5話 「ユーランシー最強の男」
ディシによる講習があった翌日に私はミリィノの屋敷に引っ越してきた。騎士団員として今日からミリィノの下で動くことになったのだ。
ミリィノとは特別試験で剣を交え、特別試験で負った怪我の治療期間中はミリィノ邸で住まわせてもらったためそれなりに会話があった。
だから、ミリィノの下で動くというのは嬉しい。
騎士団の中で恐らく剣の扱いが1番上手いのがミリィノだろう。剣の扱いが上手いということは近接での戦闘を大きく有利に持って行けるという事。
私の戦闘のスタイルは恐らく天恵による身体強化での近距離戦だろうな と考えながらミリィノ邸の一室に荷物をまとめているとドアがノックされる
「どうぞ」
「失礼します。ヨーセルさん、荷物の方は大丈夫ですか?」
「はい。元々少ないのですぐ終わりました。ありがとうございます。わざわざ一室を使わせてもらって。」
「いえ、良いんですよ。ヨーセルさんはこの国に来てまだ1ヶ月も経っていないんですから。それよりも紹介したい方がいますので片付けが終わり次第、外の庭にある簡易戦闘場に来てください」
「分かりました。すぐ終わらせます」
気のせいかな…。昨日より少し顔が明るいような。
何かいい事でもあったのかな。
屋敷の玄関を出て右の方は綺麗に形が整えられた小さな木が正方形に均等に並んでおり、その正方形の中には小さな建物があり椅子と小さめの机が置かれている。
左の方には先程ミリィノが言っていた簡易的な戦闘場があった。葉が禿げた地面はミリィノがここでとてつもない鍛錬をしているのだと連想させる。
戦闘場の中央にはミリィノと1人の長身の男がいる。
黒が主体の白混じりのマントを羽織っており、黒の髪をオールバックにしている。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ。それでは紹介しますね。こちらは私やディシさんの師匠のアビス・コーエン師匠です」
「師匠…」
この優しそうな40代くらいのおじさんがミリィノの言っていた師匠か。なんというか雰囲気が独特だ。全く強さが読めない。
「ルシニエ・ヨーセルです。よろしくお願いします」
カエセルは黙ったまま右手の親指と人差し指で顎を支えながら私を見る。
その目にはなんの感情も無いように思えてしまう。
「ふむ、なるほどな。まだ戦い方に無駄が多いな。」
「え?」
何を言っているんだ?今の一瞬で私の戦い方などを理解したということなのか?全く理解が出来ないのだが…
「驚いたかな?すまないね。まぁでも筋肉、血液の流れ、視線、重心、それらを軽く見させてもらったがまだ無駄が多いな。無駄な筋肉と普段から無駄な動きが多い者は戦いでもそれが現れる。君は天恵の消費が早そうだな」
あ、この人やばい…。筋肉?視線?重心?それ見ただけでそこまで見通せるものなのか?しかも、的中している。
「君を鍛えて欲しいとカウセルに頼まれた。俺は、騎士団の戦闘訓練の総指揮をさせてもらっているアビス・コーエンだ」
「私はこの後任務があるので師匠お願いします。ヨーセルさんも頑張ってくださいね。」
「は、はい…」
「まぁ、まずはどの程度かを実際に見させて貰おうか。俺と手合わせをしよう。これを」
アビスは私に真剣を渡す。アビスが手にしたのはなんと木刀だった。木刀と真剣…いくらアビスがミリィノ達の師匠だからといっても木刀では簡単に壊れてしまう。
「え、あの…木刀って」
「ん?あぁ、気にするな。どうせ俺には勝てない」
なら良いのだが、少し舐められすぎてるような気もする。これは全力で行くべきだろうか。
「全力で来い。ミリィノと戦った時みたいに。」
私が構えると試験が終わったあともずっと練習していた身体強化を使い、足に天恵を少しだけ集中させて強く踏み込む。アビスに近づいた瞬間に腕に天恵を集中させてアビスに剣を素早く振りつける。
誰が使おうが木刀でこれは止められな…え?
