37話 「格の違い」
パロスという男。
天恵で構成された身体なのを見るに人間ではなくスクリムシリだ。
スクリムシリなのに人間と言われても何ら違和感のない姿。
知力も当然あり、今まで会ったどのスクリムシリよりも完成された化け物だとひしひしと伝わってくる。
以前に会ったギャラリス・メアという縛毒の天帝とはまた違った異質の存在。
幸い、周辺には私とこの男以外誰も人は居ない。
私が本気を出せる条件は揃っている。
わざわざ一人でいる所を狙ってくるほどの自信…
普通は警戒し緊張するところなのに。
どうしてだろうか…
(嬉しさでウズウズする。)
「どういう目的で私の前に姿を現したかなんてどうでもいい。
逃げられるとは思わないことだな。」
右足を思いっきり踏み込む。
地面が盛り上がり私とパロスを囲うドーム状になる。
「ほう…逃げ道を塞ぎましたか。
ですがあなたの情報を聞く限りこれは悪手では?」
(私の情報…か。やはり 信愛 の能力は共有されているか。
私の情報 と言っているところを見るに 信愛 だけでなく 私の身体能力の面まで知られていると考えても良いだろう。)
どこからバレたのだろうか。
情報がバレるほどの戦闘をしたのはザブレーサのスクリムシリくらい。
あのスクリムシリとの戦闘をデータとして手に入れることが出来ているならば可能だが…。
もしくは普段からの任務で監視されていたか…。
前に一度だけサレーを助けた村で誰かがこちらを監視するような気配がした。
私がその存在を見つけられなかったのを考えるに相当の実力者なのは間違いない。
パロスに関してもこの距離まで気配を感じなかった。
考えるのは後だ。
まずはこの男を始末する。
先程から抑えられない…強者を前にしてもなお、治まらないこの高揚を。
(信愛の意思…セルシャ様曰く 信愛 には弱点がある。
それは狙いが定めずらいということ。
卓越した天恵技術と正確に狙う技術が無ければまともに使えない。
その際にできる隙をつくべきですね)
そう考えるパロスの右腕が次の瞬間に弾け飛ぶ。
パロスは油断を一切していなかった。
なんなら主であるセルシャを前にした時以上の警戒度だった。
だが、気がつけば右腕が弾け飛んでいた。
天恵で構成された身体は普通の人間の身体よりも丈夫だ。
だがそんなものは 信愛 に通用などしなかった。
(なるほど…スタシア・マーレン。ランスロット様が仰っていた通り、化け物という訳ですか。)
信愛の意思 は二つの欠点がある。
能力を使う際になんの代償も無いのはその欠点の克服が極めて困難だからだ。
天恵の技術と精度。
過去に 信愛の意思 を宿った者は4人。
私含めて5人だ。
その4人が生涯をかけても 信愛の意思 を最後まで使いこなすことは出来なかったと文献に記されている。
努力だけでは達することの出来ないほどの天恵技術と
常人ならば数秒と持たないほどの集中力を用いる。
そのため手を相手の方に向けて狙いを定めやすくするといった工夫などをしていたらしかった。
だが、解 以下の雑魚なら良いが 破 以上になるとそれは隙でしか無くなってしまう。
それが意思の中で 信愛 が最も難しいと言われる所以だ。
だけど、私は違った。手を対象に向けることなく
信愛 を使いこなすことが最初からできた。
私が手を対象に向ける時はより強力に信愛の力を使いたい時だ。
当然、天恵の技術は努力で手に入れたものだったが精度に関してはそれが普通だと最初は思っていた。
パロスは右腕を再生させる。
腕の生える速度が速い…身体が天恵で構築されているが故に再生がしやすいのだろう。
だが、弱点もある。
再生する際にその部位に天恵をある一定量を貯めてからではないと再生できないっぽい。
「驚いたよ。心臓を弾け飛ばしたつもりだったけど
右腕しか弾け飛ばなかったなんて。」
「右腕を弾き飛ばされるのも大きな損傷ですよ」
「体を天恵のみで構築しているならば治癒などそう難しいものでは無いだろ。
それよりも無駄話は終わりだ。死ね」
話を終え、右人差し指をクイっと曲げる。
それと同時に上下左右から鋭い土の攻撃が高速にバロスの元へと伸びる。
パロスは見た目にそぐわない俊敏な動きでその攻撃を全て躱しながら距離を少しずつ詰めてくる。
左人差し指をクイッと曲げる。
パロスが避けた攻撃が曲がり、パロスを追尾する。
新しくパロスに伸びる鋭い攻撃と既に避けたはずの攻撃がもう一度追尾してくる。
圧倒的な物量で押し切ろうとしたが、避けるのをやめ両手に天恵の膜を纏うと向かってくる攻撃を全て正面から破壊する。
