52話 「オロビアヌス人外戦~1~」
祝勝会が始まり約30分ほど…出来上がってる者は既に結構いる。
「お酒…飲み過ぎじゃないですかね」
「きっと嬉しいんですよ。剣術祭前はピリピリしていましたし。」
「そうなんですかね…アビス先生はもっと飲まないのですか?」
「俺は程々にしてきますよ。何かあった時にすぐに対応できるようにしておきたいので。」
「そうですか…アビスさんは今は独身ですよね?」
「え?そうですけど…」
「もう一度恋愛したいとかってありますか?」
「どうですかね。もう50過ぎたおっさんですから。
良い方がいたら結婚とはいかなくとも、共に暮らすとかは良いかもしれませんね。」
「そうなんですね」
「シラ先生は結婚などにご興味あるんですか?」
「生徒達の甘酸っぱい恋愛見てますからね。
憧れてしまいます」
「確かに、今も甘い展開になりそうですもんね」
「今も ですか?」
「ほら、あっち」
俺はバルコニーの方を指差す。
バルコニーのフェンスに寄りかかり笑顔で話しているマレランとアイネスがいた。
きっと2人は両想いだろう。
そして剣術祭前にマレランにジャックスに勝ったら想いを伝えろと言った。
(丁度そのタイミングだろう。少し聞いてみるか…)
俺は耳を澄ませてみる。
「今日のマレラン…凄くかっこよかった!」
「アイネスも良くアンナに勝ったな!凄いよ」
「へへへ、嬉し!」
マレランは笑顔から少し硬い表情になる。
緊張を宿しているその目はいつものマレランから想像もできないほど落ち着きがない。
「アイネス…」
「ん?どうしたの?」
「ずっと言いたいことがあったんだ…」
「う、うん…?」
マレランは大きく深呼吸をしてからアイネスの目を真っ直ぐ見つめる、
「好きだ。君のことがずっと好きなんだ。
良ければ…結婚を前提に付き合ってくれないか?」
「…」
アイネスは何も喋らない。
一目で驚きすぎて声が出ないのだとわかる表情だ。
目を見開いてマレランを見つめる。
そして、マレランも真っ直ぐアイネスの目を真剣に見つめ返す。
「ダメ…か?」
するとアイネスの目から涙がスーッと流れる。
「アイネス!?どうしたんだ?そんなに嫌だったか?」
「んーん…違うの、嬉しすぎて…嬉しい時に出る涙って…どうして止まらないの、、」
「えっと…ということは…?」
「お願いしますっ!私もずっと大好きだったの!」
アイネスはマレランの両手を自身の両手ですくい上げるように掴む。
「っ!アイネスっ!」
マレランはアイネスを抱き寄せる。
「絶対っ…絶対っ…幸せにするから!
ずっと笑顔でいさせるから!」
「うん!うん!お願いします!」
(どうやら…上手くいったみたいだな)
俺は2人を少し頬を緩ませながら見ているとアイネスとマレランの後方に広がる真っ黒の空に違和感を感じた。
その空を凝視すると巨大な天恵の膜ができていた。
俺は冷や汗と共にすぐに会場を出ようとするがシラに呼び止められる。
「アビスさん!どこに行かれるのですか!?」
「少し急ぎの用事が出来ました。
今すぐに祝勝会は中止して、オロビアヌスの最南端に向かってください!
絶対に北地には来させないでください!」
「え、どうして…?」
「いいから早く!!」
「は、はいっ、」
(油断したつもりはなかった…なのに、まるで気配を感じなかった。)
天帝はどこから攻める…?
