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天使とサイナス  作者: 七数
3章 【予】
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56話 「オロビアヌス人外戦~5~」

マレランは先の戦闘での消耗に加えて異様に動きづらい地面で思うように動けなかった。

だが、ナルバンからの指示を遂行するために1人でも多くの人をこの範囲外から出そうとしていた。


「皆さん!!急いでこの黒い地面の範囲外に出てください!!

この地面は毒です!!できるだけ急いで!!」


声をかけながら子供や老人を優先的に抱えて範囲外に出してまた範囲内に戻るを繰り返す。

頭のどこかでアイネスやシラ先生は無事だろうかと過ぎる。

だが気にしている暇がない。

残りは2分20秒ほど。

全身が痛み、動かしづらいこの体に鞭を打つ。

全てが終わったあとにもう動かなくても良いと割り切るほどに。




ナルバンはマレランの倍以上の速さで老若男女関係なく範囲外へと放り出していく。

それでも間に合うかギリギリのところだった。

アビスがセルシャの相手をしているうちにできる限りの民を救い出す。

マレランとは逆方向を担当しているが恐らくこちら側は全員を救い出せた。

天恵で周辺に人がいないことを確認でき、すぐさま範囲に沿って北側に進む。

残り2分ほど…。

間に合うかどうかは分からない…そんなことなど考えている暇もない。




一方で範囲の中心ではアビスとセルシャが今日一番の激闘を繰り広げていた。

2人がぶつかる度に地面が割れ、周辺の建物が衝撃によって砂くらいの細さになって地面に落ちる。

アビスはつくづく驚愕していた。

天恵で出来ているからと言っても自分の3分の2位の背丈の少女がここまで自分と張り合うことが出来ることに。

見た目では10行くか行かないか位の若さでありながら、武術、剣術どれをとってもそれに人生をかけたアビスに匹敵するほど。

ここまで自分を満たしてくれる存在がいただろうか…

ここまで自分と戦って生きてくれている存在が今までに存在しただろうか。

アビスはセルシャに対して感謝の気持ちすら芽生え始めていた。

それ故にこの戦いを終わらせたくない気持ちもあった。


そしてセルシャもまたアビスと同様のことを考えていた。

今まで何にも興味が出ずにただ自分の野望の為だけに生きてきたこの人生において初めて楽しさのみの為だけに戦闘をしていた。

この男は 天恵 が効かずに、自身も天恵を使えない。

自分の純粋な力のみでここまでの高みに来たこと…

どれほどの信念と覚悟を以てしてこの人生を歩んできたのかがひしひしと伝わってくる。

生まれて初めて出会う自分の対等に渡り合えるこの男

アビス・コーエンに対して尊敬の念まで抱いていた。

尊敬に値する男だからこそ…自分の手で決着をつけたいという欲望があった。

だが、セルシャはそれは今できることでは無いということも分かっていた。

現在アビスと自分の力は拮抗しており、残り1分50秒で決着が着く訳がなかった。

アビス・コーエンはこの範囲内にいても恐らく死なない。

現に動きが全く鈍くなら無い。

天恵を含んだ物が間合いに入ったら全て分解されて無効化される。

今考えれば理不尽なものだ。

この世界の理を真っ向から否定するかのようなそんな存在。

だが戦いには必ず結末が訪れる。

セルシャはその結末が毎回自分の勝利に終わることを理解していた。

アビスは人間であり、天恵が使えない。

普通の人間でしかない。

当然、普通の人間ならば出血した箇所を止血しなければいずれ死ぬ。

アビスの脇腹から流れる血はとうにその死ぬ出血量を超えていた。

貧血によりアビスは一瞬立ちくらみを起こし、セルシャはその隙を見逃すこと無かった。


「アビス・コーエン…お前との戦闘は楽しかった。

故にお前が人間であることを心から残念に思おう。」


セルシャはアビスの腹部に鋭い殴りを二発見えぬ速度で放つ。

その威力にアビスは血を吐き出し、後方へと吹き飛ぶ。


「…思った以上に範囲内から人が減っている。

あと残っているのは西側のみか。」


セルシャは西へと動き出す。




「マレラン!急げ!残り1分もない!!」


「はいっ、、」


ナルバンは焦っていた。

残りはこの辺りのみ、既に100人は避難させた。

ここの周辺の民さえ避難させれば良いだけなのに…体が限界を迎えかけていた。


(くそっ!)


