39話 「接触者」
「ここがオロビアヌスの入口か」
ナルバンとアビスは馬車で約4日の道のりを経て、大陸内でも屈指の山岳地帯であるアヌス山岳地帯に着いていた。
オロビアヌスは山に囲まれた巨大国家であり、その面積の広さから小さな大陸とも言われるほどだ。
ナルバンとアビスを乗せた馬車はオロビアヌスの入国審査場で止まっていた。
ナルバンは兵にバルタ王からの招待状を見せる。
「お話はお聞きしております。ナルバン様とアビス様。どうぞお通りください。」
「随分兵が多いな。」
「オロビアヌスはユーランシーやマリオロのような城壁に囲まれている訳では無いからな。
オロビアヌスは東西南北とその4つの方角の各中心のどれかからの入口で身体検査をすることで入ることが出来る。」
「なるほどな。城壁が無く、故に門も無い。
だから、兵を多く割いて入口を守っているということか。」
「そういうことだ。キャス…オロビアヌスは他国と比べて標高が高い。
寒さには気をつけておけ」
「ああ、」
馬車は、植物がほぼ生えておらず雪が積もった山道を少し走る。
10分ほど走ると一気に開けた景色になる。
その光景に二人は言葉を失うほど驚く。
「広いな…」
二人は山岳地帯でも小さめの山の頂上に着いており、
小さい山だがオロビアヌスを一望出来る程だった。
オロビアヌスは建物がびっしりと、だが全てが均等に並んでいるという訳ではなく、それがオシャレな国だというのを感じさせる。
巨大な山がその美しい街並みを大きく囲っており、ここからオロビアヌスの端まではぼんやりとしか見えない。
「今から下ってオロビアヌスの最東端の街に行きます。」
馬車を操縦するオロビアヌスの案内人であるロイがそう言う。
2人はロイと、この4日ほどでだいぶ仲良くなった。
歳は近い訳では無いがロイのその明るい性格がおっさん2人の心を解していった。
「了解だ」
「バルタ王はどこにおられるんだ?」
「バルタ王は北地にある庭の広い屋敷におられます。
オロビアヌスは他国と違い城を持たず、各貴族が集まる際はバルタ王のお屋敷へと招待され重要な決定事項を決められるのです。」
ナルバンは確かに、見渡す限り飛び抜けて大きな建物がないことに気がついた。
オロビアヌスの中心部にオロビアヌスを見渡せるくらいの時計塔が唯一の高い建物だ。
「オロビアヌスのおすすめの食事とかはあるのか?」
アビスは他国に訪れる時に毎回、その国の者にこの質問をする。
実はアビスは中々の美食家であり食通だ。
その国の名産物を必ず食べるという独自のルールがあるほどだ。
「オロビアヌスは基本的に年中気温が低いのでシチューなどに力を入れていますね。
とても美味しいですよ」
「そうか。助かる」
「いえいえ。そろそろ街に入ります。
オロビアヌスは街を綺麗に保つためにゴミなどをポイ捨てすると罰せられてしまうことがあるのでお気をつけるようにお願いします」
山を降りてオロビアヌスの最東端…街の入口に着く。
そこでは軽い質疑応答のみで通して貰えた。
「上から見ても美しかったが…こうして街中で改めて見ると美しい国だな」
ナルバンがそう呟くほどオシャレで綺麗な家が続いており、道などにもゴミひとつ落ちていなかった。
オロビアヌスから西方面にヴェルファドがあり、その距離は馬車で一日で着くほどには近い。
最東端から東地、中央地を経由して北地の領へと入る。
所々で貴族の身なりをした者が歩いていたが、裕福では無い平民のような者も同じ道を歩いていた。
(貴族と平民で地域区分はされていないか…ユーランシーと同様だな。
店の種類も多種で全ての店が人の需要を満たしている。
俺の立場から言うものではないがユーランシー以上だな…)
ナルバンは先程から関心してばかりだった。
それほどまでに美しい国ですでに居心地が良かった。
民達が笑い、幸せそうに過ごす姿が見えるがどこか静かで落ち着けもする。
「この国は…まさにユーランシーが目指すべき国だな」
アビスがそう呟く。
「そうだな。ユーランシーも決して負けている訳では無いが…オロビアヌス程かと言われればそうでは無い。
メアリー女王の期待に我々は完璧に近い形で応えていく必要があるな」
