46話 「最強の男の記憶②」
「護衛任務…ですか?」
「はい。私は今度カヌスという国に用事があり出向かなければいけません。
その際に毎回護衛をつけなければいけないとこの国の法で決まっているんです。」
確か、この国をスクリムシリからある程度守ることの出来る結界がソフィア女王を核として展開されているというのは聞いたことあるが。
確かにスクリムシリからの被害を考えればこの結界は必要不可欠。
そしてその結界の核であるソフィア女王がユーランシー外へと行く時に護衛は絶対に付けておいた方が良いだろう。
疑問なのはそのような重要な役割になぜ俺が選ばれたのだろうか。
「なぜ、俺なんですか?」
「アビスさんがここに来てから2ヶ月が経ちました。
あの頃とは見違えるほどの力を手に入れました。
ですが、まだまだ成長は止まらない。
いや、人の成長は止まりません。
ならばその成長を促進させる為にも少し責任の伴う任務にランクアップさせる方が良いと思うんです。
決してこれは強制とかではないので嫌でしたら断ってもらっても大丈夫です!」
(そう言われたら逆に断りずらくなるのではないか?
まぁ、端から断る気は無いが。)
確かにこの2ヶ月…詳しく言えば1ヶ月前からどんな相手にも手を抜いてしまうという課題があった。
これが気持ち的問題なのかどうかすらもわからない現状に少々苛立ちが出ていた。
この1ヶ月、基礎から自分なりの戦闘法の型を編み出しては任務で実践するなどとしていた。
ある程度の型は決まり、技と技をより流れよく繋げると言った訓練をしている。
時々、グレイやジェミーと意思アリでの手合わせをしているが勝率は五分五分。
ジェミーならばほぼ確実に勝てる。
俺はあまり意思が強力なものとは思わなかったがそれは俺が天恵を分解する体質だからだとグレイが教えてくれた。
「やります。やらせてください」
「そう言うと思っていました!」
「護衛は俺だけなんですか?」
「いえ!ディシさんもいます。基本的に私が外に出る際は2人の護衛を付けることが必須とされています。
今後、アビスさんは護衛に付くことが増えるので覚えておいて損はないと思いますよ!」
「分かりました。」
ディシィか…この2ヶ月でジェミーとグレイとは結構仲良くなった。
だが、ディシィとは何度か仲良くなろうとしたが向こうは全く心を開こうとしなかった。
ディシィからは強い後悔や怯えが見える。
その原因がなにかは分からないが、恐らくそれが影響して人との関わりを意図的に避けているのだろう。
ソフィア女王やグレイにその事を聞いても濁されるだけだった。
本人から言わない限りは私からは言えません… や
アンジ本人から聞く方が良い としか言われない。
護衛任務は明日。
カヌスという国がどのような国かは分からないが、俺は護衛という任務を全うするだけだ。
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「それでは行ってまいります」
「どうかお気をつけて」
多くの民に囲まれて、ソフィア女王、俺、ディシィが乗った馬車はユーランシーを出る。
ジェミーのとても心配そうな顔を眺めながら遠くなるユーランシーの民に行ってきますと呟く。
カヌスまでは2日。
そこまで遠くない距離だ。
俺の対面にはディシィが静かに座っており、隣にはソフィア女王。
めちゃくちゃ気まずい空気なのだが…。
「カヌスという国はアビスさんは初めてでしたよね?」
「そうですね。名前も聞いたことありませんでした。」
「カヌスは少し癖の強い方が多い国なので気をつけてください。」
「癖の強い?」
「癖の強い…というか気の強い方が多いですね。
カヌスは階級国家であり、貧困な方は極端に貧困で裕福な方はとことん裕福です。
年間での餓死者がこの大陸で1番多い国とも言われています。」
「国は何も対処しないのですか?」
「人口が多い国なので…餓死者が多く出ても人口は増えるばかりらしいです。」
「そうなのですか…。それと気の強さにどういったご関係が?」
「先程も言った通り貧困者が多い国でもあります。
