第七楽章 メストリアに月は揺蕩う その2
前回の続きです
◇
メストルの市街地には、数多くの売店が並べられている。特産品の魚や野菜を販売している店が最も多いが、所々でお菓子や観光グッズの専門店が開かれている。
そんな市街地には勿論、商人の姿が見受けられる。アルバ達は商人らしき者たちや店の者たちに片っ端から声をかけることで、『聖剣』の手がかりを探ることにした。
「『聖剣』? 聞いたこともねえなそんなの。ところで兄ちゃん、『砂糖菓子』いる?」
「『聖剣』ねぇ。国王様なら何か知ってるかもだけど……。それはそれとして貴女、この『砂糖菓子』いる?」
「『聖剣』ってあれだろ? 勇者セイバが持ってたってやつ。詳しくは知らんが、樹海地帯出身の奴が、勝手に光り輝いてたのを見たって言ってたぜ。勇者が戦ってたのは南部地域だから、そっちの方が情報集まるんじゃねぇか? それはそうと、この『砂糖菓子』いるか? いや、せっかくだから大量にやって、俺の分を無くしてやるぜ」
「……なんでここの人達は、隙あらばこれを渡してくるんだ?」
トラテナの案内を受けながら、アルバ達は都市を大方回ることができた。
だが、アルバとテミスの手元には、店の者たちと商人たちから頂いた大量の砂糖菓子が詰められた袋が提げられていた。
「でもこれ美味しいわよ。もぐもぐ……、あんたたちも食べればいいのに」
げんなりしている二人とは違い、カイヤは砂糖菓子を続々と口に運んでいた。
「俺甘いもの苦手なんだよな……」
「でもトラテナさん、何でみんなこれを渡してくるんですか?」
「これは観光客の人に無理やり買わせる定番のお菓子なんだ。でも、戦争後は観光客が殆どいなくなっちゃって、在庫が余りまくってるから配ってるの。それに商人たちが懲り懲りしてたタイミングに、私たちが来ちゃったって感じかな。……うん美味しい!」
カイヤと同様、トラテナも話しながら砂糖菓子を頬張っていた。男たちは菓子にげんなりし、女たちは菓子を食べ続けている。
「……なんだかみんなが、会う度に飴くれる近所のおばちゃんに見えてきました……」
「砂糖菓子を大量に掴んだ代わりに、『聖剣』の所在を掴む情報は殆ど掴めなかったしな……」
肝心の『聖剣』の手がかりは、僅か一件耳にしただけだった。
「『聖剣』ねぇ。……あんたらは大層なことをしているんだねぇ」
会話も終わり、日が完全に沈んだ頃、アルバ達は都市の中心にある『メストル湖』に辿り着いた。
「さ、最後の案内場所にとうちゃ~く。これがメストル湖だよ」
「……すっご」
アルバ達の目の前にあったのは、息をのむような絶景だった。
透き通った水で満たされ、月明りに照らされた湖には、一片も欠けていない満月が浮かんでいた。メストル湖において、星が瞬く雲なき夜には毎度、水面に綺麗な月が浮かぶのだ。
「綺麗……」
そして、水面が夜風に揺られることで、まるで月が水面を揺蕩っているかように見える。メストル湖が最も注目されるスポットだと言われる所以は、この絶景にある。
「今日は丁度満月みたいだし、今日来れてよかったね」
「この絶景……あたしにピッタリのロケーションじゃない?」
「……月がお前の髪色に合ってるし、まあいいんじゃないか?」
「流石アルバ、褒めるところはしっかり褒める。どっかの青髪アホ助さんとは違うわ」
「僕だって褒める時は褒めるぞ。カイヤがそれに達してないだけー」
「うっわむかつく」
「やっぱりあんたら仲いいね~」
三人の事情を詳しく知らないトラテナは、三人を仲睦ましいと感じたようだった。
「この国の人が結婚する時はね、大体ここで式を挙げるの」
「それはまた、花婿と花嫁はより綺麗になりますね」
「じゃあ、トラテナさんとティトーラさんもここで?」
「同時には挙げてないけどね。……あれは多分、一生忘れられない」
トラテナはほんの少し瞼を狭めて、揺蕩う月を眺めていた。
「結婚……ねぇ」
「カイヤちゃんは結婚には興味ない?」
「いえ、そういうわけではないんです。あたしのお姉ちゃんは結婚してますし、女の子を産んでますけど……、あたしはそんなに憧れませんでしたから」
「カイヤってお姉さんいるんだね。明らかに一人っ子な性格してるのに」
「……あんたってさぁ、なんでこうもあたしの神経を逆撫でするわけ?」
二人は互いに顔を顰めて、いつものようにギスギスしている。おそらく、この関係性が変わることはないのだろう。
「……」
水面に視線を移したアルバは、揺蕩う月を眺めながら、かつての言葉を思い出す。
