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天使とサイナス  作者: 七数
3章 【予】
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45話 「最強の男の記憶①」

その日の朝の景色、気分、入ってくる情報…全てが今までと違い、その全てが心地よかったのを覚えている。

初めてふかふかのベッドで一夜を明かし、俺が泊まった建物内で慌ただしくも柔らかい表情をした世話係のような女性とそれを取りまとめる男性1人。

その男性はナルバン・キャスと言うらしい。

ガタイは俺と同じであまり良くなかったが素人ながらにこの男はとてつもない力を秘めているのだと直感した。


起きて直ぐに用意されていた黒の長ズボンと白のシャツを着てある女性の元に向かう。

俺の命の恩人でもあり、今日から護衛としてその女性の元で働くことになった。

俺は女王の間という部屋をノックすると両開きのドアが開かれる。

1人でに開いたのかと驚いたがその女性の護衛兵2人が中から開けていただけだった。

部屋の中に入ると同じ服を着た集団が規則正しく並んでおり俺はその列の1番後ろまで静かに移動して同じように並ぶ。

1番前を見ると昨日俺の事を助けてくれた女性が数段の段差の上にある椅子に姿勢よく座っていた。

昨日と変わらず、いや、昨日よりもさらに美しく品があるように見える。

離れたところにいながらもその姿に見惚れていたら、その女性目が合う。

するとニコッとした笑顔を向けてくれる。

きっとその笑顔が決定打だった。

俺がその女性…ソフィア女王に本気で恋をしたのは。

その時はまだ自覚していなかったため護衛としての意識を保とうと頑張っていたのを覚えている。


1番前では若い男が何かを話していた。

おそらくこの集まりは定期集会のようなものなのだろう。

昨日、ソフィア女王からこの国のことを少しだけ教えてもらった。

ユーランシーという国…騎士団…スクリムシリ。

信じ難いものもあったがソフィア女王がそのような冗談を言うお方では無いと分かっていた。


定期集会のようなものが終わり、騎士団員がぞろぞろと部屋を退室して最終的に俺とソフィア女王と前で喋っていた若い男2人と若い女性1人。

そして先程世話係の女性達に指示を出していた男…

ナルバン・キャスが残った。

俺はソフィア女王とその若い男女達の方へと行く。


「アビスさん、おはようございます!」


ソフィア女王は優しい笑顔で挨拶をしてくる。


「おはようございます」


「寝心地はよろしかったですか?

なれないベッドだと体を痛めてしまうかと心配したのですが…」


「ソフィア女王…それ失礼ですよ。」


若い女性がそう言い放つ。

それなりに親しい仲なのだろうか。


「あ、いえ、そういう意図があった訳ではなくて!」


「分かっておりますよ。お気遣い感謝します。

とても良い目覚めでした」


「それは良かったです!今日来て頂いたのは改めてこの国の説明、天恵やスクリムシリについて、アビスさんの今後の役割などを説明をしていきますね。

その前にこの方々の紹介からしましょうか」


「では、私から。昨日既に自己紹介は済ませているが改めて。

ナルバン・キャスだ。

この騎士団の騎士団長を務めている。」


「騎士団長だったんですね。

先程、世話係の女性達に指示を出していたのを見かけたのでそちらの方面の仕事なのかと思ってました」


「ソフィア女王からお前のことを丁重に扱えと言われていたから俺が指示を出していた。

俺の紹介はこれくらいで良いだろう。」


「ありがとうございます、ナルバンさん。

そしてこの御三方は守恵者の方々です」


「守恵者?」


「守恵者については後ほど説明しますね。

ディシさんからお願いします」


「守恵者 結命の意思者 アンジ・ディシィです。よろしくお願いします」


「同じく守恵者 剣韻の意思者 グレイ・ジンクスだ。」


「次は私ですね。

守恵者 支操(しそう)の意思者 アッシュ・ジェミーです!

