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天使とサイナス  作者: 七数
4章 【解】
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60話 「新たな任務」

俺たちは西地の中心街のある建物の前に立っていた。

この国では珍しいレンガで建てられた家であり、外見は貴族…いや、平民が暮らしているかのような外観。

この家にユーランシー対天帝恵騎士団団長の一家が暮らしているとは到底思えなかった。


「ここがナルバンさんの…」


「キャスの奥様はとても謙虚な方だ。

キャスの騎士団長という立場ではなくキャスという人間を好きになった。

金の使い方は丁寧であり、とても上品…この家を見たらそれが分かるだろう。」


「はい…ナルバンさんもとてもお優しい方でしたからそのような方が奥様なのは納得です」


「きっと今からお前にとってとても辛い経験をするだろう。

だが、キャスと共に戦った者としてこれは責務だ。」


「はい。覚悟しています」


「それと今からはキャスと呼べ。ナルバンは姓だ」


「分かりました。」


マレランの真っ直ぐ覚悟を決めた顔を見て、俺は家のドアをノックする。

少ししてから家の中から歩く音が近づいてくる。

そしてドアが開くと、目元が赤くなり普段気をつけている身なりを整えずにただ何かが抜け落ちたような状態の女性が出てきた。


「カリア夫人…」


その姿にアビスすらも少し動揺してしまった。

騎士団長という立場を持つ夫の妻としてその品格だけは落とすまいとどんな貴族連中達よりも上品に振る舞うという覚悟を決めていたカリアがここまで身なりを疎かにするのはアビスも初めて見たからだった。


「アビスさん…お久しぶりです。

どのようなご用件でしょうか、、」


弱く小さな声で話すカリア。

アビスは何度も何度もこのような状況を体験してきた。

その度に胸が握りつぶされるような圧迫感と喪失感…

アビスが戦い方を教え、任務へと送り出した団員達が戻らなかった際にその団員達の親族に何度も頭を下げに行った。

目の前で泣き崩れる者、アビスを殴りつけて罵声を浴びせる者、立派だったということを聞いて泣きながら喜ぶ者、団員から時々任務前にもしもの事があったらということで遺言書を渡されることもあった。