ナルバンが避難する若者を抱えようと近づくと目の前にセルシャが現れた。


「哀れなものだな。命をかけても結局は無駄。」


「っ!!アビスは!?」


「さあな、死んでるかもしれんし運が良ければまだ生きている。」


「殺すっ!破恵!」


ナルバンはセルシャの顔面に両手を近づけ破恵を放つ。

だが、天恵が上手く収束せずに威力が下がってしまい、防御も何も取らないセルシャに傷1つ付けられなかった。


「化け物がっ!!」


ナルバンはセルシャに殴りかかるが片手で全てを受け流され顔面を殴られる。

脳が揺れて脳震盪を起こす。


「セルシャ・イオンッ!!」


ナルバンにトドメを刺そうとするセルシャを止める声がした。


「つくづくお前は人間かどうかを疑う。アビスよ。」


「ナルバンさん!!全員の避難を終わらせました!!

早くナルバンさんも避難を!!」


現在4人がいるところは範囲外から数十メートル程のところ。


「マレラン!!ナルバン!!俺がこいつを止める!!

急いで範囲外に出ろ!!」


ナルバンとマレランはその掛け声と共に範囲外へと走り出す。

残りは10数秒…。

マレランの方が範囲外に近かったはずなのにナルバンが先に範囲外に出る。

ナルバンが後ろを向くとマレランは範囲内で膝を着いて血を吐いていた。

マレランは慣れない天恵を一度に酷使した影響で脳に大きなダメージを負っており平衡感覚が無くなっていた。

体の感覚が無く、まさに死にかけだった。


「ダメだ…マレランッ!!早く出ろ!!急げ!!」


アビスはセルシャと戦いながらも叫ぶ。


「こちらに集中しろ!!アビス!!」


(ダメだ…マレラン…死ぬな、頼む頼む頼む。

やめてくれ、お願いだから!)


アビスはマレランを助けに行こうとするがセルシャに邪魔される。

残り7秒…。



(すまない…カリア…ロッドル…。)


ナルバンは範囲内へと走り出す。


「ナルバンッ!!やめろっ!!!!」


マレランを掴みほぼ残っていない天恵を使って身体強化をしてマレランを範囲外へと投げ飛ばす。


「ナルバン…さんっ!」


マレランは投げ飛ばされながらナルバンに手を差し伸べるが届くどころかどんどん遠くなっていく。

そしてマレランは範囲外まで出て地面に転がる

ナルバンはアビスに微笑みながら視線を向ける。


「すまない…あとは頼んだ」


そして残り時間が0となった瞬間、ナルバンは重力に押されるかのように何も無いところで地面に跡形もなく潰される。


「っ!!!お前だけは…殺すっ!!」


「ハインケル…」


アビスはセルシャに拳を振るうがそれは当たることはなかった。


ハインケルがセルシャを抱えていた。


「目的は達成した。私の体はもう動かないから私を無事に帰して」


「全く…人使い荒いですね…。私もこう見えて死にかけなんですけど。」


「うるさい、早くして」


「はぁ…せめて会議の間までの入口くらいは開けてくださいよ。」


セルシャがハインケルに抱えられながら前方に手を向けると黒い空間が広がる。


「逃がすかっ!!」


アビスが2人に向かっていく。

だが、ハインケルはアビスに向けて3つのケースを投げる。


「普段のあなたなら足止めにもならないでしょうが今のあなたならこれで十分時間を稼げますね。

では…」


ハインケルはセルシャが作り出した空間へとセルシャを抱えたまま入っていく。

ハインケルが投げた3つのケースがアビスの周りで割れ、中から人型スクリムシリ 破 が出てきた。

ハインケルはランスロットから貰ったスクリムシリを使ったのだ。


「ふざけるな…ふざけるなよ!!」


アビスは怒りに任せながらスクリムシリ 破 3体の頭を殴り潰す。

だが、3体を殺し終えたあとには既に天帝2人の姿は無くなっていた。


アビスはナルバンが潰された場所に目をやるとそこには血だけが地面にこびり付いており、そこに人がいた形跡は無かった。

アビスは足に力が入らなくなり、地面に倒れる。

そして、意識が遠くなっていく。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ハインケルが長く暗い空間を歩き続けると見慣れた景色の会議の間に出る。


