53話 「オロビアヌス人外戦~2~」
(中心地ら辺で強い気配が2つ…。
1つはキャスだな。もう1つは…)
「気にする必要は無い。私の連れだ」
キャスと天帝が接触したか…、
バルタ王の安否は恐らくキャスならば問題無いだろう。
問題なのは目の前のセルシャ・イオン。
俺とこいつでは一生決着がつく気配がない。
恐らく俺が天恵を分解する体質だというのを理解している。
だから 空虚 の力を一切使っていない。
「意思を宿す者が意思を使わずに戦うのか」
「お前の体質は知っている。
私の 意思 を使ったところでお前には効かない。
この戦いでお前が生存する可能性の方が高い。
下手に情報を渡すよりも素の力で戦った方が良いだろう。」
(予想通りの返事だな。
こいつの戦闘技術、剣の扱い方…数百年は生きているな。
容姿からは想像もできないほどの力。
もし身体強化をしていないで元の力がこの強さならば身体強化した際の力比べは負けるかもしれんな。
技術は俺が上、力は同等、速さは俺と同じかそれ以上。
勝てないことは無いか。)
「そういえば言っていたな。南地に逃げろと。
そちらに場所を移そう」
「!!」
セルシャはアビスがギリギリ反応できるくらいの速さでアビスの背後に回り込み、顔目掛けて蹴りを入れる。
アビスは右腕を顔の横に立て、左手で右腕を抑えながら衝撃をできる限り抑えるがセルシャの蹴りは想像以上に重く、吹き飛ぶ。
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「シラ先生、一体どういうことなんですか?
いきなり南地まで…それにここは最南端じゃないですか?
何もありせんよ」
「私も分からないの。でもアビス先生がそうしろって。
見たことないほど必死だったから従わないとって直感したの。」
「アビス先生が…」
最南端ではオロビアヌスの住民が避難をしていた。
例外なく、バルタ王の指示によってジャックスやアンナ、オロビアヌス騎士団の全てが避難警告を受けていた。
オロビアヌスの人口は多く最南端から南地中心部くらいまでに民が大勢で逃げていた。
その民達を騎士団員達が大きく囲って守るような形をとっていた。
アイネスやマレランもその中の1人だった。
「さっきから爆発音のような音がしますね」
アイネス、マレラン、シラの3人は共に逃げてきておりある建物に寄りかかってぼーっとしていた。
オロビアヌスの民からすればいきなり避難しろと言われ寒い中外で騎士団兵たちに囲まれている状況なために苛立ちを覚える者もいた。
すると3人の前にバルタ王が通る。
武装をしており、剣を腰に付けている。
シラは立ち上がりバルタ王の方へと駆け寄る。
「バルタ王!何かあったのですか?アビス先生の姿が見えないのですが…」
「主は…ノースアヌス学園の…。
俺は先程襲撃にあった。何者かは分からないが殺されかけた。
だが、アビス殿の助けがありここまで避難できた。
絶対に南地から出るな。
今、ユーランシーから来たナルバン・キャス殿とアビス殿が襲撃者2人と戦っている。
悔しいが…我々では足でまといになる。」
「そ、そんな…」
「ですが!アビス先生は1人で戦っているんですよね?
援助しないと!!」
いつの間にかシラの横にアイネスが立っており、抗議する。
「ダメだ…この国でどうこうできる相手ではないんだ…。
あれは化け物だ…あんなものがこの世に存在すると知ってしまった今、俺は死ぬほうが安心出来ると思ってしまう程だ。」
バルタ王の本気の表情を見てアイネスは少し腰が引ける。
その後に、バルタ王の護衛の兵が2人の前に立ち下がれと言う。
2人は仕方なく元いた位置まで下がり先程と同じように壁によりかかり座る。
「アビス先生が強いのは知っているし、大丈夫って分かってるけど…すごく怖い。
私たちはアビス先生に貰ってばかりで何も返せてない…。
私たちじゃ、役に立てないのかな…」
アイネスは弱音を吐きながらスーッと頬をなぞる涙を流す。
すると突然マレランが立ち上がる。
「俺は行く。アビス先生には遠く及ばないけどなにか役に立てることがあるかもしれない」
「マレランさん!それはダメです!危険と言われた以上教師の立場として生徒をその場所に向かわせる訳には行きません!」
「先生は!アビス先生が心配じゃないんですか!!」
「っ!、心配に決まってるでしょ!私だって本当は助けに行きたいよ!
