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天使とサイナス  作者: 七数
3章 【予】
45/58

40話 「剣術祭」

オロビアヌス滞在二日目…なかなかに良い宿であり、

アビスは気持ち良い目覚めをした。

バルタ邸の前にあるだけあってそれなりに良い宿であり、アビスは外に出て改めてその通り沿いの建物を見るとお洒落で豪華だった。


(くそっ…苛立ちが収まらん…)


昨日のカエリオンと接触者の会話が記された手紙を思い出しただけで煮えたぎるような怒りが出てくる。

しかし、そのうちに冷静にならなければならない。

任務のためでは無く…その接触者の特徴が

空虚の意思者 と一致していた。

そのせいでナルバンは気の毒なことに滞在期間を延ばすことになった。

もし 空虚の意思者 がこの街に潜んでおり、暴れようものならオロビアヌスが滅ぶのに半日もかからない程だった。


(そのために、俺がいるんだろうけどな。

死ぬ気で戦って相打ちか退かせられるか…。)


アビスはディシ達と同じ守恵者制服を着て、ある場所に向かっていた。

昨日、バルタ王から与えられた仕事…各方角の地にある学園の一つに指導者として剣術や武術を教えてやって欲しいというもの。

アビスはこのまま北地のノースアヌス学園へと今日から指導者として参加する。

恐らく、ナルバンもこことは反対方向の南地のサウスアヌス学園で剣術を指導するだろうな。

西地と東地の剣術指南は必要無いのかと疑問になるがひとまず与えられた任務をすることにしたアビスは20分程かけてノースアヌス学園の敷地内に着いた。

敷地外から見ても分かるほどの綺麗で何よりも広い。

広大な土地に白を主体として作られた一つのデカイ建物。

しかし、高さでいったら3階までしかない。

アビスから見て正面から右側にL字で建てられており、

左側にはその建物とは離れた屋根が丸みを帯びた建物があった。

正面にある建物ほどではないが、その建物も十分のデカさがあった。

目の前のL字建物の入口までにはキレイに整備された道とその道を際立たせるように自然も広がっていた。

黒のズボンに紺色の腰までしか伸びていないカソックのようなものを着ていた。

脇下には赤色の線が伸びており、恐らくこの学園の決まった色なのだろう。

多くの生徒が歩いており、左側の建物に行く者もいればL字建物に入っていく者もいる。

共通しているのはその生徒全員が腰に剣を身につけているということ。


(英才教育というのは本当のようだな。)


あまり驚かないのはユーランシーの騎士団を見ているからだろうか。

そこまで緊張もしない。


「アビスさんですか?」


アビスが学園を見渡していると、名前を呼ばれる。

声の主を探しても見つからず辺りを見渡していると

下から手が伸びてくる。


「ここですよっ!」


アビスが下を見ると小さい女性が頬を膨らませながら手を振っている。


「すまない…その、小さいものでな」


「申し訳なさそうに言ってますけどすごい失礼ですよ!?」


(反応が大きい子だな…)


「君は学生か?」


「あ!また失礼なことを!私はこう見えて教師なんですよ?」


(こう見えてって自分で言ってるんだが)


「そうか、それは済まなかった。迷子なら俺は忙しいから後ででも良いか?」


「分かってないじゃないですか!!本当に教師ですよ!

ほら!」


女性はアビスに自身の首にかかっている身分証のようなものを見せてくる。

そこには ノースアヌス学園副教員 アイノック・シラ と書かれていた。


「本当だったんだな…。改めて謝ろう。失礼しました。

俺はユーランシー騎士団特別指導者 アビス・コーエンだ。」


「アビスさん!よろしくお願いしますね!」


シラは笑顔で手を伸ばす。

アビスはその手を握り、握手をする。


「アビスさんのことはバルタ王から聞いております!

