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天使とサイナス  作者: 七数
3章 【予】
59/62

54話 「オロビアヌス人外戦~3~

「ソフィア女王、お疲れ様です!ご無事に産まれました!」


部屋の中には天蓋付きベッドで汗を流し、息遣いが荒くなる顔の赤いソフィア女王と助産師として数名の女性のメイドがいた。

部屋の中には新たな命の声が響き渡る。

アビスはその様子をソフィア女王の手を握りながらベッドのすぐそばで座って見守っていた。

メイドがタオルに高い声で泣き叫ぶ赤ん坊を包み、ソフィア女王に渡す。

アビスはその光景が目に深く焼き付いていた。

最愛の妻と最愛の娘。

娘を抱く美しい女性は優しく笑い、いつも以上に輝いて見えた。


「ソフィア…お疲れ様!頑張ったな!」


「うんっ!ほら、パパも抱っこしてあげて」


ソフィア女王はアビスにその小さな生き物を渡す。

不慣れながらも優しくアビスはその子を抱っこする。

自分の腕の中で泣き止んだその子はアビスの顔を見ると あう、あう と可愛い声を出しながらアビスの顔に手を伸ばす。

だが、腕は全然短く全く届かない。

その仕草のみでアビスには十分だった。

目頭が熱くなり、ポタポタと少し赤みがかったその子の頬に涙が落ちる。

想像もしなかった。

貧しく、人に必要とされていなかった時の自分からは想像もできないほど喜びに塗れ、初めてアビスは心から実感した。

幸せ だと。





「誰だ?あれは」


セルシャはハインケルとキャスの方を見て言う。

俺もつられて少しそちらに視線を移すとキャスの隣にはマレランが立っていた。

俺は瞬時に冷や汗が出てきた。


(なぜここにいる?バルタ王に伝えたはず…。

持っている剣は天恵で作ったやつか。

自分で…いや、キャスが渡したのか。

なぜキャスはマレランを逃がそうとしない…なぜ?)


マレランは確かに剣術祭を通して強くなった。

だが、天帝と殺り合って生きて帰ることが出来るほどの実力ではない。

それはキャスも分かっているはずだ。

まだ場の経験が浅すぎる。

確かに、キャスにはユーランシーで通用するくらいには強くなると言った。

だが、その意図を汲めない程キャスは馬鹿ではないはずだ。

ならなぜ…。


「他者の心配などするな。」


セルシャが剣を生成しながら首元に攻撃を仕掛けてくる。

俺は体勢を低くし、剣を躱しながらセルシャの腹部に拳を下から上に突き上げ殴る。

だが剣を待っていない手でその拳を抑え、そのまま空中で足を振り上げ俺の顎を蹴り上げる。

空中にいる状態からの攻撃のくせに威力が馬鹿げている。

軽い脳震盪を起こしながらもセルシャの手首を掴んで地面に勢いよく投げつける。

地面にめり込むセルシャに俺は顔目掛けて拳を向ける。

だが、セルシャの剣を持つ手が動き俺の足目掛けて振りつけてくる。

瞬時にその剣の側面を片足で踏みつけて動かなくする。

そしてもう一度拳を振り上げるがセルシャは膝を曲げながら足を上げて、腰を丸める。

その勢いのまま膝を伸ばして足を俺の顔にぶつけようとしてくる。

俺はすぐに腕を使って防御をする。

だが、腕で抑えたにも関わらず体が浮き後方に飛ぶくらいの威力でセルシャから数十メートル後方に飛ぶ。

蹴られた腕は懐かしさを感じるような痛み。


(まだ弱かった時に…こんな痛み沢山経験したな…)


「アビス・コーエン…ミレーにはなれずともそこら辺の奴とは一線を画す存在。

私とここまでやり合える存在は初めて出会った。

お前はいつからユーランシーにいる?」


「いつから?」


「お前のような人間がユーランシーで産まれていたなら小さい頃から名は聞いていたはずだ。

だが、お前の名が知れ渡ったのは事象の意思者 ティナ が死んでからだ。

お前の歳を見るにその頃は30前後と行ったところだろう。

いつからいる?」


「教える義理もなければ知りたい理由もわからん。

お前と仲良しこよしで話すつもりは無い。」


「そうか。人間は堅いやつばかりだ。

そういえば、5年前。2人の守恵者を殺したな。

名は確か…グレイ・ジンクスとアッシュ・ジェミーと言ったか?

