57話 「責任」
「アビス殿…オロビアヌスの王として代表させて言わせてもらいたい。
感謝する。
アビス殿がいなければオロビアヌスは滅んでいた。
それほどの相手だったと私は理解している。
そしてナルバン・キャス殿の件…この国のためにその命を懸けてくれたことを心から感謝している。
民を守り命を落としたナルバン殿に恥じぬような国でありたい。
今回はすまなかった。」
アビスが目覚めて翌日。
バルタ王と新しく任命された各地の代表貴族や騎士団長が集まり、机を囲って座る。
アビスもその席のひとつに座っており、バルタ王含む全員がアビスへと頭を下げる。
「バルタ王が謝るようなことはございません。
キャスは…自分自身でこの国を命をかけて守ると決めた。
それに口出しすることは出来ません。
ただ、キャスがここで亡くなったという証だけは建てておいて頂きたい。
これは俺から願いです。
最後まで勇敢であり、他者を思いやるキャスには素敵な国の素敵な民たちに…見送ってもらいたいです。」
アビスのその言葉にバルタ王は真剣な眼差しで了承をする。
「ナルバン殿の像を英雄の証として建てるつもりだ。
そちらからそう言ってもらって助かる。」
「それと事情がありノースアヌス学園のアルス・カザック・マレランをユーランシーに1週間ほど連れて行かせてもらいます」
「それは強制か?」
「はい。申し訳ありませんが拒否権はございません。
断られるような事があれば場合によってはユーランシーとオロビアヌスは敵対するべく相手となるかもしれません」
「そうか…」
「もちろん、悪いようにはしません。
詳しくは言いませんが必ず私が説得してマレランをオロビアヌスへと帰します。」
「…国を救ってもらった身だ。断ることなど出来ないだろうな。
マレランは了承をしているのか?」
「既に取っております。」
「分かった…許可しよう」
「感謝いたします。」
この話はアビスが自分で考えたりナルバンから聞いた訳では無い。
マレラン本人からナルバンにそう言われたと聞いた。
天恵を一度でも使用してしまった以上、見逃す訳には行かない。
メアリー女王の事だから悪いようには絶対にしないだろう。
だが、オロビアヌスに帰すことを許してくれるかは別問題だ。
(いや…それよりももっと重要な問題があったな。)
今回のオロビアヌスの件をメアリー女王に伝えるべく手紙を書かなければいけない。
その手紙をユーランシーへ送る際の馬車を専用として特別に借りることが出来た。
俺自身はユーランシーへ戻るのは1週間後だが、できるだけ早くこのことを知らせなければいけない。
そして、今回の1件でキャスが死んだことによってメアリー女王は間違いなく自分を責めるだろう。
自分がオロビアヌスに向かわせたせいでこのような事態を引き起こしてしまったということに強く責任を感じてしまわれるだろう。
俺はメアリー女王の護衛である以前に父親だ。
メアリーがどうしようもなく打ちのめされてしまった時は父親としての責務を果たす。
これはソフィアとの約束でもある。
俺はバルタ王の屋敷から自分の新しい宿へと向かう。
空虚 との戦闘によってバルタ王の屋敷は半壊し、その周辺の建物が地割れによる崩壊を起こしていた。
そのため新しい宿を用意された。
俺が新しい宿に向かって歩いていると前からマレランが息を切らしながら走ってくる。
「はぁ、はぁ、アビス先生!」
「どうした?」
「これ…さっきまで気づかなかったんですけど襲撃者と戦闘した際の服のポケットにこれが入ってました。」
マレランが差し出してきたのは
ユーランシー対天帝恵騎士団騎士団長の紋章バッジだった。
「これ…」
「多分、ナルバンさんに助けられた際にポケットに入れていたんだと思います。
これはアビス先生にお渡ししておきます。」
俺は無言で受け取る。
ずっとその紋章を見つめながら。
「先生…」
「どうした」
「俺…前に進みます。ナルバンさんのように人を守る立場になりたい。
もう…守られたくなんてないっ!
