第四楽章 センザ・メオス
日本シリーズを見ていたので、4日ぶりの更新です。
——『センザ・メオス』——
それは、刻印を傷つけた者が変身する、畏怖嫌厭の悍ましい魔物。
彼らに理性は存在せず、ただ本能のままに行動し、生命を害し、やがて絶命する。
正教が初めて観測した『センザ・メオス』の変身者は、正都ペダンマデラに居住していた少年『フレイゴール・ヌアロ』であり、その姿は腹部に巨大な口を持つ悍ましい獣の姿だった。
1297年9月、正都ペダンマデラにて、フレイゴールは『センザ・メオス』に変身し、市街地を暴走。複数の人間をその腹部の口で食い殺した。
『センザ・メオス』は討伐後、通常の魔物と同じように灰となって消滅したが、食い殺された人々の骨が残ることはなかった。
その事件以降、4か国でも『センザ・メオス』の変身者が報告され、正教や4か国は『刻印の呪い』の罹患者たちに、刻印を傷つけることの禁止と、刻印を服や包帯、装飾で隠すことを推奨させた。
結果、『センザ・メオス』の報告例は少なくなり、変身の原因についての調査が進むことになったが、変身の原因は未だ『刻印を傷つける』以外ハッキリとしていない。
手がかりとなりそうな情報があるとすれば、フレイゴールに食い殺された人々の特徴である。当時ペダンマデラ内ではとある『デモ』が発生しており、被害者たちは全員『デモ』の参加者だった。
また、フレイゴールの変身前の『行動』に違和感があったことが、彼の両親の供述から判明しているが、情報はその二つだけ——。
その真相は、『刻印の呪い』をかけた『魔王』のみぞ知る。
◇
昼下がりには似合わない雨風の中——
アルバ達は巨大魚の姿の『センザ・メオス』と対峙していた。
海から向ける、笑みを貼り付けたその顔は、まるで三人に『初めまして』と挨拶しているようだった。
「三人ともッ!」
威勢の良い声を響かせたのは、ブリッジにいた船長だった。
「その気持ち悪い魚だが、あんな図体じゃあ浅瀬は泳げん! 近くに『小島』があるから、そこの波止場まで避難する! だからそれまで、持ちこたえていただきたいッ!」
帆船は進路を変更し、北西にある小島に標準を移して進み始めた。
「テミス! 何か有効そうな魔法はあるか⁉」
「物量で攻めるなら『砕け散る氷塊』とか『降りしきる乱雹』があるけど、船を傷つけちゃうかも知れない!」
「ならカイヤとブリッジに行って、船長の指示を仰いで風の魔法で帆船の速度を上げろ! 俺はあいつを退ける!」
「了解! カイヤ、一緒に船長のところに向かおう!」
「わかった!」
テミスとカイヤはブリッジに向かい、雨に打たれるのは一人のみとなった。
センザ・メオスは相も変わらず、アルバに向けて笑いかけている。
「……クソがッ」
そう吐き捨てるように呟いた、その時——
「あっつッ!」
彼の左前腕の刻印から、炎が上がった感覚が引き起こされた。それはペダンマデラを旅立った時に感じたのと同じ、炎無き発火の感覚だった。
——『こいつ』は、何なんだ。
汗をかく少年の視線には、包帯に隠された炎のような刻印が一つ。
——『こいつ』は俺に……、何を望んでいるんだ⁉
そう考えた時、既にセンザ・メオスは海におらず、アルバがそれに気づいた時には、勢いよく帆船の上を飛び超えて、紫色のアーチをかけていた。
着地し、激しい水飛沫がデッキに叩きつけられた直後、今度は間髪入れずに再度帆船を飛び超えて、紫色のアーチをこれ見よがしにアルバに見せつけた。
「今度は連続かよ!」
二度連続で飛び越えた後、センザ・メオスは帆船から遠くに離れて泳ぎ始めた。時折見せるその顔は、相も変わらず笑みを張り付けていた。
「こいつ……船を狙っているわけじゃないのか?」
アルバの瞳に映るその姿は、まるで新しい玩具をもらった、無邪気な子どものようだった。
「……まさかこいつ、ただ『遊んでいる』だけなのか?」
そう考えている間にも、帆船は小島に向かい、センザ・メオスは泳いでいる。
「アルバッ!」
雨の中に言葉を投げかけたのは、デッキから顔を出したカイヤだった。
「なんかあったら『回復魔法』をかけるから、あんたは思い切り剣を振ってあいつを退けて!」
「……了解した!」
アルバは旋風の剣を両手で構えて、無邪気に泳ぐセンザ・メオスを見据えた。
それに気づいたのか、アルバに視線を移したセンザ・メオスは、再び帆船に向かってきた。
——この天候ならッ!
「雨風を呼べッ!『旋風の剣』‼」
その名を叫ばれた剣の剣身に、光り輝く秘文字が浮かぶ。旋風を纏うその剣身は、吹き荒ぶ雨風を強制的に吸収し、剣身に黒めいた風が纏われる。薄黒く染められたその剣は、今まさに大技を放たんとしていた。
——避けてみろッ!