自国の文化や在り方に誇りを持ちつつ他国に対するリスペクトは忘れない。
これはメアリー女王が他国と絡む際での最優先事項としてユーランシーの教育理念に組み込まれている教えだ。
「この国には教育機関はあるのか?」
「ええ、ありますよ。各方角に1つずつ20の歳までの子を育てる教育機関があります。
卒業した後の職については保証が施されており、騎士団を受ける人が9割ですね。
教材費用以外は基本お金を支払わう必要が無いというのが特徴ですね」
「タダということか?それは経済的には問題ないのか?」
「教師にはオロビアヌス騎士団の方々が抜擢されていまして給料などは騎士団の仕事として渡されています。
バルタ王は子の成長は国の成長という考えを持っておりますのでこのような制度を取り入れたようですよ。
それに至るまで、相当苦労したようですが。」
(訂正しなければならないな。ユーランシーでは到底敵わないほど素晴らしい国だ。)
ユーランシーにも教育制度はあり、それなりに充実していると思っていたが騎士団ではなく正式な教師という職業で雇っている。
そのため授業費などの支払いを少額だがしなければならない。
オロビアヌスのような美しい国ができるのはこの整った環境のおかげでもあるのだと二人はしみじみ感じていた。
オロビアヌスに到着してから数十分ほど街中を馬車で移動すると一つのでかい屋敷の前に止まる。
屋敷もそうなのだが何より二人が驚いたのはその庭の大きさだった
ユーランシー騎士団員がここで戦闘訓練をしたとしてもなんの不自由なくできるほどの広さ。
綺麗な形で整備された並木。
街並みも美しかったがこの屋敷はまた一段と美しさがあった。
「こちらがバルタ王のお屋敷になります。
私の案内はここまでとなります。」
「ああ、助かった。」
案内人に礼を言うと案内人はお辞儀して馬車を走らせて街の中へと消えていく。
馬車を見送る二人にある男が声をかける。
執事のような服をビシッと着こなして髭を生やした男。
「アビス・コーエン様とナルバン・キャス様でよろしいでしょうか?」
「そうだ。」
「遠いところから遥々ご苦労様です。私はバルタ王第一秘書のメッゾラートと申します。
ご気軽にゾラートとお呼びください」
「ゾラート、つまりお前がここからの案内人ということか」
「左様でございます。こちらへどうぞ、」
ゾラートは二人を連れてでかい庭を歩み始める。
「今回の一件はこの国では私と騎士団長のみがバルタ王からお聞きしております。
私は今回の件にさほどの危機を感じなかったのですがそれほどまでの異常事態なのですよね?」
(この国で今回の件を知っているのはここにいるゾラート、当然ながらアダル王、そしてこの国の騎士団長のみか。
その分信頼されているということ。
ゾラートなら話しても構わんか)
「深刻かどうかは今からアダル王のお話を聞いてから判断させてもらう。
ただ、詳しくはいえないが最悪の事態ならばこの国は滅ぶ」
ゾラートは ハッハッハ と笑いながら そんな事が起こったら私の働き口が無くなってしまいますね と冗談交じりに言う。
ゾラートは今のアビスの言葉を信用していないようだった。
信用していないことに気づいていながらこれ以上の説明は無駄と思い口を閉じる。
「この国は大国です。経済発展も早く、立地が立地ならこの大陸での中心になっていたでしょう。
それにこの国の騎士団員数は10万人を超え、一人一人が自信を高めるために熱心です。
ユーランシーの騎士団にも負けておりませんよ」
(負けていない…か。)
ナルバンは可笑しくも笑いは出なかった。
スクリムシリや天恵のことを知らない者ならば仕方ないことだと分かっているが、自身の部下を笑われたかのような気分になってしまうナルバン。
ゾラートの案内によって二人は屋敷の中へと入り階段をのぼり2階へと向かう。
長い廊下を歩き続け、突き当りから手前に向かって2つ目の部屋の前で止まる。
ゾラートがノックをすると中から 入れ ということが聞こえてくる。
ゾラートがドアを開きながら端に避ける。
二人は遠慮なくなかへとはいっていった。
部屋の中は執務室のような内装であり、バルタ王は二個が対面で置いてあるソファに座って茶を飲んでいた。
ガタイはあまり良くないが風格があるその貫禄。
