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アルター・エゴ~勇者の弟、世界を救う旅に出る~  作者: 母なる父
第二歌 刺青の青年は泳ぎ渇く
16/22

第八楽章 嵐の記憶

文が荒れていたので訂正しました。

 1296年8月19日 メストル島


 勇者セイバが『地獄の門』を開き、魔人族の世界へ進軍して2ヶ月が過ぎた頃、ガルーダ海全域は雨模様が続いていた。


 ガルーダ海の夏は雨続きだ。大雨の日になると、漁師は漁に出れなくなり、農家は野菜の面倒を見れなくなる。人々が家から出ることも無くなり、都市に雨の音だけが響き渡る。もしかしたら、水害の危険もあるかもしれない。


 だが人々がそれに落ち込むことはない。空が晴れるのが待ち遠しくなるからだ。

 雨上がりに差し込む日の光によって、雨に濡れた都市はより美しい姿を人々に曝け出す。人々は都市に魅入られながら生活に戻り、都市は活気を取り戻す。これが夏を過ごす人々の日常で、今年も何も変わらない、ただの夏だった。


 この日だけを、除いて。



「どういうことだ⁉ 我がメストリア軍がすでに崩壊しただと⁉」


「現在魔人族はこの島に向かっている様子です‼」


 ガルーダ海には、メストリア軍の戦士を乗せた船が至る所で難破している。戦士たちは島に逃れる者、死体となった者、死体となって海に浮かぶ者に分けられていた。

 メストル島に残っていた戦士たちは神殿に集められ、国王と司祭の警護に当たっている。


「魔人族側の宣戦布告から、まだ一日しか経っていないんだぞ⁉ 一体どのような事態が起これば、こんなにも早くメストルに辿り着くというのか⁉」


 メストリア国王と6人の司祭たちは玉座の間に集まって、未だかつてない事態に狼狽していた。

 そんな時、玉座の間に一人の戦士が飛び込んできた。


「陛下、司祭様方、突然の入室と発言をお許しください! 現在、魔人族と思われる姿が確認できましたッ!」


「直ぐに始末しなさい!」


「それが……、敵への攻撃命令は出せません!」


「何故です⁉」


「あれは我々の攻撃を一切受け付けません! それどころか、我々が一歩外に出てしまえば、その時点で敗北する可能性があります‼」


「どういうことだ⁉」


「あれは災害です! 全てを吹き飛ばす——『嵐』です‼」




 歩いている。


 歩いている。


 湖まで伸びる運河の上を、ゆっくりと歩いている。

 風で体を浮かして歩いているのか、それとも水の上を歩ける『魔人』なのか、暗闇に隠れた姿からは、想像の余地を残すのみだ。

 魔人族の男はメストル湖の傍ら、オメオトル神殿に辿り着くために、最短の道である運河の上を歩いている。


 男が連れている——いや創り出しているのは、島を覆い尽くす渦巻く暴風。急激に発達した低気圧などによってもたらされる、自然現象の一つ。


 『嵐』。恍惚するほどに苛烈な、黒い嵐。

 触れれば彼方に吹き飛ばされ、命の保証は失われる。雨風を凌ぐ石造りの建築物は、常に崩壊の危機に陥っている。


 その恐ろしさを示すには、比較が必要だろう。

 アルバ・カーネイズが所有する『旋風の剣カエサル』は、海上のセンザ・メオス戦で発動した『荒れ狂う暴旋風(エンリル)』のように、嵐のような風を解き放つことができる極めて優秀な剣だ。

 だが、この嵐はそれとはわけが違う。威力も、スケールも、マナの消費量も、そのどれもが圧倒的に抜けている。たとえアルバのマナを全て込めた『必殺技』であっても、都市を島を覆い尽くす嵐には至らないだろう。


 そんな嵐を侍らせながら、男はオメオトル神殿へと歩いて行った。



 嵐に恐怖し、家に閉じこもるメストリアの人々は本能で理解させられた。今家から出れば死ぬ。いやもしかしたら、家ごと吹き飛ばされて死ぬかもしれない。そんな恐怖に駆られながら、ただ自身と家族の無事を祈る。


