72話 「見通す目」
「はぁ、、はぁ、…」
女王の間までメアリー女王は避難していた。
女王の間はホールディングの中でも奥にあり、安全でもある。
ミリィノが今ホールディングスの北側の地区で天帝と戦っており、すぐに助けを呼ばなければいけない現状だった。
だがユーランシーには守恵者はミリィノのみであり、
アビスはこちらには向かっているとは思うが来るまでにまだ時間がかかるだろう。
「…どうにかして、、ディシさん達にっ、」
汗を拭いながらアシュリエル家の受け継ぎの力である
『見通す目』によって現在のディシとアレルの位置を割り出そうと集中する。
一日中留守にするほどの過重な任務なため、ユーランシーから少し離れた地だった。
(急がないとっ、早く、早くっ、)
ディシはユーランシーから約7キロ離れた北の地にある山岳地帯の村で、他国へ行く際の経路地として許可を貰いに行ってくれており、そのついでに周辺のスクリムシリの掃討。
アレルはユーランシーから約4キロ離れた西の地で聖者が感じ取った大きなスクリムシリの群れの討伐。
ディシは戻れるかもしれないがアレルは厳しいかもしれなかった。
メアリー女王の命の危機であれば任務などそっちのけで二人は戻ってくるだろう。
だが、目の前のスクリムシリを討伐せずに戻ってくるという選択肢をアレルに取らせたくはなかった。
そんな感情がある中でメアリー女王はさらに集中力を高めて二人を探す。
同時に二人を探すというのは精神的にも天恵の消費も激しく、疲れることだった。
「どこっ、…どこ、どこ、…!!いたっ!」
見通す力によってスクリムシリと戦っているアレルと馬車に乗っているディシを見つけた。
すぐさまメアリー女王は二人の意識と自分の意識を直結させる。
話すことは出来ないが二人はきっと他者から天恵を使った干渉を受けたことで気づいただろう。
(あとは…早く戻ってきていただければ、、)
「いったいぜんたい、何を見つけたんだ?」
メアリー女王は女王の座までにある数段の階段で動きが止まる。
動けなくなってしまった。
それほどまでに今、目の前にいるガタイが良くて身長い高い男に恐怖していた。
メアリー女王自身はあまりユーランシー外へと行くことがなく、スクリムシリとも滅多に出会わない。
そのためスクリムシリという存在を実はあまり見たことはなかった。
他国へ行く際などに護衛の守恵者が戦ってくれている所を見たことはあるがそれ以外は全く無い。
守恵者が戦っている時でさえ、スクリムシリを見た際にはその異様な姿に恐怖を感じて震えてしまうことがあった。
だが、今は全く別のもの。
男は同じ人間であり、スクリムシリなどでは無いのに目の前に立つ男に対して一切体を動かせない…それほどまでの恐怖は初めてだった。
「おいおい、無視とはひでぇなぁ。アシュリエル・メアリー」
男は両手に聖者二人の頭を掴んでおり、既にその聖者二人は死んでいる。
メアリー女王の護衛のためにホールディングスに集められている聖者をいとも簡単に殺せるほどの存在。
そしてこの、圧迫感。
間違いなかった。
「て、天帝…」
「一国の王ともなれば相手の力量を見抜くことは出来るんだな。
天帝慈刑人 災理の意思者 ジャレン・ノートス。
死んでもらおう、アシュリエル・メアリー」
「ど、どうやって、、」
「あ?あぁ、この城にいる貴様以外の他の人間は既に皆殺しにした。」
「嘘っ、嘘!ふざけないでください!!
何がっ…何がしたいんですか!!」
「うるせぇな。今から死ぬやつに答える義務は無い。」
ホールディングスには聖者が10名、騎士団兵が合計で25名を護衛として緊急で呼んでおり、元から働いている召使いが13人いる。
そして、その人らの気配が天恵による気配察知を使用しても全く無くなっていた。
「俺はあの気色悪い毒女と違って抵抗しないなら楽に殺してやる。」
「わ、私は死ぬ訳には行きません!
民のために、生きなければいけないんですっ!
