第三楽章 微笑む二人、笑う大海
魚の紹介文を一部訂正しました。
ガルーダ海。
それは、プルガトルム北東部に存在する海である。
そして、『メストリア王国』の領海でもある。
ガルーダ海に浮かぶ島々は総じて『ガルーダ諸島』と呼ばれ、その中で最も大きく平坦な島『メストル島』が、メストリア王国の首都となっている。
ガルーダ海の特徴として、全体的に透明度が高い海であることが挙げられる。晴れの日には、海上からサンゴ礁や優雅に泳ぐ魚たちを眺めることが出来る。
また、ガルーダ海全域に建てられた建築物は、白い漆喰が塗られた石壁で作られているものが殆どであり、透明度の高い海と相まって、美しい景観を形成している。
先史時代は海賊が跋扈していた海だったが、暁歴200年にメストリア王国が建国されたことで一掃され、『一時の平穏を享受できる場所』として有名な海となった。
そのため、ガルーダ諸島はリゾート地として有名であり、世界各地の人々がバカンスに利用している。
だが、バカンスに行く時期には要注意だ。
ガルーダ海は夏雨気候であり、一年の内『6月から9月』までは降水量が非常に多くなる。そのため、水難事故が起こりやすく危険である。また、メストリア王国は漁業を主要産業としているため、漁獲量減少による、国の情勢の不安定化が危惧されがちである。
また、冬はかなり冷え込むため、冬に海辺で遊ぼうなんて考えてはいけない。
そのため、メストリア国王は『10月と3月がベストタイミングである』との御触れを出している。
現在は4月22日。比較的安全だが、長居は推奨できない時期である——。
◇
魔猪を討伐した数時間後の夕方、三人はガルーダ海の港に到着した。
三人は馬車に濡れてはいけない荷物を預け、馬車の御者に一旦の別れを告げた。
「指定された船は……、これか」
それは、かなり大きめの帆船だった。複数の帆と帆柱を持ったその船は、正教から依頼を受けた船長が所有するものだった。
褐色の肌に無精ひげを生やした船長の案内の下、三人は帆船に乗り込み、帆船はメストリア王国の首都『メストル島』へと出発した。
三人は海上からサンゴ礁や魚を眺め、時には船酔いをし、帆船の料理人から美味しい魚料理をいただいた後、ぐっすり眠りにつくのであった。
「ん~~ふぁぁあ~~」
気の抜けた声を上げながら、カイヤは起床する。
馬車旅では感じられなかった心地よい眠りから目覚めたからだろうか、猫背で歩くカイヤは普段とは違う幼い雰囲気を醸し出している。
時刻は丁度7時を過ぎた辺りで、朝食の8時には少し早い時間だった。
カイヤは日の光と風を浴びるために、顔を洗わずに寝室を出て、船のデッキに足を運ぶ。
今日は冷めたい風が吹く、生憎の曇り空だった。
カイヤがデッキに着くと、模様が入った白い羽織を着た先客が、冷たい風を浴びていた。
先客は、赤黒い髪で編まれた小さめの三つ編みと、左耳のピアスが良く映える、中性的な横顔の少年だった。
そして、少年は何をすることもなく、ただレールに手を置いて、海を眺めていた。
「おはよう、アルバ」
そう挨拶すると、少年は少し遅れながら、カイヤに顔を向けた。
少年は、無表情とは言えぬ、儚げな表情を浮かべて、赤黒い髪を靡かせていた。。
——あれ? アルバって、こんな感じだったっけ……。
「おはよう、カイヤ」
それは、何かに安堵したかのような、優しい声だった。
「海、綺麗ね」
「ああ」
「あとどのくらいで、首都に着くんだろうね」
「明日には着くといいけどな」
カイヤはレールに寄りかかって、アルバと共に海を眺めている。だが、馬車旅の時とは違い、二人の距離が遠いような感覚が、カイヤにはあった。
——なんか喋りにくいわね……。
思えば、カイヤがアルバと二人きりで話すのは初めてだ。三人でいる時は仲睦ましい二人だが、こうも二人きりとなると、カイヤは何を話せばいいか分からなかった。
——ああもう、なんでこういう時にテミスはいないのよ!