毎回…辛く、スクリムシリと戦う時とは違う精神的に深くダメージを負う。

これだけは慣れないし慣れてはいけないことだった。


「キャスさんの事でお話に参りました」


「…どうぞ、」


カリアは少し開けたドアを完全に開けて俺とマレランを中に招き入れる。

内装は綺麗であり、全ての物が整頓されており住む者の性格が浮き出ていた。


「こちらでお待ちください…」


俺とマレランはカリアに案内され、詰めれば3人座れそうなソファに腰をかける。

俺たちを座らせた後にカリアはキッチンへと歩いていく。

その後ろ姿は以前までのカリアの見る影もなかった。

しばらくしてお盆に三つのカップを乗せて戻ってきて、

俺とマレランの前の木材製のローテーブル紅茶を入れたカップを置く。

そして対面の一人用のソファに姿勢よく座る。


「…この度はキャスさんを守ることが出来ずに申し訳ありませんでした。」


「申し訳ありませんでした」


俺とマレランは頭を深く下げる。

長く、深く、下げ続ける。


「お顔を上げてください。」


そっと顔を上げるとカリアは悲しそうな…だが優しく微笑んでいた。


「主人が…亡くなった事は、、メアリー女王から直接お聞きしました。

メアリー女王はずっと頭を下げて、涙を流して…私、

その時悲しみと同時に少し嬉しさもあったんです。

主人は皆から親しまれて…頼られて…悲しまれて…

主人が誇らしくて…。

キャスさんがどのような最後を遂げたかなどはまだ知らないです。

もしお辛くなければお教えしてもらうことは出来ますか?」


「もちろんです。

それと…キャスさんはカリア夫人が仰ったように皆から尊敬されていました。

私もその一人です。キャスさんには何度も助けられました。

感謝を伝えさせてください。」


「…きっとキャスさんも嬉しいです。こんなに素敵な方々に囲まれて他者のために自分の役目を全うできて。

そちらのお方は…?」


「アルス・カザック・マレランです。

オロビアヌスの民であり、キャスさんと共に襲撃者と戦った者です。」


「ご紹介に預かりました… アルス・カザック・マレランです」


「そうでしたか…。わざわざありがとうございます」


「いえ、自分はキャスさんに命を助けて頂きました。

この御恩は決して返せるものではありません。」


「こんなにしっかりとした若い子…、

キャスさんもこんな子に送って貰えてきっと嬉しかったと思います。」


「それでは…お話します」


俺はカリアにオロビアヌスで起こった全てのことを話した。

天帝が二人現れたこと、マレランの助けとキャスの完璧な動きによって追い詰めることが出来たこと、

天帝のサイナスでマレランを守るためにキャスが犠牲になったこと。

口が重かった…空虚との戦闘の後の体の重さなんて優に超えるほどに重く辛かった。

カリアはずっと黙って聞いていた。

ただ、真剣に夫の勇姿を記憶に残すために…きっと一番辛いはずなのになのにとても強いお方だ。

キャスに相応しい女性だった。


全てを話し終えた後、カリアは喋らずにただ一点を見つめて何かを考えている様子だった。

自分の意思とは言え、キャスはマレランを守って死んだ。

そのためマレランはカリアに向けられる感情を全て受け入れなければいけない。

怒鳴りつけられるかもしれない、軽蔑的な言葉も浴びせられるかもしれない。

マレランにとっては辛いかもしれないがただ耐えて欲しい。


カリアは口を開く。


「マレランさん…でしたよね?主人は…どうでしたか?」


抽象的で意図の分からない質問にマレランは少し戸惑いを見せながらも答える。


「普段がどのようなお方かは分かりませんが…戦闘中のキャスさんは自分よりも他者を守るという強い意志を感じました。

だから、分からないはずなのですが…きっと普段からとても誠実な方なのだと今考えたら思います。

僕にとって…キャスさんは命の恩人であり、憧れの人です」


「…」


カリアはまた少し黙る。


「アビスさん、…マレランさん…」


「はい、」


「ありがとうございました…、、」


「え、?」


カリアは二人に頭を深く下げる。

その際に涙が地面にポタポタと落ちていく。


「カリア夫人!顔をあげてください!」


アビスが顔を上げるように言ってもカリアは静かにずっと下げ続ける。

そして顔を上げて話し始める。


「私…主人がオロビアヌスへ行く前に少しだけ予感していたんです。

どうしてか、いつもの任務のはずなのに…行かないでって…思ってしまって、、でも、止めてもあの人はきっと行っていましたし…、

今思えば止めなくて良かったとも思います。

だって、マレランさんみたいな素敵な若者を主人は救うことが出来たのですから…」


カリアの涙はどんどん溢れ、だがカリアはそれを拭うことをやめていた。

その代わりにカリアは二人に笑顔を向ける。




「今日はわざわざありがとうございました。」


三人は家のドアの前に立ち、互いに感謝を言い合う。


「こちらこそ…ありがとうございました。

カリア夫人…こちらをお渡ししておきます」


「これは…?」


「騎士団長紋章です。キャスさんが残した物です。

これはカリア夫人が持っておくべきものなのでお渡しします」


「っ…あぁ…あぁぁ…」


カリアは紋章を両手で包み込みながら胸の前に持ってくる。

そして、その場に泣きながら膝を着く。


「あぁぁぁあぁぁっ…!」


アビスとマレランは静かに頭を下げる。


「失礼します」


そしてアビスはそう呟くように言い、マレランを連れてその場を後にする。



「アビス先生…」


「今日はもう休め…明日からユーランシーでの戦い方を教える」


「はい…」


マレランは顔や態度には見せなかったがオロビアヌスで経験した辛さなど気にならないくらいには胸が締め付けられて今すぐにでも吐きそうな気分になっていた。


マレランをホールディングスの部屋まで送り届け、俺は会議室へと向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

