44話 「許容範囲」
剣術祭が明日に迫っていた。
今日の夜には前夜祭として各学園の教師同士の手合わせがある。
なぜ夜にやるのかどうかはいまいち分からないが大して気にすることでも無いだろう。
剣術祭本番で使う闘技場で前夜祭はやるらしく、
普通にやるのでは暗すぎるがこの国の闘技場は天候に左右され無いようにドーム状の屋根が付いている。
そのため、闘技場内では灯りを灯せば昼間ほどの明るさになるため夜でも問題は無いとの事。
前夜祭では出場する生徒と各学園の教員、バルタ王含む各貴族のみが観戦可能なため本番ほどの観客は居ない。
ノースアヌス学園からはシラ先生が出場することになっている。
結局、俺は出ることは出来なさそうだった。
あくまでも前夜祭であり親善試合なため余程の事が無い限りは怪我はしないだろう。
「…」
「緊張しますか?」
「ひゃっ!?」
「あ、驚かせてすみません」
シラ先生がボーッと技巧館内を眺めていたため後ろから近づいて話しかけた。
「い、いえ。気づかずすみません。
緊張…してますね。
いくら観客としての生徒が少ないとは言え、やはりこの前夜祭はその学園の学びの方針となる私みたいな教師が戦うので…責任というか、怖いです。
もし、酷い戦いをしてノースアヌス学園のイメージが酷くなったらどうしようって…思ってしまいます。
それにバルタ王まで来て下さるのですから…」
「大丈夫ですよ。
シラ先生は強いですから。自信を持ってください。」
これはお世辞でもなんでもない。
シラは技術力が飛び抜けている。
背はあまり高くないし筋力も決して多くない。
成人男性と比べたら尚更だ。
しかしその差を感じさせないほどの技術力がある。
どれほどの剣に対する愛と努力を重ねたらここまで上達するのか…。
(うちの 信愛 もシラ先生を見習って欲しいものだ)
マーレンは剣の腕前は残念としか言いようが無い。
マーレンはマーレンなりに死ぬ間際ほどの努力をしていたのは知っている。
だがもう少し剣にも興味を持って欲しいものだ。
「ふふっ、アビス先生とお話したら少し楽になった気がします!」
「それは何よりです。
前夜祭は各学園代表の教師全員と戦うのですか?」
「そうです。今回はサウスアヌス学園、ウェスアヌス学園、イースアヌス学園の順番で私は戦います!」
「総当たり戦なんですね。ラインラット先生とは最後ですか…。」
「そうですね…ラインラット先生も1先生なので本気は出さないと思いたいですが…仮に手加減なく来たとしてもできる限り良い戦いを見せられるように頑張ります!」
「ご無理だけはなさらずに。」
ラインラットという男の性格を考えるあたり、仮とはいえ婚約者であるシラに対して本気を出すとは考えずらい。
試合は真剣で行うらしいが勝負の決着方法は剣術祭とは変わらない。
打撃に関しては規制されていないのが少し心配だが、
ラインラットの教師としての威厳を信じるべきか。
俺はシラに軽く言葉をかけた後、技巧館で手合わせをしているアイネスとマレランに歩み寄る。
この2人はかなり仕上がっている。
4日前と比べてレベルの違うほどの成長。
2人は前、話した時から何か吹っ切れた様子だった。
その時から迷いや抵抗が消え、著しく成長していった。
今なら俺と2対1で戦っても動きを少し追えるくらいにはなっている。
「どうだ?明日に備えて。」
「問題無いです。必ず…勝ってみせます。
この学園のためにも…シラ先生のためにも。」
「そういうのは直接本人に言ったら良いかもな。」
俺はボーッとこちらを眺めているシラの方を向きながら言う。
アイネスはパッと顔が明るくなり、
「シラ先生!!」
と言いながら駆け寄っていく。
「本当にアイネスはシラ先生のことが好きだな。」
「そうだな。だがお前も負けず劣らずに好きだろ?」
「それはもちろん。尊敬していますよ。」
俺はマレランの視線の先を見てフッと笑う。
「そうだったな。お前は…。」
「なんですか?」
「好きなんだろ?アイネスのこと」
「…バレてましたか。結構わかりやすいですか?」
「いや、縁あってそういうの感情が行き交う中で仕事していて慣れているだけだ。
本人はもちろんシラ先生すらも気がついてないと思うぞ。」
「なら良かったです。」
「…想いを伝える気は無いのか?」
「彼女にそんなに感情ありませんからね、」
「はぁ…ガキが何言ってるんだ。子供のうちに想い伝えないでいつ伝えるんだ?