そう生きると覚悟を決めたんですっ!!」
「民のためだか、覚悟だか知らないが…結局は人間でしかない。
中途半端で愚かなゴミ共。
貴様の覚悟などは死に際になれば簡単に打ち砕かれるものだ。
なぜ俺がここに貴様がいるとわかったと思う?」
「そんなの知らな……、まさか…そんな…わけっ!」
メアリー女王は絶望に落ちた顔をする。
「あるんだよ。一方的に民を信じている愚かな女が。
使用人のような格好をした女の腕を引きちぎりながら貴様の居所を聞いたらいとも簡単に教えてくれたさ。」
「ありえ、、ません!そ、んな、嘘はつかないでください!」
「嘘だと思っておけば良いさ。
裏切られ、見捨てられ、民のために献身的に動いていてもその見返りは返ってこない。
哀れな王だ。」
ジャレンはメアリー女王へと一歩ずつ近づいていく。メアリー女王は震えながらも後方に下がるが壁にぶつかる。
ジャレンは両手に持っている聖者二人の顔面をそのまま握り潰し、メアリー女王の首を片手で掴んで上に持ち上げる。
「は、離…して、」
メアリー女王はジャレンの腕を両手で掴むがでかい岩のようにまるで動かない。
メアリー女王の目からは涙がスーッと流れる。
恐怖からなのか、苦しさからなのか、それとも裏切られてしまったからなのか。
段々と意識が遠くなって行きそうになる。
(助け…て、お父、、さん)
そう願った瞬間、メアリー女王の首から手が離れてジャレンがメアリー女王がいる壁とは反対方向へと吹き飛ぶ。
メアリー女王は地面へと落ちそうになるのを誰かに抱えられる。
うっすらと目を開けて、その人物を見るとこの国で唯一無二の大切な存在だった。
「お父…さん、、」
「…メアリー。遅くなってすまない。」
アビスはメアリー女王の首についたジャレンの手の跡をそっと指でなぞりながらメアリー女王の顔を見つめる。
「わた…し、ずっと、ずっと、民のために…頑張ってきたのに、、何を…信じれば良いのっ、お父さんっ、」
「…」
苦しそうに泣くメアリー女王を抱えながら立ち上がり、女王の間の一番端っこの壁に運んで下ろす。
そして立ち上がりジャレンを吹き飛ばした方へと目を向ける。
何よりも大切な存在であるメアリーが誰かに傷つけられたり悪く言われたら毎回抑えきれないほどの怒りが溢れ出てきていた。
だが、今回は違った。
何も感じず、何も思わず、何も考えず、ただただ目の前の男に対してこの世の苦痛の何から何まで与えなければいけないという意義。
吹き飛び、ぶつかった壁の瓦礫の中からジャレンが出てくる。
ダメージは負っていない…と言うより既に回復していた。
「お前はアビス・コーエンだな?
前は俺の知り合いが世話になったな。」
「…」
「なにせ、お前はオロビアヌスで結局何も守れず大事であろう仲間を失った。
ユーランシーで最強と呼ばれる存在がその程度とはな。
ガッカリだ。」
ジャレンが煽るがアビスはそれに一切反応せずに歩きながらジャレンに近づいていく。
そして目の前で止まる。
190センチあるアビスでも見上げないといけないほどにジャレンは背が高く、推定230センチはあった。
だがそんな差など関係ないと言わんばかりにアビスはジャレンに目を合わせることもせずに目の前で立ち尽くす。
「死ねっ!」
ジャレンはアビスの顔面を自分の全体重に加えて本気の力で殴る。
「!!」
しかしアビスはその攻撃を痛がるどころか先程と変わらずに一歩も動かず、顔も一切動かずに立ち尽くすまま。
ジャレンの手首を片手で掴む。
(なんだ?全く動かせん…)
素力だけならジャレンは天帝でも一番上であったが、
それですら掴まれた腕を少しも動かすことが出来ない。
アビスがピクっと動いた。
その次の瞬間にはジャレンは女王の間の入口の方へと吹き飛んでいた。
アビスの手には、掴んでいたジャレンの右肩から先があった。
それを地面に投げ捨てる。
「ゲホッ、ゲホッ…オエェッ…くそっ」
左脇腹を蹴られたことで脇腹が内側に凹んでおり、さらに変色してアザまでできていた。
(アビス・コーエンは重症を負ったとセルシャから聞いていたんだがな…。
それでこれか…化け物が。
アビス・コーエンの気をつけるべき点はその力でも速さでもない…。
動きにまるで感情がなく、攻撃する時でさえ殺意はまるで感じられなかった。
まるでただ作業をするかのように…。
攻撃のタイミングが全く分からないのは何よりも厄介だな…。)
そんなことを考えながら治癒を終わらせて立ち上がる。
アビスがまた少しづつ近づいてきていた。
「一つ教えてやる。
ユーランシーという国で最も禁忌とされていることは…
この俺を怒らせることだ。
かかってこい、図体だけのゴミ野郎。
その顔面剥いでぐちゃぐちゃに潰してやる。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
冷や汗が止まらない…少しでも油断したら過呼吸になりそうなくらいに焦っている。
馬車を緊急でユーランシーに引き帰らせる。
天恵による体外からの干渉があった。
スタシアでもこんなことが出来ない…つまりこんな芸当ができるのは 『見通す目』を持っているメアリー女王ただ一人のみ。
そしてメアリー女王が任務中にこのようなことをしてくる事なんて今までに一度もなかった。
恐らくユーランシーで何か危険なことが起こっているのだろう。
(ユーランシーにはアビス師匠とミリィノもいる。
アンレグやゼレヌスもいるからよほどの事がない限りは大丈夫だと思いたいが…)
大丈夫だと思うようにしていても冷や汗が一切止まらなかった。
何故だろうか…嫌な予感がしてしまう。
「頼むから無事でいてくれ…」
「サイナス『権情の記』」
ディシ同様、アレルも冷や汗が止まらない現状だった。
ざっと見積もり五十以上はいるスクリムシリとの戦闘中に突然体外からの天恵による干渉を受けた。
そしてその主がメアリー女王だということも分かっていた。
メアリー女王がそのようなことをするのはユーランシーで危険なことが起こったという合図だった。
そのため直ちにユーランシーへ戻らなければいけない。
しかし目の前のスクリムシリを放っておく訳にもいかない…
(ならばサイナスで全員一瞬で片付けるっ!)
