58話 「成長」
泊まる部屋に案内されたマレランはその待遇の良さに驚いていた。
オロビアヌスの中でも高い階級の貴族しか泊まることの出来ないような豪華な部屋だった。
「あ、あの…こんなに良い部屋で良いんですか?」
「ああ、アビス師匠の命令だからな。
マレラン…と言ったか。悪いがこの建物からは出ないようにしておいてくれ。
食事や風呂、トイレの場所は後で他の者が教えに来てくれる。
何か気になることがあったらその人に聞いてくれ」
「分かりました…」
ディシはマレランを部屋まで案内し、立ち去る。
マレランは初めての他国なため緊張をしていたが思ったよりも悪くないなと思っていた。
(それよりも…馬車を出迎えてた3人の人達、、)
マレランは天恵というものを直感的に短期間ながら触れたためスタシア、ミリィノ、ディシが只者ではないことに気が付いていた。
あの三人のうちの一人だけでもオロビアヌスの最高戦力以上の力があると感じていた。
ふかふかのベッドに座り、寝っ転がる。
既にアイリスに約3日会っていないこともあって少し寂しさがあった。
「元気かな…」
すると部屋のドアをノックされる。
マレランは立ち上がり返事をしながらドアを開けると
シラと同じくらいの身長をした童顔の女子?女性?が立っていた。
先程馬車の前で待っていてくれた三人のうちの一人。
オロビアヌスでは見たことない綺麗で美しい白髪を靡かせ、それと同時に良い香りが漂ってくる。
「こんにちは!マレランさん!」
「こ、こんにちは…」
「ディシくんから聞いてるかな?
今からお風呂の場所とか案内するね!」
(ディシくん…さっきの男の人かな)
「あ、私はスタシア・マーレン。よろしくね」
「よろしくお願いします…」
第一印象は明るい人一択だった。
ユーランシーに来てからずっと空気が重かった。
当然だろう…ナルバンさんのこともありとても笑えるような状況ではないと思う。
だが、スタシアという女性はまるで日のように明るくそれを感じさせないくらいの笑顔を向けてくれる。
この笑顔の裏にはきっと色々な感情が入り交じっている…そう感じた。
「ここがお風呂。男性と女性で別れてて男性で使う人ほぼ居ないかな。
アビス師匠から許可されてるから言っちゃうけどここホールディングはユーランシーの王であるメアリー女王がお住いになられてるの。
万が一のこともあって許可をされない限り男性がここのお風呂を使うことは出来ない。
そもそも、ホールディングは任務終わりの報告以外では一般団員すら入ることの出来ないところなの。
そんなつもりは無いと思うけどメアリー女王にやましい気持ちを抱いたらダメだからね。
死刑になっちゃうから」
笑顔でとんでもないことを言うスタシアにマレランは恐怖を抱いた。
「お風呂は夕時前には済ませておいてね。
食事は部屋まで使用人が持ってきてくれるからね。」
「分かりました…」
「それと、なるべくトイレ以外で部屋から出ないように。
マレランさんは名目上は拘束対象とことになっているので」
「そうなんですね…」
「トイレの場所は部屋を出て右手側に行くとあるよ。
風呂場とは逆方向だから口頭で言っちゃうけどね」
「スタシアさん」
「ん?」
「スタシアさんっておいくつなんですか?」
さっきからずっと気になっていることを聞いた。
正直、気になりすぎて先程までのスタシアの話は半分ほどしか聞いてなかった。
マレランの予想では自分より3歳くらい歳下の15歳くらい。
「えー、女の子に年齢聞くのはダメだよ?
まぁ、でもマレランさんに私も少し聞きたいことあるから場所移そ!」
スタシアに連れられてホールディングスのエントランスエリアに置いてある一人用ソファ2つとローテーブルがそれぞれ3セット並んでいる場所に来た。
「ここに座って待ってて!」
スタシアはマレランをその一つに座らせる。
その後、壁際にある床置き棚で何かを作業する。
数分後にスタシアが二つのカップを持って戻ってくる。
「お待たせ、紅茶とコーヒーならどっち?」
「えっと、紅茶で…」
「はい、どうぞ」
スタシアはマレランの前に甘い香りのする紅茶を置く。
「いい匂いでしょ?私のおすすめ!