早速ご案内するのでこちらへどうぞ!」


アビスはシラに言われるがままついて行くことにする。

後ろ姿を見ながら小さいなぁなんて考えていると、

シラが突然後ろを向き、また頬を膨らませる。


「まーた失礼なこと考えてますね!私は150センチ行ってますから!」


(俺と40センチ差か…恐らくマーレンよりも小さいだろうな。)


「こんな小さいですけど私は凄いんですからね!もう!」


プンスカしながらもアビスをL字建物へと連れていき、

上の階には上がらず1階の廊下を歩んでいく。


「あ!シラちゃんだ!あれ〜もしかして彼氏出来たの〜?」


「きゃーイケメンじゃないですか〜!」


「こら!彼氏ではありません!アビスさんに失礼でしょう!それとシラちゃんって呼ばないの〜!」


「「はーい、すみませーん」」


二人の女子生徒が謝りながら笑顔ですれ違い去っていく。


「もう、誠意ないんだから!」


「シラっち、やっほー!」


「シラっちって呼ばないの!何回言ったらわかるのよぉ!」


「シラっちはシラっちじゃん!」


「はぁ、全く…私はあなた達より歳上なんですから敬語と誠意のある呼び方しなさい!」


「「はーい」」


シラは溜息をつきながらも歩みを進める。


「生徒ととても仲がよろしいのですね」


「はい…良すぎるくらいというか。少しは距離感を大切にして欲しいくらいと言いますか…」


「それだけ慕って貰えてるって事ですよ。良いことです」


「だといいのですけど。」


シラはまた溜息をつきながらも足を止めてドアの前に足を止める。

ユーランシーでは見たことがないドアタイプだった。

どのように開けるのだろうかとアビスが考えていると

シラは凹んだ取手の部分に指をかけて横に動かす。

するとドアも同時にスライドして開く。


「凄い珍しいドアですね」


「そうですか?オロビアヌスでは珍しくないですよ」


「そうなんですか…ユーランシーでも取り入れてみたら面白そうですね」


ぜひぜひ と言いながら部屋に入っていくとそこは教員室のようなものだった。

机が並び、書類が積み重なっている机もあった。


「アビスさん、こちらにどうぞ」


アビスはシラに促されるがままに小さい段差に上がるとその部屋の中にいる人…恐らく教師陣だろう。

全員がこちらに目を向ける。


「今日からバルタ王の命によりこの学園で剣術及び武術指南をしていただくことになったアビス・コーエンさんです!」


「ユーランシー騎士団特別指導者のアビスがコーエンです。

短期間ではありますがよろしくお願いします」


俺が軽い挨拶をすると教員達から拍手を受ける。


(とりあえず受け入れて貰えたということか)


「アビスさんは私の隣の空いてる席がありますのでそこをお使いください!」


「了解です」


「それと、早速一限目から指南をお願いしますね!」


「一限目…というのは?」


「時間ごとに受ける講義が違っていまして、その区切りのことを一限目、二限目などと言うんです!

この学園は五限まである日もあるので把握しておいて下さい!」


「わかりました」


(ユーランシーとは色々と違うんだな)


なんて考えながらもシラに一限目の授業の場所まで案内される。

そこはL字建物か

離れた場所にあった丸屋根の建物だった。

中に入ると床は木材で出来ており、テカっているのを見るに何かでコーティングされているのだろうな。

これもユーランシーには無い技術だったがザブレーサに行った際に見たことがあった。


中心には生徒、約30人ほどが3×10で綺麗に整列しており先程見た制服と違い動きやすい格好になっていた。


シラとアビスが整列している列の前に立つと、一番端にいる生徒が


「気をつけっ!」


と言い、それを合図に全員が手を後ろで組み姿勢よく立つ。


「うん!準備万端だね!授業を始める前に今日から短期間ですが臨時の剣術及び武術指南者を紹介します!

