36話 「妻子」
今朝、メアリー女王から任務を与えられた。
大体の概要は教えてもらったが、それなりに重要な役割であることは確かだ。
オロビアヌス滞在とそれに行くまでの道のりでおよそ1週間と少しだろうか。
アビスは俺よりも長く滞在するみたいだが、俺がアビスより短い滞在なのはメアリー女王なりのお気遣いだろうな。
俺には妻と子供がいる。
カリアという美しい金髪を靡かせる女性。
そして、もう少しで二歳になる元気で笑顔がとても可愛らしいロッドルという男の子。
騎士団といういつ死んでもおかしくない職で結婚し、
子供を持つというのはそれなりに覚悟がいる事だった。
俺はもちろんのことカリアは俺以上に覚悟がいる。
それなのに
「あなたがこの国を守る事で少しでも国のみんなが幸せになるなら私はあなたを支えたい」
と言ってくれた。
どこまでも素敵な女性だ。
俺は白の壁とオレンジの屋根で出来た家のドアを開ける。
騎士団長であればディシ達のような屋敷を貰うことも出来た。
だが、カリアは平凡な幸せ望んでいた。
特別裕福でもなく、広い家な訳でもない。
だが、愛する者と日々を過ごせればそれで良いという考え方だった。
「あら、早かったのね!」
「ああ、ロッドルは?」
「さっき、広場まで散歩しに行ったら沢山遊んじゃってね。
疲れて眠っちゃったわ」
カリアが俺を玄関まで出迎えてくれる。
おかえり と言いながらキスをし、ロッドルの今日の様子を楽しそうに話し始める。
ロッドルの寝る部屋に向かい、気持ちよさそうに眠るロッドルの顔を覗き込む。
やはりカリアに似てとても美形だ。
俺はこの2人を必ず一生幸せにしないといけない。
食事スペースに行き、椅子に座る。
対面にカリアも座り俺の前に飲み物を置いてくれる。
「どうしたの?疲れているみたいだけど」
「あぁ、少しな。ザブレーサとマリオロから派遣されている兵の訓練をしてやっているんだ。」
「そういえば来ると言っていたものね。お疲れ様」
「俺なんてまだまだ何もやってない方だな。
ミリィノとアビスに比べたらな」
「あの方たちは真面目だもの。あなたが実はあんまり真面目では無いのを知っているのは私だけだもんね」
「常に真面目だったら余計疲れてしまうからな」
「ふふっ、そうね!」
やはり話している時が楽だ。
オロビアヌスなんて行かずにずっとここで目の前の美人と話していたいと思うほどに幸せを実感してしまっている。
だが、しっかり話さないといけない。
「カリア、任務のことで話がある」
「どうかしたの?」
「実はな、明後日にオロビアヌスに行く事になった。
メアリー女王からの指示だ。
あちらで少々問題が生じたらしく、俺とアビスが行く事になった。
数日の滞在と数日の移動時間を合わせて1週間と少し家を空けることになる。すまない。」
メアリー女王は決して強制などしない。
本気で嫌ならば拒否しても良いというのがメアリー女王の考えだ。
カリアが嫌だと言うならば拒否をするのも考えている。
「…キャスはどうしたいの?」
「俺は…カリアが行って欲しくないと言うならばメアリー女王に行かないと伝えるつもりだ。」
俺自身は行きたくないと行かないといけないが混合していた。
カリアとロッドルとずっと平和に暮らしていたい。
だが、オロビアヌスが危険に晒されるならばすぐにでも駆けつけて救ってやりたい。
「私の事はいいの。キャスがどうしたいかを聞いてるの。
行きたいの?行きたくないの?」
「俺は、行かなきゃダメだと思ってる」
そう言うと目の前の女性はニコッと笑う。
「なら、私はそれを否定なんてしないわ。
私の事は気にしないで。ロッドルの事も任せて。
だから、あなたの助けを待つ人達を救ってきてあげて」
この女性は本当に強く、勇敢だ。
こんなことを言える人なんて普通はいない。
この人と結婚して本当に良かったとしみじみ思った。