よろしくお願いしますね!アビスさん!」


この自己紹介だけで大体の人柄を理解出来た。

ナルバン・キャス…どこか本当の自分を隠しているように見える。

騎士団長という立場だからそれなりの威厳がいる。

舐められないようにしているのだろうな。

アンジ・ディシィという男は引っ込み思案のような性格なのだろう。

まるで何かに恐れているかのような自信を無くしているかのように見える。

グレイ・ジンクスは普通に塩対応な男だ。

恐らく気難しいタイプだな。

なぜか俺に対する目付きが鋭いが…多分、こんなガリガリの男が護衛なんかに?と思うところがあるのだろうな。

アッシュ・ジェミーは言うまでもなく誰にでも分け隔てなく優しく接することが出来るタイプだろうな。

正直、慣れない地ではこういう人がいてくれるのはありたがたい。


「自己紹介は大方終わりましたね。

それではこの国のことを説明していきます。」




俺はソフィア女王から詳しく説明を受けた。

守恵者とは何か…意思とは何か…そして俺の役割を。


「昨日…アビスさんを見た時に確信しました。

あなたは人知を超える化け物になり得る存在だと。

そのポテンシャルを秘めていると。

だからアビスさんには強くなって頂きたい。」


「強くなりたいのは自分もなのですが…このようなものは今まで経験したことがなくて。

どうしたらよろしいのですか?」


「アビスさんは天恵が使えない分、することはただ1つです。

フィジカルです。

まずは筋肉をつけ、そして近接戦闘を極め、最終的にここにいる4人よりも強くなってもらいたいです。」


「え、ソフィア女王…この人、既に私たちより強くないですか?」


ジェミーと言ったか、何を言っているんだ…。

そんなわけが無い。

今までろくに喧嘩すらしたこともない男がスクリムシリという今日のために人生をかけて戦ってきた人達に勝てるわけが無い。


「いえ、”まだ”皆さんの方が強いです。」


「…」


「ソフィア女王…いくら貴女であろうとそのような発言は控えて頂きたいです。

この痩せて技術も何も知らない男にこの先、俺が負けることがあるとお思いなのですか?」


「グレイさん。確かに言い方がよろしくありませんでした。

すみません。」


ソフィア女王が頭を下げようとした瞬間、ディシィが何も無いところから短剣を作り出しグレイに目に見えぬ速度で近づき首元に短剣を押し当てる。

俺はその速さに全く反応できなかった。

だが、グレイはディシィ同様に剣を作り出しディシィの腹部に剣を突き刺す寸前だった。


「ソフィア女王に謝らせるな。殺すぞ」


「アンジ…お前みたいな無能がいちいち反応してくるな」


「ちょっと2人とも!やめなさい!ソフィア女王の前よ!」


ジェミーがそう言うと2人はハッとした顔をした後に剣を消して 失礼しました と頭を下げる。


「グレイさんの言う通り、私が間違った言い方をしたのが悪かったです。

ですが、皆さんには理解して協力して欲しいのです。

アビスさんは重要な戦力になるということを。

そしてアビスさんもまた、私たちの期待に応えて欲しい。

やり方はいくらでもあります。

ナルバンさんや守恵者の方々、聖者の方々に助言を求めても大丈夫です。

自分にあった成長方法を見つけてください。」


なんだか無茶ぶりのようにも聞こえるが昨日の時点で俺はソフィア女王にこの身を捧げると決めた。

それならばこのお方の期待に応えられるように死ぬ気で頑張る以外の選択肢など無い。


「必ず…皆さんのご期待に応えられるように精進します。」


「はい!期待していますね!」


目の前の美しい女性はニコッと笑う。




とは言いつつもどうしようかと悩む。

今まで体を鍛える必要などなかったし喧嘩をするほど気も強くなかった。

どんなトレーニングが最適なのかが分からない。


「アービスさんっ!」


俺がどうしようかと考えていると聞き覚えのある声が後ろから聞こえてくる。


「ども!ジェミーです!」


「ジェミーさん。どうかしました?」


「敬語いらないですよ!アビスさんの方が歳上だろうし!」


「そういう訳にはいかないですよ。

せめてもう少し役に立てるようになれてからですね」


「真面目ですね〜。

それで何を悩んでいたんですか?」


「え、あぁ。どのようにトレーニングをすれば良いか分からなくて。

あまりこのようなことをしたことが無いので。」


「言ってたもんね!ん〜そうだなぁ。

私自身、あまり近接戦闘技術とか高い訳では無いから的確な指示は出せないんだけど…実践経験がやっぱりものを言うよね!」


「実戦経験…ジェミーさんもそれなりに?」