その動きを見て改めて目の前の男は限りなく天帝に近い実力を持っていると実感した。
近接戦闘型のスクリムシリ 破 …それに高い知性と天恵で構築した身体。
全ての攻撃を破壊したパロスがその場で棒立ちしているのを見ていたら次の瞬間にはその場から姿を消し、
背後に回り込まれていた。
恐らく天恵の膜を纏った攻撃を生身で喰らえば攻撃された部位は跡形もなくなり、全身も衝撃波によって弾け飛ぶだろう。
即座に振り向いた時には既にパロスは殴る構えを取っていた。
「耐えられるといいですね」
「耐える?当たるとでも?」
即座にパロスの踏み込む地面を大きく削り、そのせいでバランスを崩したパロスは私の目の前の地面を思いっきり殴る。
殴られた箇所から地割れが起こっていき、私達を囲うドーム状の土の壁までひび割れを起こす。
私は身体強化をし、目の前にあるパロスの顔面に思いっきり膝蹴りをしパロスが壁まで吹き飛ぶ。
(人間だったら今の攻撃で顔は弾け飛ぶけどどうだろうか。)
砂埃のせいでパロスの姿が見えない。
警戒を緩めることなく、吹き飛んだ場所を見ていると砂埃が晴れる。
だがそこにパロスの姿は無かった。
(姿が…無い!?どこに?逃げた?いや、あの壁にある引摺りの跡、壁にぶつかると同時にその勢いを利用して壁を移動したのか!?
後ろっ!)
振り返ろうとした瞬間目の前にパロスが現れる。
完全に不意をつかれてしまった。
「警戒心の強いあなたならまず最初に後ろを警戒すると思いましたよ。
裏をつかせてもらいました。」
パロスは天恵の膜を纏った両手のひらを私の腹の部分に思いっきり押し付ける。
「破恵」
パロスの両手から天恵の波が流れて、その衝撃波によって私の腹部にでかい風穴が開く、
激痛と共に口から血を吐いてしまう。
破恵…天恵を用いた高火力の攻撃。
予恵、解恵、破恵、末恵の4種類の段階があり、
大半が予恵のみしか使えず、一部の才能ある者が解恵を使うことが出来、
破恵は稀にしか見ることが出来ず、末恵は未だ私は見た事がない。
パロスは先程のようにまた両手に天恵の膜を纏い、
破恵 の形になる。
先程と違うところがあるとすれば今回は頭を潰そうとしてきていること。
とてつもないほどのピンチなのになぜ…こんなにも楽しい気持ちが抑えられないんだろうか。
不思議と笑みがこぼれてしまう。
(なぜ笑っている…?追い詰められているのですよ、あなたは。)
「…愛憎」
私の腹部に空いた穴が瞬時に塞がり完全に治癒される。
と同時に私の手はパロスの下半身に向けられている。
一瞬で治癒されたことにより驚きで一瞬動きが止まった隙を突き、パロスの左足を潰す。
パロスは直ぐに左足の治癒を始めるが、その隙を与えさせることなく至近距離まで詰める。
そして両手に天恵の膜を張る。
「お返し」
「ハハッ、あなた、格が違いすぎますね」
「破恵」
パロスの胸の部分に破恵を打ち込む。
パロスの胸部丸々に風穴が開き後方に血が舞い散る。
破恵の勢いのままパロスは吹き飛び、土でできたドームを貫通する。
直ぐにドーム状の壁を解除して崩し、吹き飛んだパロスを見に行く。
(心臓を破壊したからもう確実に死ぬはず…なのに、なんだろうかこの違和感)
パロスは地面に仰向けで倒れ、口からは血を流している。
「あなた…の、その戦闘、センス。私一人では…敵いませんね。
ですが…私の主には、遠く、及びませんよ」
「お前の主は誰だ」
「…神ですよ」
その瞬間、パロスの周辺の空間が歪み始めて瞬きをする間にパロスは消えていた。
何が起こったか分からず、少しの時間棒立ちをしてしまった。
(パロスという男が仕える主の存在。
恐らく今の空間の歪みはその主の力と考えるべきか。
それに…パロスはまだ生きている。
体の治癒が始まっていた。
恐らく心臓を別の部位に移動させたんだ。)
あれほどの力を持つ純粋なスクリムシリがいることはとてつもない脅威だ。
直ぐにメアリー女王に報告しなければならない。
「疲れた…」
そうボヤきながらユーランシーへと足を進める。
「ゲホッゲホッ」
パロスは様々な植物が育てられている部屋の真ん中に飛ばされていた。
その部屋はとても見覚えがあり、主であるセルシャの趣味部屋だった。
「随分とボコボコにされたな」
「セルシャ…様」
「信愛はどうだった?」
「…格が違いました。あれは私がどうこうできる存在ではありません」
「だろうな。」
パロスは傷の治癒を終わらせる。
「スタシア・マーレンは私ですら殺せるかどうか分からないレベルだ。
人間を舐めていると痛い目を見るぞ。」