「ありがとう、カリア」
「ええ」
「これからメアリー女王に行く旨を伝えてくる。」
「うん!行ってらっしゃい」
俺は席を立ち、玄関へと向かいカリアに見送られながら家を出る。
「…行かないで。」
カリアはキャスが出ていったドアの前でしゃがみこんで一言そうボヤいた。
「無事、妻からの了承も得られましたので今回の任務は行かせて頂きます」
「ありがとうございます。本当に申し訳ありません。
妻子持ちの方にこのような任務を与えるのは極力避けるようにはしているのですが今回はどうしてもナルバンさんのお力が必要です。」
「お気になさらないでください。必ず無事で帰ってきます。」
「とても心強いです!今回は先にも言った通り
スクリムシリ 破 …もしくは天帝が絡んでいる可能性があります。
極めて危険になるかもしれません。
どうかお気をつけてください」
「心しております。」
天帝…俺は今までに出会ったことがなかった。
スタシアを除く守恵者ですら勝てるか怪しいレベルの敵。
俺にどうこうできる問題では無い。
そのためのアビスなのだろうな。
それに最近、知力を持ったスクリムシリ 破 が出現してもいる。
知力のないスクリムシリ 破 ならば俺も勝つことが出来るだろうが知力があるなら分からない。
意思 が宿っていない分、天恵技術や剣の技術で血の滲むような努力をした。
騎士団長に選ばれは時、俺は自分の努力が認められたと思ったが古くからの馴染みであるディシはもちろんのこと、ミリィノやアレル、スタシア、アビスなどの極地にいるものにその実力を見せつけられた。
上には上がいた。
メアリー女王に一礼をし、部屋を退室した後に家へと向かおうと歩き出す。
「あ!ナルバン団長!」
後ろから声がして、振り返るとスタシアとミリィノがいた。
「お疲れ様です!ナルバン団長」
「何かご報告していたのですか?」
「ああ、オロビアヌスの件でな。
お前たちも聞いているだろう?」
「はい、今回は少々危険になりそうなんですよね?」
「そうだな。アビスが行くから余程のことがない限りは問題ないと思うがな。」
「アビス師匠”と”ナルバン団長がいるからですね!
相変わらず謙虚なんですから!」
「そうですよ。ナルバン団長はとてもお強いのですからもっと自信を表に出していいと思いますよ」
「そう、だな…。それはそうとミリィノ、俺とアビスがいない間はザブレーサとマリオロの兵は任せたぞ。
ディシをしっかり頼れ。
お前は頑張りすぎてしまうことがあるからな。」
「はい!分かりました。」
「天恵の事なら私もザブレーサとマリオロ兵達になにか教えられたのになぁ」
「そう言うな。スタシアがいることによってユーランシーは確実と言っていいほど安全になっているんだからな」
「えへへ、なんか照れちゃいますね!」
「明後日から俺とアビスはオロビアヌスに向かう。頼んだぞ」
「「はいっ!」」
相も変わらずスタシアは元気なものだな。
ミリィノは騎士団初の女性団員、スタシアは 信愛 という強力な意思によって異例の守恵者昇級。
俺は 女性だ男性だ などと性別でどうこう思うとかがある訳では無いが、そんな考えを持っていてもこの二人は女性として凄いと感じてしまうほどだ。
ミリィノと俺が一対一をしたとして意思無しならば勝てる可能性はあるが、意思 ありならば確実に勝てない。
二人の女性に背を向けて俺は家へと向かい歩き出す。
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「ナルバン団長…なんか悲しそうだったね」
「そうですね…奥さんとお子さんが居られますからこの国から離れたくないのが本心なのかもしれませんね。」
「自分の子供とか居ないからちゃんとは分からないけどやっぱり凄く可愛く感じるんだろうね」
「そうですね。スタシアさんの子供ならなおさらとても可愛らしいと思いますよ」