「はい!でも、スクリムシリって騎士団数人で1体をやっと相手にできるかどうかのレベルが基本だからいきなり実践って訳にはいかないんだよね。

まずはアビスさんは肉付きを良くしないとね。

正直そんなに体が細かったらお話にならないって感じだと思う!」


「やはりそうですか。」


とりあえず肉体改造という課題は手に入れた。

あとは技術面のカバーだが。

俺は人に教えてもらうのが苦手だ。

だから独自に戦闘技術を編み出してしまえば良いのでは?とも考え始めていた。

ジェミーが言う、実戦経験を元に自分なりの戦闘方法。

その実戦経験もスクリムシリだけではなく、守恵者の3人とも。


「何となくやることが定まりました。

ありがとうございます。」


「それはよかったよかった!」


「ジェミーさん以外に女性ってらおられるのですか?

先程の集会ではお見かけならなかったので。」


「ん?私男だよ?」


「…え?」


「え?」


え?


「「え?」」




「あっはっはっはっは!アビスさん面白いですね!」


「すみません…顔といい一人称と言い、女性にしか見えませんでした。」


「よく言われる!喋り方も相まって女性にしか見えないって。

まぁ、別に勘違いされててもいいんだけどね!

私はちゃんと恋愛対象は女の人だし!」


確かに、よく見れば骨格などは男寄りだし胸も膨らんでいない。

髪は結んでいるが解けば方くらいの長さだろう。

とにかく顔が女性だ。

これが男の娘というものか。



何はともあれ、やらなければいけないことは決まった。


(自分にあった戦闘技術を生み出すのはいいが基礎がなっていなければ話にならないな。

誰かに教えてもらうか。)


「うーん、それならナルバン団長とかに教えてもらえば?

グレイとディシは結構気難しいタイプだし。

ナルバン団長なら教え方上手いと思うし適役だと思うな」


「そうですか。何から何までありがとうございます。」


「んーん!いいんです!ソフィア女王が気に入った人がどうなるのか私も気になるので!」


「気に入った…ですか。気に入られているんですか?」


「え、そうですよ。だってソフィア女王があそこまで笑顔を人に何回も見せることってそんなに多くないですから。」


「そうなんですか。」


なぜだか嬉しかった。

認めてもらいたい人にこうして気に入られているというのは。




「俺がか?」


「はい。お願いできますか?」


「…構わん。だが、1つ条件がある。

その敬語をやめろ。俺は自分より強いやつに敬語を使われるほどお高く止まっていない。」


「いや、俺はナルバン団長より強くなんか…」


「今は良い。とりあえず敬語を外せ。それが条件だ。」


「…分かった。これで良いか?」


「ああ。だが基礎だけで良いのか?お前は知識は無いと聞くが?」


「ああ、問題ない。早速お願いしたい。」


「俺は厳しいぞ」




俺がナルバンに基礎を教わり始めてわずか1週間で全てを完璧にこなせるようになった。

自分でも驚いた。

自分がここまで動けるのを今まで理解してなかった。

ナルバンとの稽古中に指摘されたが俺は疲労というものが無かった。

今まで確かに息切れなんてしたこと無かったし、動いたからといって汗なんて出なかった。

もう1つ気がついたことがあった。

今まで満足のいく食事なんて出来なかったから気が付かなかったが俺は筋肉が付きやすい体質でもあった。

この1週間、ナルバンの助言で1日5食に分けて7割ほどの満腹度をキープするようにしていたら自分でも分かるくらい細かった体に筋肉が増えているのが分かった。

まだまだ少ない方ではあるだろうが成長を感じられるのはプラスだと前向きに考えるようにした。


1ヶ月も経つ頃にはユーランシーにある全ての武器の基礎的な使用方法を完璧に網羅した。

そして、体の方も1ヶ月前では見る影もないほどに鍛え上げられた肉体になっていた。

どうやら俺は着痩せするタイプらしい。

服の上からだとそこまで変化がないように見えるらしく周りの者たちからはあまり変化してないと思われていた。


1ヶ月も経つ頃には任務にも出るようになっていた。

スクリムシリ 予 ほどの任務に当てられることが多く、

これくらいならば余裕で勝てる。

しかし、これ以上の 解 になってくるとやはり基礎だけの動きでは限界があった。

この段階で俺は伸び悩みを感じていた。


「はぁ…」


「大丈夫ですか?」


俺がホールディングスの一室で少し休んでいたらいつの間にか部屋にソフィア女王が入ってきていた。



「ソフィア女王…どうかなさいましたか?」


「それはこちらのセリフですよ?

