43話 「甘酸っさ」
「ふふっ、寝顔は結構可愛いんですね」
暖かい…懐かしさを感じる。
ずっとこの幸せが続けばいいのにって何回も思っていた。
綺麗な声…その声だけで優しさが伝わってくる。
俺はこの人に本気で惚れてしまっていたのだと本気で思う。
何となく分かっている。
これが夢であり、この声の主は生涯に唯一恋心を抱いたソフィア女王だということを。
彼女が病に罹った際、俺は死ぬ気で治療法を見つけようとしていた。
ソフィア女王は俺と違って天恵を使うことが出来る。
だから、天恵を使えば治るんじゃないかと思っていた…だが、不明だったその病が天恵が影響していることを知った。
天恵は生命力であり、上限が決まっているもの。
だがその生命力の上限が、ある特定の条件を満たすと
増加してしまう。
その特定の条件というのが、身近に天恵を日頃から大量に使う者がいるというもの。
実際、過去に何度か生命力の上限が増加した例はあった。
その過去の例ではソフィア女王のような病になることなく生涯を全うしていたと記されていた。
だからさほど問題は無いはずだった。
だが、身体が元々弱かったソフィア女王はそれに耐えうる力を持っていなかった。
毎日、毎日、増えていく天恵に身体が耐えきれなくなり、どんどんと身体が言うことを聞かなくなり最終的に下半身は全く動かなくなってしまった。
このまま治らなければ心臓がその天恵の量に耐えきれずに圧迫されて止まってしまう と医者に言われた。
何も出来ない自分の無力感が日々増えていくだけ。
そして…ソフィアは死んだ。
俺の傍で…優しい顔をしながら目を閉じて。
全てがどうでも良くなった…生きがいだったソフィアが居なくなり、ソフィアを守るために使ってきたこの力を使う理由が無くなった。
そして、ソフィアの追悼式の日…涙が出なかった。
受け入れ難いその事実にただ呆然と立ち尽くしていた。
そんな俺の手を小さな手がギュッと握る。
隣を見るとメアリーが涙を流しながらも強く真っ直ぐとした目をしていた。
まるで母親のような美しい横顔。
メアリーは前を向いている。
なのに父親の俺が前を向かないでどうするんだ と。
その時に決心した。
この子を死んでも守ろうと。
約束したから…ソフィアと。
必ずこの子を幸せにしてあげると。
目を覚ますと若い女性が顔を覗き込ませていた。
「アビス先生〜?まさか泊まったんですか?」
俺は教職室の自席で夜を明かしていた。
そのせいか首が少し痛かった。
「すみません…どうしても終わらせたいものがあったもので。」
シラが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「そうなんですか…。もう少し自身の身体を大切にしてくださいね」
「いえ、これも生徒たちのためなので。
あの子達がより成長できる可能性があるなら俺の身体なんてどうなろうと良いです」
「そ、そうなんですか…//」
シラの顔が少し赤くなっていた。
俺よりも体調の悪そうな顔をしているか大丈夫なのだろうか。
「1限目の準備をしてきますね。では。」
ユーランシーのハードな仕事量に比べたらまだまだこのくらいなら余裕だ。
だが、慣れない地で働くというのがある意味疲れる。
オロビアヌスはユーランシーよりも所々で発展していて慣れるのにも時間がかかりそうだ。
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(アビス先生…疲れた顔してた、
本来の私の仕事を請け負って貰ったせいだよね…。
それに…不覚にもさっきドキってしちゃったし。)
私は子供が大好きだ。
純粋で真っ直ぐに物事を取り組む姿を見ているとそれだけで幸せが満たされていく。
そんな子供のために大人は尽くすのは当然のことだと思っていた。
けど私がこの学園に初めて来た時、私が生徒のために本気でやっているのに対してほかの先生は流れ作業のように、どうでもいいという態度で仕事をしているのを見て私がおかしいのかと疑問に感じてしまった。
そんな態度を見て、私は我慢できずに言ってしまった。
「もっとあの子たちのために本気になってください!」
と。
冷たい目を向けられながらも作られた笑顔で まぁまぁ などとなだめられた。
私の好きなものを否定された気分になった。
そこから私は他の先生と一線を引かれていた。
それでも私は気にしなかった。
生徒のためなら嫌われたって良い…あの子達が成長して立派になれるのなら私のプライドなんて無くなっても良かった。
けど、こんなに頑張っても私には不幸しか来なかった。
「アイノック・シラ先生ですね?