「かかってこい雑魚ども…五秒で片付けてやる」
(契約の意思に基づきサイナスに命じる。
一、二、三段階目を飛ばせ)
アレルは『権情の記』の四段階目のみを起用するという高度な天恵技術を求められる技を使い、天恵の徴収を行う。
アレルを囲む約五十体のスクリムシリは体がボロボロと崩れながら襲いかかってくる。
すぐさまアレルは剣を生成して天恵を溜め込み、振る。
アレルが大きく横に振った剣は全方位を巻き込む大爆発を起こしながらその地は跡形もなく消し飛んでいく。
アレルから半径100メートルの範囲の木々は全て跡形もなく吹き飛び、地面は地割れを起こしながら削れていく。
砂埃がたちあがり、辺りが見えなくなる。
しかしアレルが剣を一振しただけでその砂埃は即座に晴れ、先程までいた五十体近いスクリムシリはどこにもおらずに消え失せていた。
「…ふぅ、、っ、!」
流石のアレルでも一度に天恵を多く使用したことで体力が削れてしまう。
だが今はそんなことを気にしている暇などなかった。
すぐに馬車に乗り込み、ユーランシーへと走らせる。
まだ聖者から指定のあったスクリムシリを全て殺した訳では無いがそんなものなんかよりもメアリー女王の身の安全の方が大切だった。
「ミリィノ…頼んだぞ、、」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「オエッ…」
ジャレンは片膝をつきながら口から出てくる血を手で抑えようとする。
全身はアザだらけであり、治癒が間に合わない。
ジャレンの前には同じ人間とは思えないほど冷酷な目をしている男がいる。
天恵を使うことが出来ないからと正直舐めていた。
隙が全く無く、確かに強敵だとは思ったがここまで手も足も出せないほどに圧倒的差をつけられるとは思ってもいなかった。
息切れひとつしていないアビスに対して軽い絶望を覚えるジャレン。
体術、間合い、隙の無さ、反応速度、力、速さ、どれをとっても圧倒的な差を見せられており、アビスに対しては意思を使うことが出来ないためどうしようも無くなっていた。
(セルシャめ…こいつのどこが大した事ないだよ。
化け物同士の強さ比べに俺を巻き込むんじゃねぇよ)
このまま戦ってもジリ貧なのは明確だった。
ユーランシー内ではスクリムシリを出現させることも出来ないため、逃げるだけでも命をかける必要がある。
「くっくっく…燃えるぜ。こういう状況は嫌いじゃねぇ。」
ジャレンは目の前に立つアビスに対して不意打ちで殴り掛かるが手の甲で流れるように受け流し、顔面を膝で蹴り上げる。
体が少し浮かび、ガラ空きなった体に拳を食い込ませる。
ジャレンは女王の間の壁を破壊しながら外へと吹き飛ぶ。
「メアリー…安全なところにいてくれ。
ここは危険だ。
出来るだけバレる危険性が少ないところに避難しておいてくれ。」
「お父さんは…」
「俺はあいつを殺す。
大丈夫…俺のことは信じてくれ。」
メアリー女王は強く頷く。
いつもの真っ直ぐな目に戻っていた。
まだ完全に人に対して信頼を失った訳ではなさそうだった。
アビスは立ち上がり、ジャレンの方へと向かい出す。
読んで頂きありがとうございます!!