アッサムっていう紅茶で甘みが強くて濃厚なんだよね〜
さっきのディシっていう男の人におすすめされて飲んだら私もハマっちゃったの」
「確かに…いい匂いですね。」
スタシアはマレランの目の前に座りコーヒーを置く。
角砂糖の入ったガラスのケースの蓋を開け、2個角砂糖を入れた後にミルクも加える。
マレランはその様子を見て少しドン引いていた。
オロビアヌスではコーヒー本来の苦味を楽しむという文化がありコーヒーに何かを加えて入れることは禁忌だったりする。
マレランはコーヒーが苦手なためそもそもあまり飲まない。
「それで…なんだっけ?私の年齢だったっけ?」
「はい」
「そんなに知りたいの?」
「まぁ…一度気になったら最後まで知りたい性分でして。」
「そっか、私の質問に答えてくれたら良いよ」
「質問…もちろんお答えできる範囲でしたら」
「じゃあまず…想いあってる女性はいる?」
「え?」
思った質問と違い反射的に出てしまった。
「はい…います、、」
「うんうん!いそうだもんね!
次は〜」
(一つじゃ無いんだ…)
「ナルバン団長とアビス師匠はどうだった?」
「御二方ともとても親切な方でした。
ナルバンさんは深く関わりがある訳では無いのですが襲撃者との戦闘の際に助けて頂いて…本当はこの御恩を返したかったです。
アビス先生は感謝という言葉しかありません。
僕や他の生徒に親身になって指導してくださって…
それだけでなく精神的な部分でも支えてくれて…
出会えて良かったと思ってます。」
「そっかそっか!二人とも良い人だもんね!
じゃあ最後に…
なんで天恵使えないフリしてるの?」
スタシアは笑顔から一転、マレランを冷たく見つめる。
足を組み、ソファの肘かけに右肘を置きながら右手の甲で頬を支える。
「…」
「ディシくんとかナルバン団長は騙せても、私は騙せないよ。
どうやら偶然、その襲撃者が来た時だけ使えたみたいな素振りしてるけど…本当は普通に使えるでしょ?
それも無意識でも何でもなく自分の力でコントロールまでできる。」
「どうして…分かったんですか、」
「私はね…こう見えてこの国では立場が高いの。
この立場になるまでに色々な努力の仕方があった。
けど私にはほとんど全部合わなかった。
けど天恵だけは死ぬ気で努力して、恐らくこの国で一番上手に使える存在になれた。
そんな私を騙せると思ってたの?」
スタシアからとてつもなく重い圧迫感が溢れ出る。
「マレラン…ナメるなよ?」
マレランは冷や汗と震えが止まらなかった。
オロビアヌスに来た襲撃者と同等の恐怖が今まさにあった。
「なぜ、使えないフリを出来るようになった?」
「…わ、分かりません、、ナルバンさんが亡くなってから自分を塞ぎ込んでいました…。
その時に、、天恵 というものがコントロール出来るものだと分かりました…。
それから気休め程度に天恵で色々試してみたんですが…上手くいかなくて。
でも、抑えることなら出来ました。
それで…アビスさんやこの国の皆さんの前でなるべく抑えるようにしていました、」
声が震える…スタシアの目に光はなく、敵を見る目だった。
殺意は感じられないのにすぐにでも首を飛ばされる…そんな予感をさせられている。
「抑える理由は?」
「…オロビアヌスに、帰りたいからです、、
信じてくださいっ!この力はオロビアヌスで使うつもりなんてありませんし他者に言うつもりも無いです!
約束いたします!」
「私に…黙っていて欲しいと?」
「お願いします…」
「…いや、言うよ。メアリー女王にも皆にも」
「っ!!」
マレランは立ち上がり剣を生成してスタシアに切りかかる。
だが、スタシアは右手の甲から頬を少し離し、右人差し指を左右に一往復だけ振る。
同時にマレランの両手が跡形もなく潰れる。
「あ゛あ゛っ゛!」
マレランは痛みからローテーブルに突っ込み、コーヒーや紅茶の入ったカップごとローテーブルを倒してしまう。
地面にはマレランの両手首から溢れ出る血が飛び散る。
「はぁっ、はぁっ、、」
「少し、アビス師匠から強くなったと褒めてもらったからって自分を高く評価しすぎなんじゃない?
言っておくけどオロビアヌスが滅ぶか滅ばないかは君次第だから。
私はね…メアリー女王のためならいくらでも悪になれる。
人を殺すのも一国を滅ぼすのも苦じゃない。」
スタシアは立ち上がり右人差し指をマレランの額に押し付ける。
「愛憎」
マレランの両手が回復していく。
「まだ治癒までは出来ないんだ。まぁ、それはそうだよね。
で、今私に刃を向けたわけだけど?」
「…お願い、します。
オロビアヌスの皆は、、俺と違って優しいんです。
俺一人の首で…許してください」
マレランは地面に座りながら涙を流しスタシアを見上げる。
「…」
「シラ先生も…アイネスも… ケインもイリアもネイサも…皆良い人なんです。
皆だけは…助けてください、、」
「はぁ、まったく…ここまでするつもりは無かったんだよ?