お前の知り合いか?」


アビスはセルシャに一瞬で距離を詰め顔目掛けて殴りつける。

だが、その拳をセルシャはいとも容易く片手で抑える。

地面がその衝撃で地割れする。


「どうやら知っているようだな。

大した強さではなかったが死に方だけは記憶している。

グレイという男の膝から下を消し、行動不能にしてから頭を潰した。

その光景を見てもなお臆せず向かってきたジェミーという女…いや、奴は男だったか。

奴の心臓を抉り取った。

哀れな最後だったよ。

涙を流しながら声も発することなく死んだ。

良かったな…友達?というのかは知らんが知り合いの最後を知れて。」


俺はここまで怒りで全身を満たしたのは初めてかもしれない。

友を失った時、その報告を受けた時を今でも覚えている。

当時17歳だったメアリー王女に勉強を教えていた時、ソフィア女王の側近から報告を受けた。

俺は目の前にメアリー王女がいるにもかかわらず過呼吸を起こし地面に這いつくばり気持ち悪さと吐き気を耐えていた。


(そうだ…そうだよな。

今目の前に2人を殺した存在がいるんだ。)


アビスは怒りによって正気を失いかけていた。

アビスの拳を抑えるセルシャの手がプルプルと震える。

セルシャは なんだ? と思っていると自身の手が押し負けてアビスの拳が顔面へと当たる。

その威力はこの生涯の中で味わったどんなものよりも強力であり、顔の左半分が原型を保てない程に弾け飛ぶ。

アビスはすぐに追撃を加える。

顔面を殴った勢いから体勢を立て直せずにいるセルシャの腹に拳を食い込ませる。

セルシャの腹部はその威力に耐えることが出来ず、風穴が開き、内蔵が飛び散る。

まだ攻撃を緩めずにアビスは左半分がぐちゃぐちゃになったらセルシャの顔面を近くの建物に勢いよく蹴り飛ばす。

わずか4秒程の出来事。

アビスは自分でも知らないほどの実力を引き出していた。

殺意や怒りは時間が経つ事に収まると言われている。

だが、今のアビスは1秒ごとに増すばかり。

会話をできるほどの冷静さは無いが戦闘に対する冷静さはある。

まさにユーランシーの兵器。


崩れ落ちた建物の瓦礫からセルシャが出てくる。

相変わらず顔面は半分ぐちゃぐちゃ、腹部は風穴が開いている。


「ここまでされたのは初めてだ。

また新たな経験だ。

だが、お前と私の違いは天恵が使えるか否か。

貴様に肉体的治癒は無いが、私にはある。

どれだけ顔半分を潰されようとも、腹に風穴を開けられようとも…私は死なない。」


セルシャの顔が内側から生えてくるように再生する。

腹部も完全に塞がり傷一つなく完治する。


「天恵で体を構築している私は人間よりもより効率的に天恵を使うことが出来る。

どういうことか分かるか?