初めまして、私はラインラットと申します。
つきましては早速で申し訳ないですが、貴女には私と結婚してもらいますので」
「え?」
「拒否権は無いのでお願いしますね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
こんな理不尽なことあって良いのだろうか。
どうして今まで頑張って、生徒のことを1番に考えてきたのになんで報われないんだろう。
「待つも何も、拒否権はないですから」
「困ります!両親がなんて言うか…」
「その両親から同意を貰っているんですよ」
「え…そんな…」
ラインラット先生は立場、容姿、権威、どこをとってもこの国でトップレベルだ。
そんな優良物件に婚約を申し込まれて断る人なんていないだろう。
両親もそのせいで快く受け入れた。
「今度、私の両親にも挨拶に来てもらいますので。
日程は後ほど」
「待ってください!」
私は何も言えずにただ受け入れるしか無いと思ったら後ろから聞き馴染みのある…私の大好きな子達の声が聞こえた。
「アイネスさん…」
「こんなのは不当です!
本人の意思に関わらずに無理やり婚姻を結ぶなんて最低です」
「そうです。シラ先生は俺たちのためにずっと頑張ってきました。
だから少しでも幸せになって欲しい」
「マレランさん…」
「ほう?私では幸せに出来ないと?」
「少なくとも無理です。
婚姻を勝手に進めてシラ先生の気持ちも聞かずに強制するような人では無理です」
「悪いがお前たちのような落ちこぼれのガキが踏み入って良い問題ではない」
「嫌です」
「はい?」
「結婚はしません」
「何回言ったら分かるんだ?拒否権は無いと…」
「だとしても!うちの生徒を悪くいう人とは結婚なんてしたくありません!」
「…はぁ。ならば剣術祭で決めましょうか。
我々の学園があなた達の学園に勝利したら婚約決定。
負けたら婚約は破棄ということにしましょうか。」
「そ、そんなの!」
「おや?もしかして生徒のことを信じてあげられないんですか?」
「そんなことは…」
「なら決まりですね。楽しみにしていますよ。
せいぜい頑張ってくださいね」
「2人とも…ごめんなさい。
変なことに巻き込ませちゃって。
2人は気にせず剣術祭楽しめば良いからね!」
私自身だって分かっている。
イースアヌス学園にノースアヌス学園が勝て不可能性が低いことなんて…。
でも、教員である私が生徒を信じないで誰が信じてあげるんだ。
でも、私は教員としての才能が無いんだとつくづく感じた。
私の教えでは限界があった。
もう諦めようかなとも思った。
でも、そんな時にアビス先生が来てくれた。
初めて見た時からこの人の実力の底が見えなかった。
いや、見せないようにしている の方が正しいのだと思う。
この人はレベルが違うのだと直感した。
そしてアビス先生は言った。
生徒のためなら自分の身体なんてどうなろうといい と。
初めてそんなことを言ってくれる方と出会った。
嬉しかった。
「シラ先生?お顔が赤いよ?」
「セラ先生。そうですか?」
セラ先生。
私が唯一仲良くしている先生だった。
「アビス先生と何かあったの?」
「何かってほどじゃ無いんですけど…、
アビス先生って何歳くらいなんだろう…?」
「えー、難しいね。
若く見えるけど意外と50行っていたりして」
「意外とそれくらいかもしれないです。
子持ちと言っていたので」
「そうなんだ。どうして?」
「どうして?とは?」
「どうして気になったの?」
「あ、いえ、どのくらいなんだろうなぁって。」
「ふーん。私は歳の差空いてても好きなら良いと思うよ?」
「え…そ、そんなんじゃないですよ!」
「またまた〜!応援してるよ!」
「うぅっ…」
本当にそんなんじゃ…無いはずなのに。
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スクリムシリ 破 が2体…
でも知能は無い。
ユーランシーにはディシとミリィノがいるはずなのになぜか退屈だと感じてしまう。
もちろん2人と話している時は楽しいし好きだけど。
ならばこの満足出来ない感じはどこからなのだろうか。
スタシアは目の前のスクリムシリ2体を 信愛 の力を使って地面に押し潰しながら満たされない満足感の理由を考えていた。
(なんか…今日も手応えのない任務だったなぁ。
前に会ったパロスという男くらいの実力者ならばもう少し楽しめるんだけどなぁ)
いつもより少し力を入れたらすぐに2体とも死んでしまった。
私は私自身で理解している。
戦うことが大好きなのだと。
(まさか、この満足出来ない感じはスクリムシリが弱すぎるから?