だって…俺はっ、俺はっ、あんなにも…無力だった…」
マレランの目からは涙が流れ、その顔からは悔しさが滲み出ていた。
俺はそっとマレランの頭に手を置く。
「焦るな…お前はまだ若い。
時間をかけて立ち直っていけ。俺たちみたいな危険な場所に立つ必要は無い。
お前には、お前のために涙を流してくれる人がいるだろう。
その人のために幸せを全うしろ。
こっち側には…来ないでくれ」
アビスはマレランの頭から手を離し、そのまま歩き去っていく。
マレランは振り返り、アビスの背中をじっと見つめる。
アビスの今の言い方には何か覚悟を決めたかのような…辛く、悲しく、直すことの出来ない穴が空いたかのようだった。
「先生…」
アビスはその夜にメアリー女王への手紙を書き終えた後、一人で飲んでいた。
普段飲む際は控えめに抑えていたが今日は店主が心配するほどに飲みまくる。
いくら飲んでも飲んでもいつも以上に気持ちが楽になることは無く…火に油を注ぐかの様に辛さが増していった。
「アビスさん」
1人で席に座りヤケ酒をしているアビスに後ろから一人の女性が声をかける。
アビスが振り返ると普段とは全く印象の違うシラが立っていた。
私服姿を見た事がなかったこともあり、より新鮮さがあった。
「シラ先生…」
「今は学園内ではないので先生じゃなくて良いですよ。
マスター、私にも一つお願いします」
「はいよ」
シラはアビスと同じ物を頼みアビスの対面の席に座る。
「凄い量飲んでますね。強いんですか?」
「どうなんですかね。ここまで飲めること自体、俺自身も知りませんでしたし。」
「そうなんですね。
アビスさん…改めてありがとうございます。
マレランさんを救って頂き…どう感謝をしたら良いか。」
「救ったのは俺では無いです。キャスです。
彼は自身の命を捨てる代わりにマレランを助けた。
帰りを待つ妻と子がいるのに…。」
「…すみません」
「いや、いいんです。キャスらしいですから。
いつでも他者が第一優先で自分のことは後回し。」
きっと俺は今酷い顔をしているだろう。
悲しいくせに笑顔を作ろうとしてぎこちなくなって…
そのくせ涙は出なくて…後悔に駆られてどうしようもなく辛いのに。
すると店主がシラに酒を届ける。
届けると同時にシラは店主にもう2杯同じやつお願いしますと頼む。
そしてシラは届いた酒を一気にグビっと飲む。
でかいグラスの半分くらいまで減る。
「飲みましょう。アビスさん…いくらでも弱音を吐いてください。
私は…アビスさんに恩がありますから、」
「…俺に、恩を感じることは無いです。
オロビアヌスに来たのも、剣術祭までの指導をしたのも、襲撃者と戦ったのも…全て命令されたからです。
俺は何一つ自分の意思で動いてなんかいない。」
弱音を吐くつもりなんて無かったがいきなり弱音を吐いてしまった。
シラの方を見ると悲しそうな目でこちらを見つめていた。
「アビスさん…弱音は吐いていいと言いましたけど、自分を傷つけろとは言ってません。
アビスさんを傷つけるような言葉は私が許しません!
それがアビスさんであっても!」
「…すみません。」
その後、俺はシラに弱音を沢山吐いてしまった。
ずっと何かを守るために鍛え上げてきたこの力で、守ることの出来なかったことによる絶望を。
シラは口を挟むことなく聞いてくれた。
人に話すだけでここまで心が楽になるのだと実感した。
店を出て、夜の道をシラと共に歩く。
「アビスさん、少し寄りたいところがあるんですけど良いですか?」
「ええ、もちろんです。」
そしてシラに連れてこられたのは中心地の時計塔の最上階だった。
少し柵付きの出っ張りがあり、その柵に足を置いて身を乗り出しながらシラはオロビアヌス全体を眺める。
「そんなに身を乗り出したら危ないですよ」
「私が落ちそうになってもアビスさんなら落ちる前に私を助けてくれますよね?」
「…そうかもしれませんね」
「アビスさんもお隣来てください」
「せっかくなので、失礼しますね」
俺はシラの横に立つ、その瞬間に涼しい風が吹く。
「綺麗ですね」
「そうですよね。良かったです、喜んでもらえて。」
「こんな場所、入ってよかったんですか?」
「普通はダメなんですけど、父が貴族階級で内緒でお願いしちゃいました」
「いけませんね」
「そうですね、いけない子です!