「今回はお招き頂き感謝します」
「感謝するのはこちらだ。メアリー女王に頼るのは正解だったな。
お主達…強いだろう?」
二人はこの目の前の男に対して 中々のやるな という感想が出てきた。
二人はユーランシー内では大して気にせずいつも通りだが、他国に行く時は威圧感や警戒心が高くなり怪しまれてしまうがために自制するようにしていた。
そんな二人の実力を一目見ただけで見破るのはさすがは一国の王といったところだろうか。
「まぁ、よいか。早速本題に入りたい。座ってくれ」
バルタ王は自身の机を挟んで対面に置いてあるソファに目を向けながら言う。
二人は座り、話が始まる。
「俺には側近が二人いる。そこのメッゾラートともう一人がヴェルファドへ潜入させている」
「潜入?」
「ああ。ヴェルファドは前々からあまり良い評判の聞かない国だ。
それに加えてカエリオン王…あのガキは自分の立場に酔っ払って調子に乗ることが多い。
だから、俺の側近の一人をカエリオン王のそばに居させてなにか行動を起こそうとした際にすぐに対応できるようにしている」
(メアリー女王だけではなくバルタ王もカエリオン王の素行には目を見張るものがあると判断したのか。)
「そして、その側近の者…ネロから手紙が届いた。
その手紙がこれだ。」
二人は机に置かれた手紙に手を伸ばし、内容を読み始める。
『緊急な報告なため字が汚くなることお許しください。
カエリオン王に謎の人物が接触しているところを目撃しました。
見た目は少女のような背格好、顔は幼く、黒髪を肩まで伸ばし毛先は血に染ったように赤い者がカエリオン王に接触しておりました…
いつものようにネロはヴェルファド国の中央城内でカエリオンの元に運ぶ書類を持って歩いていた。
そして、カエリオンがいる部屋の前に着いた時に、別のもう一人の気配がした。
そっとドアを少し開けて中を見ると少女がカエリオンが作業をする机の目の前にあるソファに腰を下ろしていた。
(客人か?それにしては幼すぎるが…。カエリオン王に幼女趣味はないと思っていたが…)
カエリオンは女癖が悪い。
美人で胸がでかければ誰でも良いという考えだった。
だが、そんなカエリオンだが一人の女性に対して異常な執着心も見せていた。
ユーランシーの王である、アシュリエル・メアリー女王。
ネロは実際にその姿を見たことがないが、バルタ王ですら初めて見た時にその美しさに見惚れてしまうほどだったと聞く。
そんなメアリー女王をカエリオンはどうしても手に入れたそうにしていた。
だが、メアリー女王は硬派で全く相手にされていないというのを風の噂で聞いた。
「カエリオン・コズだな?」
少女は幼い顔、若い声をしていながらもその口調は男勝り…だが感情がまるで感じられ無かった。
「なんだ貴様は?護衛の奴らめ、どこからこんなネズミを忍び込ませたんだ」
(カエリオン王の客人では無いのか…。ならば何者だ?)
「貴様に話がある。」
「クソガキ、誰にそのような態度をとっているか分かっているのか?」
カエリオンの顔は目の前の少女に対する怒りでいっぱいになっていってるのが分かる。
だが、そんなカエリオンの態度も次の瞬間に一変する。
少女が右人差し指を軽く振るとカエリオン王の右肩から先の空間が歪み始め、黒い空間へと切り替わる。
カエリオン王は何が起きたか分かっていなかったが自身の右肩を見た瞬間に血の気が引く。
いつの間にか右肩が消え失せていた。
痛みはなかったがその衝撃でカエリオンは叫びながら地面に尻もちを着く。
「貴様に拒否権があると思うな。次は痛みを伴わせながら両足を消す。
どうする?」
「わ、分かった!聞く!頼むからこれ以上はやめてくれっ!」
カエリオンは汗をダラダラと流し、目には涙を浮かべる。
「私はユーランシーに敵対している者だ。
ユーランシーを滅ぼすために協力しろ。」
「ゆ、ユーランシー?」
カエリオンは上手く状況を掴めていない様子だった。
「私の目的にユーランシーという国は邪魔だ。
たが、私達は目立った動きはできん。
だから、ヴェルファドがユーランシーと戦争を起こせ。
それに乗じて私たちがユーランシーを滅ぼす。」
「そんな事…で、出来るわけないだろっ!
