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天使とサイナス  作者: 七数
3章 【予】
46/58

41話 「信念と因縁」

(来週までの剣術祭でどこまでこの生徒達を育てられるか…。)


元々滞在が3日程だったナルバンも1週間ほどだった俺も滞在期間が伸びて3週間の滞在になった。

今回のオロビアヌスの件に 空虚の意思者 が関与していることとその影響で滞在期間を少し伸ばすことをメアリー女王宛に手紙を送った。

空虚の意思 が実際にオロビアヌスを攻めてくるかどうかは分からないが長く滞在していて損は無い。


(それはそうとして…)


アビスは自室の机で頭を抱えていた。

理由は2つ。

1つはメアリー女王に会えないということ。

こう見えても親バカなためメアリー女王が心配でならない。

このような長期任務の時の1番の懸念点が貴族の連中からの婚約の申し出だ。

いつもはアビスが辛辣なコメントと共に断っていたがアビスがいないのを良いことにメアリー女王に押し寄せるゴミがいるかもしれないというのがアビスの心配している事だった。


(アンジとカウセルが何とかしてくれることを信じよう…)


そしてもう1つの理由が剣術祭。

出場選手は各学園の優秀な生徒5名。

名の通り剣を使っての対決。

2つの方法での大会進行となる、

1つが個人戦。

これは同じ学園関係なくトーナメント方式の1対1で戦っていき、優勝すれば4つの学園の頂点に立てるということだった。

もう1つは各学園のチーム戦。

総当り戦であり1対1で負けたら次の選手に交代、勝ったらそのままの勝ち残り団体戦。

ルールとしてその学園内で弱い順に1番目、2番目…としなければいけない。

1番目にその学園で1番強い者が配置されたら相手の1〜4がボコボコにされる可能性があるからだ。

その他のルールとしては個人戦も団体戦も真剣で行い、基本的には首か背中に剣を寸止めする事が出来たら勝利。

剣で切る事は許されないがその他の暴行は可能であり、

剣に関しても意図せず傷つけたと判断された場合は厳重注意で済むそうだ。


(こう見ると思ったよりしっかりはしているか。)


ユーランシーでは剣術祭などは無かった。

天恵がある分そこでの優劣になってしまう可能性が高く、

剣どうこうではなくなるからだ。

前に騎士団内でそのような行事を開いた際に天恵無し普通の剣のみという縛りがあったためミリィノが無双した。

ドレイとアンジは良い勝負をしたがさすがに専売特許なだけあってミリィノが優勢だった。


(そもそも守恵者をそういう行事に混ぜるものでは無いのだが…)


あれ以降、そのような行事は開かれなくなった。


アビスはずっとどのような指導するかで頭を悩ませている。

ユーランシーとオロビアヌスでは本質的なところが違うため、ユーランシーでやっていることをやらせたら多分過労死する。


「…東地か。」


シラが言うには東地は強敵だとか。

話を聞く限りだと容赦がなく冷酷的。

教師同士が戦う前夜祭でも東地の ラインラット・ヴァル という騎士団を追放された教師が中々に容赦がないとも聞く。

今回の前夜祭はシラが出場すると聞いたが果たして無事でいてくれるだろうか。

南地の方はナルバンが出ることは無いため問題は無いと思うが。

西地に関しては何も知らない。

だが、北地や南地よりかは強いらしいためそれなりに警戒もしておくべきだ。

アイネスとマレランと手合わせしてみて思ったがまだまだ強いとは言えない。

確かに一般人からしたら良い動きに見えるかもしれないが実際のところは動きに迷いが見える。


(恐らく、俺の役目はこの迷いを払拭すること。

それだけで爆発的な成長をできるだろうな。)


時間になり、俺は貸家を出て学園へと向かう。




まだ滞在して2日目。

昨日は全員の全体的な実力を見て見たが、実力のある生徒5人は何となく分かった。

そのうち2人の課題は既に見つかっている。

残り3人は体力だったり技術力だったりが多少足りないと言った基本的なところ。

そこはどうにかなるだろう。


アビスは教職室でシラの隣の席に座る。

昨日の夜にまとめあげた出場する予定の生徒の課題をまとめた紙を開く。


「それはなんですか?」


隣で講義の準備をしていたシラが話しかけてくる。

今日は昨日と違ってハーフアップ?という髪のスタイルだった。

確かに今日から俺が剣術指南をするためあまり動きやすい格好などを気にする必要が無くなったのか。

シラの担当は剣術と心理学。

必修では無いらしくそこまで詰め詰めの講義数ではないらしい。


「これはアイネス、マレラン、ケイン、イリア、ネイサの現段階の課題をまとめた物です。

どのような指導するかはその場で見てするのではなくまずは明確に書き出してそこから対策を練るというのが1番良いんです」


「なるほど…勉強になります!今日は2限からでしたよね?