乞食が多く、ある程度暮らせる位のお金を持つ以上の人達はその貧困者からの乞食を断るために気を強く持つ必要があるみたいです。
ディシさんはわかってると思いますがアビスさんも盗人や乞食の方々には気をつけてください」
「分かりました。気をつけます」
カヌスという国は話を聞くだけでもあまり良い国とは言えないな。
ソフィア女王がこういう国だと割り切ってる以上、
改善などできない国なのだろうな。
カヌスという国に着いたらより一層警戒を高めるべきだな。
護衛というのはスクリムシリのみが警戒する対象ではない。
他国の民、時には自国の民をも警戒する必要がある。
「ふぅ…」
緊張はする。
初の護衛任務なのだから当然と言うべきだろうか。
初任務の時も緊張はしたがこれほどではなかった。
「アビスさん。グレイとジェミーと戦って勝ったんですか?」
突然今まで黙っていたディシィが話しかけてきた。
「ジェミーには勝てますがグレイには勝率は五分五分くらいです。」
「そうですか」
そう返事をして直ぐにまた黙るディシィ。
どういう意図の質問なのだろうか。
ディシィの実力はまだ分からない。
手合わせをしてもらったことも戦っているところを実際に見たこともない。
いつか手合わせを頼もうと思っているが受けてくれるかどうか…。
休憩を挟みながら馬車を走らせて10時間程が経った。
ある村の入口で馬車は止まる。
「確認してきます」
「お願いします」
ディシィは馬車から降りて、村へと入っていく。
「ユーランシー周辺にある村はユーランシーの兵が日を跨いだりする任務の際に泊まる場所を用意するという契約をしているところがほとんどなんです。
この村も確かそうなはずです」
ディシィが数分してから戻ってくる。
「確認取れました。宿を1つ借りることが出来ました。
本当は2つ借りることが出来たのですが護衛上の問題で1つにしました。
ご理解お願いします」
「もちろん問題ないです!」
ソフィア女王は少々危機感が欠如しているような気もする。
男2人と同じ屋根の下で一夜過ごすならもう少し警戒するべきな気がするのだが。
宿に荷物を置き、村の人達と飯を食べ、順番に風呂に入り就寝する。
アビスは深夜に目が覚める。
いや、寝られなかったの方が正しい。
アビスの隣のベッドにはソフィア女王が眠っており、起こさないようにベッドから降りて宿の外に出る。
「寝ないんですか?」
アビスはドアの前に立ち、前方を見ながら言う。
ドアの前に立つアビスのすぐ横にはディシィが宿の壁に寄りかかりながら座っており、片手には短剣を握っていた。
「俺は護衛として同行しています。寝るつもりはありません。
アビスさんは明日のために寝てもらっても大丈夫ですよ。」
そんなつもりは無いのだろうけど皮肉っぽく聞こえてしまう。
「そう言われて寝るやつなんていないさ。
あ、すみません…敬語を」
「いや、そのままの方がいいですよ。アビスさんに敬語は似合わない。」
「そうか、皆にそう言われる。」
俺はドアを挟んでディシィと反対側の壁に寄りかかりながら座る。
「昼間の質問、どういう意図があって聞いたんだ?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。
ただでさえ、何を考えているか分からない人だ。
コミュニケーションを取るためにディシィがどういうことを考えているかは知っておくべきだろう。
「…アビスさんは強くなりたいですか?」
「なりたい。誰にも負けないくらいにな」
「俺は…強くなんてなりたくないんです。」
「なぜ?」
「これ以上強くなっても責任が重くなる。俺は責任を負うのが好きじゃない。
失敗した時…周りからの失望に耐えられない。」
「…過去に何かあったのか?」
ソフィア女王とグレイが濁していたディシィの過去のことが関係しているのだと直感した。
「そうですね…7年前、ソフィア女王の母上であるカレア女王を死なせてしまった」
「!」
「今回のような護衛任務だった。
その時の騎士団長であるマザック団長と俺の2人で護衛を行っていた。
