第六楽章 メストリアに月は揺蕩う その1
長くなってしまったので、二分割しました。
4月25日
メストル島。
ガルーダ海に浮かぶ島々の中で最も大きく平坦な島にして、メストリア王国の首都。
綿密な都市計画に基づき、運河が張り巡らされた基盤の目状の都市が形成され、中心部にはかつての神を祀る神殿と、高さ50mを越える『祭壇』が位置している。その二つに囲まれた、海に繋がる人工の湖『メストル湖』は、観光客に最高のスポットと言わしめている。
また、この都市には運河・水門・堤防などによる治水環境が構築されており、洪水などの水害を防ぐと同時に都市内部に淡水を維持できている。
暁歴180年、ガルーダ海に点在した複数の小国が統一され『メストリア王国』が成立して以降、この島は王国の首都として発展してきた。
現在では、メストル島と他島を繋ぐ橋の建設計画が進められている。
そんな歴史あるこの島に、アルバ達を連れた船は到着した。
到着時刻は、4月25日の正午を過ぎた頃である。
「どうじゃ、この『メストル』に足を踏み入れた感想は」
「刺青だらけ」
「刺青だらけ」
「刺青ばっか」
「……もっと違う言葉を期待してたんじゃが」
アルバ、テミス、カイヤ、オルクレスの4人は、港に隣接した飲食店で昼食を済ませ、都市の東地区にあるオルクレスの自宅へと向かっていた。
「すぐにでも観光させたいところじゃが、先ずは儂の家に行かんとな。会わせたい奴らもおる」
「観光も大事だが、まずは目的を果たすことが先だ」
「目的って……ああ、確か『聖剣』を探してるって言うてたの。」
「そう。その所在が分からないから、この国の商人の人達に手がかりを聞くためにここに来たってわけ」
「それって、うちの国王や『司祭』達にも聞くつもりなんか?」
「『司祭』?」
「いわゆる貴族じゃな。国王の補佐や、国政を担っとる」
「……可能なら直接聞いてみたいけど、そう上手くいくかな?」
「いけば嬉しいんだけどな」
「着いたぞ、ここが儂の家じゃ」
話が終わる前に、アルバ達はオルクレスの家と思われる非常に大きな石造りの家に辿り着いた。
「さ、上がってくれ」
「お邪魔しま——」
「オルクレーーース‼」
テミスが家に入ろうとしたその時、一人の女性が猛スピードで家から飛び出してきた。
「どうし——グォッ!」
「あんた洗濯物部屋に置きっぱにしてたでしょ‼ これで何回目だと思ってんの⁈」
片手でオルクレスの首根っこを掴んで、怒鳴り声でオルクレスを叱責したのは、白いローブをオシャレに着こなした女性だった。
薄茶色の肌の上にポニーテールで纏めた艶やかな茶髪を掲げたその容姿は、快活で力強い印象を思わせていた。
「もう……しない……から、許じで……」
「そう言って今回で何度目⁉ というか、なんでウチが洗う時だけ置きっぱにす——あ」
「「「……」」」
この惨状に驚く三人に気づいた女性は、一旦怒りを落ち着かせて三人に顔を見合わせた。
「ええっと、こいつのお連れ様?」
「はい。初めまして、アルバと申します」
「テミスです」
「カイヤです。えっと……、この首掴まれ男のお母さまでしょうか?」
「いえ、妻の『トラテナ』です」
「あ、奥さんなんですね」
「はい、このくそ野郎の」
自身をトラテナと名乗る女性は、オルクレスの首を掴みながらアルバ達と会釈を交わした。
「御見苦しいところ見せちゃってごめんね。ほら、アンタも謝りな」
トラテナが両手をオルクレスの首から話すと、オルクレスは数秒息を整えて三人と向かい合う。
「……すまなかった、です」
船上での勢いは何処へやら、そこにいるのは、妻の尻に敷かれるダメな夫だった。
「なんだか、息子を叱る母親みたいですね」
「殆ど子どもよこれ。カイヤちゃんはこういう男に引っかかっちゃダメよ」
「……肝に銘じておきます」