アビス・コーエン先生です!」


「アビス・コーエンだ。よろしく頼む」


第一印象は舐められないように少々強気の挨拶をする。

これはユーランシーで指導者として働く際に学んだことだ。

指導者は舐められてはいけない立場なため威厳を見せるのが大切だ。


「気をつけっ!よろしくお願いしますっ!」


先程の生徒が挨拶を言うと、続くように他の生徒全員が合わせて お願いします と言う。


「それではいつものように柔軟と素振り40本を始め!」


「「はいっ!」」


気合いの入った返事…悪くないと感じるアビス。

生徒の中には女子もいる。

この中で最も実力がありそうなのは先程の一番端にいる男子生徒と男子生徒と引けを取らない身長の髪をまとめて後ろに結んでいる女子生徒。

この二人はこの中なら優秀な部類だろう。


「シラ先生…あの二人の生徒の名前は?」


アビスはその二人の生徒に指さしながら聞く。


「お!さすがアビス先生!目の付け所が良いですね!

男の子の方はアルス・カザック・マレランくん。

女の子の方はアイネス・アイリスさんです!」


(アルスとアイネスか…覚えておこう)


「ありがとうございます。

いつもこのような真剣な雰囲気なのですね。

とても良い雰囲気だ」


「いえ…いつもはもう少しラフな空気です…」


「そうなのですか?それならどうして?」


「…剣術祭があるからですね…」


「剣術祭?」


シラの顔が極端に暗くなる。

アビスはその表情の理由がわからなかった。

剣術祭などは学園祭行事の一つであり楽しめるはずのものなのにシラはまるで楽しみという感じではなかった。


「剣術祭、嫌なのですか?」


「いえ…嫌という訳では無いのですが。

毎年、北地は他の方角の地区に勝てていませんでして。

それに加えて特に東地の生徒は手加減がなく、酷い時には降参した生徒にも攻撃を辞めず数ヶ月意識を取り戻さないくらいの大怪我を負わされたことがありまして。」


「怪我させた生徒は音沙汰無しなのですか?」


「はい…ご両親が権力者でして。」


「参加しないというのは?」


「ダメです…バルタ王や貴族の方々が楽しみにしておられる行事に不参加するんけにはいきません。」


(なるほどな…俺とナルバンが北地と南地それぞれの担当になったのはこういう理由もあったのか。

恐らく東地が一番強く、その次に西地、南地と北地は同じくらいと言った所か。

そこまでの実力者が出るのは恐らく指導者の問題だけでは無さそうだな。

現にシラは指導が的確で教え方も上手い。)


「何か、他に剣術祭を行いたくない理由はありますか?」


「…実は、、前夜祭で教師同士の手合せが行われるんです。

その手合せで去年…うちの学園の先生が一人死亡したんです。」


「死亡?」


「はい…東地の先生にこの国のトップレベルの実力者の方がおられるのですが、その方は性格に難があり騎士団を追放され教員という職につきました。

最初は教員もどうなのかと言われたのですがやってみれば良い先生らしく良かったのですが…前夜祭では毎回、手加減をせずに他の学園の先生をボコボコにするだけで終わってしまって。

去年は当たり所が悪く…死亡してしまいました。」


「試合は真剣ですか?」


「いえ、前夜祭は木刀で行われます。

剣術祭は真剣で行われますが基本的に寸止めがルールとして制定されています。」


「そうですか、」


あらかたの問題は理解した。

まとめるなら東地に難ありということ。


「ここまでやる気が溢れているということは負けるつもりは無いということですか?」


「いえ…大ケガしないように少しでも腕前をあげておこうとの事です」


(なるほどな…完全に剣術祭が楽しむものではなく恐怖の対象になっている。

年に一度の行事ならばそれは良くない事だ。)


「一度生徒を集めて貰えますか?」


「え、あ、はい…」


シラに言い、生徒をもう一度並ばせてもらった。

俺は生徒達の前に立ち、胸を張って声を上げる。


「俺は強い。お前たちが全員で束になってかかってきても恐らく一方的にボコボコにできるだろう。

だが、一度も俺はこの強さが誇らしいと思ったことは無い。

なぜなら力とは弱き者を守るためにあるなどとふざけた幻想でしかないからだ。

弱き者を守る必要が無いくらい平和になれば人を守る力などいらないからだ。

全ての人が平和に暮らせる世界…それこそが本当の力だ。

だが、お前達が強くなりたい理由はなんだ?

剣術祭でボコボコに負けたくないからか?

怪我したくないからか?