「ミリィノちゃんもだよ〜。これから任務?」
「いえ、今のところは無いですね。もしかしたらこれから任務が入るかもしれないと言われましたが。」
「そっか〜」
「スタシアさんは任務ですか?」
「うん。少し危険なスクリムシリらしくてね」
「破 ですか…」
「知性は無いとゼレヌスさんが言っていたからさほど脅威ではないから安心して」
「いくらスタシアさんでも相手が 破 なら少しは心配してしまいますよ」
「なら、安心させられるようにすぐ帰ってくるね!」
ミリィノは心配症だなぁと感じつつも心配してくれる事が素直に嬉しかったりする。
最近のスクリムシリの異常なほどの活発な動きはユーランシー周辺の村だけでなく他国にまでその脅威を広げている。
私はこのことに違和感を感じていた。
普段の任務で殺すスクリムシリは知性も強さも無い貧弱な怪物だが、前に私がザブレーサやディシくんとの任務の際に出会った人型のスクリムシリ…
あれに関しては自然で生み出されるには異質すぎる。
まるで血色を無くしたかのように灰色の肌…人に出来るだけ似せるように作られた手足や顔。
ザブレーサの一件で天帝によってスーラがスクリムシリにされた事を考えると、自然発生するスクリムシリと人工的に作られているスクリムシリがいるということなのでは無いか?
だとしたら人工的に作られているスクリムシリはどうやって作られているのか…。
一択だ。
人間 から作られているとしか考えられない。
そうであって欲しくないがそうとしか考えられないほど精密に作られている。
知性がないやつができるのは作っている最中に何かしらの障害が怒ったからなのか…それとも子供を媒体としてか作っていないから元から知性がほぼ無いのか。
この考えをディシに話そうか悩んだがあくまで想像でしか無いしこんな不愉快極まりない話をそう簡単に他者に話すものでは無い。
(はぁ…最近、こんなことばかり考えてる。)
こんなことしか考えられない女は気持ち悪いのはわかっている。
けど少しでもスクリムシリの根本を根絶やしにしたいから思考を辞める訳にはいかなかった。
ミリィノとメアリー女王の部屋の前で別れる。
ドアをノックし、返事があり中に入る。
「これから任務に行ってまいります。」
「かしこまりました。こちらは許可証です。
どうかお気をつけて」
「はい!ご安心ください!」
「ふふっ、どうしてでしょうか。スタシアさんのその言葉は本当に安心できてしまいますね!」
この方の為ならば命なんて軽いものだ。
この笑顔を守るためなら気持ち悪い女でも悪い女にでもなってやるさ。
私は西国の門からユーランシー外へと出る。
アレルがマリオロに行っている間、西方面の任務は私たち守恵者3人で交代交代で回している。
1人居ないだけで忙しさがとてつもなく増してしまう。
5年前に2人の 意思者 が死んでしまってそこから3年ほどはアレルとディシの2人のみしか 守恵者 が居なかったと考えると恐ろしいほど忙しかったのだろう。
(そういえば…5年前までいた守恵者…あんまり知らないんだよね…
今度ディシくんに聞いてみようかな。)
身体強化した足で任務地まで走って向かいながらそんなことを考える。
5年前までの 守恵者 が宿っていた意思は知っている。
私は一応10年くらいユーランシーに住んでいるし、
以前の守恵者のことを耳にしたことくらいならある。
(確か…剣韻の意思 と 旋絆の意思 だった気がする。
剣韻の意思者だった人はミリィノちゃんが宿ってる意思だから分かるけど 旋絆の意思 ってどんな能力なんだろう。
聞く話によると当時のディシくんと同等以上の実力だったらしいけど…)
当時のディシは本人曰く今より少し弱いくらいらしい。
年齢と身体の老化を操作できるディシに全盛期とかあるのかどうかは分からないけどディシと同等以上の力があるだけで化け物じみているということが分かる。
