聖女はゲス王から逃げた――選んだのは隣国の王子との未来でした
※本作は、ストーリーを損なわずテンポよく再構成した作品です。初めての方にも、以前読んだ方にも楽しんでいただけたら嬉しいです(ᴗ͈ˬᴗ͈)✨
「いい香りだ。お前の香りはとっても甘い」
さっきから、とーっても気持ち悪くクンクンと嗅いでくる奴がいる。
こいつはアレイト王国の王トリルだ。
「おやめ下さい。見られたら大変です……!」
聖女の立場上、丁寧な言葉で拒んだ。ホントは今すぐ突き飛ばしたい。
「人払いをしているから大丈夫だ」
(そういうことじゃない、妻がいるくせに!)
トリルには妃がいる。だが、"気位が高くて気に入らない"と浮気三昧なのだ。
「お前が私の愛人になれば、楽をして生きていけるぞ。聖女なんて、神経を使うばかりだろう。もっと欲を知ってもいいんじゃないか?」
ゾゾゾ――
クラリスの全身が粟立つ。
(聖女に選ばれなければ……)
ある日、聖女判定で聖女だと認定された。自分の意思に関係なく。
クラリスの実家は貧乏な子爵家で借金があった。だから、娘が聖女だと認められると、彼らは大いに喜んだ。聖女は大金がもらえるから。
本来、聖女に選ばれるのは名誉なことだ。ただ、聖女としての役割をきちんと果たすことができればである。
でも、現実はこれ――
下卑た王の顔が目の前にある。王は女にだらしなくて、その妻は、夫が愛人をつくるたびに愛人を殺していくイカれた人物だ。
(愛人になんてなったら殺されちゃうわ。なによりこいつの愛人なんてなりたくない!)
王族の彼らは、頭が痛む、胃が痛む、よく眠れない、肩がこる……といったくだらない理由で聖女をまるでかかりつけの医者のように使っている。まったく世の中に役立てようとは考えていなかった。
たまに、平民の不満が溜まってくると、これみよがしに平民の患者を治療させるだけ。
「どこを見ている。私を見ろ」
王の手が伸びてきて抱き寄せられた。
(このままじゃ、襲われる!)
クラリスは目の端にうつるティーカップを床にはたき落とした。
カップが砕けた音が派手に響いた。
ドンドンドン!
途端に扉が叩かれる。あれは、神父だ。一緒に城にやってきていた。
「どうされましたか!?物が割れるような音がしました」
「苦しいんです!体調がすぐれません!」
王がにらみつつ腕を離した。
「聖女様!」
年老いた神父は扉を開け放ち、クラリスに走り寄った。
「勝手に入ってくるなど失敬な!」
「申し訳ございません。聖女はこのところ、体調を崩しておりましたから心配で……」
神父が恐縮しながら言う。
「ならば、城で治療させればいい。私が面倒を見てやる」
「それはさすがに……!聖女を王室が独占するように見えてしまいますから」
とっくに王室に都合よく使われているが、神父があえて指摘するように言うと、王が眉間にしわを寄せる。
「治療のどこが悪い?医者を呼んで面倒見てやると言っているんだ。……クラリス、ここに留まれ。私はまた夜に顔を見にくる」
王は呼びに来た侍従と去って行った。
――部屋の中にクラリスと神父の二人になった。
「神父様、ありがとうございます。助かりました……」
「聖女、殿下はそなたを自分のものにしたくて仕方ないのだろう。聖なる力を失うぐらいなら逃げるしか方法はあるまい」
聖女は清らかだからこそ、不思議な力が宿ると言われている。神父はそういった意味でもクラリスを守ってくれていた。
「私もそのつもりです。覚悟しました」
神父は大きく息を吸うと、魔法を唱えた。
「そなたの存在を認識できなくなる魔法だ。私はここに残り、逃げたことと悟られないようにしよう。無事、逃げてくれ」
「ありがとうございます。神父様もご無事で」
短い別れをすると、クラリスはマントを頭から被り部屋の外へと出た。
神父の魔法は効果てきめんで誰にも止められることなく城の外まで出られてしまった。
(城の外には出られた。ここからどこに行こう……実家はアテにならないし……)
頭の中で目まぐるしく考えた。
(一か八かだけど……コナおばさんの所を訪ねてみようかしら)
コナおばさんは裁縫屋のおかみだ。聖女になる前、身分を隠して刺繍を売りに行っていた。
