82話 「方針」
ユーランシー東国…ユーランシー内で唯一の高原であり、そこは見晴らしが良くとても気持ちの良い場所のはずだった。
だが、今この高原に並ぶ騎士団員に笑顔はない。
各方角ごとに綺麗に列を成しており、それぞれの先頭にその方角を担当する守恵者が立っている。
任務でユーランシーを留守にしているスタシアや他の騎士団員を除いたら全員がその場にいた。
そして、その全員の気持ちを目に見える形に表したかのようにユーランシーの地に雨が打ち付けられる。
雨に打たれて既に全員がずぶ濡れだが、微動だにせずに止まり続ける。
その中には目を抑える者もいた。
アビスは優秀な師であり、騎士団支える土台の重要な一人であるというのは明白であった。
そして、兵一人一人に真摯に向き合うことで騎士団員たちから尊敬の眼差しで見られていた。
だから…涙を流す者は決して少なくなかった。
師というのは守恵者達も同様であったが、三人はただ真っ直ぐ表情を変えずにアビスを見送る。
だが、その集団の中に必ずいなければいけない者がいなかった。
「メアリー女王は?」
皆が解散した後にディシはアンレグに話しかける。
「まだ、精神的面で回復されておられないようです。
ここ数日、食事もろくに取れておりません。」
アビス師匠が死んでから数日…メアリー女王はまだ立ち直ることが出来ずにいた。
それと同時に極度の人間不信へと陥っており、俺やアレルが報告などをしに行った時に無意識的に恐怖され、震えが止まらずにいた。
アンレグやミリィノが報告に行った時は無意識的な震えなどはなく、ただ距離を置いているようにしているだけだったらしい。
恐らく重度の男性恐怖症と人間不信。
そのため食事を運んだりを二人に任せるようにしていた。
だが食事もここ数日はろくに取っておらず、朝昼晩に届けているがどれか一回の食事に三口でも手をつけていれば良い方だった。
「アンレグ、メアリー女王からの報告は?」
「ありません。今朝も反応は特に無く、こちらの声も聞こえているのかどうか判断できないレベルでした。」
「そうか…」
「ですが、怪我もまだ完治されておりませんし以前位の仕事の量をこなされて怪我が治るのが遅くなるよりかは今の状態の方が良いかとも…」
「口を慎め」
「…すみません」
「怪我の手当は今のメアリー女王の状態では困難であるのも確かだ。
スタシアが明日戻ってくる。
スタシアならばメアリー女王との対話に関して一番上手くいく可能性が高い。」
「そうですね。
ヴェルファドでの一件もありますし報告も兼ねて、スタシア様に頼むしかありませんね。」
翌日、任務でユーランシー外にミリィノとアレルは出ておりディシのみが南国の門の前に立っていた。
門が開き、馬車が入ってくる。
ディシの前で止まるとスタシアが出てくる。
スタシアの服には血痕が付いていた。
「…それは自分の血か?」
「ん〜どうだろう。」
「ってことは血を流したのか…スクリムシリか?」
「うん。縛毒の側近の人型スクリムシリ 破 だった。
知識はあり、天恵技術もまぁまぁ上手ではあったね。
私とディシくんがザブレーサで会ったスクリムシリ 破 の完成系がその側近というのを本人がベラベラと話してたし、現に私の信愛の能力を模倣されてた。」
「そうか…縛毒に模倣…。ヴェルファドの件については?」
「それは後でみんなが戻ってきてからでも良い?