私が振った剣は振りきれずにアビスの木刀で容易に止められていた。
私とアビスの周辺の地面は軽く抉れている。
威力は申し分ないはず…どうして。
「ふむ…悪くは無いな。だが、さっきも言ったが無駄が多い。振る時にも踏み込む時にも。それと、基礎は誰かに教えてもらったのか?」
「いえ、誰にも…」
「やはりか。ルシニエは基礎が整っていない状態のセンスと力のみで剣を扱っている。剣を扱う時、基礎が身についているかいないかで一般人か騎士団くらい変わると言っても良い。だからまずは基礎を固めてもらう。日頃から頭の位置を意識してみろ。重心がブレない者は歩いている時でも食事をする時でも一切頭の高さがズレない。それと単純な素振り…日の終わりに俺との手合わせ1回。これを続けてもらう。」
「分かりました…あの、あと2週間で」
「安心しろ。それまでには今より強くなっている。」
なんだろうか…この人の言葉には一つ一つに重みがあるというか、さっき出会ったばかりというのにとても信頼出来てしまう。
私はひとまず、素振りを始める。
夜になり、私はお風呂で体を洗っていた。ディシの家のお風呂と大きさはあまり変わらないがディシの家より甘い香りがする。
するとお風呂のドアが開く。入ってきたのはミリィノだった。
どうしてこの国の人は人がお風呂に入っているというのに平気で入ってくるのだろうか。
「あ、ヨーセルさん…すみません。気付かず入ってきてしまいました。」
本当に気付かなかっただけなんかい
「いえいえ!良いんですよ!良ければお身体流しますよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
ミリィノの背中を洗っていて思った。肌がめちゃくちゃ綺麗。なんであんなに鍛えて汗流しているのにこんなにスベスベなのだろうか。羨ましい。
あと細い割に体が引き締まっているし、筋肉も凄い。
「どうでしたか?アビスさんの指導」
「すごく的確で私自身も気づかない欠点にも気付いて驚きました。アビスさんは何者なんですか?」
「アビス師匠は天恵を使えない方なんですよ」
え?嘘だ…だったらなぜ木刀で真剣を真正面から受け止められるんだ?しかも、傷1つ付けずに。
あの時、私は天恵で木刀を強化したものかと思っていた。じゃないと納得できないほどだった。
「嘘…ですよね?」
「いいえ。嘘では無いですよ」
私はミリィノの体にお湯をかけて泡を流す。
そして、私とミリィノはお湯に浸かる。
「天恵を使えない…というのはどういうことなんですか?」
「言葉通りですよ。天恵は生き物であれば必ず持っています。そして、天恵は訓練すれば誰でも扱えるものです。ですがごく稀に天恵のアウトプットを出来ない者もいます。それがアビス師匠です。」
「それってすごい不利なのでは…」
「はい。普通でしたら師匠なんてなれないですよ。」
「ならどうして」
「アビスさんは…ユーランシーで間違いなく最強です。彼に敵う者を私は1人も知りません」
私はミリィノの言葉を理解できなかった。天恵を使えないアビスがこの国で最強。ディシやミリィノより強いということなのか。
「天恵を使えないのと同様にアビスさんはもう1つ特殊な体質を持っています。それが、天恵の無効化です。詳しく言うならば天恵を含んだ攻撃に対して高い耐性を持っているんですよね。身体強化などはあまり関係ないのですが、聖者の攻撃などは基本効かないといった感じですね」
この国において特異点であり、だからこそ最強という事なのか…。
ミリィノは右腕を伸ばしてお湯から出し、左手でスーッと右腕を撫でる。
それを横目で見るが色気があり見惚れそうになる。
「ですが、それだけではありません。なんならそれは二の次です。師匠の1番の恐ろしいところは圧倒的近接能力の高さです。どんな武器であろうと完璧に使いこなしてしまいます。アビス師匠の素手と私の真剣ならアビス師匠が圧勝しますね!」
ヤバすぎる…流石にヤバすぎる。アビスを見た瞬間の独特な雰囲気と強さが分からなかったのは圧倒的すぎてという事なのか。
「私はそろそろ出ますね」
ミリィノは立ち上がり、出口の方へと歩いていく。
途中で足を止めるとクルッとこちらに振り返る。