「バルタ王…」
俺はすぐさまバルタ王の屋敷へと走り出す。
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バルタ王は空の異変に既に気がついていた。
すぐにオロビアヌス騎士団長や各地の最上位貴族を集め会議を開く。
大して気にすることでも無いと貴族連中さ言うがカエリオンの件もあり、バルタ王は嫌な予感を感じていた。
「空の膜のような物を調査させた結果が先程届いた。
あの膜はオロビアヌスを丸々と覆っており、最高点で役1キロ程の高さ。
そして…」
バルタ王は汗をスーッと流し、顔を引き攣りながら言う。
「その膜は人間を…いや、生き物を通さない。
つまり我々はオロビアヌスに閉じ込められた…という事になる。」
その言葉に集まった全員が驚き、ざわめく。
「なぜそんなものが!?」
「破ることはできないのですか!?」
「そもそもなぜいきなり…」
「落ち着け…皆よ…。私の推察だが、これは何者かが意図的に出現させた物だと考える。
それが他国の仕業なのか、または個人の力の仕業なのかは分からない。
まだ被害報告が無い以上、下手に騒がないようにするべきだ」
バルタ王は冷静に現状を分析し皆を落ち着かせているように見えるが、内心では焦りと恐怖でいっぱいだった。
何者の仕業かを勘づき始めていたからだ。
バルタ王は椅子にもたれ掛かり深くため息をする。
「最初の犠牲者はお前達だからな」
中央が穴の空いた丸机の中央…部屋のど真ん中に少女の姿をした何かが立っていた。
その正体不明の突然現れた少女にほぼ全員が目を奪われている。
同時に、この場にいる者全員が それ は人の姿をしただけの生物だと分かった。
その異質な存在感と堂々とした佇まいに美しさを感じてすらいた。
だが、ただ一人…バルタ王は椅子から崩れ落ち、後方の壁まで腰を抜かしながら下がる。
(黒い髪に赤い毛先…漆黒の瞳…少女の姿…。
落ち着け…落ち着くんだ、)
バルタ王は確信していた。
目の前の異様な存在感を放つ少女こそがカエリオンに接触した人物だと。
「何者だ!ここは立ち入り禁止だぞ!」
「護衛の奴らは何をやっている!!さっさとこのガキを追い出せ!」
部屋に騎士団兵8人が入ってくる。
座っていた騎士団長も立ち上がり少女へと近づいていく。
「お嬢さん、ここは大人のみが入れる場所だ。
早くここか…」
騎士団長が少女へと手を伸ばすが次の光景に部屋の者全員が青ざめる。
騎士団長の上半身が跡形もなく消し飛んでいた。
帰属連中は声を上げ、発狂しバルタ王と同様に壁まで下がる。
騎士団兵が剣を抜き、少女を囲いながら構える、
「早くそいつを殺せ!!」
貴族の1人がそう言い放つと同時に騎士団兵全員が一斉に切りかかる。
だが、少女が パチンッ と指と指を擦り、音を鳴らすとバルタ王以外の部屋にいる者全員の上半身が血を出すことなく消える。
そして、部屋には下半身のみしかない人間の死体が床に転がる。
目の前の光景に過呼吸を引き起こしそうなほど緊張するバルタ王に少女が歩きながら近づく。
「死ね」
バルタ王の前に立ち、一言そう言い少女はバルタ王の顔目掛けて右手を突きつける。
たが、その手はバルタ王の顔の寸前で止まる。
少女の腕をアビスが掴んで止めていたのだ。
「黒い髪に赤い毛先…」
アビスがそう呟き、少女はそんなアビスの顔を見てずっと無表情だったが不気味に口角を上げる。
アビスは少女の腕を掴んだまま自身の腕を大きく横に振って投げ飛ばす。
壁を突き破りながら外へと大きな音をたてながら吹き飛ぶ。
「バルタ王…今すぐに南地へ避難してください。
できる限り護衛を固めて、自分の身だけを心配してください。
ないよりかはマシです。
やつは北地で俺が相手をします。
絶対に南地から出ないでください。
騎士団員の増援も要らないです。
俺の心配はしなくて良いので必ず自分の身だけを按じていてください。」
「わ、わかった…」
「アビスッ!」
部屋のドアが勢いよく開く。
「キャスか…良いタイミングだ。
空虚だ。俺が相手をするからバルタ王を最南端まで避難させた後、戻ってきてくれ」
「それまで1人でやるのか?」
「死ぬことは無い。だが出来るだけ早く戻ってきてくれ。」
「分かった。行きましょう、バルタ王」
キャスはバルタ王と共に屋敷を出る。
俺は先程、空虚を吹き飛ばした方に歩き始める。
思ったより吹き飛んでいたらしく、バルタ王の屋敷の敷地を超えて、他の建物まで破壊されていた。
辺りからは既に避難の呼びかけが聞こえる。