マレランがいきなり斬りかかってくるから」
「え…?」
「安心して。君が誰にも言わないっていうのが本気なのは伝わってくる。
君が天恵を意図的に使えるということは皆には言う。
けど、それを前提に私は君をオロビアヌスへ帰しても大丈夫と主張する。
この国で一番と二番目に強い人が誰か知ってる?」
「分かり…ません」
「一番がアビス師匠、二番目が私!
私とアビス師匠が主張するんだから安心して!」
イタズラにニコッと笑う目の前の童顔の女性。
「っ!!ありがとうっ…ございますっ!!
本当に、ありがとうございます!」
「ふふっ、いいの!さすがにさっきのはやり過ぎちゃったよね!ごめんね!」
「いえ、良いんです。」
「それと、私は君の一個下だよ」
「えっ」
人差し指を口の前に立ててニコッと笑いながらスタシアは去っていく。
その美しさに見惚れてしまう。
マレランは色々な感情が入り交じり複雑な気持ちになる。
こんなに幼く見える子が自分と一個しか変わらないのかという驚き や 本気で切りかかったのに何もさせて貰え無かったことにより恐怖と悔しさ。
マレランは本当に誰にも天恵を言うつもりは無い。
だが、その意思がより強まった。
仮に言ってしまい、ユーランシーとオロビアヌスが敵対した場合、勝てるわけが無いから。
あの一瞬で分かった。
スタシア一人でオロビアヌスなんて簡単に滅ぼせるという事を。
「…どうしよ。この散らかり様、」
マレランは床に散らばったカップの破片や自分から流れた血、紅茶とコーヒーを見つめながら呟く。
「スタシア…やりすぎたとか思ってないだろ」
「もちろん」
ディシがエントランスエリアから続く廊下の角に寄りかかりながら聞いていた。
当然のようにスタシアはディシの存在に気づいていた。
「マレランは本当に言うつもりは無かったと思うぞ」
「知ってる。でもね、人は信頼関係よりも恐怖を擦り付けておくことによって些細なミスまで気をつけるようになる。
マレランは私に対する恐怖で絶対に言わないと固く決意した。
保険をかけといたの」
「冷徹になる時は本当に冷徹だな。」
「こんな私は嫌い?」
「別に好きでもなければ嫌いでもない。」
「もーけち!そこはそんな君でも好きだよ!って言うところ!」
「事実だからな」
ディシはスタシアを置いて歩き始める、
「まったくディシくんは…ふふっ」
スタシアはそんなディシの背中を見て笑う。
その表情は先程までマレランに向けていた冷たい顔ではなく愛する人を見る目だった。
そして後を追いかける。
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部屋をノックする。
小さな声で はい と返ってきたためドアを開けると俺が以前入った時と比べて見る影もないほどに荒れていた。
『お父様!私読書がとても大好きです!』
小さい頃からメアリーは読書が大好きであり、本をずっと大切にしていた。
だがその本を入れる本棚は倒れ、本も床に散らばっていた。
『見てください!昔お母様が着ていたお洋服を見つけたんです!
似合いますか?』
ソフィアが愛着していた服の数々もハンガーに掛けられておらず地面に放り投げられていた。
『これ、私のお誕生日プレゼントですか?
…もう、私もいつまでも子供じゃないんですよ?
でも、ありがとうございます!お父さん!
凄く嬉しいです!』
俺がメアリーの15の誕生日にあげた他国で特注で作ってもらった猫の人形。
ユーランシーでは人形という概念が無く、作る技術もない。
メアリーは15歳という親に反抗したくなる歳でも一切反抗することなく、ずっと素直だった。
俺は、膝を腕で抱えながら地面に座って死んだ目をするメアリーに近づく。
「メアリー…」
「…」
「俺の責任だ。
俺が守れなかった…俺が弱かったからキャスを守れなかった。すまない。」
「…して。」
「…?」
「どうして…誰も私を責めてくれないんですか。
皆…私を慰めるばかりで誰もお前のせいだって言わない…。
せめて…お父さんには叱って欲しかった。」
「事実だからだ。メアリーは悪くない。
正しい采配だった…にも関わらず俺がしくじった。」
「違います!!私の采配は正しくなんてなかった!!