彼女はとても人が良くて、頼めば住み込みで雇ってもらえそうな気がしている。
――こじんまりとした店の前まで来ると、思い切って店の扉を叩いた。
「誰だい?あ、クーラじゃないか」
「コナおばさん、こんにちは!元気にしてた?」
「今までどうしていたんだい?刺繍、売りにこなくなったじゃないか」
「あ……それはね」
彼女にそれらしい理由を話す。
「私、家出したんだ。愛人にさせられそうになって。だから、自分の力で生きて行こうと思って。私、一生懸命働くから住み込みで雇ってくれないかな?なんでもするから!」
お祈りポーズで頼み込んだ。
「へえ……。まあいいよ。ちょうど、大口の仕事を頼まれたところなんだ。部屋も空いてる。タイミングよかったね」
「ありがとう。とってもとっても助かるわ!」
その日からすぐに働き始めた。都合のよいことに裏方で刺繍作品を作ればいいと言われた。
「おばさんには息子さんがいるのね。知らなかったわ」
クラリスにあてがってくれたのは、息子の部屋だという。
「息子はね、兵士として働いているよ」
「え、兵士なの……?」
聖女の顔はあまり知られていないといえど、城勤めの兵士なら聖女だと気付かれてしまうのでは……と、頬をこわばらせた。
「息子の部屋ですまないね。でも、滅多に戻ってこないから気にしないで使って」
そう言われたのに、その息子は近々、休みで家に戻る予定があるらしい。今朝、おばさんに言われた。
「ごめんね。突然、休みが取れたって言うもんで。息子が戻っている間は私の部屋で寝起きしておくれ」
「わかりました。なんかすみません。私のせいで迷惑かけちゃって……」
「いいんだよ。それより、夕飯なににしようかねえ」
その日、いつも通り刺繍をして過ごしていると、夕刻に外から“ただいま”という野太い声が聞こえた。
扉を開けて入ってきたのは、190センチ以上はあろうかという大男だ。男性らしい凛々しい顔をしている。
(どうか、私の顔を知りませんように……)
クラリスは目を伏せ頭を下げて挨拶した。
「……君は誰だ?」
「私はクーラといいます。住み込みで雇ってもらっていて」
「そうなのか」
自分の顔を見ても特に反応がない。肩の力が抜けた。
「もっと遅く来ると思っていたから、まだあんたの部屋にクーラの荷物が置いてあるんだ。あんた、クーラの荷物を移動するの手伝ってやって」
「ああ」
二人で部屋にくると荷物を移動する。
「ありがとうございます。ここに来てそれほど経っていない割に、荷物が増えてましたね。ごめんなさい」
「いや、気にしないでくれ。普段はオレはいないから。母さんが一人でいるよりずっといい」
母を気遣う言葉を聞いて、クラリスは頬を緩めた。
「まだ、お名前を聞いていませんでしたね。お名前を聞いても?」
「ああ、そうだった。オレはハイラスだ。兵士をしている」
「体格がガッチリなさっているから適任ね」
「こう体が大きいと怖がられるのだが、君は大丈夫か?」
「大丈夫ですわ。お母様を案じる優しい方ですもの。こうして荷物を移動するのも手伝ってもらえていますし」
「……ならよかった」
ハイラスは足先をもじもじ動かした。
(見た目と違って可愛らしいところがある人ね)
休みだという三日間、クラリスは仕事をこなしながらハイラスと些細な会話を交わした。彼は寡黙だが、クラリスの言葉をよく聞いてくれる人だった。
城に戻る前日の夜、夕飯後にハイラスに裏庭に誘われた。
「……その、城に戻る前に改めて母を支えてくれている礼を言いたくて」
「いえいえ、私こそおばさんに助けられていますわ」
ハイラスは口をモゴモゴとさせている。
「なにか?」
「……いや、話そうと思ったことがあるのだが……今度会った時にしようと思う」
「そうですか。では、その時に」
朴訥な彼は言葉が上手ではない。無理に聞き出そうとは思わなかった。
――クラリスが逃亡して半年が経っている。
ハイラスは時折、帰宅してきては相変わらずささやかな話をした。
二人でいても別に甘い雰囲気んもなるわけでなく、クラリスも伸び伸びした様子で過ごしている。
そんなある日、店先でおばさんと客が話す声が聞こえた。
「神父様、このところ調子が悪いんだって」
「そうなのかい?今度、懺悔でも聞いてもらおうと思っていたのにねえ」