我々の国の安全が保証されている訳でもないのになんのメリットも無いじゃないか!」
その瞬間、その少女から気を失いそうになるほどの圧が放たれる。
「もう一度言う。貴様に拒否権は無い。
自国を守るため、民を守るため…そんなものはどうでも良い。
それに、この国が無くなろうが他国になんの影響もないだろう。
消えて何が困るというのだ?」
「ふ、ふざけるなっ!そんな事!」
「…」
少女は立ち上がりカエリオンに近づき首を片手で掴みながら持ち上げる。
その容姿からは想像できないほどの強い力だった。
「何度も言わせるなゴミが。貴様に拒否権は無い。
だが、その度胸は認めてやる。
貴様の望むものくらいなら一つ与えてやっても良い。
それが取引条件だ」
少女は手を離し、カエリオンは床に落ち、首を抑えながら咳をする。
「な、なんでも…?」
少し黙ってからまた口を開く。
「ユーランシーの王であるアシュリエル・メアリーを私のものにしたい。傷を付けずに捕らえてくれると言うならば協力する」
その発言にネロは怒りが込み上げてきた。
民よりも自身の欲望を優先する程腐ってしまったこの国の王に。
「…良いだろう。」
少女はそれに了承するとカエリオンの額に指を押し当てる。
そして数秒してから離す。
「貴様の心臓に祝福をかけた。
お前がもしこの契約を破るようなことがあればその心臓は消滅するだろう」
そう言いながら少女は瞬きの間にその場から姿を消し、部屋にはカエリオンのみが残された。
これが一連の流れです。
これはバルタ王に報告するべきと思い手紙を出しました』
今にでもこの建物…いや、この国が押し潰されて無くなりそうなほどの殺気をアビスは放つ。
そのアビスの様子を見たバルタ王とゾラートは、
冷や汗を流しながら恐怖で震えていた。
二人の直感が全身に訴えかけていた。
アビス・コーエンという男は一国の軍事力以上の力を持つ存在なのだと。
(腰まで伸びた黒い髪…毛先が赤い。
幼女のような体格に童顔…)
ナルバンはその特徴に心当たりしかない。
と同時に、天帝の中でも最もヤバいやつが今回の件に絡んでいるということも露呈した。
このことはすぐさまメアリー女王に伝えなければならない。
「落ち着け…アビス…」
ナルバンは震える声で言う。
しかしこれはアビスに対して恐怖しているからではなく、むしろ逆でアビスと同様に怒りからの震えだった。
「内容は理解しました。この事をメアリー女王に報告した時、恐らくユーランシーとヴェルファドは敵対国として全面的に発表されるでしょう。
オロビアヌスがどのような判断を下すかは、この際どうでも良いです。
一つ伝えておきますが、賢い選択をするようおすすめします」
アビスは怒りでまともに話すことは出来ないということを察したナルバンがバルタ王とゾラートにそう警告する。
「安心してくれ。俺たちはユーランシーに最初から付くつもりだ。
一つ聞きたいが…カエリオン王の処罰は?」
ずっと殺気のみを放っていたアビスが口を開く。
「殺す以外の選択肢は無い」
その言葉の重みで、心臓が押しつぶされそうになるほどの圧だった。
その後二人は護衛で短期間だが滞在することを伝え、バルタ王はそんな二人に貸家を用意した。
一つはバルタ王の屋敷の通りを挟んだすぐ目の前の貸家。
もう一つはこことは反対方向の南地の貸家だった。
「二人は見た様子、相当な実力者と予想できる。
俺がいる北地、その反対側の南地をそれぞれ担当してもらいたい。」
「分かりました。それでしたら北地はアビス。南地は私が担当しましょう。」
「ああ、助かる」
「それと…護衛のみでは暇を持て余してしまうと思うから仕事を頼みたい。
ここの教育機関では剣術を主な講義として教えている。
時間が出来た時で良いから見てあげてくれ」
なんとなくそういう言われるような気がしていた二人は快く了承する。
ナルバンとアビスはバルタ王の部屋を出る。
(ひとまず…このブチギレてる親バカを落ち着かせるところからだな。)
ナルバンは廊下を歩きながらため息をつく。
読んで頂きありがとうございます!
3章は物語の展開上、主人公のヨーセルの視点が少なくなってしまうかもしれません。
ご了承ください




