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軽薄で体重を知らない

 金持ちや地元有力者たちによって開かれる祝祭の日。僕は今朝上がって瞬間冷凍されたままの立派な魚たちを、会場となる丘の上の邸宅へと運んでいた。見かけよりずっと頼りになるスクーターの荷台に魚と氷の詰まった箱を積み上げて、うまくバランスをとりながら走行する。多少の交差点くらいで臆してはいけない。歩道から飛び出したランドセルの子供を2人避け、夕方までには料理人のもとへ着かなくてはいけなかった。

 邸宅へは目立たない通用口を通された。庭に完成されたパーティー会場と西日を浴びる小さなスプリンクラー、向こうでは気の早いバニーガールたちが談笑している。中の氷で外側までよく冷えた箱をまとめて抱えた僕のところへ、今日のパーティーの料理人らしき人物がばたばたと走ってやって来る。異常性かあるいは才気走った感じが、束になった髪のうねり方で伝わってくるキャッチーな人相をしていた。

「あ、こんにちは。ご注文のものお持ちしました。こちらにサインを。」

「えへへ、ご苦労様。……ああ、えっと、なんというか、思っていたより箱が少ないような。あるいは、魚が全体的に小さいのか……。」

 彼はぶつぶつ言いながら受領書にサインをし、僕から受け取った箱を下に置いて、その場で中身をひとつ検める。中には箱いっぱいに大きな1匹の魚だ。料理人は青ざめ、もう1箱開けると次は力なく腕を垂らした。「どうする、どうする、どうする……」その亡霊の消え入るような声を、僕は配達員として聞きたくはなかったが、声となるとどうしても鼓膜まで忍び寄ってきてしまうものだ。仕方なく他に目をやった向こうのテーブルの周りには、バニーガールたちが徐々に増え続けている。

 それからしばらくうなだれていた料理人は、急に僕をキッと見上げると前髪を両手でかき上げて言った。「あ、あと少ししたらもう半分の魚が届くんですよね?」

「い、いえ……。」どんな小さな嘘でも、信頼を損ねてしまうからと会社に止められていた。

 それを聞いて料理人は意外にもスッと立ち上がると、庭の芝生に軽い足跡をつけながら、ガラス張りになっているキッチンの明かりの方へと足を向ける。その向かう途中には1台のブランコが雲間から降りて来て、その上に誰かが置いていった柄が革製のナイフを彼は拾いあげると、キッチンのさらに奥の冷蔵室へと帰って行く。中で扉を閉めてから音がしなくなった。

「おーい、お前持ってくやつ間違ってたぞー!」

 通用口の方から、僕の倍の箱を抱えた、僕と同じ制服を着た男が歩いて来る。その男の呼ぶ声に気が付いたらしく、ガラス張りのキッチンからさっきとは別の料理人が顔を出して、受け渡しはこの上なくスムーズに、僕はそこに開かれた箱を荷台に積み直した。

 丘の邸宅からの帰り、僕とコニコはこの上なく爽やかな風をスクーターに乗って浴びていた。隣を走るコニコが僕に言う。

「ずいぶん気持ちよさそうな顔してるな。」

「仕事終わりだからね。」

「ミスしたくせに。」

「うるせっ。」

 港や魚市場までもうすぐの、海が臨む道路はこの時間によく空いていた。すでに日の落ちた空、岩場に波が打ちつけてスクーターのエンジン音と渡り合っている。黄色いライトが照らし出す道路の先に、びしょ濡れの女が1人、うつ伏せになって倒れ込んでいた。僕もコニコも慌てて止まって、その容態を確認するべく側に駆け寄る。

 体を少し揺らしてみると反応があった。女はゆっくりと髪を払いながら顔をあげ、コニコと目が合った瞬間、2人の間で時間が止まったことを隣にいた僕は第三者的に理解した。顔に髪の貼り付いた女は知らない外国語を話す。そしてコニコの普段からは想像もできない言葉。

「君の目を見ていると幼い頃を思い出すよ……。1番背の高い親戚に肩車をしてもらったときの、世界が広がった感動と恐れ……。」

 2人は突然に抱き合い、転がり、道路の端から海へ落ちていった。少し遅れて水面に衝突した音が聞こえる。道路に1人残された僕は恐る恐る海を覗き込んだが、2人の姿は暗闇に消えてみえない。あちこちに視線を移したが、やはりコニコたちは見つからず、背後にそびえる丘の上から金管バンドの豪勢な演奏が降り注いできて、この道路の何もない静けさを際立たせるのだった。僕はふと、荷台に積んであるまだ凍ったままの魚をすべて海に放した。それから魚の入った箱を縛り付けていた紐でスクーターのアクセルを2台とも全開で固定して、さらに余った紐を靴紐として足に結び、それら2足の大きなローラースケートを履いて走りだした。このどこまでも行けそうな力強い走りで、この先にある魚市場なんて軽く通り過ぎるつもりだった。しかし途中で、ついさっきまで満タンに近かったはずのガソリンメーターが2台ともみるみるゼロに振り切れ、ガス欠で速度を失った僕はちょうど市場に着いたところで関節に悪い転び方をした。電柱の防犯灯によってスポットライトが当たる。

 そこへ1匹の猫が光の内に入ってくる。顔も腹もよく太ったキジ猫だった。魚市場の辺りにいる猫はきっといい暮らしを知っているのだろう。道路で動かない2台のスクーターと、四つ折りに倒れ込んだ僕をみて、その猫はやけに人間みたいにせせら笑いながら市場を去って行った。

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