いびきをかいて眠る『彼』に心の中でキレていると、一段と強い風が船上に吹いた。
すると、風に揺られたアルバのピアスが、カイヤの瞳に映りこんだ。男性には似合わなそうな青色の宝石のピアスは、ただのオシャレではなく、何か意味があるかのように輝いていた。
「……ねぇ、アルバ。その、左耳のやつって……」
会話の糸口を見つけたカイヤはもじもじしながら、アルバに話を持ち出した。
「ん、これ?」
「そ。それって、何?」
「これは『風言機』っていうんだ」
「……風言機?」
「そ。何かあった時に伝えられるようにって、『妖精族』の族長の娘から貰ったんだ」
「妖精族の娘?」
「妖精族は『風言』っていう、『言葉を風に乗せて遠い場所まで運ぶ技』を持ってるんだが、それを任意の者だけに伝えられるように試作された物が、このピアスなんだ。……まぁ、精度が悪いから殆ど連絡とれないけど、ないよりはマシだから、こうやって身に着けてる」
「へぇ、それ意味あったんだ。……正直似合ってなかったから、あんたのセンスを疑ったわよ」
「……これ、センス悪いのか」
「青色があんたの髪に似合ってないのよ。でも、あんた美形だから、ある程度は似合うんじゃない?」
「急に褒めるじゃん。照れていいか?」
「褒めてません~。あと照れるな」
先ほどの空気は何処へやら、二人の間はいつもの距離に戻ったようで、二人は冗談交じりに会話を弾ませていた。
「てかさ、アルバは『アムネリア?』ってとこにいたのよね? そこが『妖精族』の住んでる場所なの?」
「そう。極北に『幻影の森』っていう、侵入禁止の森があるだろ? あそこにあるのが『妖精領地アムネリア』。
プルガトルム極北にある『幻影の森』。それは、一度入れば二度と帰ってこれない危険な森だと、子供たち向けの童話にもそう書かれている。
「暁歴100年に人間族と妖精族の間に『絶縁宣言』が宣言されて、『特例』以外の二種族の交流が終了した。その後に妖精族が移り住んだ場所が、『妖精領地アムネリア』って呼ばれてる」
「……妖精族って、昔から存在してるのは知ってたけど、1000年以上前は私たちと交流してたのね」
「先史時代は、妖精族みたいな種族が多く生きてたみたいだしな。でも、現存の文献に記述があるのは、『妖精族』、『古竜族』、その子孫である『飛竜族』の三種族のみだ。ちなみに、『飛竜族』は暁歴1000年頃に絶滅したと言われてる。絶滅の原因は、はっきりしてないけどな」
「色んな生物がいたんだ……。『飛竜』かぁ。本では見たことあるけど、一目だけでも見てみたかったなぁ……」
カイヤは雲がかった空を見上げて、この世にいない『飛竜』に思いを馳せた。
「ちなみに、『聖剣』を鍛造したのは妖精族だぞ」
「え⁉」
間髪入れずに、アルバに関する重大な話が続く。
「俺の旋風の剣と、兄の『灼陽の双剣ネロ』っていう双剣も、妖精族が鍛造したやつ」
「ええ⁉」
「で、俺の兄が『勇者になる』って言って、一人でアムネリアに向かったら妖精に認められて、『聖剣』を渡されてた。それで、俺ら家族はアムネリアへの立ち入りが認められて、戦争後はアムネリアに避難させもらったって感じ」
「サラッと重要なこと話さないでよ……。頭が追いつかないじゃない……」
カイヤはおでこに手を押しつけて、軽快に話すアルバに頭を悩ませた。
「……じゃあ、あんたはそこでずっと鍛錬してたってこと? テミスが前に『昔は殆ど運動してなくて、本ばっか読んでた』って言ってたし」
「まぁ……そういうことだ。3年くらいずっとやってたけど、運動能力は上がったし、体力はついたし、筋肉もついたし、魔法もなんとか学べた。辛かったが、妖精たちには感謝してる。顔も良くなったし」