でも、バルタ王が仰った通り…私たちではアビスさんの足でまといでしかないの。
何と戦ってるかは分からないけど…すごく恐ろしいものなのは私でも分かる。
だから、行っちゃダメ…」
「それでも俺は行きます。役に立たないなら肉壁でもなんでもします。
シラ先生はここで皆を落ち着かせていてください。」
「だからダメってば!」
シラがマレランの手を掴む。
「マレラン!アビス先生を信じようよ!」
「手を離してください。」
マレランが手を振り払おうとした瞬間に大きな音と共にすぐ側の建物になにかがぶつかり壊れる。
マレランが壊れた建物に近づくと建物が一直線に壊れていた。
そしてそばにある建物からアビスが出てくる。
マレランはアビスに声をかけようとしたが、声が出なかった。
なぜ出なかったのか…それは単純だった。
アビスの目は普段自分たちに向けられる優しい目では無く、まるで獲物を本気で殺す目をしていた。
アビスからは押しつぶされる程の圧があり、その恐怖から声が出すことが出来なかった。
アビスはマレランに気が付くことなく一直線に壊れた道に向かって本気で踏み込み目に追えぬ早さでその場から消える。
「い、今のって…」
「アビス先生…何が、」
「追わないとっ」
マレランはアビスが向かった方へと走り出す。
「マレラン!!」
「マレランさん!!」
アイネスとシラが大声で止めようとするがマレランは既に追いつけないくらいの距離まで離れていた。
「おい!何があった!」
騒ぎを聞きつけ騎士団兵達が集まってきた。
その影響でアイネスとシラはマレランを追うことが出来なかった。
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「おかえり…だったか?」
アビスは吹き飛ばされたあと直ぐに戻るが、セルシャは中心地よりの南地まで進行していた。
「人間が密集している気配がする。
それに、この近くでナルバン・キャスとハインケルも戦闘しているな。」
「チッ」
俺はイライラしていた。
蹴飛ばされて背中が痛むからでも南地に避難させていることを知られたからでもない。
目の前の化け物の力を見誤ったからだ。
速さは俺よりも上だ。
反応が遅れるほどに…。
「最初で最後だ。本気で殺りあってやる」
セルシャは数百年ぶりに気持ちが昂るのを実感していた。
アビスの剣を全身に突き刺されていると錯覚するほどの殺意。
少なからず自分の命を脅かす可能性のある存在に。
「素晴らしい…アビス・コーエン。
貴様に出会えたことを喜ばしく思おう。」
セルシャは自身が先程生成した剣を消す。
そして両手を軽く合わせ、指だけつけたまま手のひらを離し、手の中に空間を作る。
「!!」
「サイナ…」
アビスはセルシャが言い終わる前にセルシャへと攻撃を仕掛ける。
先程より速く、鋭く、人間の急所に当たる箇所を集中的に狙う。
「…」
「悪いがサイナスを止めるのは得意なんだ」
「面白い」
セルシャはアビスの攻撃を全て受け流し、身長差を活用して懐まで潜り込む。
そして、アビスの腹部に鋭く拳を食い込ませる。
「…?」
「加えて、悪いが…体が丈夫なのも体質なんだ」
アビスはセルシャの脇腹に回し蹴りをし、かかとをセルシャの脇腹にやり返すかのようにめり込ませる。
セルシャは最南端とは逆方向に建物を貫通しながら吹き飛ぶ。
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ハインケルとアビスもまた、戦況は膠着状態にあった。
ハインケルはまだ一度もナルバンに対して 悪我の意思 を使用しておらず、ナルバンはそれに関して不快感とともに不安感があった。
「いつまでそのままで戦うつもりだ。意思を使わずに俺に勝てると思ってでもいるのか?」
「いえ、思っていませんよ。むしろ意思を使わないと負けそうまでありますね」
(こいつに嘘をついている様子はなく、余裕も無い。
なんなら少し、焦りも見える。
ならばなぜ、こいつは意思を使わない…?)