みんなをお願いしますね」


「もちろんです。出場しない生徒にも等しく指導しますよ。

厳しすぎて逃げ出さないといいですけど」


「ふふっ、大丈夫です!うちの生徒は根気強い子が多いので!」


「それは良かったです」


「私は1限に講義があるので失礼しますね」


「はい、頑張ってください」


シラが教職室を出ると俺は天井を見上げながら溜息をつく。


(疲れる…。他国だと常に礼儀良くしなければいけないのが疲れるな。)


ユーランシーではアビスはメアリー女王の次に偉い存在だ。

それはメアリー女王の父親だからという訳ではなく、

騎士団の最高指導者としての実績、その優秀な頭脳によるメアリー女王の他国との関係のアシスト。

その仕事ぶりからユーランシーの民はアビスに頭が上がらない。



どのようなトレーニングをするかを考えていたらあっという間に1限が終わっていた。

俺は技巧館に向かう。

この技巧館はユーランシーとは名前が違うだけで室内の練習場のような場所だ。

昨日、俺がアイネスとマレランと手合わせした場所。


俺が技巧館に入ると既に整列した状態だった。

相変わらず早いしメリハリがあって良い生徒達だと感心してしまう。


「待たせたな。挨拶を」


「気をつけ!」


マレランが挨拶をすると同時に他の生徒も挨拶をする。


「今日から本格的に俺の指導の元動いてもらう。

お前達の目標を再確認したい。

マレラン、お前たちの…お前の目標はなんだ?」


「東地の生徒達に勝って、剣術祭で優勝することです」


「そうか。アイネス、お前は?」


「自分の実力を最大限出し切って戦いきることです」


「分かった。

俺はシラ先生のように甘くはない。

途中で抜け出してくれても構わない。それで単位を落とすなどということはしない。

だが、たかが俺の指導1つやりきれないお前たちに価値は無い。

言っておくが、俺は遠慮を知らない。」


生徒全員に緊張が走る。

良い緊張感だった。この緊張感が成長の促進剤となるのは長年の経験から知っていた。


「それでは始める。」



俺の指導はシンプル。

3つのグループに分けた。

アイネスとマレランを除く出場予定生徒のケイン、イリア、ネイサの3人を軸とした3グループ。


ケイングループは主に体力的トレーニング。

足腰の踏ん張りの持続力に欠けるため、範囲を決め、その範囲内での動き回りながらの生徒同士の手合わせ。

勝負が着いても間髪入れずにすぐに再開。

これを最低でも15セットを3回行う。


イリアグループは視野の広さ。

視野の広さは1対1の際でも重要になってくるものだ。

相手の足の踏み込み、重心、剣の振る角度。

これらから相手の行動を先読みするというのが重要になってくる。

視野というのは慣れだ。

だからイリアグループ内でも3人1組を作り、2対1を行わせる。

2人の方は手首と足首に重りをつけ、1人の方は何もつけない。

重りを2人の方につけることによって人数差のアドバンテージを埋め、1人の方は人数不利から両者の動きを正確に読み取る必要があるため視野が広がる。

これを回していく。


ネイサグループは技術力。

これは俺がアイネスとマレランと同時進行で付きっきりで見ることにした。

技術力に関してはこの3つのグループの中なら最も対処が簡単であり、明確に課題が分かる。

そこまで手間では無い。


そして特別枠グループとしてアイネスとマレラン。

この2人は技術力と体力、視野の広さに関しては申し分ない。

しかし、何かしらの精神的な迷いが感じられた、

それが何なのかはまだ分からないがこれを克服しないことには剣術祭で勝つことは不可能だろう。


「アイネスとマレランに先程聞いた目標…あれは本心ではないだろ。」


マレランとアイネスは驚いた顔をする。

だが、その後に何も言い返せないような顔をする。


「どうして…そう思われるのですか?」


「何年指導者やってると思ってる。

そんなものを見破るなど難しいことでは無い。

昨日、2人と手合わせをして思ったのはお前達2人には迷いが感じられた。

もっと詳しく言うならばマレランは恐怖と自信の無さ。

アイネスは抵抗と力み。」


マレランは ハハ と乾いた笑いをしながら落ち込んだ顔をする。


「アビス先生はなんでもお見通しなんですね。

そうです、怖いんです。俺は。