そんなものは弱者をいじめるために付けた力よりも愚かな物だ。

常に必要なのは絶対的な自信だ。

今のお前達は自分より少し強い同じ人間にすら立ち向かえないほどの貧弱であり、弱者だ。

その程度の覚悟で自分自身すら守れないとなるといよいよだな…」


「待ってください!聞き捨てなりません!」


「私もです!」


アルスとアイネスがアビスの言葉を遮り言葉を発する。


「俺たちは俺たちなりの目的と信念があって鍛錬に励んでいます。

それを今日から臨時で指導者の立場になったアビス先生に分かったような口で言われるのはとても遺憾です。」


「アルスに賛同します。ここにいるものは決して弱者などではありません!

私とアルスならばアビス先生にも引けを取らないと自負しています」


「ちょ、ちょっと二人とも!」


「シラ先生は黙っていてください!」


俺の顔を真っ直ぐ見つめる二人の生徒。


「はぁ…」


俺はため息をつきながらシラの方へと振り向く。


「シラ先生…木刀ありますか?三人分」


「え、ありますけど…何を?」


「そこまで言うならばアルスとアイネスの二人で俺と勝負してもらう。

勝利条件は一度でも俺に攻撃が当たればそちらの勝ち。

こちらの勝利条件はそちらが戦闘不能、または降参したら勝利だ。」


「あ、アビス先生!いくらなんでもそれは先生に不利すぎます!

この子達はちゃんとした実力者です!

いくらなんでも厳しすぎま…」


俺は鋭くシラに目線を向ける。


「木刀…用意お願いします」


「は、はい…」




「アビス先生が負けた場合は俺たち全員に謝ってもらいます。」


「構わん。シラ先生、合図を」


アビスはアルスとアイネス向き合い木刀を構える。

シラが右腕を上から下に下げながら 始め! と共に

アルスとアイネスは強い踏み込みと共にアビスに接近し、木刀を振るう。


(目線と重心の動きだけで連携を取るか…

なかなかにやる…が)


二人の振るった剣はアビスに当たること無く空を切る。


「まだまだ動きが遅い。未熟だ」


アルスの背後に周りそう呟く。


「くっ!!」


アルスは振り向きざまに剣を振るが手首をアビスの腕で止められ、逆の手で持つ木刀を腹に突き立てられる。

その痛みでアルスはその場に腹を抱えながら俯く。

間髪入れずにアイネスの目の前に瞬時に動き、アイルスが反応する間もなく自身の木刀をアイネスの木刀に打ち付けて真っ二つに破壊し、後ろに下がろうとするアイネスの首元に木刀を延ばす。


一瞬だった。

アビスは汗どころか呼吸のリズムすら変わらずに余裕な表情だった。


「う、うそ…アビス先生…そんなにお強かったのですね…」


「俺は1割も出してませんよ。1割も出す程もないほど弱いということがわかりました」


「…この子達はこの子達なりに頑張っています…。

だから…弱いというのは言わないであげて欲しいです…」


シラは悲しそうな顔でそう言う。


「そうだな、

弱いというのは訂正しよう。

改善点は多いが、動きは悪くない。

問題なのは動きが単調すぎるということ。」


痛みが引いてきたアルスとアイネスは悔しそうにした唇を噛む。


「落ち込むことでは無い。

ユーランシーの兵士ですら俺に攻撃を当てることなんて出来ない。

それと…俺はお前立ちを強くしに来た。

お前達が良いのであれば力になりたい。

良いか?」


誰も何も言わなかった。

さすがに先程は言い過ぎてしまっただろうか。

不信感がみんなには募っているだろう。

しかし1人の生徒が声を上げる。


「私はっ!教えて頂きたいです!

他の地区の人達に負けたくない!

だから、強くして欲しいです」


アイネスが力強く言う。

それに釣られるように次々と生徒全員が声を上げて、

俺も私も とお願いしてくる。


「そうか…ならばそれ相応に厳しく行かせてもらうからな。」


俺は少し嬉しくなりながらもそう生徒達に言い放ち、

教師として気合を入れる。

読んで頂きありがとうございます!

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