『彼女は、あの『大蜘蛛』の被害から生き延びた、唯一の人間です』
——そうか。カイヤのお姉さんも、もうこの世にいないのか……。
メストル湖には、今日も大勢の人々が、揺蕩う月を眺めるために集まっている。
——ここに居る人達も、何かを失って生きている。ただ幸福なだけの人間なんて、この世界には何処にもいない。
——みんな何かを失って、悲しんで、それでも前に進んでいく……。
「……なぁ、にぃ——」
「アルバく~ん、もう帰るよ~」
一人考えている間に、既にトラテナ達はメストル湖から去ろうとしていた。
「はい、すぐいきます」
揺蕩う月に背を向けて、アルバは小走りで追いついていった。
赤髪の男の、面影を偲びながら。
——なぁ、兄さん。俺はあんたの代わりに、世界を救えるだろうか。
◇
メストル湖から帰ってきたアルバ達は、オルクレスの家で夕食を囲んでいた。
今日の夕食は、銀だらを塩漬けにしたバカラオやタコの揚げ物、トウモロコシやカボチャの野菜料理などだ。
「ティトーラさんは、あとどのくらいでご懐妊する予定なんですか?」
豪華な夕食を頂きながら、アルバ達三人は妻たちと言葉を交わす。トラテナとティトーラはオルクレスが帰宅後に一緒に食べるらしく、アルバ達は先に夕食を頂いていた。
「6月の頭から中旬あたりの予定です」
「因みにウチは、多分十週も経ってないよ~」
「トラテナさんも妊娠されてるんだ。わざわざ付き合ってくれてありがとうございます」
「いいのよ。あんた達はオルクレスの、大事な友達なんだから」
会話を交わしながら、アルバとカイヤは続々と料理を食べ続け、いつも通りテミスの分にまで手を出してから食べ終えた。
「僕の分はいつも取られる運命なのか……」
「「ごちそうさまでした」」
「ティトーラさんのお料理、とても美味しかったです」
「ありがとう、いっぱい食べてくれて嬉しいわ」
「帰ったぞ~」
「おお、おかえり~」
「おかえりなさい」
トラテナは席を空け、オルクレスを椅子に座らせた。
「三人とも、朗報じゃ」
「何だ?」
「明日の朝、国王に謁見出来るぞ」
「そうか。……は⁉」
「ほんとに⁉」
「うむ」
急な発言に驚きを隠せず、アルバとテミスは声を張り上げた。
「……急になんでよ?」
「さっき国王に会いに行って、お前たちのこととか目的とか色々話したら、話をしたいから明日連れてこいって返事貰ったんじゃ」
「……お前凄いな」
「……」
驚く二人を尻目に、カイヤは一人オルクレスを訝しむ。
——出会った時から思ってたけど、こいつ一体何者なの?
——漁師とはいえ家が大きすぎるし、二人の綺麗な奥さんもいる。終いには国王に気軽に会いに行けて話もできる。一介の漁師に過ぎない男が、ここまでできるものなの?
「それはさておき、三人とも『メストル湖』に行ったか?」
「ああ、月が水面に綺麗に浮かんでた」
「今の時間なら更に綺麗かもしれんから、もう一度行ってみるのはどうじゃ?」
「そうですね。折角の満月ですし、もう一度見ても損はないんじゃないかしら」
「じゃあ洗い物だけ済まして行くか」
「うん」
「……そうね」
カイヤの疑念が晴れる日は、いつ訪れるのだろうか。
「ウチらはご飯食べるから、三人とも道に迷わないようにね~」
◇
オメオトル神殿 玉座の間
気持ちのいい目覚めと美味しい朝食の後、アルバ達はオルクレスの手引きで、メストリア国王達がいる『オメオトル神殿』に足を運んでいた。
オメオトル神殿とその傍らの『オメオトルの祭壇』は、かつてガルーダ海全体で信仰されていた唯一神『オメオトル』を祀るために、メストリア王国建国後に建造されたものである。現在では正教の伝播などの影響によって信仰は殆ど意味を成していないが、ガルーダ海の島々に住む人々にとっては、未だ大切な建造物である。
アルバ達は国王が座する玉座の間に案内され、中心を開けて二列で並ぶ6人の司祭たちと、中心奥の玉座に坐するメストリア国王に謁見した。
「よくいらしてくださいました。勇者アルバ様、その同行者テミス殿と、カイヤ殿」
「この度は私たちをお招き下さったこと、心より感謝申し上げます」
アルバ達三人は膝をついて、眼前の国王と5人の司祭たちと言葉を交わす。オルクレスは、アルバ達の後ろの柱に寄りかかっていた。
「我こそが、このメストリア王国を統べる王『シウクテス14世』である。勇者アルバとその一行たちよ、我がメストリアは楽しんでいただけたかな?」
