第一楽章 魔王軍エインヘアル
久しぶりの投稿です。めちゃくちゃ遅れました。
双馬の足音のみが届く、太陽無き灰の空。
シャナからの風言を聞いたアルバ達を乗せた馬車は、エトルブール村を目指して大地を蹴り続けていた。
適度に馬の休憩や食事を行ったことが功を制したのか、馬車は港から三日ほどでエトルブール村を捉えることができたのだった。
「もうすぐ村に到着します!」
汗が染みる御者の両目に、孤独に佇む一つの村が映りこむ。
修繕したばかりの村門は開いたままで、人影はない。村の門前には警備をする者が必ずいるはずだが、御者の視界には一人も映ってはいなかった。
馬車は村から百メートル以上離れた場所で停止し、アルバ達はようやく外に飛び出した。
「御者さんは荷台の中に隠れていてください! オルクレスは馬車の警護を頼む!」
「了解じゃ!」
大きめの鎌を携えたオルクレスに馬車の保護を任せ、アルバ、テミス、カイヤは共に村へと踏み出した。
旅の始まりを促した、活気ある村『エトルブール』。
十日余りしか経過していないにもかかわらず、そこはかつての面影を失っていた。
人の声も、家畜の声も、馬の声も聞こえない、文字通りの静寂。
ただ、随所にこさえられた血だまりが、事の顛末を明瞭に示してくれる。
「くそ、人影は無いかッ!」
「——あたしはあの家を捜索する! テミスはあっちをお願い!」
「わかった!」
「俺は以前泊まった宿に入る! 二人とも気をつけろよ!」
三手に別れ、テミスとカイヤはそれぞれ一軒の家に足を踏み入れる。
アルバは以前泊まった宿屋に向かい、微小の懐かしさを孕んだドアを両手で思いきり蹴り飛ばし、宿屋に進入した。
その瞬間、彼は立ち尽くしてしまった。
「何……だ、と?」
賑やかさを敷き詰めた、宿屋の一階。
そこには、肉があった。
赤に塗れた、肉たちがあった。
◇
死体。
かつて言葉を紡いでいた、死体。
綺麗に積み上げられた、死体と死体と死体たち。
あるものは胴を裂かれ、あるものは足を落とされ、あるものは頭部を歪ませている。
それだけでは惨すぎるのか、すべての顔は傷が遺らず、眠り顔を貼りつけている。
まるで、邸宅の一室に飾られる奇怪な絵画のような光景が、アルバを待ち受けていた。
「——ッ‼」
慣れない光景に目を背ける。
「遅かったか——」
悔しげに漏らす。
すぐさま死体たちに視線を戻し、周囲を見渡す。状況を鑑みるに、村人の殆どが此処に運ばれたのだろう。
魔人族の姿は見当たらない。すでに立ち去ってしまっただろうか。
——いやっ、もしやッ!
全速力で階段を駆け上がる。重い足に踏まれてもなお、階段は何も言わなかった。
階段を上がりきってすぐ、彼が立ち止まったのは、かつて泊まっていた部屋の扉。
アルバは剣を鞘から抜いて、息を整え、締め忘れられた扉をゆっくりと開けた。
旅の始まりを告げた、奇抜さの欠片もない部屋。
そこにあったのは、日射しを覗くはずの白いベッドと、
うつ伏せに寝そべる、耳の長い男だった。
「……知らない足音——」
男は壁から視線を逸らさぬまま、来訪者に言葉を授ける。
そんな彼が人間ではないことは、誰の目から見ても明らかだった。
耳が奥に長く、頭部から二本の捻れ角が生え、短い金髪が白肌の首を晒している。
男は、魔人族だ。
「貴公……何者だ?」
「お前こそ誰だ? そこは俺が泊まっていた部屋だ」
「……? ここは俺が泊まっている部屋で、この宿屋は我々が泊まっている宿屋だ」
互いに顔を合わせぬまま、苛立ちを混ぜた言葉を交わす。
「村民たちを殺しておいて、随分な言い様だな」
横たわる魔人を見据えながら、左手で扉の鍵を閉める。
「仕方なかろう。『しばらく泊まらせてくれ』とわざわざ頼んでやったのに、あ奴らは拒否したのだ。泊まるところが無いのなら、作るまでのことよ」
「……敵対してる種族を歓迎する人なんざ、世界中探してもそんないねぇだろ」