剣を握るのが怖くて、人を傷つけてしまうのでは無いか思うと足がすくんで、そんな自分に嫌気がさして、そしたら自信も無くなっていって…。

でも、自分でも原因が分からないんです。

去年の剣術祭以降からずっとこの調子で。」


(原因が分からない…剣を握るのが怖い…去年の剣術祭以降…)


「アイネスは?」


「私は、あまりアビス先生が指摘したことに心当たりは無いです…。

剣を握った時は常に自分の最大限を出せるようにしていますし。」


(こちらは自覚無し…か。これは苦労しそうだな。)




どうしようかと考えていると、技巧館のドアが勢いよく開きそこにはシラが息を切らしながら立っていた。


「アビス先生!東地の生徒の方々が!」




「これはこれは初めまして、アビス・コーエン先生。

噂は聞いておりますよ。

優秀な教員がこの学園に入ったと聞きました。」


「…?」


「おっと、失礼致しました。

私はラインラット・ヴァル。イースアヌス学園の剣術指導者をしている者です。」


目の前のニヤリと笑う男に気色悪さを感じる。

こいつが噂の加減を知らないキチガイか。

俺は軽くラインラットの全身を見る。

確かに筋肉量はこの国で見た中ではトップレベル。

重心や視線にも一切の隙も無い。

悪くは無い。

うちの国なら低階級くらいになら務まるくらいだろうか。


「本日はどのようなご用件で?」


「いえいえ、大した用ではありませんよ。

ただ、せっかく剣術祭があるということなので親善試合も兼ねて木刀での1対1をしてみてはどうかなと思いましてね」


「ラインラット先生…そういうのは少し…」


「おや、シラ先生は他学園との交流を疎かにするのですか?」


「そういう訳ではなく…」


(実際に見ると結構イラつく性格をしている。

いや、噂通りと言うべきだろうか。)


「お前達はどうしたい?」


俺はマレラン達の方を向き、どうしたいのかを聞く。


するとラインラットの後ろからイースアヌス学園の1人の生徒が声を上げる。


「久しぶりだなマレラン」


単発でガタイがよく、本当に生徒か?と思うほど貫禄のある顔。

悪く言えば老け顔、良く言えば男らしい顔。


「ジャックス…」


「せっかくだから親善試合しようぜ。

まさか、断るわけねぇよな?

たかがこの学園で1番の実力者のお前が、この国の学園で1番の実力者の俺の誘いを。」


見た目通り、中々に気の強いやつだ。


「…分かった。俺は…親善試合を受けます…」


あまり乗り気ではなさそうなのは一目瞭然だ。

ならばここは指導者として俺から断るのが最善だろう。


「申し訳ないが…」


「おっとアビス先生。生徒同士の決め事に我々教師が口を出すのは良くないですよ」



ラインラットはニヤニヤと不適に笑いながらアビスの肩を掴む。

その力は普通の人ならば肩が折れる程の強さだった。


「そうですね。ですが剣術祭前なため、怪我しそうになった場合は即座に止めに入ります。

基本的に剣術祭同様に寸止めで行うように。」


「良いでしょう。確かに剣術祭前に怪我してしまっては本番で楽しみが減ってしまいますからね」




互いに親善試合の準備をする。

今回の親善試合は1対1を2回。

それぞれの学園の1番手と2番手同士の戦闘。

本番同様で首か背中に木刀を寸止めさせた方の勝利。

本番と違うところがあるとするならば殴る蹴るなどは今回は無し。

怪我などの危険があった場合はすぐに俺がラインラットが止める。

これが最大限の譲歩だろう。


最初はアイネスとアンナというイースアヌス学園内で2番目の実力者の女生徒。


「相手の動きをよく観察し、冷静にいけ。

お前はマレランより器用だ。その器用さを活かしていけ。」


「はい」


アイネスとアンナは向き合い木刀を構える。


「アイネスさんですよね。

あまり気は向きませんが、よろしくお願いします」


「はい、お願いします。」


ラインラットが両者の中心から少しズレたところに立ち、

腕を上げる。


「それでは…始めっ!」


この掛け声とともにラインラットが腕を振り下げると

アイネスとアンナは強く踏み込み互いの剣をぶつけ合う。

力はややアイネスが優勢。

しかし、力で優勢でもアイネスが押され気味だった。


(アンナと言ったか…技術力が突出しているな。

アイネスの一撃一撃は重く受けるには相当な集中力を使う。

だが、それを感じさせないほど容易く受け流している。

なんなら押している。)