会議室には既に私含めた守恵者、メアリー女王が来ていた。

まだ二人来ておらず、そのうちの一人はもう来ることは無い。

ナルバン団長が亡くなったのはユーランシーにとって相当の痛手だった。

この国で唯一、守恵者以外の単体で天帝とやり合えるのがアビス師匠とナルバン団長だった。

アビス師匠は言わずもがな状況によってはナルバン団長はミリィノよりも強いかもしれない。

それほどまでの人材を亡くしたのは大きかった。


部屋のドアが3回ノックされてドアが開くとアビス師匠が入ってくる。

マレランという青年と共にカリア夫人の所へ行っていたのだろう。

表情が暗かった。

アビス師匠は 待たせた と一言言うと空いている三つの席の一つに座る。


「アレルさんが不在ですが始めます。

ヴェルファドに対する対応を決定する会議を。」


メアリー女王の進行の元、会議が始まる。


「まず初めにオロビアヌスでアビスさんがバルタ王からお聞きした事を教えてください」


「はい。バルタ王のお話を聞く限りだとカエリオン王に接触した人物は空虚の意思者…

名前は セルシャ と呼ばれていました。

空虚がカエリオン王に接触した理由はユーランシーとヴェルファドの戦争を促すためでした」


メアリー女王の表情が変わる。冷たく鋭い表情。

メアリー女王は民の危険になるようなことは絶対に許さないという信念を持っている。

戦争など無駄でしかないという考えを持つメアリー女王なら当然の反応だ。


「ユーランシーとヴェルファドの戦争に乗じて天帝がユーランシーを滅ぼす…そのような取引を持ちかけたようです」


「アビス師匠…その話はバルタ王本人が経験したことなのですか?」


「いや、違う。

バルタ王は前々からカエリオン王の行動に不信感を覚えており側近の一人をヴェルファドに潜入させてカエリオン王の動向を常時報告するように指示していた。

その者からの情報だ」


「なるほど…でしたら嘘の可能性は限りなく低いですね。

そのような嘘の情報を側近の方がバルタ王に言うメリットは何もない…。

止めてしまってすみません。」


「続けます…当然、腐っても一国の王であるカエリオン王はそれを断りました。

しかし相手は天帝…当然カエリオン王に拒否権など無く、交換条件という形でカエリオン王は了承しました。」


メアリー女王がさらに険しい表情をする。

滅多に見せない 怒り、憎しみ、もしかすると殺意なのかもしれない。


「問題はここからでした。

空虚に対してカエリオン王が望んだ条件というのが…」


アビスは言葉を詰まらせながらも言う。


「アシュリエル・メアリーを傷一つなく拘束し、自分の元に連れてくる というもの」


全員が は? という表情になる。

メアリー女王ですらもその答えは想定しておらず動揺していた。

だが、次のアビスの言葉でさらに最悪な雰囲気へとなる。


「カエリオン王は続けてこう言いました。

メアリー女王を自分のモノにしたい と。」


アビスの話す声に怒りが混ざっていた。

だが、そのアビスすらも凌駕するほどにこの部屋…

いや、この国全体に重い圧がかかっていた。

国民たちは突然意識を失う者が続出し、聖者達ですら冷や汗をかくほどだった。


スタシア、ディシ…温厚なミリィノまでもがカエリオン王に対する殺意と怒りでいっぱいだった。


「気持ちは分かる…だが落ち着け。

それを対策するための会議だ。良いか?

これは天帝が絡んでる事案だ…怒りに任せてもなんの意味もない。」


アビスの言葉に三人は深く深呼吸をして心を落ち着かせる。


メアリー女王は目を閉じてずっと黙っていたが、

静かに目を開けると言葉を発する。


「状況は分かりました。

カエリオン王が何故私を手に入れたいのかは分かりませんが当然あのお方の手に渡るつもりは一切ありません。

アビスさん…とても良い情報ありがとうございます。」


アビスは軽く頭を下げ、席に着く。


「今回の件はこの大陸の国々を極力巻き込まない形で終わらせたいです。

そのために私は少々厳しく辛い選択を皆さんに取らせてしまうかもしれないですがよろしいですか?」


「俺は構いません」


「私もです」


「もちろん私もです」


「ありがとうございます。

それと今回の件にアビスさんは関与させることはできません。

ただでさえ重症…それに加えてナルバンさんの死を目の前で体験してご自身でも分からないほどの精神的苦痛がかかっていると思います。

今回は守恵者の皆さんに任せてゆっくり休んでください」


「はい」


「それでは…私が考えたヴェルファドに対する対策を話します。」


メアリー女王は心を落ち着かせるように軽い深呼吸をしてから口を開く。


「カエリオン王を場合によっては殺します」

読んでいただきありがとうございます!

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