…さすがにそこまで戦闘狂じゃない…と思いたいけど)
当然、スクリムシリには容赦なんてしていないしどんな強さが出てきても手は抜かない。
でも、本気も出せなかった。
普段から本気を出すことが無いから癖になっているのか…それとも出すことが出来ないのか…なんて分からない。
もしかしたら別の何か理由があるのかもしない。
私はそれを追求しようとも別に思わないしどうでもよかった。
ただ私を戦い面で楽しませてくれる者がいて欲しかった。
ディシやミリィノ、アレルと手合わせしてもそれは満たされないし、なんなら怪我させないようにと気を使ってしまう。
アビス師匠だってその気になれば殺すことは可能だ。
…嘘、あの人は少し厳しいかもしれない。
(あの人のネジの飛び具合は私の想像を簡単に超えてくるからなぁ。)
1度、アビス師匠と敵同士で本気で殺し合ってみたいと考えたことはあるが、恐らく致命傷を与えられはするけど私が負けるだろう。
ユーランシー内に戻ると多くの民から笑顔で声をかけられる。
なぜか子供に沢山声をかけられる。
遊ぼー とか おんぶー とか。
自慢ではないが3歳までならギリおんぶできる。
それ以降は筋力が足りなさ過ぎておんぶ出来ない。
メアリー女王に今回の任務を報告した。
「お疲れ様です。破 が2体ですか。
危ない任務に行かせてしまってすみません。」
メアリー女王は申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「いえ、この程度ならば全然問題ないです!
メアリー女王のお助けになるならば嬉しいです!」
「スタシアさん…」
報告を終えて、守恵者の皆でよく行く飲み屋に1人で足を運ぶ。
「お、スタシアちゃん!今日は珍しく1人なんだな」
店主のガタイの良い男性が明るく話しかけてくれる。
「そうなの〜!ミリィノちゃんもディシくんも任務でいなくてさ!
最近忙しいらしくて会う頻度も下がってさ」
「それは残念だな。いつもので良いか?」
「うん!いつもの!」
私はいつもここでお酒を飲む時は果実ミックスカクテルを最初に飲む。
このお酒を飲むと良い感じに酔えるからだ。
私はカウンター席に座り横髪を止めるために付けている髪留めを取り、髪をゴムで後ろにひとつの束でまとめる。
「はぁ〜」
「どうしたんだ?いつも以上にお疲れじゃないか」
「最近さ〜よりいっそう忙しくてさ。
アビス師匠とナルバン団長が長期任務で居ないからその分の仕事がこっちに回ってきてね。
大変だよ〜」
「そりゃお疲れ様だな。
俺だってこう見えてスタシアちゃんには感謝してるんだぜ。
敬語使った方がいいかな?」
「マスターはマスターのまま接してくれていいよ。
民の皆は私を凄い人って感じでよそよそしく接してくれるけどマスターみたいな接し方の方が私は楽だし」
「ハッハッハッ!俺は性格が大雑把なだけだよ!」
事実そうだったりする。
変にかしこまられると逆にこちらも気を使って疲れてしまうから敬語なんて使わずに気さくに話しかけて欲しい。
「ま、何か相談したいことがあったら俺でよければ聞くぜ。
一応スタシアちゃんの倍以上の年齢だしな」
「ありがと〜。でも特に今は無いんだよね〜」
嘘。
だけどこんな相談出来るわけない。
任務の際にもっと強いスクリムシリと戦いたいなんて。
死を実感させるくらいのギリギリの戦いをしてみたいなんて相談出来るわけない。
この国の皆はスクリムシリに年中怯え、大切な人を奪われた人達だ。
そんな人達の前でこんなことを言うほどデリカシーが無い訳では無い。
「ほんとか〜?ディシ様との関係が進まないとかで悩んでるんじゃないのか?」
「そ、そんな事…あるけども!!」
「あるんかいな」
「だってディシくん!こっちがすごい頑張ってアピールしても全く気がついてくれないんだよ?