生物としての格が違うということだ」


セルシャはアビスとの距離を詰め、アビスが反応する暇もない程の速さで脇腹に自身の指を突き刺す。


「っ!!」


アビスは傷口を広げさせまいと自身の脇腹を刺すセルシャの手を掴む。

だが、セルシャはその手をまるで意味の無いが無いと表すように脇腹に指を刺したまま腕を外側に動かし、

アビスの脇腹を削り切る。

セルシャの指には血が付着しており、地面にも血が飛び散る。


アビスは即座に体勢を立て直そうとするが膝、腹部、脇腹、顔と4連打を受けさらに体勢が崩れ、セルシャはそれでも足りないと言わんばかりに腹部に回し蹴りをする。

地面に体をぶつけながら後方に転がり飛ぶ。


「お前は人間なんだ。限界を理解しろ。

ユーランシーで最強ともてはやされてもユーランシーから出てしまえば最強ではなくなる。

終わりだアビス・コーエン。

名前だけは覚えておいてやる」


セルシャは先程までの軽い喜びを含んだ話し方ではなくいつも通りの何にも関心を抱いていない、そんな話し方をする。

少しの望みをかけて戦ったユーランシーで最強とされるアビス・コーエンですら自分を満たすことができない。

そういった悲しみという感情とも取れる、そんな話し方でもあった。


アビスは脇腹から溢れ出てくる血を抑えながら、痛みに耐え、踏ん張り、立ち上がる。

10数年ぶりに息を切らしており、口呼吸によって肩が上下に揺れる。

久しく忘れていた死に対する緊張感と別の自身が戦う理由ともいえる別の感情。

アビスの頭の中にはまた彼女との思い出が流れる。





ベッドで弱々しくも寝転がるソフィア。

痩せこけ、腕や足が細くなっている。

綺麗な金色に輝く髪だけは相変わらず綺麗で、毎日このような姿になっても手入れを怠ることはなかった。

自身でできない日はアビスやメイドに必ずやってもらう。

弱々しくもその美しさは消えることなく、ベッドのそばに座るアビスはとことん自分はこの女性の虜なのだと実感していた。

クシでソフィアの髪を梳かしながらするソフィアとの会話は幸せ以外のなんでもなかった。


「メアリーも今年で19歳…早いですね…」


「今は誰もいませんから敬語なんて使わなくていいですよ」


「ふふっ、アビスも使ってるじゃない」


おかしく笑うその女性は上品であるのと同時にあと少ししかないのだと感じさせる。


「…ソフィア」


「はい」


「すまない。治す方法が見つけられなかった。

いくら探しても…分からなかった。

君を守ると言ったのに…約束したのに…」


「アビス、いいの。自分を責めないで。

あなたは私をずっと守ってくれた、いつも傍にいてくれて…。

覚えてるかな…初めて会った時。

貴方が私に話しかけてくれた時。

今と比べてすごく痩せてて、私を見る目は希望に満ち溢れていて…。

知ってた?私はあの時から貴方に惚れていたの。

一目惚れ…何かは分からないけどこの人はユーランシーを変えてくれる大事な存在と共に私の決まった人生を色付けてくれる唯一の存在だって分かったの。」


「…知らなかったよ。

俺はただ君の役に立ちたかった」


「ふふっ、貴方らしいね。

ねぇ、今メアリーは勉強中かしら?」


「ああ、賢い子だよ。君に似て。

それに加えて笑顔が明るく、優しくて…王の器だよ。

ソフィアの子だから当然だよ」


「違うでしょ…もう。

私と、貴方の子。

笑顔が明るいのはあなた譲りかしら。」


「そこは 優しさ だろ?」


「ふふっ、だってあなた意地悪じゃない。

メアリーを守ってね…私にしてくれたように。

あの子を必ず守ってあげて…」


「ああ、約束する。必ず守る」


その言葉を聞いてソフィアはニコッと 笑う。


「あぁ、楽しかったなぁ。

私の誕生祭の時みたく手を握ってほしい」


アビスはそう言われると黙ったままソフィアの痩せこけた左手を両手で包み込む。


「暖かい…泣かないでね。

貴方には笑顔で見送って欲しい…か、ら、、」


「ああ…泣かないよ、、絶対に、、泣かない」


アビスは笑顔を必死に作る。

だが、アビスの頬には目からスーッと雫が流れる。

アビスの握るソフィアの手は極端に冷たくなり、一切として動かなくなる。

アビスは耳を澄ませ無いようにするがどうしてもこの静かの部屋で澄ませずにはいられなかった。

この部屋には心音が1つのみ。

自分のだけが一定のリズムで鳴っている。


目を開かなくとも綺麗で美しいその姿。

涙が溢れて、止まらない。


「ソフィア…ソフィア…」


アビスはソフィアとの約束を初めて守ることが出来なかった。



部屋に入ってきたメイドがその2人の光景を見て、涙を流しながらメアリー王女…メアリー女王へと報告した。

廊下を走る音が聞こえ、勢いよく扉が開く。

メアリー女王が息を切らしながら涙を目に浮かべて入ってくる。


「お母様…お母さんっ!!」


メアリー女王は動かなくなった母の手を握り必死に呼びかける。



雲ひとつない快晴の日。

ソフィア女王は歴代女王が埋葬されている北国の霊園にて埋められる。

ソフィア女王のみの追悼式が行われ、ユーランシーの全民が北国へと集まり、黒い服を纏って涙を流す。

ソフィア女王の慰霊碑には多くの種類の白い花が置かれる。

その中に一つだけポピーの花が添えられる。

誰が添えたのか、その瞬間を見ている人はいなかったがその花が場に合わないからと取ろうとする者もいなかった。


追悼式が終わり民が解散する中、メアリー女王はずっとソフィアの慰霊碑を見つめていた。


「メアリー…行こう」


「…お父さん。私、頑張るから。

お母様の分まで…。民のために…お母様のために…この命を捧げる。

この国は私が支える。」


メアリー女王は立ち上がって前を向いていた。

母が亡くなっても、悲しむ暇なく立ち上がろうとしていた。

全てがどうでも良くなっていた俺とは真逆だった。





(走馬灯…にしては悲しすぎるよな。)