他国から戻っている際に、もう少しでユーランシーに着くというところで天帝の襲撃を受けた。
不意打ちだったがいつもなら反応することなんて容易だった。
だが、俺はもう少しでユーランシーに着くからと気を抜いて少し目を閉じてしまった。
気がつけば衝撃と共に天帝の攻撃に巻き込まれ、馬車は大破し、カリア女王の心臓に大破した馬車の木材の破片が突き刺さっていた。
目の前の状況に脳の処理が間に合わず、ただ血を流すカリア女王を見つめていたらマザック団長が俺とカリア女王を抱えてユーランシーまで走り始めた。
奇跡的にユーランシーに辿り着くことが出来たがマザック団長は身体中がボロボロ、そしてカリア女王は亡くなっていた。
民や騎士団員達から責められ裁判にかけられた。
判決は初めから2択だった。
死刑か国外追放か。
判決は国外追放になった。当時15歳だったソフィア女王ができる限りの寛容な判決を。 と言ってくださったかららしかった。
母上を守ってあげられなかった俺をまだ子供のソフィア女王が助ける。
それだけで俺は死にたいくらい苦しかった。
だが、もっと苦しかったのはここからだった。
俺は不問になり、マザック団長だけが国外追放されることになった。
マザック団長は俺がいない間に
「ディシィは悪くないっ!悪いのは俺だ!!責任は全て俺にある!」とすべての責任を負った。
俺が…マザック団長に常に警戒しておけと言われていたにも関わらず、気が緩み、天帝からの攻撃からカリア女王を守れなかったのに。
マザック団長がもし反応できていなかったら俺も…ソフィア女王も死体すら残らずに消し炭になっていた。
そして、俺の意見など聞かれることなくマザック団長はユーランシーから追放され、感謝を伝えることすら出来ずにいなくなってしまった。
そして、ナルバンが新たな騎士団長に選ばれ、ソフィア女王が15歳という若さで国の王となった。
俺は期待されるのが怖い…俺に守れる力なんてないです。
だからこれ以上強くなんてなりたくない…
すみません、長話をしてしまって。」
俺はやっとディシィという男がどういう男なのか分かった気がする。
ディシィから伝わる恐怖はカリア女王を死なせてしまったトラウマとマザック団長に罪を被ってもらった罪悪感から来るものだったのだと。
だから今回も過去のトラウマから眠ることなく護衛しているのだと。
「アビスさんはこの2ヶ月で見違えるほど成長しています。
あなたのような人がみんなの期待に答えることができるんだと思います」
「違うな」
「…え?」
「ディシィさん…あなたは過去のトラウマを言い訳にして責任から逃れて、立ち向かおうともしていない。」
「…」
「あなたが守れなかったカリア女王も、責任を負って追放を受けいれたマザック団長も…あなたに何も残さなかったのか?
だったらなぜソフィア女王は寛容な判決を求めた?
なぜマザック団長はすべての責任を負った?
…それはあなたを信じているからだよ。
期待なんかじゃない。
信頼しているからだ。」
ディシィは黙ってしまった。
今、俺が言ったことは正しい。
自分でもそう言える。
ディシィは託されたものを放り出そうとしているだけだ。
それこそ、そんなものは誰も期待していない。
「ゆっくり考えてみろ。俺は中でソフィア女王の傍で護衛する。
外は頼んだ」
グレイが言っていた、
「アンジは自分が酷い目に遭ったと考えているが、それが気に食わん。
いつまでも過去を引き摺るのは構わないが実力があるのに自分は守る力が無いと考えているやつを見ていると腹が立つ。」
と。今ならその気持ちが分かる。
翌日ソフィア女王が目を覚まし、すぐに荷物をまとめて村の住民に挨拶をし、出発する。
今日中にカヌスには着く予定だ。
ディシィの方に目をやると昨日と同じく、腕を組み、外を警戒している。
だが、その目には昨日と違って何かを決心したかのような目だった。
「アビスさん…ありがとうございます」
ディシィが突然感謝を述べてくる。
「すぐに変われるかは分かりませんが、向き合ってみようと思います。」
「そうか…何かあれば協力するよ」
ディシィの表情が心做しか明るくなったように見える。