「はい。砂糖菓子を有り余るほど頂いてしまいましたが、この美しい都市には驚かされてばかりでした。特に満月を浮かべるメストル湖には、大変感激いたしました」
「それはなによりだ。昨今は観光客が訪れなかった故、そなたらの来訪に民もお喜びになったことだろう。……本来砂糖菓子は販売せねばならぬ品物だが、せっかく頂いてくださったのだ。そなたらにのみ無償で提供することを許そう」
「……ありがたく、頂戴いたします」
「やった!」
カイヤは嬉しそうに呟きながら、右腕で小さなガッツポーズを取った。
「では、本題に移ろう。正教の信徒の者から話は聞いておる。あの勇者セイバと同じように、世界を救うための旅に出ておられると」
「ええ、その通りでございます」
「正教からの指示通り、我がメストリア王国にはそなたらに協力する義務がある。何か困ったことがあるのなら、国民全員でその義務を果たそう」
「はは。ありがとうございます、国王陛下」
——初めて国のお偉いさんと話してるが、何とか上手くやれてる気がするな。……あとは『聖剣』の手がかりさえ聞ければ、今回の目的は果たせる。
経験のない王との会話を尊敬の意を込めた言葉遣いで応対するという、未だかつてなく緊張する場面ではあるが、アルバ達は国王の口から『協力する』という言葉を頂くことができた。
しかし、国王の顔面にはなぜか、心苦しいような表情が浮かんでいた。
「……しかし、申し訳ないことに、我がメストリア王国は、そなたらの『戦闘の協力』だけはできかねるのだ」
「?」
「え⁉」
冷たい雰囲気の玉座の間に、テミスの高らかな驚嘆の声が響き渡った。
「あ……、すいません大声を出して……」
「構わぬ。驚かれるのも承知の上だ」
自身の行いを恥じたのか、テミスは更に萎縮してしまった。
「食料や金銭の支給などの生活における支援は幾らでもさせていただく。だが、我々は武器の支給や軍を貸し出し、その他諸々の戦闘の協力ができなくなってしまったのだ」
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「我々は戦争の折、『誓約』を立てさせられたのだ」
「誓約?」
「うむ。『メストリア王国の降伏を受諾する代わりに、魔人族に対して、今後一切王国として戦闘行動や戦闘協力を一切行わない』という、屈辱的な誓約を」
「……一体なぜ、そのような誓約を?」
「事の経緯は、司祭である私からお話させて頂きたい」
そう手を挙げてアルバ達に声をかけたのは、国王の傍らに座る司祭たちの内の一人だった。
「突然の発現をお許しください。私は司祭の一人『ヤウル』申す者。国王陛下、勇者アルバ様方に、誓約についてお話してもよろしいでしょうか?」
「よろしく頼む」
ヤウルという司祭は国王に深々と頭を下げ、アルバ達に語り始めた。
「我々は戦争時、砂漠地帯に位置する同盟国『アマルナ王国』と共に、プルガトルム南部に位置する『イセア共和国』と『カラコルナ帝国』、戦線で戦う者たちに物資の供給や軍の派遣を行っておりました。幸いなことに、我々両国は最南端の『地獄の門』から遠い地域でしたので、本国を攻められることはなく、比較的安全かつ継続的に活動できておりました」
「知っております。僕も所属する正教のお話では、特に食料を多く供給してくださっていたと」
「はい。しかし、勇者セイバが地獄の門を通った数か月後、ガルーダ海海上に現れた一人の魔人族が我々に宣戦を布告してきました」
「一人の、魔人族……」
「そして、我々は魔人族に僅か一日で降伏いたしました。その降伏の条件として誓約を立てさせられた、というのが事の経緯でございます」
アルバ達は、その魔人族を知っている。知らされている。
「……その誓約を、何らかの理由で破棄することは可能ですか?」
「誓約を破棄するには、魔王の受諾を得るか、魔王が心神喪失に陥るか、もしくは死亡するかのしかありません。『民個人による戦闘行動』は誓約の効果が無いとは言われましたが、その戦闘できる人数がどれだけなのか、その他の詳細は何一つ教えられていません」
「そうですか……」
「あの、すいません」
テミスは恐る恐る右手を挙げて、か細い声で司祭ヤウルに問いかける。
「その、誓約を立てさせた魔人族って……、まさか」
「皆様もご存じなのですね、魔人族の男を」
「あの忌々しき、『嵐』を」
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