酷いと思わない?」
「そうだなぁ、ディシ様は鈍感だなぁ」
「そうなの!マスターからも何か言ってあげてよ!もう!」
「俺から言ったらスタシアちゃん的に良くないんじゃないか?」
「良いの!もう…ディシくんのばか」
「誰がバカだって?」
私は瞬間的に振り向くとディシとアンレグが立っていた。
「スタシア様、ご無沙汰しております」
「あ、あぁ、うん。久しぶり…ところでなんでここに?」
「任務終わりで少し疲れたからアンレグに飲みに付き合ってもらおうと思ってたんだよ。
そしたらバカとか聞こえてきたけど?」
「うっ、き、気のせいじゃないかな?」
「ったく…愚痴こぼすのはいいけどマスターに迷惑かけるなよ」
「だって…ディシくんが…」
「俺がなんだ?」
ディシは私の隣のカウンター席に座り、その隣にアンレグも座る。
アンレグは店主に何かを言っている。
恐らく自分とディシの分のお酒を頼んでいるのだろう。
「というか、珍しいね。アンレグちゃんと飲むなんて」
「あぁ、たまには別の人と飲むのも良いかなって思ってな。」
アンレグがどことなく嬉しそうな顔をしている。
ちょっとムカつく…。
「さっき帰ってきたばかりなら少しホールディングスで待っておけばよかった」
「いや、だからいつもと違う人とって」
「せっかくだし一緒に飲も!良いよね?アンレグちゃん?」
ここは自分の権力を行使させてもらおう。
ディシと2人きりで飲むなんてそんなの羨ましすぎるからさせない。
「も、もちろんです!」
「悪いな…アンレグ」
「お気になさらずに」
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「そちらはどうだ?キャス」
「どうだ?とは?」
「学園の方だ。お前も剣術指南なんだろ?」
ナルバンとアビスは2人で飲みに来ていた。
まだ滞在3日目だが互いの担当する学園の近況を報告しあっていた。
「まぁ、ほどほどだな。
ユーランシーほどの頑丈さが無い分どの程度のトレーニングが良いのかの加減が難しいがな。」
「それは同意見だな。
まぁ、こちらには色々と問題があるが…」
「軽く耳にはしたぞ。
イースアヌス学園と少々揉めたんだってな。」
「揉めた…とは少し違うが、少々俺も気合いを入れようと思うくらいには今回の件は見逃せない」
「それほどか。ラインラットとか言ったか?
この国で最も剣の腕が立つという。
実際に見たんだろ?どうだった?」
ナルバンはさほど興味が無さそうにしながらツマミの肉を口の中に入れ、聞いてくる。
「大したことは無い。
ユーランシーなら低階級くらいでなら務まるくらいの実力だ。」
「そうか。前夜祭はどうするんだ?」
本当に興味がなかったのだろうな。
適当な相槌をして直ぐに別の話題になる。
まあ、他国の最高戦力だがなんだか知らないが大したことないのは事実だ。
興味なんて出るわけ無い。
「前夜祭か…。訳あって出るかもしれないし出れないかもしれないな。
お前は?」
「俺は出ない。アビス、忘れている訳では無いだろうが念の為言っておくぞ。
俺たちはあくまでもこの国を天帝から守るという前提で指導者をしている。
余計な私情で油断するようなことはするな」
「分かっている。
この国全てに気を巡らせて怪しい奴がいないかどうかを監視している。
それはお前もそうだろう」
「ならいい。」
私情…か。これは私情なのかどうかよく分からないな。
グラスに残った少量の酒を飲み干しながらそんなことを思う。
読んで頂きありがとうござます!




