77話 「災理の意思④」
最近では特に楽しみでもなかった昼食の時間が変に待ち遠しく感じる。
朝、起きる時もこの時間のために今日を頑張ろうと思えるくらいにはトノックとミクシーの二人と立場など関係なく接することの出来るこの空間が好きだ。
トノックと共に俺はいつもの裏庭へと向かう。
最近ではトノックとしか話さない姿勢を見せているため、めんどくさい連中から絡まれることが大幅に減った。
トノックはそんな自分の今の立場を危惧していたみたいだが、本人が自覚していないだけでトノックはクラスの連中からはそれなりに頼られているくらいに人気者であるため、俺と絡むにあたってトノックならば納得と言われているようだった。
それすらも正直しょうもないと思ってしまう。
人と絡む時に立場などを一々気にして他者と絡む行為は相手に対する尊重と尊敬が足りていない。
逆に失礼にあたる態度だということを理解していない者が多すぎるのだ。
「ミクシーはまだ着いていないようだな」
「そうですね」
「いつもなら先にいるが珍しいな。
俺たちだけで先に食べるとするか」
「そうしましょう」
(ジャレン殿下の立場を気づいたミクシーにとって、
いつも通りに接するということは覚悟がいること…
ミクシーなら、、きっと大丈夫だ…)
「それで…何を隠しているんだ?」
「えっ?」
「先程から視線が定まらず、普段の歩き方とに微妙なズレが生じている。
緊張や隠し事の表れだ。」
「そ、そのようなことは…」
「隠すな。別にどんなことだろうと軽蔑も怒りもしない。
トノックのような周りから尊敬される人間であるならばそれなりに重い悩みなどがあるのは理解している。
俺でよければ相談に乗るが?」
「…」
(あなた関係の事なのですがっ!)
「そう…ですね、。悩み と言った大層なものではありませんが…
少し問題になっていることがありまして…」
「問題?」
「実は、先日の放課後の事なのですが…我々三人が出かけているというところを見かけたこの学園の生徒がいまして。
ジャレン殿下のことにも気がついている様子でした」
「…そうか、」
事実、学園内でこのことは少しばかりの噂になっていた。
たかが噂なために確証のないデマと捉える者もいるが、
ノートス家を支持しない連中からしたら王族とあろうものが平民と楽しく放課後ライフはどうなんだという指摘もチラチラと出てきたりしている。
ジャレンは少し頭を悩ませる。
(商会の中では俺に対しての情報を売るような連中は居ない。
あそこの連中は父上が信頼を置いている者だ。
ならば、やはりその道中か…。
俺の顔を隠していたにも関わらず、俺ということに気がついたということは後をつけていたという可能性もあるのか。
めんどくさいな…)
「我々のみならば問題ないのですが…ミクシーを巻き込んでしまうというのは良くないかと。
辺境伯である俺の家はノートス家の支持をしており、
他の王族候補の二家との争いに参加しなければならないと思います。
それが当然です。
ですがミクシー嬢は平民です。
ミクシー嬢が巻き込まれてしまうのはどうしても避けたい問題かと。
最終的に王族を決めるのは民です。
もしここでミクシー嬢を巻き込み、平民に被害を与えたという印象をノートス家に持たれたら大きく不利になると思われます」
「そうだな。少し俺の方で対策を練っておこう。
それにしても、そこまでミクシーを気にかけてあげるのにはどうやら他の感情もあるように見えるが…?」
「…お気づきですか、、」
「ああ…お前が少なからずミクシー嬢に好意を持っていることならば気がついているさ」
「すみません…」
「なぜ謝る?」
「ミクシー嬢と最初に仲良くなられていたのはジャレン殿下でしたのに俺がこのような感情を持ってしまうのは…」
「先も後も関係などない。
そもそも俺はミクシーをそのような目で見てはいない。
お前もミクシーも俺にとっては心置きなく接することの出来る唯一無二の友人だ。