メアリー女王に報告行かないといけないし…
治癒もしなきゃいけないでしょ?」
「ああ…頼む」
「うん!」
スタシアは笑顔を作り、ディシの横を通り過ぎる。
「スタシア!」
ディシはスタシアを呼び止めると、スタシアはスっと振り返る。
「…おかえり、無事でよかった」
優しく、落ち着いた声でそう言うとスタシアは目に涙を浮かべながらディシに抱きつく。
そしてディシの体に顔を埋めて泣き叫ぶ。
(優しいスタシアが身近な人が死んで泣かないわけが無い…。
ナルバンの時も一人で泣いていたんだろうな。
一丁前に…我慢しやがって、、)
その後スタシアとディシはホールディングスへと戻り、スタシアがメアリー女王の部屋の前に立つ。
コンコンコンとノックをしてから入る。
中は明かりがなく、暗かった。
ベッドの縁で地面に座りながら顔を腕に埋めているメアリー女王がいた。
スタシアはメアリー女王の方へと近づき、目の前で片膝をつける。
「ただいま戻りました…メアリー女王。」
「スタ…シアさ、ん」
「今回の一件…責任は私にあります。
このことを予想することが出来たはずなのにそれが出来なかった。
私がユーランシーを留守にしてしまったせいでこのようなことになってしまいました。
すみません」
「…いいんですよ…もう。なんでもいいんです、どうなろうとも良いですから、」
「メアリー女王…」
「この数日間…立ち直って皆さんの前に立って安心させなければいけないことなんてわかっているんです。
でも…それが怖いんです。
人が…特に男の人を見るのが、、思い出してしまうんです。
天帝に殺されかけた時とお父さんが死んでしまった時を…
震えが…止まらないんです。」
(人間不信…男性恐怖症?いや、それよりも重い、
拒絶の一種。それも意図せずにそのような拒絶を反射的に取ってしまうレベルならば完治はおそらく不可能。)
「メアリー女王…ひとまず怪我を治します。
少し近づきますね」
スタシアがメアリー女王の方へとさらに近づくと、
メアリー女王は少し脅えた様子になりながらも我慢をする。
それが表情に出ていた。
「愛憎」
スタシアがメアリー女王に向けて手のひらを向けながらそう言うとメアリー女王の首に付いたジャレンの手形や外傷がどんどんと治っていく。
「毒などは無いみたいで良かったです。
この後、守恵者と聖者の方を含めた報告会議をします。
出来ればご参加をお願いしたいのですが」
「…分かりました。」
「ありがとうございます。
夜にまたお呼びしに来ますので今はゆっくりと休んでいてください。」
「はい。」
スタシアは部屋を出る。
扉の前で静かにしゃがみこむ。
両手で口を押えて声が漏れないように、ただ静かに胸の痛みに耐えながら。
その後、スタシアは休憩をすることなく昨日ディシ達がアビスを見送った場所へと向かう。
昨日とは打って変わって気持ちが良いほどの晴天であり、悲しい気持ちには何故かなれなかった。
「アビス師匠…メアリー女王は必ず私が守ってみせます。
強さの孤独を共に理解し合っていた者として必ず私があなたの意志を継ぐ。
なのでゆっくり休んでください。」
そっと花を置き、スタシアは振り返り立ち去ろうとするとヨーセルが立っていた。
「スタシア…帰ってきていたんだね、、
っ!!おかえりっ、良かったよ…無事で、、」
「ただいま、ヨーセル。
ヨーセルもアビス師匠に?」
「うん。昨日任務でディシさん達と見送ることが出来なかったから。」
「そっか。ねぇ、ヨーセル…今夜少し時間ある?
報告会議が終わった後、少し飲みに付き合って欲しいの」
「…うん。付き合うよ」
「ありがとう」
そう言ったあと、スタシアはヨーセルの横を通り過ぎて立ち去っていく。
「スタシア…」
普段の明るさ等が見る影もなく、その背中はなにか目に見えない大きなものを背負っているように見えた。
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部屋がノックされ扉が開くとミリィノが入ってくる。
「遅れてすみません、少しやることがあったために。」
「大丈夫だ…悪いな忙しいのに」
「いえ…来ていないのはスタシアさんだけですか?」
「いや、メアリー女王も来られるようだ。
ゼレヌスさん、聖者はあなただけで大丈夫なのか?」
「はい、問題はございません。
何よりもこの会議はおそらくユーランシーの今後を決める重要なものになると思いますので守秘義務が課せられるでしょう。
ならば私一人の方が良いと考えました。」
「そうか…」
「メアリー女王はスタシアが連れてくるのか?」
「そう言っていた。俺が任務から戻ってきた際に偶然会って聞いた。
…噂をすれば来たぞ」
