ。両足のみにマナを集中させることによる、脚力の瞬間的な強化。
圧倒的な瞬間速度によって、相手との間合いを一気に詰める。
「——なッ」
この操作によって、十メートル以上あった二人の距離は、ものの一秒でゼロとなった。
二つ。左足に集中させていたマナを即座に右腕へと回す。
右腕の血管が太く浮かび、痛ましい衝撃を放つ拳が出来上がる。
これだけでも十分だが、威力を増大させるガントレットが合わさったなら——
拳は、鋼鉄を砕く領域に至る。
「ハァ‼」
カイヤの右拳が火花と共にマルカスの胸部を殴り抜く。
「グォアッ……‼」
防御は間に合わず、吹き飛ばされぬよう両足で堪えるが、マルカスは数メートル後退してしまった。
胸部部分に亀裂が入るが、肋骨は砕かれていない。内臓へのダメージは免れずとも、拳は強靭な肉体を下すには至らなかった。
カイヤは再びマルカスの懐に飛び込み、もう一度胸部を殴ろうとする。しかし、マルカスはそれを見越していた。
「!」
「舐めんな!」
痛みで掠れた声を放ち、マルカスは右手に掴んだ大剣を振り下ろす。
だが、見越していたのはカイヤも同じ。大剣が自身に届くより前に、カイヤはマナを集中させたままだった右足で振り下ろされる右腕を蹴りつけた。
「ぐあッ……!」
マルカスの右腕に激痛が走り、右手は自然と大剣を零していた。
「……ックソ女ぁ!」
大剣を失い、丸腰になった男に出来ることは——
「オラァ‼」
カイヤの右拳を受け入れる、それだけだった。
「……かッ」
鋼鉄を砕く拳が胸部に届く。勢い良く吹き飛ばされたマルカスは、家屋の壁へと叩き込まれた。
肋骨は砕け肺に突き刺さる。あらゆる血管は破裂し、心臓は役割を放棄した。
つまるところ、勝負は決した。
——もう一人はッ!
感傷に浸る暇を惜しみ、カイヤはもう一人の魔人を見据えるため振り向く。
「なッ⁉」
しかし、バトスと呼ばれていた魔人の姿は近くになく、薄黄色の瞳は村の門を走り抜けんとする彼の姿を映してしまった。
「なんで⁉」
疑問を口にするカイヤだったが、すぐに一つの事実を理解してしまう。
村の門を越えた先には、オルクレスと御者が避難している。
——あいつ最初から馬車を狙ってッ!
細身の魔人の矛先は、最初から何百メートルも離れた馬車に向いていた。馬車を壊し、旅の足を奪うために。
——それだけはまずい!
カイヤは右腕に回したマナを左足へと戻し、魔人の背を追うため走り出す。
だが——
「……がっ——」
走りは止まり、カイヤの両膝が地面に降ちた。
「……がッ……あああぁぁっ……あぁあああぁぁ!」
魔人を殺した右腕に火花が散る。感知してしまった痛みに呻き声を上げながら、カイヤは右腕のガントレットを無理やり外して袖をまくる。
すると、白肌の右腕が紫に変色し大きく腫れてしまっていた。
——流石にッ……二回はやりすぎたッ……!
症状の原因をカイヤは理解する。
甲冑をも容易に砕く威力を宿した右拳、それに繋がる右腕が二度の衝撃に耐えられなかったことで、筋肉が断裂し血管は破裂してしまったのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
吐血を抑え、歯を食いしばって痛みを分散させる。
「はぁ……はぁ……。 ……耐えろ、あたし」
左手をブラブラさせて、金色のガントレットを払い落とす。
カイヤは左手にマナを回して、左手を紫肌の右腕にそっと重ねてこう言い放った。。
「回復魔法」
白肌の左手、その五指から蔓状の物体が顕現する。
黄緑色の物体は紫に染まった右腕に優しく巻かれていき、右腕に微かな光を照射した。
「……ふぅー、ふぅーーー」
断裂した筋線維と破裂した血管は再構築を始め、右腕がゆっくり白に染まっていく。その間、カイヤは思考にふける猶予を手にしていた。
——結界を貼った女は何とかしたいし、テミスの援護にも行きたいけど……。まずはあいつを追いかけなきゃ。
気づけば、光を照射する物体が白い花を一輪咲かせていた。
「……よし、いける」
『回復魔法』の効果量は使用者によって千差万別。だが数分で負傷部位を完全に治しきる効果を発揮できる人間は未だ少ない。
断裂した筋肉も、破裂した血管さえも治せてしまう。その領域に至ったのが、カイヤ・ディアルの『回復魔法』なのだ。
——ごめんアルバ、テミス。すぐ戻ってくるから!
完治を待つことはない。カイヤは右腕に光を当て続けたまま、後ろ姿も見えぬ一人の魔人を追いかけた。
もう少し続きます。