楽しんでしまってるアビスさんもいけない子ですよ?」
「確かに」
俺は自然と笑みがこぼれる。
「あ、笑ってくれた。アビスさんの笑顔見ると私まで嬉しくなっちゃいます。」
どうしてだろうか…シラと話していると心が落ち着く。
笑えないほどにボロボロなはずなのに笑みが出てしまう。
「アビスさん…好きです。」
「…え?」
「さっき、アビスさんはここに来たのも、指導をしたのも、オロビアヌスの為に戦ってくれたのも命令だと言っていましたよね。」
「はい、、」
「でも私がラインラット先生と戦った時、意識が保てなくなるほど追い詰められたのを見てアビスさんは守ってくれた。
その行動に誰からの命令もなかった…アビスさんの本心で動いてくれた。」
「…」
「嬉しかった…頼もしく感じた…アビス先生は気づいてないかもしれませんがノースアヌス学園の教員の中で浮いていた私の心を救ってもくれたんですよ?
周りの先生は生徒に適当な気持ちで向き合っていて、でも私はそんなの許せなくて…。
だから、生徒の為にできる限りを尽くしていた。
そんな私を他の教員の方々は白い目で見ていた。
けどアビス先生は違った。
生徒のためなら身を削ることも厭わない…言葉で無く行動で見せてくれた。
もうその時から…アビスさんのことが好きで好きでたまらないんです…。
お願いしますっ、私を受け入れてくれませんかっ!」
シラの顔は真っ赤になっていた。
恥ずかしながらもアビスの目を真っ直ぐと見つめる。
「俺はもう、50代です…シラさんとはほぼ倍の歳離れてます。
シラさんには俺でなくもっと良い人が…」
「歳なんて関係ありません!
私はアビスさんが好きなんです!!」
俺はソフィアしか愛せない…愛したくない。
「今…シラさんとそのような関係になることはできません」
そうずっと思っていた。
だが、なぜか重なる…ソフィアとシラの2人が。
「そう…ですか。」
シラは暗い表情を浮かべる。
背丈も、顔も、仕草も、笑い方も、何もかも違うのに…なぜか目を奪われて…いつの間にか俺は…
だが、アビスは言葉を続ける。
「ですが全てが終わって…俺の大切なものを守る必要が無くなったら、またオロビアヌスまで迎えに来ます。
その時まで待ってて頂けませんか?」
心まで奪われていた。
「えっ、」
「シラさんに好意を伝えられて、ずっとシラさんに対して抱いていたモヤが取れました。
俺もシラさんの事を想っています。」
初めてソフィアとメアリー以外の女性を心の底から好きになった。
きっと俺の心を救ってくれようとしてくれたシラが、
俺が処刑されそうになっていたところを助けてくれたソフィアと重なったのだろう。
「っ!!はいっ!いつまでも!ずっとずっと待ちますっ!!」
アビスはその言葉を聞いまた頬が緩む。
そしてシラを抱きしめ、シラもアビスを抱きしめ返す。
顔を見つめ合い、月明かりに照らされながら一国の空…
2人の男女が唇を合わせる。
そして1週間が経つ頃
俺とマレランはユーランシーに向けて馬車に乗っていた。
マレランは少し緊張した様子を見せていた。
他国へ行くのは初めてらしいから緊張するのは当然だ。
「マレラン!絶対に無事に戻ってきてね…」
「ああ。俺が戻るまでアイネスも元気でいてくれ。」
「うんっ!」
俺が2人の様子を眺めているとシラが近寄ってくる。
「アビスさん…マレランさんをお願いします」
「はい、任せてください。シラさんもお元気で…
必ずまた会いに来ます」
「はい!待ってます!」
馬車が出発する。
オロビアヌスの民が感謝の声をかけながら送り出してくれる。
シラの方を見るとスーッと涙が頬をなぞっていた。
「先生…少し元気になったみたいで良かったです」
「そう見えるか。きっと一人の優しい女性のおかげだ」
「シラ先生ですか?とても素敵な先生ですからね」
「ああ、とても素敵だ。」
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アビス師匠の手紙から1週間…メアリー女王は立ち直れずに仕事も手がつかないほどだった。