「お!おかえり。うわー随分とボロボロだね。

2人とも」


ランスロットが物珍しい目をしながら見てくる。


「セルシャはサイナスを使用したため眠っていますよ。

天恵の9割を失っていますしこの人も珍しく熱くなってましたし。」


「へぇ。まぁ確かにサイナス考慮しなくても相当ボロボロだね。

結構ギリギリだったのかな?」


「ええ、普通に私は死にかけましたよ。

今も立ってるのがやっとなくらいに。」


「そう。まさか何も収穫なしという訳では無いよね?」


「もちろんですよ。当初の予定通りユーランシーの騎士団長であるナルバン・キャスを殺すことに成功しました。

それに加えてアビス・コーエンは重症。運が良ければ出血死で死ぬかもしれませんが、まぁ、無理でしょうね。」


「めちゃくちゃ頑張ったね。お疲れ様」


「ええ、あなたからもらったスクリムシリ無かったら今頃アビス・コーエンに殺されているところでしたよ。」


「それは良かった良かった。

セルシャはサイナス使ったってことは1ヶ月は戦闘に参加できないね。

それに加えて天恵が完全に回復するまで2ヶ月はかかるだろうし。

まぁ、セルシャが起き次第計画立てようか。

出来ればアビスが完治する前にユーランシーを1度くらいは襲撃しておきたいし。」


「そうですね。ところでギャラリスとジャレンは?」


「さぁね、あの二人のことだし自分の研究やらなんやらで忙しいんでしょ。」


「全く、功労者が帰ってきたというのに。」


「どちらかと言えばセルシャでしょ、功労者は。」


「否定はしませんよ。」


「ひとまず、パロスにセルシャを預けてきますよ。

この人いつ目覚めるか分かりませんし。」


「了解、というかセルシャって寝てれば可愛いよな。

喋ると鬼畜」


「バレるとまた酷い目にあいますよ?」


「今聞こえてたら流石に怖いよ。」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

目を閉じていても明かりが顔を照らしているのを感じる。

目を開けると右手側には窓がありそこから光が差し込んでいた。

天井は白く見慣れない風景だった。

柔らかいベッドに寝っ転がっており、枕も心地が良いほどに柔らかい。

その心地良さとは真逆に左脇腹が痛む。

左手に何かに包まれているかのような感覚になり首を軽く動かして目を向けるとシラが俺の手を両手で包み込みながら椅子に座って寝ていた。

この光景には見覚えがあった。

昔、自分が任務で無理して怪我した際に目を覚ました時にソフィア女王が同じようにしていてくれた。


俺は体を起こす。

すると必然的にシラの両手から手が抜ける。

それに気がついたシラが目を覚まし、俺の顔を見る。

そしてみるみると目に涙が溜まっていき、両手で目を抑える。


「アビスさんっ!アビスさんっ!うわぁぁぁああ!良かった、よかったっ!! …起きないかと…本当に心配だった…」


「シラ先生…」


目の前で泣き叫ぶシラを前にどう声をかけたらいいか分からずにいるとその声を聞きつけたアイネスが部屋に勢いよく入ってくる。


「先生…先生っ!先生っ!!」


アイネスも涙目になりながら俺の手を握る。


「先生…2週間も!目を覚まさないから!怖かったんだよ!!もう!こんな怖い思いさせないで!!お願い!!」


俺はアイネスの頭を撫でる。


「心配してくれてありがとうな。」


俺は2人を見て少し頬が緩む。

そしてシラから俺が意識を失ったあとの話を聞いた。


今回の襲撃による死者は41名+1名。

負傷者86名だった。

北地、中心地、南地には壊滅的被害があり、既に復興作業に取り掛かっているらしかった。

今回の1件によってオロビアヌスは入国審査をより厳重にするのと同時に輸出入品の受け渡しは国外、オロビアヌスのすぐ側の村で行う事になり、1ヶ月の他国者の入国禁止を行っていた。