流石はオロビアヌスの騎士団なだけあって対応が早い。
「目的を言え」
俺は目の前にいつの間にか立っている少女に聞く。
「目的という程のものでもない。ただの野望だ」
「天帝だろ?お前の他にも気配がする」
「今更隠す必要も無い。
私は天帝慈刑人 空虚の意思者 セルシャ・イオン
初めましてアビス・コーエン。
お前と私の周りとは一線を画した戦いを始めようじゃないか。
人外決戦を。」
(俺の名前走っているか…まぁ、当然だな。)
「お前みたいな化け物と一緒にされるのは心外だ。」
「逆にお前みたいな人間がまだ人間の尺度で生きようとしてる方が驚きだ」
(何が驚いてる…だよ。さっきから一切感情籠ってないの丸わかりだよ)
「悪いが…お前に俺は殺せはしない」
「ならばお前も私を殺すことは出来ない」
「だろうな」
空虚の意思 の能力は分からない。
だが部屋にあった死体を見るに他者へ干渉する能力なのは確実。
「無駄話はここまでだ。
始めようか、殺し合いを」
セルシャは右腕を横に思いっきり広げると右手からそのまま剣が瞬時に伸び、生成される。
(あの武器…カウセルが生成する剣と同等かそれ以上の品質。
キャスの剣とも匹敵するくらいの希少性。
つまり、神器と呼ばれるレベルに近い、)
「あいにくと持ち合わせがなくてな…これで代用させてもらおう」
俺は部屋に倒れている騎士団兵が落とした剣を拾う。
「剣はものの質ではなく使い手の質だ。どんな剣だってお前は壊すことは無いだろう」
「随分な信頼だな。初のお会いなのに」
「こちらでは貴様の話はよく上がる。」
「それは嬉しいことだな」
俺とセルシャは互いに剣を構え、静止する。
まるで時が止まったかのように静かになる。
そして、特に合図はないがセルシャと息が合ったかのように同時に攻め、衝突する。
衝突した際に地面はその衝撃で地割れを起こす。
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ナルバンは北地を出て中心地まで来ていた。
中心地で馬車を見つけ、バルタ王を乗せて操縦をする。
(アビスと言えど相手は空虚…どこまでやれるか…)
アビスが負けるとは思ってはいないが一瞬空虚を見た時に確信した。
あいつは他の天帝と違い純粋な天恵で体を構築されているスクリムシリだと。
そろそろ中心地を抜けて北地に入ろうとした瞬間、道のど真ん中に背の高い男が立っているのに気づいた。
俺は降りてその男に話しかける。
「先程から気配は感じていた。
いや、今朝の時点でこの国全体を覆うほどの気配を感じていた。
それは先程の空虚の意思者のものでは無い。
ならばもう1人天帝がいると考えるべきだ。」
「流石ですね。騎士団長 ナルバン・キャス」
昨日の時点ではあの怪しい2人組の片方が天帝なのは分かっていた。
だが、もう片方は天帝かどうかは分からなかった。
(オロビアヌスに天帝が2人か…前代未聞だな…)
「クソッ。こんな時に…」
「何を言っているのですか?こんな時だからですよ」
「バルタ王…恐らくこの国にいる危険な存在は先程の少女と目の前にいる男の2人です。
俺はコイツを止めます。
ここからはお一人で南地に向かうことは可能ですか?」
「あ、あぁ、問題ない…」
バルタ王は少し震えていた。
「俺が奴と戦闘を始めたらすぐに馬車で南地に向かってください。
俺を信じて止まらずにまっすぐ進んでください。」
俺は腰に付けている剣では無く天恵で剣を生成する。
目の前の男も天恵で武器を生成する。
(…!鎌か)
両端にそれぞれ逆方向を向いている刃が付いた鎌を作り出す。
(鎌は見たことが無いな…。)
俺と男は向き合い、構える。
男は強く踏み出し、俺に向かってくる…と思いきや俺を素通りしバルタ王へと鎌を振るう。
俺はギリギリでバルタ王の前に入り、その攻撃を剣で受止め、男の脇腹を思いっきり蹴り飛ばす。
男はその勢いのまま近くの建物数軒を突き抜けながら吹き飛ぶ。
「今です!行ってください!」
「無事を祈る」
バルタ王は南地方面へと馬車を進める。
「おや…いなくなってますね」
「お前たちは何が目的だ。
この国にお前たち天帝に脅威になりうる存在はいるようには思えないが?」
「さぁ、どうですかね。
私はただ言うことを聞いているだけなので」
「それだとただの駒だな。」
「良いんですよ、別に駒でも。
私の目的と最終的に方面が合致していれば。
天帝の皆さんなんて基本的に自身の私欲ででしか動いていない。
あなたも先程見たでしょう?