何かお悩みがあるのならばお聞きしますよ」


「最近、これ以上自分は成長できないような感じがしていまして。

現段階では1人でギリギリ 解 が倒せるか倒せないか位の力。

この程度ではソフィア女王や皆の期待に応えられない。

そう思うと悔しくてしょうがないです。」


「アビスさん…顔をあげてください」


「…?」


「1ヶ月前と比べたらとても男らしい顔つきになりましたね。

すごくたくましいです。

この1ヶ月…私はアビスさんがどれだけ頑張ってきたかを知っています。

この短期間でここまでの成長を見たのは生まれて初めてで正直驚きました。

ですがそれと同時に心配もしていました。

アビスさんは人間です。いくら特別な体であってもこの短期間でこれ程の無茶は逆効果です。

休めとまでは言いませんが…少しペースを落としても良いと思いますよ。

私はあなたに期待していると言いましたが無理をしてとは言っていません。

焦らなくて良いんです、ゆっくり、自分を見つけてください」


優しい声…俺はこの声が大好きだ。

そしてその声からはいつも俺自身も自覚してない、今の俺に必要な言葉が発せられる。

そうか…そうなんだな。俺はこの女性のことが心の底から好きなんだ。

愛しているのだ。

だが、この気持ちは邪心だ。

叶わぬ想いをするくらいなら惚れた目の前の女性の役に立てるように少しでも強くならなければ。

俺はその瞬間に恋心を自覚すると同時に何かが吹っ切れた感覚になった。



「俺と手合わせをしてくれないか?」


「手合わせ?」


この1ヶ月でグレイはそこまで悪い奴ではないと気がついた。

なんなら意外と気さくな奴で2人で飲みを行くくらいには仲良くなっていた。


「今の俺の実力を知りたい。」


「…良いだろう。だが、互いに普通の剣のみ。

こちらの制限としては意思の使用無し。

天恵は身体強化のみだ」


「分かった。」


俺とグレイは剣を構え、向き合う。

天恵で作り出したひし形の物体が割れると同時に俺とグレイは同時にぶつかり合う。

動きは見える。

体もついていけている。


(なんだ…これは、)


俺は違和感を感じていた。

グレイの動きが遅く感じる。

この感覚は頭で理解しているのではなく少し反応が遅れても体が容易にグレイの剣の動きに着いていけている事で気がついた。

俺とグレイの剣がぶつかり合い、高い音を鳴らす。

楽しさと もっと とさらに上の戦いを求める俺がいた。

そして、互いに動きが止まった瞬間、俺の剣はグレイの首元に。

グレイの剣は俺の首元にあった。



「ここまで成長しているのとは。さすがに驚いたぞ」


「でも、まだ強くなれる。もっと強くならないといけない。」


「…アビス。お前はどこか相手に遠慮している。

本気を出せていない。

それが相手が心配だからなのか、怖くて上手く体が動かないからかとかは分からない」


やはりか…薄々気が付いていた。

基礎的な技術しか身につけていないとはいえ100パーセントの動きができているかと言われたら自分自身でも出来ていないと言い切れる。


「どうやったらこれは治る?」


「さぁな。俺自身、お前ほどの才能は無い。

現に俺は意思無しとはいえ本気で戦ったつもりだ。

それなのに基礎的な動きしかしていないお前と互角だ。

恐ろしいもんだよ」


「だが、俺はお前にはまだまだ敵わない。

経験値が違う。」


「どこで落ち込んでんだよ。

経験なんてこれから積んでいけばいいだろ。

一々しんみりするなおっさん。

この後飲みにでも行って忘れるぞ」


「…そうだな。」


グレイはやはり不器用なだけで優しいやつだ。

確かに最初は気難しいやつでここまで仲良くなるのは大変だった。


「あと、俺はおっさんじゃない」


「そこ気にしてるのかよ」

読んでいただきありがとうございます!

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