そんなふたりの友人の恋路を応援しないのは王族の名が廃るだろう?」
「殿下っ…」
「それと、忘れているぞ。
この場ならば呼び捨てとタメ語にしろと言っただろう?」
「ふっ、そうだったね…。
…ありがとう、ジャレン」
「気にするな。どうやらその本人が来たみたいだぞ」
ジャレンとトノックが足音のする方に目を向けると息を切らしながら走ってくるミクシーがいた。
「遅くなって…すみませんっ、」
「気にするな。先に昼食を頂いている」
「はい!」
ミクシーは不器用ながらも笑顔を作りいつものようにジャレンに接しようとする。
トノックはその様子を見て、立ち上がる。
「少々、御手洗に行ってまいります。」
「そうか」
「行ってらっしゃい…」
トノックはミクシーに目配せをする。
頑張れ と…。
それに応えるようにミクシーは頷く。
「ジャレン様…いや、ジャレン殿下!」
ミクシーがそう呼びかけるとジャレンは手をピタッと止める。
「私…ずっと、ずっと、気づかずに…ジャレン殿下が王族の家計のお方だとは気が付かずに無礼な態度をとってしまい…申し訳ありませんでした、」
ミクシーは深く頭を下げる。
「…」
ジャレンは頭を下げるミクシーを見ることなく、ただ一点をボーッと眺める。
ミクシーはずっと頭を下げ続けたままだった。
「どこで…知ったんだ?」
「先日の放課後で殿下と私とトノック様が共に歩いているというのを同じ授業を受けている方からお聞きしました…」
「そう…か、、」
ジャレンは心臓を強く握りしめられるような苦しい痛みがあった。
その理由など分かりきっていた。
ミクシーにだけは自分の身分を知られたくなかった。
自分を人として接してくれる…そんなミクシーというかけがえのない存在がジャレンの中でオアシスとありつつあった。
日は浅く、互いのことはまだ全然知らないかもしれなかった。
だが、それでも知りたいと思えたのはこれが初めてだったから。
(そうか…知られたか…。仕方が無いことだろうな。
俺ら王族…隠し通すなんてことが無理だったんだ)
「私のような平民がジャレン殿下のような身分の方と同じ立場のように仲良くするなどは決して許されることでは無いです」
(ミクシーも…他と同じようになってしまうんだな。
いや、平民ならば俺とできる限り関わらないようにするんだよな…。
俺から離れて行ってしまうのか…)
「ジャレン殿下とのこの時間は私はとても好きです!
トノック様とジャレン殿下と…この作法から何まで厳しいこの学園内で気軽に接することの出来るこの関係が…好きです」
(所詮は…皆、立場を気にするんだな。
やはり…人は信頼するものでもない。
俺との時間が好きというのも悪い印象を与えないための…ただのご機嫌取りでしか…)
「だから…」
ミクシーは涙を目に浮かべながら、ジャレンの頬を両手で挟んで無理やり目を合わせさせる。
「私はジャレンとずっと仲良くしたい!」
「…え、」
「最初知った時、怖かった。
そんな無礼な態度を取って、罰を与えられるってずっと脅えてたの。
トノックとね…少しだけその事で話を聞いてもらったんだ。
罰を受けるのが私だけなら良い。家族だけは見逃して欲しいって伝えるようにとノックに頼んだの。
けど、トノックはこう返した。
ジャレンは立場を気にしない私が支えになっているって。
いまいち、ピンと来なかった。
そんなにすごい人がなんで私に?って。
けど…気がついた。
私の料理を美味しくないって言った時、私にトノックを紹介してくれた時、私にチョコレートという甘い食べ物を教えてくれた時…私と話してくれている時…その全部の瞬間のジャレンの顔は柔らかかったって。
心から笑えてる笑顔だって。
立場を気にしない!って完全には言い切れない。
けど、もし、ジャレンが…疲れてしまった時に、どうしようもなく誰かの助けを必要としている時に、私がジャレンの支えになる!
だって私はあなたの…親友だから!」
「…親友、、?」
「立場も周りの目も何も気にしないで良い!