「それと、師匠は少し不器用なところがあるので厳しくてやりづらいって思うかもしれないですが、凄く教え子想いの良い人なのできっと仲良くできますよ」
笑顔で言うミリィノは相変わらず可愛らしく美しい女の子のようだった。動作一つ一つが絵になるな と思ってしまう。
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「ふぅー!やっと終わったぁ。机上作業は本当に嫌いだよ」
「そんなこと言わずに。これも騎士団のためなんですから」
「分かってるよ。だからこんな時間までやってるんだよ」
「そうでしたね。そういえば、守恵者の単独任務を増やしているようですが理由は何かあるのですか?」
「先日のスタシアと行った任務で遭遇した変異種。
あいつは恐らく 破 ほどの力だったが言葉を話した。
天帝と同様に思考する力があるならば 破 でも以前までとは厄介さも強さも格段に違う。」
「ディシ様が遭遇したのは天帝になる前という可能性は?」
「どうだろうな。あいつの能力は1部しか分からないが天帝と普通のスクリムシリとの大きな差は、守恵者と普通の騎士団員と同様で『意思』があるかどうかだ。あいつには 意思 は無かった」
「そいつみたいな変異種と普通の騎士団員が接敵しないように単独任務を増やしているということですか」
「知ってどうする」
「単純に気になっただけですよ」
「それもあるな。それに加えて最近、スクリムシリ 予 以上の出現の数が異常だ。任務の時の団員達の数や組み合わせも見直す必要がある」
「そういう事なんですね。とは言ってもたまには休憩してくださいよ。新しい団員も入ってきた訳ですし、机上作業でボロボロになってる姿なんて見せたら舐められてしまうので」
アンレグの言う通りかもしれないな。最近はヨーセルの事や入団試験のこと、メルバル総戦の対策なども重なっていて自分を疎かにしすぎていたかもしれない。
「それを言うならばミリィノもだが…」
「ミリィノ様と言えば、最近ヨーセルさんにアビス様をご紹介したみたいですね」
「あぁ、そういえばそうだったね。師匠か…あの人は化け物だからね。俺が10人いたとしても絶対勝てない。」
何度師匠にボコボコにされたことか…。嫌な思い出が蘇るな。
「そんなにですか…。あの方の強さは測れないというかあの方に挨拶をした事があるのですがその時、あの方はまるで木の様な感覚でした。」
「あの人は極地にいるからね。妬ましいほどに強い」
過去に師匠に言われたことを思い返す。
『アンジ、お前じゃ俺に勝てないから安心しろ。俺を目標にするよりも今日よりも強くなった明日の自分を目標にしろ』だったか。
あの時はめちゃくそイラついたけど今になってはその通りだなって分かるな。
「さてと…風呂に入って寝るかな」
「御一緒いたしますか?」
「やめろよ、女性と入ったのがバレたらスタシアがめんどくさいんだから」
「ふふっ、そうでしたね。スタシアさんは一途ですからね」
「はぁ、厄介だよほんと。ネタなのか本気なのか」
スタシアは人間誰でも好きみたいな妹属性完全体みたいな感じだから本気なことは無いだろうが…。もう少しそこら辺の区別を分かりやすくして欲しいものだな。
「ミリィノさんとアレルさんも仲良しですもんね。早く付き合えばいいと思いますよね」
「え、あそこ付き合ってなかったの?」
「付き合ってませんよ」
風呂場に向かいながら他愛もない話をする。
そんなことよりあの2人は既に恋仲なのかと思っていた。マジかよ。
(ディシ様はお気づきになられないんですね。貴方の近くにも貴方を想っている人がおられるということを…)
今日は単独任務…のはずだったのだが何故かスタシアが隣を歩いている。
なんでまたいるんだこの童顔は。
「そろそろかな?スクリムシリの群れを感知した場所は」
「そうだな。気配がする…」
獣道を葉っぱをかき分けながら進むと拓けた場所に出る。
そこにはスクリムシリ…恐らく 予 ほどの力のやつが数十体いる。
毎回毎回どこから湧いて出てくるんだか。
ひとまず片付けるか…。と思った瞬間スクリムシリが全て血しぶきをあげながら潰される。
いや、スクリムシリが潰されたというよりかはスクリムシリがいた一帯丸ごとが潰された。
「…スタシアさ。一応これ俺の任務」