「そうですね…気をつけます。」
セルシャは白衣を着ており、なにかの作業をしている。
「セルシャ様とスタシア・マーレンが本気でぶつかりあった場合、どちらが勝ちますか?」
「私だ」
即答するセルシャに少し狂気じみたものを感じる。
「私とあの小娘では生きてる長さが違う。
天恵の技術も人間にしては優秀だが私には遠く及ばない。」
「あなた様に勝てる者がいたらお会いしてみたいものです」
「私もだ」
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任務から戻ってきたスタシアに集められメアリー女王の元に向かう。
どうやら相当大切なことらしい。
スタシアのことだからまたどうでもいいことかと思ったがスタシアの直属兵からスタシアの様子を聞いた時に、深刻そうな顔と不安が混じった顔をしていた と答え驚いてしまった。
俺自身、スタシアが明るくなる前の事も知っているが為、暗い表情なんて沢山見た事がある。
だが、スタシアが不安そうな顔をする時はなにか予想外のことが起こった時だ。
女王の間に着き、扉を開けると既に俺以外は揃っていた。
今回はゼレヌスなどの聖者や高階級騎士団員数名も集められている。
当然、アレル除く守恵者やアビス師匠とナルバンも集められている、
「お待たせして申し訳ありません。」
「いえ、緊急な招集に来て頂きありがとうございます。
私もまだスタシアさんから詳しいお話をお聞きしていませんのでスタシアさんの方から説明をしていただきます。」
「はい、急な招集申し訳ないです。」
スタシアの姿を見て少し驚く。
服がボロボロで肌も砂らしき汚れが付いていた。
「私は今日の任務で獣型スクリムシリ 破 を殺しに行きました。
そのスクリムシリは問題なく討伐しユーランシーへと戻ろうとした際、突然背後から今までに感じたことないような強い気配を感じました。
ザブレーサで会った天帝は気配がまるで感じませんでしたがそいつはまるで存在をアピールするかのようでした。
それなのに背後に近づくまで気が付かないほどの天恵操作。
油断せずに最初から戦いました。
そいつはパロスと名乗っており、主がいるとも言っていました。」
「主?」
アビス師匠が口を挟む。
主とは誰のことだかはたしかに気になる。
「恐らく天帝の者だと考えられます。
これは私の推測にすぎませんが 空間 を操る能力の天帝かと思われます。
私はパロスという男をあと一歩のところまで追い詰めましたが急に空間が歪み気がつけば姿が消えておりました。」
その言葉に全員が静止する。
俺も同様に。
細かく言うならば 空間 という言葉に対して。
空間を操る能力を持つ天帝など一人しかいない。
かつて守恵者二人を正面から戦い殺した本物の化け物。
空虚の意思…。
「空虚の意思か…空虚を主とする者と戦ってどうだった?」
ナルバンとアビスはやはり空虚に対して強い警戒心を持っているな。
いつもならこういう報告の時は説明を全て終えるまで口を挟まない。
「強敵でした。信愛 で心臓を潰そうとしましたが右腕のみしか潰せませんでした。
信愛の意思 は信愛の力を含めた私の力と相手の力量差で威力が変わります。
パロスという男は意思を持っていないにもかかわらず右腕のみの損傷しか与えられなかったことを考えると…守恵者と同等かそれ以上と考えるべきかもしれません。」
俺たち以上の可能性か…。
スタシアは恐らく サイナス を抜きにした定での話だろう。
サイナス は天恵の消費が激しいがために追い詰められた時に使うのが普通。
「サイナスはどうでしょうか。それすらも対処出来そうなほどの実力者でしたか?」
ミリィノがそう尋ねる。
「どうだろう…私自身のサイナスが殺傷能力ないし、サイナスを受けたこと無いから確実とは言えないけどサイナスなら多少の攻防はあれど勝つことは出来ると思う。」
流石に…か。
「よろしいでしょうか?」
ゼレヌスが手を謙虚に挙げる。
「ゼレヌスさん、どうかいたしましたか?」
「知力もあり、近接戦闘術もあったと聞きますが何か特殊な技などは使われていましたか?」
「これといって特別なものは…ですが、破恵 を使うことはできるようです」
「破恵を?」
「うん。実際、私が唯一受けた攻撃が破恵だった。
腹部にでかい風穴を開けられちゃった。
天恵での強化が間に合わなければ全身が衝撃波で弾け飛んで生きてなかったと思う。」
(なんで腹にでかい風穴あけられて生きてるんだよ。)
「破恵か…それの類はナルバンが一番詳しいだろう?