(ああ、神父様は無事に戻られていたのね。でも、体調が悪いの?気になるわ)
自分を逃がしてくれた人だ。いろいろと世話になったし、できれば会いたかった。
何日か考えた後、変装すると思い切ってコッソリ教会を訪ねた。
懺悔室に入ってカーテンを閉めると、しばらくして仕切りの向こうに神父が座る気配を感じた。
クラリスはそっと、十字架のネックレスを差し出した。すると、格子の向こうがハッとした雰囲気になる。
「聖女……無事でいてくれてよかった」
「神父様も……。私、実は城下で密かに暮らしています」
「灯台下暗しということか。聖女が消えて王室は今も密かにそなたを探させている。それに、殿下はまだそなたを諦めていない」
「まだ私を……」
王室は聖女が逃げたことを隠している。それはそうだろう。聖女が国にいるだけで国民は安心する存在だ。
――その時、神父になにかを伝えにきた人がいた。
「なんと……!わかった。お前は対応するように」
用件を伝えにきた人物は急ぎ去っていく。
「なにかあったのですか?」
「そなたに気づいたらしい。ここに兵士が向かっているという情報だ。急いで裏手から逃げなさい」
「はい」
心臓の鼓動が早くなり、全身から冷や汗が出ているような感覚に陥った。
やっとの思いで裏手の扉を開けた瞬間――
「クラリス。やっと会えたな。なぜ逃げていた?」
王が立っていた。
「あ……」
なにも言えずに立ち尽くしていると王が近づき、クラリスの手に手錠をかけた。
「な、なにを」
「また逃げようとするかもしれないからな。……でも安心した。美しいままで」
いやらしい目で全身を舐めるように見てくる。
思わず後ずさると、腕を掴まれた。
「そう、固くなるな。先に城に戻って支度をしておくんだ。私は神父を罰する必要があるからな」
「神父様は関係ありませんわ!」
「じゃあ、なぜ、神父に会いにくる?おかしいだろう。会いに来るなら私に会いにくるべきだ」
そう言うと、首筋を吸われた。悲鳴を漏らすとニヤリとされる。
「私のために着飾らせておくように」
王は兵士に指示すると、神父の元へと向かった。
(嫌……嫌……!)
抵抗したが、兵士に拘束されて馬車の方へと連れて行かれる。
(あの馬車に乗ってしまったらもうおしまいだわ)
「やめて!!」
叫んだ。
すると、自分を拘束していた兵士の一人が弾き飛んだ。
「クラリス!」
荒い息を吐いていたのは……鬼神のような顔をしたハイラスだった。
ハイラスは手錠を破壊し、クラリスの手に紙を握らせると叫んだ。
「これを持って逃げろ」
ハイラスはそのまま集まってくる兵士を片っ端からなぎ倒していく。
「早く!」
「は、はい」
クラリスは、全力で駆けると、ひたすら走った。駆けて駆けて駆けて……誰もついて来ないのを確認したところで、路地に入り込むと座り込む。
「はあっ!はあっ……!」
ハイラスに渡されたメモがグシャグシャだ。
(これ……なんだろう)
紙を広げると短く文字が書いてあった。
《ルヘル国へ向かえ。川岸の橋に馬車を用意してある》
(ルヘル?隣の国だわ)
なぜ、隣国向かえというのだろう、とわけがわからなかったが、ハイラスは信頼できる人だ。言葉の通り、川岸に向かおうと思った。
川岸の橋まで身を隠しながら辿り着くと、馬車が紙に書いてある通り、待機していた。クラリスの姿を見つけた御者は、すぐに馬車の扉を開けてくれる。
尋ねる間もなく、馬車はすぐに出発して国境に向かっているようだった。
――何時間かしてやっと馬車が停まった。
「お疲れになったでしょう。ゆっくりとお休み下さい」
馬車から降りると、そこは優美な屋敷の前だった。
「あの、ハイラス様は?あれからどうなったのでしょう?」
「それにつきましては、後日説明いたします。とにかく屋敷にお入りください」
メイドが入浴や着替えなど全て手伝ってくれた。貴族らしい生活からだいぶ遠ざかっていたので、不思議な気持ちになった。
翌日、不安な気持ちで目を覚ますと、部屋に入って来たのは……コナおばさんだった。
「コナおばさん……」
「ふふ。驚かれましたか?」
いつもと話し方が全く違う。それに、町人風の服装ではなく執事が着るようなキリッとした服装をしている。