「えへへ、ちょっと力入れすぎちゃった」
「ちょっと力入れすぎちゃったテヘ じゃねーよ」
「テヘまでは言ってないよ!」
「そーゆー事じゃねーよ。まぁ、もう終わったしいいか。」
「そーそー!ディシ君の仕事が無くなってよかったじゃん!」
「はぁ、まぁ疲れてたしいいか。」
と来た道を引き返そうと後ろを振り向いた瞬間、獣道に人型の何かがいた。間違いなく人間では無い。
「スタシッ…」
俺は咄嗟にスタシアを庇うと同時に強い衝撃が来て先程スクリムシリが群れていた拓けた場所まで吹き飛ばされる。
「スタシア…無事か?」
「うん、ありがとう。あいつって…」
「間違いない。前の任務のヤツだ。」
「ここにいるってことは私達を意図的に狙ってきたって事なの?」
「考えるのは後だ。まずはこいつを殺す。」
以前と同様で 破 だろう。だが、思考力がある分普通のやつよりは確実に強い。
奴は俺たちがさっき居た茂みから出てくる。
「…人間、フタリ、」
「前よりも流暢に話してるな。学習能力もあるのか」
奴は自身の腕を大きく横に広げると指が俺たちを丸々囲うくらいに伸び、指が俺たちを囲んだままドーム状に広がっていく。
「体の形を自由に変えられるのか。逃げ場を失ったな」
「うん。しかも、どんどん範囲が狭くなっていってるよ。」
「このままだと握りつぶされるって事か。」
どんどん俺たちを囲んだ手の壁が迫ってくる。
と、その時、手の壁に口のようなものが無数に出現する。
そして全ての口が開き天恵がそこに集中していく。
無数の口から圧縮された天恵が放たれる。
(スタシアを守りながら全部捌けるか…。いや捌いてみせる)
両手に短剣を出現させ、飛んでくる圧縮された天恵の攻撃を切り落とす。
切り落とした攻撃は地面や手の壁に当たると爆発していく。1度でも体に当たったらその部位は消し飛ぶだろうな。
「ありがとうディシ君。守ってくれて」
スタシアがそう言うと俺たちを囲っていた手の壁は跡形も無く弾け飛ぶ。
弾け飛んだことで血が雨のように俺たちに降る。
スクリムシリの方を見ると両手首から先が無くなっており血を吹き出していた。
「な、にを…した」
俺はとどめを刺すために近づいていく。
「そんなことはどうでもいいだろ。お前は何者だ。」
「答えるわけないだロ、人間なんかニ」
「そうか、じゃあ用済みだ。死ね」
俺が短剣を振り下ろした瞬間、スタシアが叫ぶ
「ディシ君後ろ!!!」
「ッ!!」
俺は後ろから飛んできた圧縮された天恵の攻撃を危機一髪で躱す。一瞬だったが、俺たちが追い詰めたスクリムシリが放っていた天恵の圧縮よりもより圧縮されて威力が増している攻撃だった。その証拠に先程の攻撃が飛んで爆発したところ一帯に巨大なクレーターが出来ている。
「流石だねぇ、今の躱すなんて。絶対当たったと思ったんだけどなぁ」
(なんだコイツは。スクリムシリ…?気配は人間だ。だが明らかに俺を攻撃してきた。黒と黄色の混ざった髪…。身長は俺と同じくらいか、それ以上。独特な雰囲気だ)
「こいつはまだ殺されたら困るからさ。悪いね!」
「何者だ」
「ん〜。まぁまだ知らなくていいよ!後々分かるだろうし!じゃ!またね!」
「逃がすと思うか?」
「いやぁ、守恵者2人はまだしも、1人が信愛の意思者だときついからね。」
そう気さくに明るく話すこいつは俺たちが追い詰めたスクリムシリを宙に浮かせながら逃げようとする。
俺は油断せずに 意志を使って攻撃をする。が、俺は確かに捉えたはずの奴の首を切れずに空を切っていた。
一瞬のことすぎて何も分からなかった。
「野蛮だなぁ…また会えるからそんなに焦らないでよ。じゃあね!」
俺が奴の声をした方を振り向くと誰もいなかった。
「ディシ君!」
「スタシア…無事か?」
「うん。ディシ君は?」
「問題ない。それより奴は…」
「分からない。でも、あの男の動きすごく変だった。なんていうか、動きに迷いが無さすぎるって言うか…この動きをすればこういう結果になるって言うのが分かっていたって言うか…」
「…ひとまず、戻ろう。ここは安全じゃないかもしれない」
「うん」
なんだったんだあいつは…。あの男は 俺たちが追い詰めていたスクリムシリを 『こいつはまだ殺されたら困る』 と言っていた…。あのスクリムシリをあいつが作ったとでも言うのか?