「『顔は老けた』の間違いじゃない?」
「なんだとぉ」
気の抜けた声を聴いたカイヤが微笑むと、綺麗な銀髪が風に揺れた。アルバがそれに微笑み返すと、彼のしなやかな髪も風に揺れた。
「……もう朝食の時間だな。せっかくだし、テミスを起こしにいこうぜ」
◇
昼食まで食べ終わった昼下がり、ガルーダ海は荒れ始めていた。朝より強くなった風は波を激しく立たせ、雨が降り始めていた。
「この時期にここまで荒れるのは、かなり珍しいですな」
アルバ達は船長が座するブリッジに集まり、海の状況を聞きながら雨風を凌いでいた。
「やっぱ、4月はあまり荒れることがないんですか?」
「ええ。4月や5月に雨が降ることは多々ありますが、それでも降水量はそこそこ止まりです。風もあまり強く吹かないので、比較的安全な時期と言われているのです」
「……でも何か、嫌な感じがしますね」
「ですが、この船は頑丈ですので、難破することはないでしょう。ご安心ください」
「わかりました。船長さん、ありがとうございます」
船長にお礼を告げて、アルバ達は部屋に戻った。
「こういう時は寝るのが一番なんだろうけど、なんか寝にくそう」
「僕はまた船酔いしそうで怖い」
三人は男用の部屋で、暇を持て余していた。
「船旅ってちょっとは憧れてたけど、天気が良い時と悪い時の気分の落差がこんなにあるとは思わなかったわ」
「夏はこんな天気が続くと考えると、メストリア王国も大変だろうな」
「……ゲームでもする?」
「あんた何か持ちネタあるの?」
「ないけど」
「じゃあ話切り出さないでよ。イライラするか——」
その時、帆船が何かにぶつかり、激しく揺れた。
「いっッた! 頭打った!」
「何かにぶつかった⁉」
「いや、この船を揺らせるやつなんているのか⁉大型の帆船だぞ⁉」
『————————————』
「とにかくデッキに出るぞ! 魔物の可能性だってあるからな!」
三人は部屋を出て、雨風を浴びるデッキに足を運んだ。海は、先ほどよりも激しく荒れていた。
そして、帆船の横には、とてつもなく大きい魚影が一つ。
「風よ!」
アルバは旋風の剣が纏う旋風を、魚影目掛けて放った。風を食らった魚影は、海へと消えていった。
「……帰った?」
「いや、それはな——うおッ!」
魚影は帆船に再度ぶつかる。アルバ達はデッキのレールに掴まって、海へ吹き飛ばされるのを防いだ。
「あれって魔物⁉」
「いや、魚型の魔物なんて聞いたこともないし、大きすぎる! 水中にはマナが殆どないって、教科書に書いてなかったっけ⁉」
「普通はありえないだろうな! ならこいつは——」
その時、巨大な魚影が再び現れ、帆船の上目掛けて勢いよく飛び跳ねた。魚影だったものは、船上にアーチをかけて、身体を捻りながら船上を舞う。
アルバ達が目にしたその姿は、『魚』というにはあまりにも異質すぎた。全身に棘のように鋭く発達した鱗、10基を超える巨大なヒレ、多数の歯が不規則に重なり配置された巨大な頭部、夜に紛れる紫色の体色。それは巨大魚というスケールには収まらない、狂気じみた姿の魚だった。
魚は帆船を跨いで海に落ち、帆船には激しい水飛沫と荒波が襲った。
「ちょっとッ! ただでさえ濡れてるのに、更にずぶ濡れになったじゃない‼」
「アルバ! もしやこいつは——」
海に落ちた魚は海上に顔を出して、アルバ達にその豆粒の様な瞳を向ける。
複数の歯と、それに沿うように生えた二又の髭を備えたその顔は、『笑って』いた。
「……ああ、間違いない。こいつは――」
『————————————』
「——『センザ・メオス』だッ‼」
次回は少し更新が遅れます。
また、今後は後書きにプルガトルムの歴史を書くことがありますので、よければ読んでみてください。