ナルバンさんみたいな強い方を死なせてしまうような指示を出した私が悪いんですっ。
お願いします…叱ってください…お前のせいだって。
そしたら…少しは、楽になれるんです、、」
「…それは楽になっているんじゃない。
メアリーは自分を安心させる材料が責任になっているんだ。
人から頼られれば当然責任が伴う。
その責任の重みがメアリーにとって生きる価値となっているんじゃないのか?」
「…そうですよ。」
「それは良くない。今すぐに治すべきことだ」
「お父さんには分かりませんよ!!
強くて…皆から信頼されて…頼られて。
お父さんが頑張って頑張って、今の力を手に入れたのは知っています…。
お母様から聞いたことがあります。
でも!それでも…羨ましいんです。
強さ という誇れる長所があって…
それに比べて私はいつもギリギリで…お母さんみたいに完璧になれるように大人に振舞っても…今回みたいに失敗しちゃって。
もう、何が正解か分からない…私にこの国を引っ張っていく資格なんて…無いんです。」
「ソフィアは…お前のお母さんは完璧なんかじゃなかったよ。」
「そんなこと…」
「そんなことあるんだよ。
俺もソフィアは完璧な人かと思っていた。
けど違った。他国とユーランシーで少し解釈のズレが起こった際に、それがソフィアのミスだと分かった。
大して大きいミスでもなく向こうの王も気にすることなく許してくれた。
だがソフィアは酷く落ち込んでいたよ。
俺に泣きながら弱音を吐いて、自分を責めていた。
今のメアリーのようにな。」
「お母様が…?」
「ああ。だが、ソフィアはそれを自分の成長するための糧にした。
前を向いて進み続けた。
メアリー…誰も君に完璧なんて求めてはいない。
人間である限り誰も他者に完璧なんて求めない。
だが、 道 は求める。
メアリーはこの国を代表だ。
その国の王が道を示さずに誰が示す?
お前が立ち上がらなければこの国はずっと止まったままだ。
止まったままであり続けるな。
止まることは悪いことでは無い…進まないことがダメなんだ。」
「でも…また…失敗したら…」
「誰にも文句は言わせない。
俺はアシュリエル・メアリーの護衛である前に父親だ。
お前ならこの国の民をきっと正しい方向へ導ける」
俺はメアリーの目から流れる涙を指で拭き取る。
「うぅっ、うぅっ!うわあぁぁぁぁぁあ!!
お父さんっ!お父さんっ!」
メアリー女王はアビスへと抱きつき、腕の中で子供のように泣き叫ぶ。
メアリーは泣き疲れて眠ってしまい、俺はメアリーをベッドに寝かせる。
そして散らかった部屋を元通りの部屋のあり方に戻す。
メアリーの頭を軽く撫でた後に部屋を出るとディシが立っていた。
「メアリー女王は大丈夫そうですか?」
「ああ、大丈夫だ。
メアリーは小さい頃からソフィアの背中を追って歳相応の娯楽やわがままをせずに育った。
辛いんだよ…きっと。母が早くに亡くなって…寂しかったんだろうな。」
アビスは壁にもたれ掛かりながら片手で頭を抱える。
「情けない父親だよ…本当に…。不甲斐ない」
「アビス師匠は立派ですよ。だから、俺やスタシア、ミリィノがアビス師匠の背中を追うんです。」
「…生意気だな、」
「褒め言葉と受け取っておきますね。」
ディシは立ち去っていく。
翌日
女王の間には既に守恵者、各地区の上階級貴族、聖者が集まっていた。
まだメアリー女王は来ておらず、皆は並んで待っていた。
俺は女王の座の横でマレランと共に立っており、マレランはとても緊張している様子。
そして女王の間のでかい両開きドアが開く。
コツ、コツ、と床を歩く音を立てながら綺麗な赤いドレスを着て、腰まで伸びている綺麗な金髪を後頭部の高い位置で結んで靡かせる女性が入ってくる。
その表情は強く、真っ直ぐ、美しかった。
なにか吹っ切れた様子のその女性はいつも以上に綺麗だった。
そんな女性に皆が目を奪われる。
そしてメアリーは女王の座の前に立ち、言う。
「これよりアルス・カザック・マレランの処遇についての話し合いを始めます。」
読んで頂きありがとうございます!
これにて3章は終わりです!
この3章はナルバンとアビスを中心に進んでいてスタシアやメアリー女王の出番が少なくてぶっちゃけ辛かったです笑
4章までまた期間が空くかもしれません。
その間は番外編とかを書けたら良いなぁと思ってます!
3章を見て頂きありがとうございます!
今までは6500文字前後で投稿していましたが、4章から5000文字前後を目安に投稿していこうと思います。
変更理由は単純に見やすくするためなので深い意味とかはないです!
ご理解お願いします!