子供のうちは後悔だけはするな。」
「…はい。」
「丁度いいじゃないか。剣術祭、優勝して想いを伝えてみろ。
上手くいくさ」
「まったく…アビス先生には敵いませんよ。」
「よく言われる」
若いうちは後悔ないように生きるべきというのは本当だ。
20代の頃にソフィア女王と出会い、彼女を守ると決めてから死ぬ気で自分を追い込んだ。
後悔はしてからでは遅い。
若いうちなんて特にだ。
体も言うことを聞いてくれるうちに出来ることはしておくべきだ。
夜になった。
あと数十分もしたら前夜祭が始まる。
相変わらずシラは緊張している様子で深呼吸して自分を落ち着かせていた。
「シラ先生!そう緊張せずに。ただの催しですから楽しみましょう」
「そうですよ!私たち!先生のこと応援してますからね!」
「2人とも…ありがとう。頑張るね!」
(そうだ…この子達のためにも、私がしっかりしないと!)
「アビス先生…生徒たちをお願いしますね」
「分かりました。頑張ってください」
シラは諸々の準備のために控え室へと向かう。
「アビス先生…シラ先生大丈夫ですよね?」
「ああ、大丈夫だ。
仮に何かあれば俺が止めに入る。」
「ふふっ、それなら安心ですね!」
「俺達も観客席へと行くぞ。」
生徒と教員では咳が少し離れている。
そのため今回見に来ている生徒5人を指定された席まで案内した後、俺は別の席へと座る必要があった。
生徒は決まった席があるが、教員なら決められたエリア内の席ならどこでも座って良いらしく、適当に見えやすい位置に座ることにした。
すると隣に人が座る。
人物を見ればよく見なれた顔。
「そっちの学園の出場する教員はどうなんだ?」
見知った顔の男はこちらを向くことなくそのようなことを聞いてくる。
「体格差で一般男性と差があるがそれ補えるだけの技術がある。
だが女性な分、筋肉の付き方などが違うからそれがどう影響するかだな。」
「お前にしては高評価だな。優しい人なんだな」
「お前にしてはとはなんだ。…そうだな。優しい人だ」
シラは馬鹿正直なお人好しという言葉が似合う人だ。
大人にしては警戒心が低すぎてこちらが不安になるほどの素直さと優しさ。
俺やナルバン、他の生徒達が座っている観客席は、床に砂がひかれた試合場を見渡せるくらいの高さに位置している。
これでは試合上というより闘牛場に近い感じだ。
ユーランシーとは似ている部分もあれば似ていない部分もある。
「それでは前夜祭を始めさせて頂きたいと思います。
前夜祭、剣術祭で進行、解説を努めさせて頂きます!
ロイと申します」
ロイ。…ロイ?
俺は試合場の中心に立つ人物に目を向ける。
間違いなかった。
俺とナルバンがオロビアヌスまで行く際に馬車を操縦していたロイだ。
「なぜロイが?」
「さあな。だが、馬車の仕事に加えて進行の仕事もか。
かなり稼いでいるんだな。」
この大陸での馬車の操縦者の仕事はそれなりに高給だ。
スクリムシリが影響しているせいかどうかは分からないがそれなりに裕福な暮らしをできるくらいには貰える。
「今回は真剣を使います!
首元か背中に剣を突きつけたら勝利!
剣での意図した殺傷は失格!
だが素手での打撃に関しては規制がかかってない!
ルールはこの程度にしてそれでは早速第1試合を始めさせていただきます!
第1試合!
ノースアヌス学園 対 サウスアヌス学園!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「第1試合!