アイネスはいつの間にか防戦一方になっていた。

アンナは的確にアイネスの隙のある場所に剣を振るっており、それを受けるのにアイネスは必死だった。

そして、勝負はすぐに決まった。

アンナはアイネスが体勢を崩したところで剣を思いっきり叩く。

アイネスの手から剣が離れて地面に落ち、丸腰になる。

アンナは一気に距離を詰めてアイネスの首に木刀を寸止めする。


「勝負ありっ!勝者 ルーラン・アンナ!」




「はぁ、はぁ、はぁ、」


「大丈夫か?」


「ありがとうございます…」


俺はアイネスに飲み物とタオルを渡す。

一方的…という言葉が正しいだろう。

技術力では決して負けている訳ではなかった。

だが、アイネスにはやはり抵抗感が感じられた、


「親善試合なんてこんなものだ。

気にする必要は無い。

本番の緊張感などが人を強くすることもある。」


「…すみません」


悔しいだろうな。

同い歳くらいの同じ性別の者に負ける。

言い訳のしようがない程の完敗。

この負けはアイネスを強くする。

そのために俺がいる。


「マレラン、無理はするな。」


「分かってます。ジャックスの今の実力を測れれば今は良いです」


俺が言おうと思っていた事を既に理解していたか。

あとは怪我が無いように願うだけだな。



マレランとジャックスは木刀を持ち互いに構える。


「親善試合だからと言って手加減はしない。

去年のようにまたボコボコにしてやるよ」


「…」


「親善試合、第2試合。

マレランとジャックスの試合を始める。

始めっ!」


ラインラットが合図をするが2人は動かない。


互いの出方を伺っているのだろう。

先に動き始めたのはジャックスだった。


(なるほどな…速さだけならユーランシーで中階級レベル)


その速さにマレランは反応しきれずに体制を崩しながら剣で受け、離さなかったもののジャックスの剣の威力で胴体が隙だらけになってしまった。

ジャックスは木刀をマレランの脇腹に向けて振りつける。


「チッ…」


俺は即座に動きだし、マレランとジャックスの間に入り、ジャックスの剣を素手で掴む。


「ここまでだ。」


「なんだあんた」


「ノースアヌス学園の新しい指導者だ。」


「アビス先生、なぜ邪魔をしたのですか?」


「まさか気づかなかったとは言わせませんよ。

この生徒はマレランに本気で木刀を振るっていた。

寸止めすること無く。

当たれば間違いなく脇腹は折れ、剣術祭には出られなかった。

当然、口約束のルールなため音沙汰なし。」


技巧館に沈黙が走る。


「なんだよ、面白くねーな。」


ジャックスは舌打ちをしながらこちらに背を向けて、ラインラットの方へと歩いていく。


「マレラン!」


アイネスは尻もちを着くマレランに駆け寄り、心配そうに話しかける。

マレランは下唇を噛み、悔しそうにしていた。

当然だろうな。

因縁の相手に何もさせて貰えないまま負けて、挙句の果てにあまり好きでないであろう俺に助けられたのだから。


「親善試合はこれで終わりです。

お引取りを願います」


俺はラインラットにそう言いながらマレランの様態を見る。

怪我はどこもなく、問題は無さそうだった。


「まぁ、今日はこのくらいで良いでしょう。

本番を楽しみにしていますよ。」


イースアヌス学園の者たちは技巧館を出ていく。

本当に何が目的だったのか…。





「どうだった?ジャックス」


「余裕です。去年よりも相手になりませんね。」


「本番は手加減する必要は無い。」


「分かってます。」


(あのアビスという男。木刀とはいえ俺の振りを素手で、しかも全く動かなかった。面白い…)


「前夜祭ではアビス先生と戦うのですか?」


「どうだかな。もしかしたら…な。」


ラインラットはニヤけながらそう答える。

読んで頂きありがとうございます!

体調的面で少し投稿が遅れてしまいました。

すみません

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