そして、マレランも同様に酷い怪我をしており5日ほど目を覚まさなかった。

だが、今は既に目を覚まして体を治すことに専念していた。

恐らくマレランが天恵を使えたのはあの日だけだろう。

あの日は感覚で何となく使うことが出来ていた。

だが、また感覚を思い出さない限り使うことは出来ない。

そしてもう1つ気になることを聞いた。


「死者+1名というのは…」


シラは曇った表情をしながら答える。


「…アビスさんと同じくユーランシーから来た、

ナルバン・キャスさんです。」


「そう…ですか。」


やはり現実だった。

酷く胸が締め付けられるかのような気持ち悪い感情。

自分の無力感と絶望感で頭がおかしくなりそうだった。

守れなかった…キャスには帰りを待つ人がいるのに…

守ることが出来なかった…。

俺は涙すら出なかった。

今は悲しさなんかでは言い表せないほど…感情を表に出すことさえ出来ないほど…何も考えたくなかった。


俺は目を覚ましてすぐに歩けるくらいには回復した。

脇腹はまだ完治していないから動くなと言われたがその程度ならば問題ないと言って動き始めた。

シラが心配だからと俺に付き添ってくれて不自由なく動ける。

そして俺が最初に向かった場所はマレランの場所だった。

マレランはキャスが自分を助けたことで死んだ事で自責の念に駆られているとシラが言っていた。

事実、キャスはマレランを助けたことで死んだ。

だが、それを責める者はここにはいない。

それはキャスが選択したことだから。


俺はマレランの部屋をノックした後に入る。


「マレラン…」


マレランの部屋は荒れており、ものが散乱していた。

マレランはベッドの縁に寄りかかりながら地面に座っており、その目は絶望で満ちていた。


「お前が悪いと思う者は誰もいない。

だが、お前は自分が悪いと責めるかもしれない。

死にたいくらいに辛く思い出してしまうことがあると思う。

俺はそれを乗り越えろなんて言わない。

だが、受け入れなければいけない時が来る。

どうしようもないほどの無力感は痛いほど分かる。

マレラン…お前はナルバンの代わりにならなければいけない。

ナルバンに変わって多くの人を助けていかなければいけない。

俺から言えるのは一つだけだ…今という現状から目を背けるな。」


自分でも笑ってしまうほどに俺は冷たい人間だ。

キャスとは深く長い関わりがあり、当然キャスが死んだことに対して悲しい気持ちはある。

だが涙が一切出ないし、他者を慰める余裕すらあった。

俺はソフィアが亡くなった時からどれだけ仲の良い友が死のうと、どれだけ多くの教え子が死のうと…

涙が一切出なかった。

ソフィアという俺の人生であり生きがいでもあった人が亡くなった時に涙は流し尽くした。

それならば俺はもう泣くことなく前だけを見ていれば良い…そういう思考になっていた。


(ある意味…俺は奴らと同じで人の心が無いのかもな…。)


「俺…強く、なれますか?ナルバンさんみたいに…かっこ良い人に…なれますか?」


マレランは涙を仲間しながら必死な目付きで俺を見上げる。


「人の成長は止まらない。

お前が進み続ける限り強くなり続ける。」


俺はマレランの部屋を出てそっとドアを閉める。

部屋の中からはマレランが泣き叫ぶ声が聞こえる。

俺はそれを黙ってドアの前で聞く。

すぐ側にはアイネスが立っており、心配そうな顔で俺を見つめてくる。


「彼女だろ?今のマレランの心の支えになれるのはアイネスだけだ。

行ってこい」


アイネスは頷くと部屋の中に入っていく。


「アビス先生…」


「どうかいたしましたか?」


「…本当に、アビス先生です…よね?」


「はい、そうですよ。」


「アビス先生もご無理はなさらないでください。

辛かったらいつでも…」


「俺は無理なんてしてませんよ。

ただ、少し疲れてしまったので今日はもう宿に戻って寝ますね。

失礼します。」


今日はもう誰とも話したい気分ではなかった。

焦燥感や不安感が強まっていた。

ナルバンというユーランシーにとって大事な重要戦力を失い、空虚の意思者の強さを実際に体験して、今のままではダメだと感じた。


(もっと…強くならなければいけない。

これでは人を守れない。もっと、強く…強く…)


久しく忘れていたこの感情。

自分の無力感のみで満たされるこの思考が…。

強くならなければ守ることなんて出来ない。

このままだとメアリー女王を守れない…そう思えば思うほど焦りは強くなる。


(キャス…お前の仇は必ず取る…)

読んでいただきありがとうございます!

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