空虚の意思者 セルシャを。
彼女が基本的に我々の統率を行う。
彼女は冷たいですが協力さえすれば各々の野望への近道を示してくれるんですよ。
利用しない手は無いですよ」
(空虚の意思者…恐らく天帝の中でも圧倒的な実力…それに加えて変人共を結束させるカリスマ力すら備えているのか。
こいつをさっさと片付けてアビスに加勢して空虚を殺すべきだな)
「そうか…ならばお前を殺して空虚も殺す」
「はぁ…あなたほど命知らずは見たこと…いや、ありましたね。
いましたね、そういえばうちにも命知らずの女性…、
まぁ、今はそんなのどうでもいいですね」
「何をベラベラと独り言言ってるんだ。
お前はユーランシー騎士団長の名にかけてここで殺す」
「やってみて下さいよ。
天帝慈刑人 悪我の意思者 ハインケル・ソッズ。
直ぐに死なないでくださいよ」
「それはこっちのセリフだ」
俺は生成していた剣を消し、腰に着けている鞘付きの剣を腰から外し、鞘から抜こうとする。
「!!」
ハインケルは何かを察したのだろう。
先程よりも警戒しながら構える。
剣をゆっくりと抜く。
ただそれだけで建物の窓が割れ、地面には地割れが起こる。
「なるほど…そういう、、。
初めて見ましたよ。噂には聞いたことありましたが…
これは興味深い。
実に珍しいですね…」
「情火の意思」
本来、意思は生物などに宿る物が基本だ。
意思 は自我があり当然何に宿るかによってその者の人生を変えることも出来る。
言わば人間で言う楽しさと可能性を持つことが出来る。
それが生物に宿るメリット。
だが、ごく稀に生物ではなく物に宿る意思もある。
そして、ナルバンが持つその剣がその極小数例の1つである 情火の意思 を宿した剣。
「その剣…是非とも欲しいものですね。
ランスロットが欲しがりそうですね。」
「悪いがこの剣は俺以外の誰も使えない。」
物に宿る場合は所有者との永遠の契約が成される。
もし他者に渡った もしくは 所有者が死んだ 場合は宿している物は消滅する。
「どうですかね、そういうのはあなたを殺した後に直接確認してみますよ」
(物に意思が宿る場合のデメリットとして意志、サイナスなどの意思本来の能力を強化した技が使えないということ。
その分、生命体に宿る意思に比べて本来の能力が協力になっている。
上手く立ち回れば 意思 持ちにでも勝てる。)
情火の意思
・宿り主が対象に与えた攻撃や傷から3段階の炎上効果を与える。
1段階目…治癒を少し遅らせる。
2段階目…傷やダメージを与えた箇所にその対象者が今までの人生で感じた最大の痛みを与える。
治癒を少し遅らせる。
3段階目…傷やダメージを与えた箇所が溶ける。
治癒を大幅に遅らせる。
剣に流し込む天恵の量次第で1段階目〜3段階目を選択可能。
1段階目は3回、2段階目は2回、3段階目は1回の攻撃の後、効力が切れる。
対象と自身の実力差関係無くその能力は適応される。
ナルバンは天恵による身体強化でハインケルとの距離を一気に詰める。
(まずは1段階目で様子見だ)
ナルバンは 情火の剣 に天恵を流し込み、剣の刃の周辺に赤いモヤが纏う。
ハインケルの目の前で急停止し、即座に低い体勢になりながらハインケルの横に切り返して動く。
(速い…)
一撃、二撃、三撃目と頭部から順に腰、膝にかけて切りかかる。
ハインケルは頭部と腰への攻撃は反応することが出来たがナルバンの動きが予想以上の速さで左膝を骨まで切られる。
(治りが遅い…これがこの剣の能力…いや、この剣の能力の一部と考えるべきですかね。
能力以前にナルバン・キャス…強いですね。
フィジカルだけなら私と互角までありますね。)
ハインケルは左膝の支えが無くなったことにより、
バランスが崩れる。
そこをナルバンはさらに追撃を加えに行く。
「良い動きですね。
技も洗練され、自身の身体能力を緻密に理解して思考と行動を一致させている。
どれほどの鍛錬を積んできたかが分かりますよ。
ですが、生きてる年数が違うんですよ」
ハインケルは片足立ちのままナルバンの剣を全て流し受け、ガラ空きになった腹部を鎌の峰の部分で殴りつける。
ナルバンは後方にある建物に勢いよく吹き飛び、瓦礫に座る。
「やはりこの差は大きいですね。
実際に 意思 を宿っているか宿っていないかは天恵の本質を理解できているかできていないかが浮き彫りになる。
あなたでは私に…」
両手で鎌を持つハインケルの片腕が地面に落ちる。
「!!」
「天恵の理解も 意思 が宿るかどうかもどうでも良い。
俺は守るものがある。」
ナルバンは瓦礫の中から立ち上がり、首をポキポキと鳴らす。
先程の攻撃は天恵による身体強化でほぼ無に等しいダメージだった。
「何終わったように喋ってんだ。勝負はここからだろ」
「ふっ…少しあなたを甘く見ていたようですね」
読んでいただきありがとうございます!