ナルバンは先程よりも謎が深まり、苛立ちが増す。
「使わないなら別に構わん。使う暇なく殺すからな」
片足を思いっきり地面に叩きつけ、そのまま前へと加速しようとするが左手からなにかが飛んでくる気配と音がして、踏み出した足を咄嗟に引っ込める。
いきなりだったのに加えて飛んできた何かは視認するのが困難なほどの速度で右手側の建物へと突っ込んでいったため何が飛んできたのか見えなかった。
突っ込んだ衝撃で建物は完全に崩壊し、何か は下敷きになる。
だが、すぐに瓦礫がその建物の敷地から弾かれるように周辺へと飛び、周りの建物はその瓦礫のせいで破壊される。
そして、セルシャ・イオンが瓦礫の中から立ち上がり、
ハインケルとナルバンが立つ道に降りる。
2人は当然、いきなりセルシャが飛んできたことに驚いていた。
瓦礫から出てきたセルシャの左脇腹がえぐれており、
血をボタボタと流している。
セルシャは何事も無かったかのように無表情ですぐに天恵による治癒で再生する。
「何やっているのですか…セルシャ」
「吹き飛ばされた」
「見れば分かりますよ…そんなの。」
セルシャが飛んできた方からナルバンは立っているのがやっとなほどの殺意を感じ、そちらを向くとアビスが歩いてきていた。
「…天帝か。長鎌使いとは珍しい。
ちょうど良い…第2ラウンドと行こうか。」
「なるほど…改めて見ると同じ人間か疑うレベルですね。
セルシャ、彼の相手は任せましたよ?
私の方に近づけないでください」
「自分の身は自分で守れ」
「キャス、無事か?」
「ああ、問題無い。だが、やつはまだ意思を使っていない。
理由は分からないが使われる前に殺す。」
「わかった。俺は引き続き空虚の相手をする。
死ぬなよ。」
ナルバンとアビスは軽い掛け合いをして、2人の天帝の方へと向き直そうとした瞬間にセルシャがナルバンの心臓部目掛けて手刀を突き刺す形で突きつける。
セルシャの手刀はナルバンの体に触れる寸前で止まる。
「お前の相手は俺だろ?浮気すんなよ」
アビスがギリギリでセルシャの手首を掴んで止めていた。
アビスはセルシャの手首を掴む左手を下に勢いよく引っ張り、その勢いでセルシャの顔は地面方向に向かう。
アビスはセルシャの顔面目掛けて右手の裏拳を放つ。
下に引っ張られる勢いとアビスの裏拳の攻撃によって
セルシャの顔から血が飛び散り、掴まれている腕がちぎれ、後方へと吹き飛ぶ。
「無事か?」
「ああ、助かった。俺では空虚の速さには反応できない。
なるべく邪魔にならないようにしておく。」
既にセルシャは歩いて戻ってきていた。
顔が半分ぐちゃぐちゃになっており、ちぎれた腕から血がボタボタと垂れていた。
「やはりアビス・コーエンは別格ですか…」
「そういうことだ」
「あなた私に見せるためにわざとやったんですか?」
「…」
「呆れましたよ。」
セルシャは瞬きの間に腕を生やし、顔を再生する。
「キャス、お前から見て奴の治癒速度はどうだ?」
「化け物だな。
マーレンの愛憎程ではないがそれに迫る程の速度。
あれを素の天恵技術のみでやっているのは次元が違う。」
「少し昔話をしてやる。
ユーランシーにいるならば一度は聞いたことがあるだろう?
アシュリエル・ミレーという存在を。」
「「…」」
アシュリエル・ミレー…知っているも何も彼女が遺したものはユーランシーでは必ず教えられなければいけないと法が決まっているほど。
俺やルシニエのようなユーランシーで生まれた身では無くても必ず教えられる。
ユーランシー内でアシュリエル・ミレーの存在を知らない者は冒険者や他国からの貿易主のみだ。
「アシュリエル・ミレーはこの世界の生き物に天恵という物を呪いとして遺した。
もし、ミレーが天恵を残さなければ今頃この大陸はスクリムシリのみで溢れ返っていただろう。
スクリムシリに対抗出来る手段は天恵のみだからだ」
(言い得て妙だな…天恵という概念があるからスクリムシリが現れたのにその天恵が無ければ人間以外の生物含めて生きていないなんてな)
「だが、ミレーが称えられるべきはそこでは無い。
真に称えられるべきなのはその圧倒的な強さ。
ミレーが 先駆の意思 を宿ってからユーランシーのスクリムシリからの被害は0に抑えられた。
当然、メルバル総戦含めてだ。
それだけでは無い。
ミレーが生涯のうち殺したスクリムシリ 破 の数
およそ1023体、殺した天帝の数6体。
その中には 事象の意思、空虚の意思 もいた。
ミレーはスクリムシリ 破 11体、天帝4人を同時に相手取り完勝…まさしく人類を救う天使とは思えないか?」
意気揚々と話すセルシャに不気味さを感じる。
ハインケルもまた今まで見た事がないほど嬉しさを表現するセルシャに驚いていた。
アシュリエル・ミレーの話をするセルシャは尊敬や憧れよりも上の愛を宿しているように見えた。
「仮にそれが本当だとして、なぜお前が知っている?」
「そうか…お前たちは 意思 を宿していないから分からないか。
意思 には 覚醒 というものがある。
その際に意思本来の姿と会話することが出来る。
その時に 意思 が今まで見てきたものを見ることが出来る。
空虚の意思 が今までに宿った人数は4人。
私は4人分の記憶を見た。
そしてその1人がアシュリエル・ミレーによって殺された記憶。
彼女は記憶で見ただけでも凄まじかった。
今の私でも10秒耐えられたら良い方だろう。」
「…その話を俺たちにして何が目的だ?」
「探しているんだよ。アシュリエル・ミレーとなれる存在を。
私に死を感じさせられるほどの強者を。
人間で言うならば 想い人を探すただの乙女心 だ。」
「気色悪い、お前が人間を語るな。」
「1つだけ、分からないことがある。
ミレーは 先駆の意思 を宿ったから最強だったのか…
アシュリエル・ミレーだから最強だったのか。
その両方かもしれない。
最初アビス・コーエン、貴様に出会った時に私の命に少なからず脅威になりうると感じた。
だが、分かるだろう?