先程と同じようにノックをされて、ドアが開くとスタシアが入ってくる。
スタシアはドアをそのまま開いたまま抑えておくと、
メアリー女王がゆっくりと入ってくる。
ディシ、アレル、ミリィノ、ゼレヌスの全員が立ち上がり頭を下げる。
その行動にメアリー女王は少し体をビクッとさせる。
「大丈夫ですか?」
「はい…大丈夫です。」
スタシアがメアリー女王を心配しながら椅子を引いてあげて、メアリー女王はそこに座る。
「皆さん…楽にしてください」
メアリー女王がそう言うと四人が頭を上げて席に座る。
「それでは、このまま私が今回の報告及び今後のユーランシーの方針会議の進行をします。
まずは報告からですね。
ヴェルファドでの件で、私はカエリオン王を殺しました。
それとヴェルファド国内にはカエリオン支持派と非支持派が……」
スタシアはヴェルファドで起こった全てのことを話した。
カエリオンが空虚と接触した際に渡されたであろうスクリムシリ 破 を五体も所有していたこと。
縛毒の天帝の側近であるスクリムシリと出会い、そいつの能力がザブレーサで出会ったスクリムシリの完成系である能力ということも。
そして一番は、ヴェルファドが新たな国家になるということ。
現段階ではユーランシーの属国という扱いだがメアリー女王含むユーランシーの幹部達の話し合いの末にどのようにするかを決めて手紙を旧ヴェルファドに送ると約束したらしい。
「話は大体分かった。
頑張ったな…スタシア。」
「でしょ?後で沢山甘やかしてね!」
室内の重い空気を察したスタシアは無理やり笑顔を作り出して明るく話す。
「次はユーランシーで起こった出来事だけど…」
「それは私がお話しますね」
ミリィノが手を上げる。
「ユーランシーに攻めてきた天帝は縛毒と災理。
災理の天帝はアビス師匠と相打ちの末死亡し、その死体はホールディングスの地下にあります。
縛毒の天帝は、私がメアリー女王とホールディングスの周辺を訳あって歩いていた際に突然目の前に現れました。
メアリー女王を避難させた後にヨーセルさんが合流して、対立し倒し切ることは出来ませんでした。
私とヨーセルさんの二人がかりで多少優位に立てる程度であり、縛毒の天帝は意志すら使っていません。
縛毒の天帝は予想以上に強いです…、」
「お前の場合は一対一の方が戦いやすいだろう。
なぜヨーセルにメアリー女王の護衛の指示を出さなかった?」
「ヨーセルさんが来た際に私は毒を受けて、普段の動きが出来ずにいました。
戦いの最中に少しずつ毒を分解していっていましたがそれでも縛毒との一対一には勝てる可能性が見い出せませんでした。
なのでヨーセルさんには私と共に縛毒の足止めを指示しました。」
「そうか…マリオロでヨーセルとともに戦って思った事だが、ヨーセルは強い。
意思を持たない人間とは思えないほどにな。
あの強さがどこから来ているものなのかは分からないがそんなヨーセルとミリィノの二人がかりで倒し切れないとするならば縛毒は相当強いと考えるべきだ。」
「ユーランシーで起こったことについては私も何となく理解できたよ。
あとはユーランシーの方針だけど。
旧ヴェルファドに関しては私からの案で向こうにいる信頼できる人に一通り任せてきた。
これは私が責任を持つから信じて欲しい」
皆は特に何かを言い出すこともなく無言だった。
それが肯定ということをスタシアは理解していた。
「ユーランシーの方はみんなの意見を聞きたいけど」
「任務は疎かには出来ないが今回みたいにならないようにユーランシーに守恵者を最低二人は残しておきたい。
これが今の皆の考えだろうな」
「そうだね、いつ天帝が攻めてくるかなんて分からない。
それに加えてアビス師匠、ナルバン団長を失った今、ユーランシーは大幅に戦力を失った。」
「それでしたらいっその事、我々守恵者の任務を無しにしては?
正確には守恵者の任務をユーランシーの護衛というものにする。
ユーランシー内を警備している騎士団員達をユーランシー外の任務へと変え、我々がユーランシー内の護衛をする。」
「さすがにそれは過多戦力過ぎではないか?
それならば我々四人までとは行かず、スタシアかディシのどちらかを必ずユーランシーに残しそれに加えて俺とミリィノのどちらかが残るという形はどうだ?」
「確かに、その方が良いですね」
「異論はないか?」
「俺はない」
「私も大丈夫です」
「決まりだね!
メアリー女王もよろしいでしょうか?」
「…はい、」
「…、それでしたら!会議は一旦終わるね!
また何かあれば集めると思うからよろしくね!」
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