どれほどの威力が普通なんだ?」
「破恵は俺自身も俺とマーレン以外に使える者を見た事がない。
この威力だと断言は出来ないが俺が誰にも邪魔されずに最大火力で破恵を放てばユーランシーの東西南北の一つの地区ならば破壊することは可能だ。
破恵とはそれほどの威力だ。」
馬鹿げてるな。
俺も何度か破恵を使えるようになるために鍛えたことがあったが結局 解恵 までしか使えなかった。
「私からの報告は以上です…。あれは並の騎士団兵では手も足も出ず、何をされたか理解する間もなく殺られてしまうと思います。
天帝を主とするならばあのレベルが他に数人いると考えるべきかと思われます。」
「スタシアさん、ありがとうございます。
任務お疲れ様でした。
ナルバンさんとアビスさんは2日後にはオロビアヌスに向かうことになります。
もしかしたらオロビアヌスでスタシアさんが出会ったスクリムシリと同じレベルの者がいるかもしれません。
御二方はどうかお気をつけて。
それと同時にアビスさんとナルバンさんがいない間の指揮はディシさんとゼレヌスさんにお任せ致します。
問題はございませんか?」
「俺は問題ありません。」
「同じくです」
アビスし笑から言われていた通り俺が指揮を執ることになった。
守恵者という立場の歴が長いから当然だが正直ミリィノの方が適任ではある。
(ミリィノはまだ若すぎるか。
スタシアも頭は良いため出来なくはないが10代の指示されるのは団員からしたらあまり好ましくないことだろうしな。)
「それでは、今回の話し合いは終了致します。」
それを合図に俺とミリィノとスタシアとメアリー女王以外が女王の間から出ていく。
アビス師匠とナルバンはオロビアヌスの件で忙しいのだろうな。
聖者間でもスタシアが話したことに対する対策を練るだろうな。
「スタシアさん、任務お疲れ様です。
腹部は大丈夫なのですか?風穴を開けられたと言っておりましたが」
「うん!問題ないよ!愛憎ですぐに治してお返しに破恵をぶちかましたから!」
「倒しきれなかったのは何か理由があったのか?」
「うん。これは守恵者内だけに話そうと思ったんだけど、パロスという男は体を天恵で構築してる純粋なスクリムシリだった。
私が倒せなかった理由はそれ。
天恵で体を構築しているということは体の構造を変えることが出来る。
私は破恵を心臓部分に放ったけど殺せてなかった。
どういうことがわかる?」
「心臓を体内で移動させることが出来るという事ですか…」
「その通りです!さすがですメアリー女王」
メアリー女王が少しドヤ顔をしている。
「なぜ守恵者内だけなんだ?重要なことだろう?」
「アビス師匠やナルバン団長にも教えるつもりだったけどすぐ帰っちゃったから後で伝えておくんだけど、それ以外の方々にはそもそもあいつに攻撃は当てられないと思う。
近接戦闘の強さならば恐らくディシくんと同じくらい。
流石にミリィノちゃんの方がスピードは勝ってるとは思う。」
「そうか…」
「改めて騎士団内で私の方から全体に伝えておきます。
スタシアさんの会ったパロスという男の特徴と一致した者と出会ったら戦わずに身を守るようにと」
「感謝します。」
話し合いが終わり、俺達も女王の間を後にする。
部屋を出た瞬間、ミリィノがスタシアを抱きしめる。
「み、ミリィノちゃん!?ど、どうしたの?」
「良かった…無事で良かった…」
スタシアはそんなミリィノを見て頬を少し緩めてミリィノを抱きしめ返す。
「…ただいま」
読んで頂きありがとうございます!