「ささ、カイヤちゃんと、アルバ君にテミス君、上がって上がって」
◇
「三人とも昼食は食べた? まだなら何か作るけど」
「儂と一緒に港で魚食ったで」
「そ、ならよかった」
トラテナは三人を椅子に座らせて、温かいショコラトルが入ったカップを差し出した。オルクレスは椅子に座った三人とは違って、部屋の端に立たされていた。
「カイヤちゃんたちは、どうして此処に? もしかして観光?」
「ええと、あたしたちは旅をしてまして、その目的地の一つが此処だったんです。その道中で魔物に襲われたんですけど、オルクレスに助けてもらったんです」
「ちょっとだけじゃけどな」
「そうだったのね。こいつ失礼なことしなかった?」
アルバはカップに入ったショコラトルを、息を吹きかけずに口にした。
「ふぅ……、いえ、『刺青』の話で盛り上がったりとか、仲良くさせてもらいました」
「ふ~ん。やっぱ男の人って、刺青を見るの好きよね~。ウチにはよく分かんないわ」
「私もです。こういうのを『かっこいい!』って思うの、何でなんですかね」
「「「かっこいいだろ⁉」」
「かっこええじゃろ⁉」
「ほらやっぱり」
カイヤはカップに入ったショコラトルに、数回息を吹きかけてからゆっくりと口にした。
「ただいま帰りましたー」
丁度彼らの会話の合間に、ドアから女性の優しい声が聞こえてきた。
「おお『ティトーラ』。ちょうど帰ったぞ」
「帰ってきたのですね。おかえりなさ——」
家の中に現れたのは、買い物袋を右手に提げる、少し華美な服を着た妊婦だった。
快活的で力強いトラテナとは違い、その女性は淑やかな白肌の上にウェーブ状の藍色の長髪を掲げており、たおやかな印象を思わせていた。
「……え~っと、どちら様方でしょうか?」
「儂のツレじゃ。海で知り合ってのう」
「怪しい人じゃないから、安心して」
「オルクレスの知り合いの方々でしたか。こんにちは皆様。私は『ティトーラ』といいます」
「こんにちは、アルバと申します。こっちはテミスとカイヤです」
「テミスです」
「カイヤです」
三人は『ティトーラ』という名前の女性にお辞儀し、彼女も頭を下げて挨拶を交わした。
「……えっと、ティトーラさんはオルクレスとどのようなご関係でしょうか?」
「儂の妻じゃ」
「「……⁇」」
アルバとテミスは首を傾げて、頭に大きな「⁇」を浮かべた。
「奥さんが……二人?」
「……もしかして、『重婚』ですか?」
「うん。ウチとティトーラは、同時にオルクレスと婚姻関係を結んでるんだ。この国では一夫一妻が原則なんだけど、理由あって重婚させてもらったの。あ、理由はプライバシーだから聞かないでね」
「まぁ、私が無理をさせてしまっただけなんですが」
「そういったこともできるんですね……」
ティトーラはお腹を少しさすりながら、オルクレスに買い物袋を手渡した。
「ティトーラ、お腹は大丈夫か?」
「ええ、昨日は少し痛かったですが、もう大丈夫よ」
「あんま無理しちゃいかんぞ。ほら、ここ座ってゆっくりしとき」
「ありがとう」
ティトーラはよいしょと呟きながら、オルクレスの横にあった大きめの椅子にゆっくり座った。
「さて、アルバたちはこれから情報収集に行くんじゃろ?」
「ああ。出来れば案内がてら、ついてきてくれると助かるんだが」
「うーむ、儂はこれから『用』があっての」
「じゃあ、ウチが三人を案内するよ。みんなの目的はよく分かんないけど、せっかく来たんだからメストルを楽しんでもらいたいし」
「じゃあ頼んだ」
「ティトーラ。7時半くらいには帰ってくるから、ゆっくりしててね。夕食を作るときも無理しないように」
「わかったわ。アルバさんたちをよろしくね」
「よ~し、じゃあ早速観光しましょう!」
「おーーーッ!」
「観光目的じゃないですよ⁉」