アルバはデッキのレールに足を思い切り乗せて、勇ましい声でその技の名を叫んで剣を振った。
「——『荒れ狂う暴旋風』——‼」
轟音を鳴らしながら、海へと打ち放たれる黒く巨大な旋風。
巨大な竜巻のようなそれは、青い海と無関係な魚たちを裂いて巻き上げながら進んでいく。
旋風の射線上に入っていたセンザ・メオスは旋風に危険を感じ、急いで左方向に避けようとする。
だが、旋風は海を巻き上げ更に巨大化し速度を上げていた。
センザ・メオスは何とか射線上から外れて直撃を免れたが、肉体の側面と尾ヒレは旋風を避けること叶わず、青色の出血を激しく起こした。
『————————‼』
巨大な旋風は、青色の血しぶきをも巻き上げて、薄暗い水平線上に消えていった。
「これで退いてくれるといいんだがッ!」
攻撃を食らったセンザ・メオスは、先ほどより興奮しながら、帆船のアルバに猛スピードで向かってくる。それはまるで、喧嘩に夢中になる可愛い子どものように。
「そりゃ遠距離攻撃は効果薄いよなぁ! ……旋風の剣!」
旋風の剣は再び雨風を吸収し、その剣身を黒く染め上げた。アルバはそれを真横に構え、剣を突き刺すような体勢で子どもを歓待する。
子どもは一度深く海に潜った後、帆船のアルバ目掛けて勢いよく飛び出し、アルバは体制を維持しながら、剣と共に海に身を投げ出した。
荒れる海の上、忌々しい笑顔がアルバに押しつけられんとするその時、アルバは針の様に鋭く強烈な旋風を解き放った。
「『突き穿つ旋風』‼」
大地を穿つほどの旋風は剣身と共に、センザ・メオスの顔面のやや上の位置に突き刺さった。
『—————ッ‼』
旋風は後頭部を貫通し、センザ・メオスは悲痛の叫びを上げる。そして、もがき苦しみながらも頭部を上下に振り、アルバと突き刺さった剣を懸命に抜き払おうとした。
「アルバッ! 小島までもうす……アルバ⁉」
カイヤが少年の名を呼んだ時には、すでにデッキには人影はなかった。
「くそッ! 剣が抜けねえ!」
アルバはすぐに剣を抜いて退避するつもりで攻撃したが、センザ・メオスとの肉体が予想以上に硬かったことで、抜くことが出来ずに戸惑っていた。
センザ・メオスは癇癪を起こした子どものように頭部を海面に打ちつけ、やがて海に潜ってしまった。
——不味い、このままじゃ溺死する!
——何とかして剣を抜かなければッ!
海の中で暴れるセンザ・メオスと頭部に突き刺さるアルバは、何度か帆船にぶつかりながらも剣を振り払おうとするが、なかなか抜くことが出来なかった。
——くそ……もう意識がッ。
呼吸が出来ない中、身体は帆船や水面に叩きつけられたことで、アルバの意識は次第に薄れていく。
——旋風の剣ッ!
アルバは一か八か、旋風の剣にマナを込めれるだけ込め、センザ・メオスの体内にある剣身に纏われた旋風を、逆方向の自身に向けて放った。
結果、旋風の勢いによって剣はセンザ・メオスから抜かれ、痛みから解放されたセンザ・メオスはそのまま泳ぎ去っていった。
アルバはなんとか海面から顔を出し、背浮きの姿勢をとることが出来た。
——なんとか……やれたが……船には……もどれ……な……。
だが、アルバの意識だけは、深い海へと沈んでいった。
「船を止めて船長! アルバがデッキにいない!」
アルバがいないことに気づいたカイヤは、彼を探すため船長に呼びかけていた。
「船が壊れかけてる現状では無理です! 一旦波止場に止めてからでなければ、我々が沈むかもしれん!」
アルバがセンザ・メオスに剣を突き刺してから、センザ・メオスは帆船に何度かぶつかっていた。これ以上衝撃が加われば帆船が損傷する可能性があり、全体を優先する船長は帆船を止めるわけにはいかなかった。
「でもッ! アルバは——」
「カイヤ! 後で僕が泳いで連れ戻す! だから……少しッ、我慢してくれッ!」
風の魔法を放ち続けるテミスの言葉は、酷い疲れを伴って発せられていた。
「……わかった」
カイヤが感情を落ち着かせた後、帆船は無事に波止場に到着し、天候はやがて回復した。
離れ小島には、一隻の船が停まっている。
設定を一つ。
前回の話で、『古龍族』とその子孫の『飛竜族』の話が出てきましたが、両種族は骨格が違います。
古龍族は、4足歩行・背中に翼が生えた「ドラゴン」と呼ばれるもの。
飛竜族は、前肢と翼が一体化した「ワイバーン」と呼ばれるものです。
二つの種族がどう物語に絡んでくるのか、ご期待いただければと思います。
次回 『かくも美しき刺青』