自分を責めて悔いては、また責める。
その繰り返し。
俺は任務帰りにメアリー女王にと、メアリー女王が大好きな甘菓子を買ってからホールディングへと向かう。
そして報告のためにメアリー女王の部屋をノックする。
小さくうっすらと返事が聞こえる。
ドアを開けると普段から身なりに気を付けているメアリー女王が髪はボサボサ、服はシワだらけ、床に直に座り、ただ一点を見つめていた。
俺は初めて見るその光景に言葉が詰まる。
この1週間、俺やスタシア、ミリィノができるだけメアリー女王に立ち直って貰えるように頑張った。
だが、女王になってから一度も失敗という失敗を経験してこなかったメアリー女王にとって自身が自ら采配し、オロビアヌスに向かわせたナルバンが死んでしまったことによってダメージが大きかった。
「任務完了の報告に参りました…。」
「…お疲れ様です。」
会話はこれのみだった。
いつもなら軽い雑談をしながら美味しい店などを紹介したりと楽しかった。
だが、今のメアリー女王にそのような余裕はなかった。
「これ…メアリー女王がお好きな甘菓子です。
置いておきますのでよろしければお食べください。
失礼します」
俺は部屋を出る。
廊下にはスタシアとミリィノが心配そうな顔で立っていた。
「ディシくん…メアリー女王はどう?」
俺は静かに首を振る。
「場所を移そう。」
俺達はホールディングの空いている部屋に入る。
俺とスタシアはソファに腰をかけ、ミリィノは紅茶を汲む。
「メアリー女王…どうしてあんなに…」
「メアリー女王は若くして女王になって、母の背中を追って完璧を求めてる。
そしてその精神状態でもしも失敗してしまったらスタシアならどうなる?」
「立ち直れない…かも。」
「メアリー女王は責任感が強いお方ですから、我々守恵者に頼らなければいけないと分かっていても頼りきることが出来ないんですよね。」
「そうかもしれないな。」
俺もナルバンが死んだと知った時、現実を疑い汗が止まらず過呼吸まで引き起こした。
ナルバンとの付き合いは長い…アビスよりも。
それ故に俺はもっとメアリー女王のように引きずるのかと思っていた。
だが、俺は悲しくはあれど長くは引きずらなかった。
次の日にはいつものように任務をこなしていた。
スタシアやミリィノもメアリー女王同様に数日は立ち直れずにいたが少しずつ元気を取り戻している最中だった。
ユーランシーの騎士団というのはいつどの任務で死んでもおかしくはない。
全員が全員大切な人の死に立ち会える訳では無い。
(慣れ…か。
こんなものに慣れたくなんて無かったのにな…)
「メアリー女王にはきっと心からの支えになる存在が必要だと思います。」
「アビス師匠…だよね。」
するとドアが開き、アンレグが息を切らして入ってくる。
「アビス様が!ユーランシーに到着されましたっ!!」
俺たちはすぐさま部屋を出てアビス師匠の元へ向かう。
ホールディングの前に馬車が止まっており、馬車からアビスと一人の青年が出てくる。
「アビス師匠…」
「アンジ…久しいな。」
どこか気まずい空気が流れる。
当然だった…送り出したのは2人。
それなのに戻ってきたのは1人のみ。
「ご無事で何よりです…」
「アンジ、カウセル、マーレン。女王の間にて貴族階級、聖者を集めてくれ。
メアリー女王もだ。」
アビスがメアリー女王の名を口にすると皆が静まる。
「どうした?」
「メアリー女王は今は話せるような状態ではありません…。
ナルバン団長の件でご自身を深く責められていて…どうすることも出来ないほどに。」
「そうか…。ならば明日集めろ。俺がメアリー女王と話してくる。
そこにいる少年は丁重に迎え入れろ。
明日の議題はその子に関してだ。」
ディシはこの青年を見た時から何となく察していた。
この青年には天恵が微量ながら流れている。
感覚のみで使用した者に現れる特徴のようなものだ。
(他国でついに天恵を…くそ、最近色々ありすぎている。)
俺はマレランという青年を連れてホールディングの泊まる用の部屋を案内する。
読んで頂きありがとうございます!