一度人間の頂点を見てしまったらそれより下はどこまで行っても凡才。
物事に関心なんて湧かなくなる。
お前もだアビス。もうお前の戦い方は飽きた。」
アビスは気がつけば腹部に激痛が走り、後方にある建物に突っ込んでいた。
「お前は私を楽しませてくれると感じたが…違った。
もういいよ、アビス」
「ゲホッ、ゲホッ…ガキかお前は。
お前の私欲を満たすために俺は存在しているんじゃない。
俺はお前ら天帝と違って守るものがあるから存在している。
現抜かしてんじゃねぇよ。」
「守るもの…そんなものは不要だろう?
強さを求める際に他者を介入させるな。
やはりお前はミレーにはなれない」
アビスは血の混じった痰を吐き捨て、騎士団制服の上着を脱ぎ捨て、構える。
「よろしいのですか?あちらに援護に行かなくても」
「アビスは負けない。それに俺は自分の実力をしっかり理解して弁えてる。
俺は空虚には勝てない。
加勢に行ったところで足でまといになるだけだ」
「その言い方的に私には勝てると言っているように聞こえるのですが?」
「そう言ってる」
「そう…ですか。
しょうがないですね。望み通り 意思 を使ってあげますよ」
ハインケルが鎌を構えた瞬間、ハインケルの脇腹に剣が突き刺さる。
「!!」
「あの剣の紋章…オロビアヌス学園の…」
剣の飛んできた方を見るとナルバンは見たことがある生徒が立っていた。
「確か…ノースアヌス学園の、マレラン…と言ったか」
「はぁ、はぁ、」
マレランは息を切らせながらナルバンに目を合わせる。
「やりましたねぇ!!」
ハインケルは脇腹から剣を引っこ抜き、マレランに向かって鎌を振るう。
ナルバンは目を疑った。
マレランはハインケルの初撃に反応し回避したのだ。
しかもマレランは天恵を使っている。
(無意識…だとしてもなぜ使える?
アビスか?いや、アビスが天恵どうこうを教えられるわけが無い。)
ナルバンはマレランとハインケルの間に入り、ハインケルの攻撃を全て受け流し、腹部を蹴り後方に下がらせる。
「君は確か…マレランと言ったか」
「はい…あなたはアビスさんの…」
「同僚だ。それより、なぜ来た?」
「…力になりたいからです」
マレランの目には強い決心が見えた。
(…どうするべきだ。やつは次から 意思 を使う可能性がある。
だが、無意識と言えど天恵が使える…。)
ナルバンは悩んでいるとアビスの言葉を思い返す。
オロビアヌスに来て2日目に飲みに行った際に
『マレランという生徒…彼はきっと強くなる。
天恵さえ宿ればユーランシーでも戦えるほどにな』
「…はぁ。」
ナルバンは剣を生成しマレランに差し出す。
「武器を手から離すのは自殺行為だ。
しっかり持っておけ。」
「は、はいっ!」
「いいか?一瞬でも油断したら死だと思え。
俺はこれからお前を助けられる暇が無くなるかもしれない。
自分自身で判断しろ」
「分かりました。」
可能性を感じた。
ヨーセルと同じ、才能を。
読んでいただきありがとうございます!