「これはどういうことなんですか?」
「ふふ。それは主から伺ってください。ちなみに、私の本当の名はコハンナと申します。私は、あなたを守る役目をしておりました」
「私を守る?」
「そのあたりも主から聞くとよいでしょう」
コハンナはなにも教えてくれぬまま去った。スカートを握りしめる。
「なにがどうなっているっていうの……?」
茫然としていると、しばらくしてドタドタした足音が聞こえてきた。
(この足音は……まさか)
扉が開くと、思った通りハイラスだった。
「大丈夫だったか?」
ハイラスの全身にはあちこち擦り傷ができていた。いろいろ言いたいのに目に涙が浮かんできた。
「あなたこそ、大丈夫だったんですか?怪我をしているようですけれど……!」
「オレは頑丈だから大丈夫だ」
クラリスはハイラスに抱きつくと涙をボロボロ流した。
「今回のことは一体どういうことなんですか?コハンナさんがいう主ってあなたなんですか?もうわけがわかりません」
「ごめん。理由があって話せなかった。……オレはルヘルの第二王子なんだ。名前もハイラスではなくエンタルという。実は聖女を攫おうとして潜入していた」
「あなたは王子で、本当なエンタルという名前で、私を攫おうとしていた?」
目の前が真っ白になりそうになった。
「大丈夫か?」
ガッチリした腕に支えられる。
「攫おうとしたのは、アレイト国が聖女を私物化していると知ったからだ。助け出すと言った方がよかっただろうか。君を王は愛人にしようとしていたのも知っている。だから、君が自然とコハンナを頼るようにさせてもらった」
「コハンナさんは私に近づくために親切にしてくれていたのですね……でも、私が聖女と認められる前からの付き合いだわ」
「コハンナは、街でたまたま子どもを治療する君を見ていたんだ。物陰だったから君は気付いていなかったのだろう」
作られた出会いだと知って、複雑な気持ちになった。長くため息をつくと、ハイラスが眉を下げて伺うような表情をする。
「すまない。なんと言っていいか」
「複雑な気持ちですが……結果として今、私がここにいるのはありがたいことだと思っています。あのまま城に連れて行かれていたら、私の人生は終わっていたから」
「そんな、君の人生を終わらせるなど……!こんな時に言うのはなんだが」
エンタルは突然、しゃがみ込んだ。いや――跪いている。
「オレと結婚してもらえないだろうか?」
「え……?ちょっと待ってください!あなたはルヘルの王子で聖女の存在を求めているのではないですか?私自身ではなくて」
「いや、君自身を求めている」
「でもそれは……」
どこまで本気で言っているのだろう、と考えた。
聖女はどの国も欲しい存在だ。攫われるほどに。
「私と結婚などしたら……聖なる力がなくなるのですよ?そんなのは困るでしょう?」
「いいんだ。そんなのは迷信であるし。たとえ、本当でもオレは君と人生を歩みたいんだ」
「どうしたらいいんでしょう……」
本当は普通の幸せが欲しい。結婚して子どもも欲しい。でも、人を救う力を失ってもいいのか?と考えると指先が震えた。
「難しく考えるな。神は人を不幸にしてまで人々に幸せなど求めない」
エンタルの言葉に光を感じた。
震える指先をそっと彼の手に重ねる。
「私があなたとの未来を選んでも誰からも責められないかしら?」
「怖がらなくていい。神はそんな心の狭い方ではないよ」
クラリスはエンタルに抱きついた。
未来はもう閉ざされていない。彼と選んだ道が、光に満ちている。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました(♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
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現在、『婚約者の王子より、冴えないチェリストに恋をした公爵令嬢の話』を連載中で、最終話も近づいてきました。どうぞこちらもよろしくお願いします。
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