するとすぐ隣から ふふっ と笑う声が聞こえてくる。
目を向けるとソフィア女王が嬉しそうにしていた。
「どうかなさいました?」
「いえ、お二人とも仲が良さそうで嬉しいなと思いまして」
そうか?と思いつつ、俺自身の頬も緩む。
確かに、少しだけ…仲良くなれたかなと思うと嬉しくも思う。
村を発ってから数時間…スクリムシリには出くわしていなかった。
天恵が使える人は天恵を使って周辺の空間を認識することが出来るらしいが当然、俺にはそれが出来ない。
だから…という訳では無いが俺は息遣い、足音、体を動かした際の関節の動きの音、人ならば服が擦れる音から気配を察知する。
今まで普通と思っていたが俺は耳が良いらしい。
耳を澄ませて集中すれば2、3キロ先でも聞くことが出来る。
「少しこの辺で休憩にしましょうか」
ディシィがそう言って馬車を操縦する人に休憩することを伝える。
馬車は川辺に止められる。
俺は靴を脱ぎズボンの裾を捲り、川に足を入れる。
いい具合に冷たくて心地が良い。
するとソフィア女王も俺と同様に靴を脱ぎスカートの裾を両手に持ちながら川に足を入れる。
「ソフィア女王、危ないですよ。
それにドレスも濡れてしまいます」
「大丈夫です!それにせっかくでしたら少し遊びたいじゃないですか」
ソフィア女王はユーランシー内にいる間は寝る時間は2時間ちょっと。
それ以外は騎士団のことや貿易や他国の諸々をしている。
少し休んでみては?と言ってもこれが私の仕事ですから の一点張りで休もうとしない。
そんなソフィア女王がこうして遊ぼうとしているのを見ると無理に止められるわけがなかった。
「そうですね…でもドレスが濡れてしまうのはあまり良くないと思いますが…」
「それでしたらドレス脱ぎますので少し待っててくださいね!」
「え?」
そう言うと川から一旦出て、馬車の中に入っていく。
少ししてソフィア女王はキャミソールと短パン姿で馬車から出てきた。
さすがのディシィもその姿に驚いたらしくソフィア女王の元に駆け寄る。
「ソフィア女王!?さすがにそのようなお姿は…」
「今この場には私とディシさんとアビスさんと馬車の操縦士さんしかいませんし大丈夫ですよ!
なんだか今はすごく遊びたい気分なんです!
ダメですか?」
顔面最強のソフィア女王が上目遣いでディシィの顔を覗き込む。
「分かりました…お怪我なさらないように気をつけてくださいよ…」
「ありがとうございます!」
勝者 ソフィア女王
俺は騎士団制服の上着を脱ぎ、シャツの袖をまくる。
木々の葉が風に靡く度にザワザワと音がする。
川の流れる音と相まって気持ちが楽になる。
そう感じているのはソフィア女王も同様らしく、目をつぶって気持ちよさそうにしている。
「気持ち良いですね」
「そうですね。」
「アビスさんは…このような場所、お好きですか?」
「…好きですよ。私が前にいた国…水の王国でもこのような場所がありました。
何か辛いことがあればこういう風に自然を満喫していました。」
「素敵ですね。私はこういう機会が少ないのでこのような経験はとても貴重に感じます。」
「それでしたら…もう一度…いや、何度でも連れてきますよ。
ソフィア女王が望む度に、俺が」
「そのようなこと…できるのですか?」
「出来ますよ。なぜなら俺はソフィア女王の護衛ですから。
護衛がいればソフィア女王はユーランシー外に出れるのですよね?」
「そうですけど…それだと2人きりじゃないじゃないですか…」
「2人きりが良いんですか?」
「…はい//」
「それでしたら俺が1人で護衛することになっても誰も文句言えないくらい強くなってみせます。」
これは冗談なんかじゃない。本気の想いだ。
ソフィア女王は驚いた様子で俺の顔を見つめる。
だが、少しして笑顔になる。
「待ってます!」
流れる川…木々の葉の音…川に立ちながら風にサラサラの髪を靡かせる美しい女性。
1つの芸術かのように思えるほど綺麗で…俺の瞳孔に焼き付くその光景。
(あぁ、俺はこの人の事を本気で愛しているんだ)
自覚すると共に切ない気持ちになる。
読んでいただきありがとうございます!