そして、スタシアが信愛の意思者ということを分かっていた。こちらの力を見透かされているということか?
いや、そもそもスタシアの能力は知る者はユーランシー内でもごく一部のみだ。
俺たちはユーランシーに戻ってきた。この事を報告するために女王とナルバン、他の守恵者とアビスを集める。
「と言ったことがありました。」
「スタシアさんの 意思 を分かっていたのですか…」
ミリィノが何やら考えているようだ。
なにかやつに心当たりがあるのなら言って欲しいのだが…
「スタシアの能力はユーランシー内でも知っている者は我々だけだ。それなのになぜあいつはスタシアの能力を避けるような発言をした?」
「ほう、アレルの口ぶりからするにこの中にスタシアの能力を他者に教えた者がいる ということか?」
「ナルバン団長…決めつけないでくれ。俺はただ、奴がこの国の人間かどうかを疑問に持ってるだけだ。」
「でも、この国の人だったらどうしてあんなところに?外に出るには厳密な許可を得られないと出れないはずだから…」
スタシアの発言により皆は頭を悩ませる。
「皆さん…本日あったことはまずは他言はしないこと。この事が広まれば民に余計な心配をかけてしまうかもしれません」
メアリー女王の言葉に対して俺たちは強く同意をしながら返事をする。
「それと、アビスさん。なにか心当たりがありそうですが、分かりますか?」
「…推測にすぎませんが。アンジとマーレンが言っていたやつの能力は 4種の意思 の1つである 事象の意思 ではないかと思います。」
この発言にこの場にいる者全員が驚く。
意思 は能力によって違う。意思 が宿れば他の者よりも圧倒的な力を手に入れることが出来る。
しかし、宿る意思によって 意思 の中でも力に格差ができる。
そして、中でも特に異質であり圧倒的な強さを宿った者に与える 意思 のことを 4種の意思 と呼ぶ。
言葉通り、そう言われる 意思 が4つある。
1つ目は、始まりの意思とも呼ばれこの国の最古の文献にも載っている 『先駆の意思』
2つ目は、過去に守恵者2人がかりで挑み2人とも殺された我々にとって因縁の深い 『空虚の意思』
3つ目は、我々の国で唯一の4種の意思であり、スタシアに宿っているユーランシーで最も圧倒的な戦力 『信愛の意思』
4つ目、文献には名前のみでその能力は噂によってバラバラであり、未だ謎に包まれている『事象の意思』
この4つは宿っただけで一国を簡単に崩壊させられると言われている。
この国に、簡単にスクリムシリが攻めてこないのはスタシアがいるからと言っても良いくらいだ。
「ですが…事象の意思の能力は未だ確定したものは無いのでは…?」
「そうですよ師匠。何を根拠に言っておられるのですか?」
ミリィノとアレルはアビスの意見には否定的な姿勢を見せる。
俺自身も信じ難いとは思うが実際に相対してみて絶対に違うとは言いづらい。
俺はあの時、本気で攻撃をしたのに簡単に躱されてしまった挙句にその後に姿を見ることも出来ずにあいつは姿を消してしまった。
「俺は可能性はあると思うな。ディシが見失うほどだ。一旦アビスの持っている 事象の意思 の能力を聞いてみる方が良いだろうな」
ナルバンは冷静に場をまとめる。
「俺が知っているのは、事象の意思 は相手がしてきた攻撃に対して瞬時に無数の結果の中から自身の望む結果の物を選びそれ通りに事が進むというものだ。」
「それはつまり…無敵という事か?」
「俺が知っているのはこれだけだ。」
皆が唖然とする。そのような無茶苦茶な能力なんてスタシア以外で聞いたことがない。アレルの言う通り、実質無敵と言っているような者だ。
「1つ言いたいことがある。」