「約束しただろ…メアリーを守るって…。」


アビスは相変わらず血が止まらない脇腹を抑えながら、

セルシャにも聞こえないくらいの小さい声で言う。


「何をボソボソ言ってるの。」


「…」


「生きてるよね?私の質問に答えて。無視されるのが1番不快なんだけど」


アビスは質問に答えること無くノーモーションでセルシャに殴りかかる。


(さっきよりも速い…)


アビスはさらに追撃する。

確実に急所を突いてくる攻撃にセルシャですら防御に徹しなければいけないほどに。


(さらに加速する…脇腹には既に致命傷になりうる出血量。

肋は恐らく2本は折れている。

それなのに今日1番の速さ…私に匹敵する程の…)


セルシャは反射的に死を感じ、アビスの心臓部目掛けて手刀を突き刺そうと反撃するがアビスはその手刀を片手で掴み、握力のみでセルシャの手を握り潰す。

セルシャは自身の手を握りつぶされ、血飛沫が飛ぶ光景に感じたことの無い 焦り を感じていた。


アビスはセルシャと同様に手刀を作り、セルシャの心臓目掛けて突き刺す。


「…ゴフッ、、」


アビスの手がセルシャの心臓部を突き刺し背中まで貫通する。

セルシャは血を吐き出す。


「!!」


アビスは瞬時にセルシャの心臓部から手を引き抜き、後方に下がる。

その直後にアビスの立っていた地面が抉れる。


「動けば動くほど、傷は広がるだけだろう。

それなのにこの動き…お前、人間か?」


「紛うことなき人間だ。ただの大切な物を守るために戦う普通の人間だ。」


「面白い。」


セルシャは開いた傷口を治癒によって塞ぐ。


「心臓を潰した感触は無かったが…そういう事か」


「そういう事だ。人間とスクリムシリの差だ。」


「ならば頭を潰す。」


セルシャは再び気持ちが昂り、高揚する感覚になる。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ナルバンは攻撃速度をどんどん上げる。


(この速さにもまだ着いてこられるのか。)


ナルバンはマレランの想像以上の動きの良さに驚いていた。

既にハインケルとの戦いはユーランシーの騎士団員でも中階級騎士団員ではついて行くことの出来ないほどに激化していた。

ハインケルもナルバンもまだ互いに本気を出さずに徐々に動きの速度を上げていくことで相手の実力を見極めようとしていた。

マレランはそれに余裕はある訳では無いが何とかついて行っていた。


(ナルバン・キャス程の脅威にはならずとも少し鬱陶しいですね…。

天恵を使っているようですがまだまだ不慣れ。

この子…他国の人ですかね。

まずはこの子供から片付けましょうか。)


ハインケルはナルバンの攻撃を全て受け流し、腹を蹴り飛ばし後方に下げさせるとすぐにマレランに向かって鎌を振りつける。

だが、ハインケルはマレランの実力を見誤っていた。

持っていた剣でハインケルの攻撃を防ぎ、剣を鎌の持ち手に滑らせながら剣を振り抜く。

ハインケルは後ろに体を反らせて回避する。


(思った以上にやりますね。

剣の振り速度はそこまで速くは無いですが動きに無駄が無く、基本に忠実な綺麗な動き。

相当な努力を感じますね。

ですが、基本に忠実な分、次の動きは予測しやすいですよ!)


マレランは体勢を崩したハインケルに追撃を仕掛けるがその甘えを見逃さなかったハインケルが鎌をマレランの心臓目掛けて振り上げる。


「残念だが、考えが見え見えだ」


振り上げようとした鎌をハインケルは踏みつけ、地面に押さえつける。

マレランはハインケルの足を突き刺し、ナルバンがハインケルの脇腹を 情火の剣 の 2段階目 で切り裂く。

ハインケルは鎌を離し、2人から離れる。


ハインケルはその場で膝を着き、切られた箇所を抑える。


「どうした。痛すぎて喋る余裕もないか?」


「良いですね…御二方とも良い連携を…。

面白いものですね。ユーランシーでは無い少年にここまでされるとは。

実力をできるだけ見極めようと思いましたがその余裕は無いみたいですね。

ならば本気で行きましょうか」


ハインケルは脇腹を直し、長鎌を新しく出来た生成する。

そして一言言う。


「悪我の意思」

読んでいただきありがとうございます!

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