 そんな人々の中に、家の中で抱き合う男女が一対。

 男は込み上げる怒りと悲しみに震え、女は吹き荒ぶ嵐が如く慟哭する。


「……」


 涙の滝はが女の頬を伝い、男の肩に落ちては流れる。汚れなき褐色肌の男は女を強く抱きしめ、唇を強く噛みしめてこう思うのだ。


 ——また、なのか。



 ◇



 玉座の間の扉は閉められ、国王と司祭たちは、未だかつてない事態に頭を悩ませていた。


「くそッ、一体どうすればよい⁈」


「一旦神殿内の戦士たち全員をここに集めましょう! 我々の安全が最優先——」


 司祭の男が提案を言い終える前に、重い扉がこじ開けられた。



『ザルだな。鍵くらい閉めておけ』



「⁉」


 そう口にしたのは、国王たちの御前に現れた一つの竜巻。その中心に隠れる、魔人族の男だった。


『初めましてだな。俺は……、いや、名前を言うのは止しておこう。まぁ、『嵐』とでも呼んでくれ』

 そう名乗った魔人族の男は、竜巻の中に隠れたまま、国王たちに姿を見せない。


「『嵐』……だと? 神殿にいた戦士たちはどうした!」


『攻撃できなくした」


 オメオトル神殿内部には、倒れ伏した戦士たちと、両膝をついて気を失う戦士たちで溢れかえっていた。


『では早速だが、どうする? メストリアを担う国王よ』


「どうする……とは?」


『俺と戦い、無様に死に晒すか、俺に降伏し、恭順するか』


「ふざけるなッ! そんなことするわ——」


 刹那、嵐の指が鳴る。


「ウギャアアアアアァァッ——」


 突如発生した竜巻は司祭の男を呑みこみ、男を惨たらしく引き裂いた。


「貴様ッ!」


『俺も『人』なんでな。同じ(やから)を殺すのはいたたまれる。お前たちが降伏を選ぶのなら、お前たちメストリア国民に危害は加えないと約束しよう』


 絶対的有利な状況にも関わらず、『嵐』は国王達が生き残れる好条件を提示した。


「我々をッ……、生かすと?」


『それはお前次第だ、国王』


「……」


 国王の一番の役目は、人々を守ることだ。それを手放し、人々を無謀にも戦わせることを、民を想う国王が決断できるはずなかった。


「……わかった。我々メストリア王国は、お前に降伏する……」


「……」


 国王は『嵐』に降伏を宣言し、残りの5人の司祭たちが反論することはなかった。


『話が早くて助かる。……では、『これ』に署名を』


 『嵐』は鎧を纏ったような腕を竜巻の外に出して、国王に一枚の紙を投げ渡した。


「これは?」


『『誓約書』だ。『魔王』のヤツがくれた特殊な代物でな、魔法的な縛りを成立させるそうだ。制約の内容は事前に書いてある』


 誓約書には現代の文字ではない文章が、びっしりと書き連ねていた。


「……この下の空欄に、署名しろと?」


『署名をすれば、俺はお前たちメストリア王国の人々に攻撃することを禁じよう。その代わりに、お前たちは俺を含む『全ての魔人族』に攻撃することを禁止し、軍による戦闘、他国や個人への兵力や戦闘具の提供、支援などの戦闘協力が出来なくなる。まぁ、王国に住む個人には誓約の効果は無いが、この誓約を破ることは決してできない』


「誓約が……、破棄されることはあるか?」


『誓約書の作成者たる『魔王』の受諾、死亡、及び心神喪失状態に陥った時のみ破棄される。署名した人間が死亡した場合は破棄されない』


「……これに、署名しない場合は?」


『答えは()()だ』


 『嵐』が指差した方向には、先ほど竜巻に引き裂かれた司祭の血肉が遺っている。


 ——この男、誓約書の話をわざと降伏した後に持ってきたなッ!


 ——……だが、少ない会話だけでもわかる。この男には、絶対に勝てない。たとえ我々の戦士全員をぶつけたとしても、勝てる想像が湧かない!


 ——国を一日で落とすなど、『勇者セイバ』でさえ不可能な所業だというのにッ!


 悔し顔を浮かべ、唇を強く噛む国王だったが、最早反抗する気は起きなかった。


「……わかった」


 国王はおもむろにペンを取り出し、誓約書に自身の名前を署名した。


「……これで、満足か?」


『ああ、話の分かる王で助かる。『魔王』とは大違いだ』


 誓約書を受け取った『嵐』は踵を返し、玉座の間を去ろうとする。


「……お前達は何故この世界にやってきた? なぜお前は我々メストリアを狙った? ……なぜお前たち魔人族は、この世界を侵すのだッ⁉」


 国王は去ろうとする『嵐』に対して、積もりに積もった怒りと共に問い質す。


『教えるわけないだろ。こっちは今『勇者セイバ』のせいで大変なんだ。文句なら、こんなことしでかした『魔王』にでも言ってくれ』


 嫌みったらしく言葉を吐き捨てた『嵐』は、玉座の間から去っていく。


 だが、こじ開けられた扉を通ろうとしたその時、彼は足を止めた。


『一つだけ、質問に答えてやろう』


 そして、国王を指差してこう告げた。



『お前達を狙った理由はな——』






『お前達の『罪』を——()()()()ためだ』


次で第二歌の本文が終わる予定です


次回『兆し』

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