ノースアヌス学園 対 サウスアヌス学園!」
早速、アビスと俺の学園同士がやるらしい。
正直、俺は勝ち負けはどうでも良い…
「ん?」
「どうした?」
「いや、なんでもない。少し席を外す」
アビスは何かを察したかのように何も言わずに試合場を見る。
オロビアヌスに来てから俺はこの国の隅々まで天恵察知を張り巡らせている。
そして先ほど、異様な天恵を察知した。
直ぐに気配は消えている。
恐らくあちら側もこっちが気づいたことに勘づいている。
場所はこの闘技場内のどこか。
俺は闘技場内を歩きながら怪しい者がいないかを探す。
アビスが着いてこなかったのは賢い選択だ。
アビスは天帝内で顔が割れている可能性があるし、男2人が通りすがった人の顔を睨みつけていたらこちらの方が怪しくなってしまう。
(気配が完全に消えている。
相当な実力者か…天恵操作のみならアレルと同等異常なのは確実。)
俺はどうやっても守恵者の4人には勝つことは出来ない。
だがそれは 意思 ありきの話。
意思 を使わなければスタシア以外には10回やれば5回は勝てる。
それほど 意思 という力は強大だ。
(そのために…俺にはこの剣があるんだろうけどな。)
「ん?」
俺は足を止める。
前方には関係者とは思えない女と男がいた。
女はミリィノほどの身長に黒髪。
男は長身で細身。
頬骨が出ている。
俺は警戒しながらその2人組に話しかける。
「失礼するが、2人は関係者か?そうは見えないが。
今は剣術祭の前夜祭中だ。
ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
俺がそれを伝えると女性の方が不気味に笑みを浮かべる。
「それは失礼しました。前夜祭も観戦可能かと思っていました。」
「間違いなら仕方ない。
出口の場所は分かるか?」
「ええ、分かります」
何だこの不気味な雰囲気は。
なぜだか、目の前に立つだけで後退りしてしまいそうになるほどの圧をこの2人から感じる。
「それでは私達は失礼しますね。
行きますよ。ハインケル」
「はい」
2人組が俺の隣を通り過ぎる…その瞬間、今まで感じてきたどのスクリムシリの天恵よりも禍々しく暗く…そして残酷。
俺は振り返り2人組を見ようとするが既にその姿は消えていた。
俺の全神経が訴えかけていた。
あいつらは危険すぎると。
「まずいな…」
「最後、牽制する必要ありました?」
「やつの実力を測ったまでだ。
あの天恵に耐えられるならば並の兵ではない。
こちらの正体にも気づいている。」
「上手くおびき寄せが成功して良かったですね。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
前夜祭も終盤に近づいて来ているところ。
残りの試合はノースアヌス学園とイースアヌス学園、
ウェスアヌス学園とサウスアヌス学園の2試合。
観客が少ない前夜祭にしては意外と盛り上がっており、試合の内容も見栄えがあって面白い。
「次の試合はノースアヌス学園とイースアヌス学園の試合です!!
ノースアヌス学園からはアイノック・シラ!!
イースアヌス学園からはラインラット・ヴァル!!」
2人は試合場に向き合って立つ。
「あなたが私に勝てるとお思いで?」
「ダサい負け方だけはしないように心がけます」
「面白い」
「それでは!!試合開始!!」
先に攻撃を仕掛けたのはラインラットだった。
まだ手は抜いているとは思うがそこまで早い動きではなかった。
シラは向かってくるラインラットに対して1歩下がった状態でのカウンターを狙っていた。
しかしさすがはこの国随一の剣術者なだけあり、それすらも見透かし1歩下がったシラの後ろに回り込む。
そしてラインラットはシラの首元目掛けて剣を振るう。
ラインラット自身、勝ったと確信した。
しかし、シラはラインラットの剣に反応し剣で防御を取っていた。
そして、シラはすぐさま反撃をする。
(面白いな…)
シラとラインラットの剣の攻防が始まる。
シラは技術面ではラインラットと互角で体格差で押されそうになるがラインラットの剣を素手で受け流す。
アビスが
(そんな技術まであったのか)
と感心するほどで、その一瞬の隙をついてラインラットの首元に剣を振るう。
勝った… そう確信したシラだったがラインラットはの首元すれすれに自身の剣を近づけ、シラの剣を止めていた。
(嘘…剣を構え直す隙すら与えなかったはずなのに)
と動揺するシラに対して
「少し腹が立ちましたよ」
と言いながらシラの腹部に本気の蹴りを入れる。
後方にある壁まで転がりながら吹き飛び、痛みで立ち上がることが出来ないシラ。
「私の妻になる前に軽くその体に叩き込んでおいてあげますか。
私に逆らうとどうなるか」
シラは立ち上がり、剣を構え、振るうがラインラットは容易に避けてシラの頬を裏拳で殴り飛ばす。
「先生!もうやめて!!降参してください!!」
「このままじゃ危険です!!」
ノースアヌスの生徒がそう叫ぶ。
アビスも席を立ち、止めに行こうとするがナルバンがそれを制止する。
「目立つようなことするな。あの2人も教師だ。
互いに弁えているはずだ。」
口から血を流し、フラフラな足取りで立ち上がるシラに対してラインラットは真顔でシラに近づく。
「あなたなんかでは敵いませんよ。未熟すぎる。」
ラインラットは真顔ながらもどこか嘲笑うように言う。
「私が…教師として、まだまだ未熟なのは理解しています。
それでもっ!!明日を不安がっている生徒がいたら、
背中で安心させてあげる!