私たちは友達なんだからそんなの気にしたところで関係なんてない!」
「でも…だって…俺の、周りの連中はいつも…俺の立場ばかりを、、」
「辛かったよね。私はジャレンを見る。
立場なんてお飾りに過ぎない」
「どうやって…俺の立場を理解した人を信用しろって…」
「ジャレンは私のことを信用なんてしなくても良い。
私が一方的に信用する。
だって、私がもし貴族階級の人達に目をつけられたら…ジャレンは守ってくれるでしょ?」
ジャレンの感情には今までに感じたことの無いざわめきとともに、同じく感じたことがないほどの温かさがあった。
ここまで、俺という人間に言葉をかけてくれる人は初めてだったからだ。
こんなにも…感情が溢れ出しそうになったのは初めてだったからだ。
まっすぐと俺の目を見るミクシーの瞳は日差しよりも輝いて見えた。
ジャレンは少し深呼吸をしたあと、ミクシーの目を見つめ返す。
「ああ、どんな時でも守ってやる。親友としてな」
恋愛的な意味などは一切持たない…ミクシーの方がどのような気持ちで先程の言葉を言ってくれたのかは知らないが少なくとも俺は友情であると思っている。
だが、友情という意味であってもそれは一切曇りをなさないものであると言うことだけは確かだった。
「えへへっ!信じてるね!」
「ああ。…ところで、、トノックよ、いつまでそこで見ているんだ?」
「い、いつから?」
「最初からだ。お手洗いなどは行っていなかっただろう。
ミクシーがトノックに相談したというところから何となく察しはついていたが…お前が唆したんだろう?」
「いや、俺はジャレンは思ってるほど硬い人ではないということを伝えただけだよ」
「そうか?」
「うん!決めたのは私!」
「そうか!なおさら嬉しいがな」
「ふふっ!」
「ところで、ミクシーはトノックを男としてどう見ている?」
「えっ、な、な、にを急に言い出すの!?」
「気になっただけだ。なぁ?トノック」
「い、いや!そんなこと俺の目の前で聞くか?普通!」
「で、どうなんだ?ミクシー」
「え、えと、、まぁ、素敵な男性だと…思っていますケド…」
「そ、そうか…ありがとうな、、」
二人は顔を赤くしながら目を合わせずにモジモジとし始める。
(お似合いな二人だな)
その時、三人はすぐ後ろに気配がして振り向く。
そこにはフード付きのロングマントを羽織る者がいた。
フードを深く被っており顔は見えない。
ここ近さまで一切気配を感じなかったために三人はすぐに警戒する。
「何者だ」
「どこから入ってきた。ここは学園内だ。
生徒でも教師でもないのなら立ち去れ。」
「災理では無かったわね。
気配がした場所に飛ばしてもらったのだけれど…。
お前は王族のジャレン・ノートスと言ったわね。」
「だったらなんだ」
「カリュバット・ドズスールという男は知っているかしら?」
「知らないな。質問には答えた。
次はこちらの質問に答えてもらう、誰だ?」
「北大陸の者よ」
「北…?」
「どうやら勘違いだったみたいね…」
口調的に女だろう。
異様な雰囲気を纏う者だ。
それに加えて北大陸の者…北と南の国々での一触即発の状況を知らないのか?
カリュバット・ドズスールとは誰だ?
立ち去ろうとする女を俺は止める。
「待て、北の者がなぜここにいる?
お前が北の者である限り見逃すことは許されない」
「あら、止めるのかしら?」
声だけでニヤついているのがわかるような口調。
とても不愉快な声。
「ああ、ここで拘束させてもらう」
俺は腰に付けていた剣を引き抜こうとする。
その瞬間、女は驚きながらも嬉しさを含んだ声を発する。
「あら!そういう事だったのね!確かに私は天恵感知が下手くそだけれどこんな間違いはおかしいと思っていたのよ!
そうよね!そうよね!あなたが…ふふっ、災理よね!
あんな奴が災理なんてありえないわよね!
今すぐに救い出してあげるからね!」
「何を言っているんだ?天恵?災理?お前はなんの話しをしている?」
「いいのよ。また、あなたとは会う事になるでしょうからね!」
「逃がすとで…も、…いない?」
ハッとした時にはその女は既に消えていた。
そこには何もいなかったかのように跡形もなく。
「なんだったの…あの人、、」
「さあな、だが…警戒はしておくべきだろうな。
トノック…やつの発言は覚えているか?」
「覚えている。一言一句違わずね」
その夜に俺は今日のことを報告するためにこの国の王でもあり父でもあるノートス王が住むアルベルス城に訪れていた。
しかし何故か慌ただしくなっており、多くの近衛兵が城を出入りしている。
俺は城の中へと入り、父の部屋へと向かうと立ち入り禁止となっていた。
そこでも多くの近衛兵が部屋を出入りしており、廊下の壁沿いには母上が膝を着いて両手を顔で覆いかぶせるように咽び泣いていた。
「母上!」
「…ジャレンっ、、」
「何があられたのですか!」
「ジャレン様…こちらへ」
一人の近衛兵に呼ばれて俺は部屋の中へと案内される。
部屋に入った瞬間、俺は言葉を失った。
机の上には四肢を切断されて、体が腐ったように変色した父の死体があった。
切断された四肢は壁に貼り付けられており、その手足なども変色をしていた。
「…っ、おぇ、、」
俺はその光景に耐えきれず吐き出してしまった。
そして、その場でそのまま地面に倒れて意識を失ってしまった。
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