アビスが先程よりも重く真剣な声で言う。
「そいつがまた現れたら、俺が相手をする。絶対にそいつと勝負をするな。」
アビスは今までにないほどの鋭く冷たい声で言う。これに否定できる者もしようとする者もいなかった。
「今日はこの辺で解散にいたします。スタシアさんとディシさんはゆっくり休んでください。」
メアリー女王は重い空気を切るかのように緊急会議を終わらせる。
解散した後、俺は自分の屋敷へ戻り自分の机上作業をしている椅子にもたれ掛かる。
「はぁ…なんなんだ最近は。スクリムシリの量が増えたことと言い、謎の男と言い。」
すると、ドアをコンコンとノックをされる。
俺はどうぞと一言言うとドアが開き、スタシアが入ってくる。スタシアは俺の顔を見るなにか安心する物を見たような顔をして近づいてくる。
「どうした?」
俺の机上作業部屋はドアを入ったら目の前に客用の柔らかい長椅子を2つ対面で配置して、そこの更に奥側に机上作業机と椅子を順番に置いている。
普通なら要件があるなら机の前までで良いのだが、スタシアは椅子に座る俺のすぐ隣まで歩いて来て膝立ちをすると俺の腰に腕を回し抱き着いてくる。
「おい…スタシア。今考え事を…」
「ディシ君…」
いつものようにふざけているのかと思い退くように声をかけたがそれを遮るようにスタシアは俺の名前を静かに呼ぶ。静かに…だ。
いつもの様な元気さは無く、泣きそうな声で俺に抱きつきながら言ってくる。
「どうした?なにか辛いか?」
スタシアは俺に抱き着いて、顔を埋めながら首を縦に振る。
「何があったのか話せるか?」
「…今日の任務。本当はすごく…怖かった。私が足手まといで…ディシ君が死んじゃうかもって、、思っちゃった。ディシ君が…大怪我したらどうしようって…。これ以上、大切な人が傷ついて欲しくなくて…。」
俺は、俺に抱き着いている女の子の頭を優しく撫でる。
それでより安心したのかスタシアは溜まっていたであろう不安を話し始める。
「ほんとはね…任務なんて行きたくない!ディシ君と…ミリィノちゃんとアレルさんで楽しく過ごしたいっ!怖い…どうして…こんな目に遭っちゃうんだろう。
怖いよ…」
当然…か。この子はまだ17歳。本当なら友達と遊んだりして過ごしたいだろう。好きな人とかと付き合ったりして過ごしたいだろう。意思 を宿ったからという理由だけで騎士団のトップの立場である守恵者に立たされ、自分より歳上の人達の指揮をさせられ、いつ死んでもおかしくない状況に放り出されているのだから。
(俺だって出来ることならスタシアには歳相応の遊びをして欲しい。俺が望むのはこういう子が無邪気に笑って過ごせる事だから…。でも、俺の一存だけでスタシアという最重要な戦力を切り離すことなんて出来ない。)
スタシアは俺に抱きつきながら泣き叫ぶ。
「お願いッ!!ディシ君…死なないで…。これ以上、私の大切な人が死んで欲しくない…」
夜中の1時を過ぎただろうか。俺はスタシアの満足がいくまでずっと不満を聞く。
気が付けば、スタシアは俺の膝を枕にして泣き疲れたのか膝立ちで眠ってしまっていた。
(まったく…辛くないのか、その体勢は)
スタシアを俺の寝室まで運び、寝かせてあげる。
寝顔を見るとただの子供のようだ。
(本当に小さな子供のような寝顔だな…)
ぐっすりと眠ってしまった顔は美しく若く見惚れそうになるほどだった。
スタシアの右目から一筋だけ涙が流れる。
「ごめんな…」
俺はそう呟き、部屋を出る。
スタシアはディシが心の支えになっているようですね。
出来るだけどのキャラが話しているかなどの区別を頑張って付けるようにするのですが、分からない部分が出てくるかもしれないです。
その場合はすみません