それが教師という立場だ!!」
「先生…」
シラはラインラットに最後の力を振り絞りながら剣を振りかざす…が、簡単に避けられて腹部を蹴られ地面に倒れる。
「で?そんなんで安心させてあげられました?
妄想も甚だしい。反吐が出る。」
そう言いながらする必要も無いのにラインラットはシラの腹部を思いっきり踏みつけようとする。
しかし、その足はシラに届くことは無かった。
ラインラットの足をアビスが片手で止め、もう片方の腕でシラを抱える。
「アビス先生…すみません。かっこ悪いですよね。」
シラは涙を流し、下唇を噛んで悔しそうな表情を浮かべる。
「いえ、最高の教師だと思います。」
そしてシラは気を失う。
「邪魔しないで貰えますか?アビス先生。」
アビスは救急班にシラを預けたあと、落ちている剣を持ちながら立ち上がる。
「もしかして?ハッハッハッ!あなたが私と??
勝てるとでもおもっているのですか?
先程の試合見てました??この国で私に敵う者なんていないんですよ!!」
大笑いを上げながら叫ぶ。
「さっさとかかってこい。ビビってるのか?」
静かにアビスが言う。
ナルバンはアビスを止めることを諦めていた。
既に自分がどうこうできる段階ではないからだ。
メアリー女王関連でしかあそこまで怒りを顕にすることは今まで無かった。
ナルバンはラインラットに同情心まで感じていた。
進行が動揺しながらも改めて アビス 対 ラインラット の試合開始を合図する。
誰もアビスが勝てるなど思っていなかった。
アイネスやマレランですら心配が勝っていた。
だが、その心配も開始から1秒と経たずに無になる。
合図とともにラインラットは壁まで吹き飛び血を吐き出す。
(!?!?何が起こった??動けない…全身に、激痛が…
くそっ!)
ラインラットが顔を上げるとアビスが真顔ながらも怒りを漂わせながら近づいてきていた。
(早く、体勢をっ…)
ラインラットは立ち上がろうとするが体が言うことを聞かず、膝を着く。
そして、アビスが膝を着くラインラットの前に立ち冷たい目で見下ろす。
ラインラットは目の前の規格外な存在を改めて理解し、汗が止まらず、震え始め、目の前にいる人物を見ることすら出来なかった。
「3回」
「…え?、」
「シラ先生にお前が本気で殴る蹴るをした回数。
あと2回…死なずに耐えろよ?」
アビスはラインラットの髪を鷲掴みにし、持ち上げる。
「ゆ、許して…」
口が震えて上手く言葉が発せず、捻り出したセリフがそれだった。
そんな言葉を聞かずに、アビスはラインラットの腹部に拳を食い込ませる。
ラインラットは白目を向き、その場で倒れて動かなくなる。
「人は気を失ってからでも数十秒なら言葉を認識できる。
よく聞いておけ。シラ先生とお前の婚約は破棄だ。
お前の都合などどうでも良い。拒否するならば今日以上の苦しみを与える。」
アビスは観客席にも聞こえる声で言う。
ただでさえ、アビスが一方的にラインラットをボコボコにして静まり返る闘技場内でその声が響く。
「アビス先生…っ!ありがとう…ございますっ…」
アイネスは涙を浮かべて両手を口で押えて言う。
前夜祭が終わる頃には日付が変わっている時間帯だった。
俺は少しやりすぎたかと感じながらも後悔は一切無かった。
闘技場を出るとアイネスとマレラン、そしてアイネスに支えてもらいながらシラが立っていた。
「アビス先生…」
「申し訳ありません。せっかくの前夜祭をめちゃくちゃにしてしまって。」
俺は頭を下げる。
「アビス先生…ありがとうございます。
お話は2人から聞きました。どう感謝をしたら良いか…」
俺は少し頬が緩む。
「シラ先生が頑張ったんだ。明日はお前たちの番だ。
期待してるぞ」
「「はいっ!」」
2人の顔が格段に明るくなっている。
本当にシラよことが大好きなのだと分かる。
3人は笑顔で帰っていく。
その3人の背中を眺めていたらナルバンが話しかけてくる。
「アビス…怪しい者を2人見つけた。」
「…行方は?」
「見失った。ミリィノほどの身長の女性に長身で細身の男。
気配がまるで感じず、女の方は天恵で体が構成されている可能性が高い。」
「擬態…している可能性があるのか」
「空虚の特徴とは一致しないが、姿を変えられるならば話は別だ。」
「ああ、警戒を高めておく必要があるな。」