「……確かに、そうだったな」
一片の反省もない言葉に、アルバは舌打ちを零す。
「——はぁ、こっちは起きたばかりだというのに」
アルバと目を合わせるため、男は悪態をつきながら起き上がる。
「一体何の権限があって俺の眠りを——」
男の瞳が、灰色の瞳と視線を被せる。
瞬間、男は動きを止めてしまった。
「……なんだ?」
「な————」
時間が止まったかのような、一瞬の硬直。
魔人族の男は、人間を思い出した。
輝く剣と燃える剣を携えて、
美しい赤髪を靡かせて、
上目遣いで剣を振って、
言の葉を交わさせなかった人間。
『————————邪魔』
数多の魔人族を殺し、
友を殺し、親を殺し、妻を殺し、
世界に恐怖を植え付けた、忌々しい人間を。
「——勇者……セイバ?」
少年の耳飾りが揺れ、左前腕が熱を帯びる。
「いや、似ているがかなり若い! ——だがその眼つきはッ‼」
軋む音が、一つ。
「貴様ッ、勇者セイバの弟か⁉」
瞬間、男の角に影が降り立ち、一刺しの剣が振り下ろされる。男は瞬時に懐の槍を掲げて、力強い一振りをなんとか受け止めた。
「くッ!」
「兄に何かされたな?」
アルバの拳に力が入り、男の片膝が崩される。
拳が繋がる腕には、ほのかに熱が灯っている。
「ッ! 者共敵襲だ! 勇者セイバの弟だ!」
言葉が放たれて一秒の後、扉が開く音が閉め切られた部屋に届く。
続けて届くのは、三つの異なる足音。
鍵をかけた扉がこじ開けられるその刹那、アルバは男の服を掴みながら、窓を割って外に飛び出した。
「ぐむッ!」
男は空中で投げ捨てられ、大地を転がった。
土を被りながら即座に体勢を整え、捻じれた双角が怨敵の血族を見据える。
アルバは剣を大地に刺し、両手を払いながら男を凝視して、静かな怒りを露にする。
「俺はアルバ・カーネイズ。お前、名前は?」
「……クロッセル」
「所属は?」
「……『魔王軍エインヘアル』、第二師団」
名と所属を呼び終えた後、割られた二階の窓から三人の魔人が飛び降りてきた。
三人全員が同じ甲冑を着ており、内二人は槍を、一人は杖を携えていた。
「無事ですか隊長!」
「……こいつが、勇者セイバの弟だと?」
「……似てはいる。だが恐怖は感じぬ」
話題の対象は、律儀に被ることなく言葉を吐く三人をひたすらに睨んでいる。
魔王軍エインヘアル。
かつて砂漠地帯に現れた背広の魔人『伯爵』を総司令官とする、魔人族の軍隊。
所属する魔人は皆類似する甲冑を着こなし、剣、槍、杖を武器とする。
また、魔人族はマナの扱いに長けた種族であり、エインヘアルには魔法に長けた者が人間族の全ての軍隊よりも多く所属している。
こと戦争において、人間族側が劣勢を強いられ続けてきたのは、偏に魔法使いの人数差が原因だと言っても良い。
しかし、エインヘアルは勇者セイバの活躍によって所属人数を戦争時の四分の一以下まで減らされてしまい、現在はプルガトルムの監視を主な活動としている。
場面はそのまま。
魔王軍エインヘアル衰退の元凶、その弟が今、彼らの眼前に姿を見せている。
本来ならば、同胞を殺された怒りをすぐにでもぶつけるべきなのだろう。だが、彼らにとって四年という歳月は、その度胸を失わせるのに十分すぎたのだ。
「……おいクロッセル」
「!」
ドスのきいた声が魔人たちの長耳を伝う。
「聖剣が今どこにあるか、知っていることはあるか?」
「……何?」
「多少は知っているだろう?」
「……知らん」
「……そうか」
旋風の剣が旋風を吹き出す。表出した渦巻く旋風が、少年の剣と身体を覆っていく。
「お前たち」
灰色の空の下、一段と揺れる赤黒い髪。
魔王軍エインヘアル、その一員たる四人に、四年ぶりの緊張が走る。
「どうやら兄が怖いらしいな」
アルバは剣を構え、低い姿勢で四人を睨みつけた。
嗤い堪える『それ』に、気づかぬまま。
次回『白百合と赤薔薇』