(ん?……まだ任務地は少し先なはずだけど、気配がする)
私は足を止めて辺りを見渡す。
右手には森があり、左手には平野。
森の方からこちら側に地鳴りとともに近づいてくる何かがいる。
私は瞬時に森から距離をとる。
すると木々をなぎ倒しながら体長30メートル程の獣型スクリムシリが現れた。
(私の約20倍のデカさ。)
間違いなく 破 の強さがあるスクリムシリだろう。
知性なんてもちろんない。
だが、このサイズになると硬さが尋常じゃなくなる。
目の前の化け物は巨大な咆哮をあげる。
この咆哮だけで恐らく普通の人は耳が聞こえなくなり、
脳に何かしらの後遺症が残るだろう。
このうるさい鳴き声が終わるまで随時 愛憎 を発動させている私には効かない。
少し前に歩き、バカでかいその図体を見上げる。
私の身長くらいある尖った鋭い歯、歯茎の間からボタボタと垂れ流すヨダレ、ユーランシーの実力のある騎士団員でも傷一つ付けられないであろう硬そうな皮膚。
毎回抑えようとしてもスクリムシリを前にするとどうしても怒りが湧き上がってくる。
ディシにも前指摘された事だが、スクリムシリを前にすると極端に口が悪くなってしまう。
だからどうこうという訳では無いのだけれど、乙女として頭の片隅に気をつけるように考えてはいる。
考えているだけだ。
スクリムシリの顔の下まで歩き、その醜い顔を見上げる。
「キモ」
右手のひらをスクリムシリの心臓部分に向け、信愛の力に天恵を流し込む。
スクリムシリの心臓部分を中心にその辺りの身体の部位が捻り潰されるように小さくなっていく。
私はさらに強く天恵を流し込み、その捻り潰した塊を目に見えないほどさらに小さく潰す。
物質量やら密度やらは関係ない。
私の天恵技術で小さくできる限度は原子程の大きさ。
そこまで小さくしたら元に戻すのはさすがに不可能だけどここまで小さくするのはスクリムシリ相手だけだから別に大して問題は無い。
心臓という名の天恵の貯蔵庫を破壊された目の前のでかい塊は重力に従って私を押し潰す勢いで落ちてくるが右手を上まで上げて前に一気に振り下ろす。
スクリムシリの顔面は正面から潰されたかのように凹んでいき、ちょうど私の目の前に落ちてくる。
その死体を睨みつけながら人差し指をヒョイと下に向け、既に跡形もないスクリムシリの死体を地面に押し潰す。
「見上げると…首痛くなるんだよね。」
面倒臭いのはここからだ。
この死体をしっかり処理しないといけない。
ここからが 信愛 の真骨頂。
私は両手を丸めながら包み込むように体の前で合わせるとゆっくりと両手の中にある空間を潰していく。
それと同調するように目の前のスクリムシリの死体もみるみると小さく潰されていき、両手が合わさる頃にはスクリムシリは小さな球体の塊だった。
飛び散った血とかは処理のしようがないから放置でいいと言われている。
(任務終わりかな…周りに他のスクリムシリの気配は無いし。)
ユーランシーへ戻ろうと振り向いた瞬間、突然背後から今まで感じたことないほどの不気味な気配を感じた。
私は瞬時に後ろを振り返りながら距離をとる。
そこに居たのは白髪をオールバックにし、少しだけ前髪を前に垂らしたおじさんだった。
(見るからに人間…服も着ている。感情もあるように見える。
だけど…なに、このとてつもない不気味さは)
「あなたがスタシア・マーレンですか…。我が主に聞いていた通り、恐ろしいお嬢さんですね」
(我が主?誰のことだ?それよりも…さっきから感じているこいつの不気味な雰囲気…。
間違いない…見た目は完璧な人間の姿。
だが、こいつは身体が全て天恵で構成されている完全なスクリムシリだ。)
目の前に立っているこの男は間違いなく スクリムシリ 破 だ。
それも先程倒したやつやザブレーサで殺した奴よりもレベルが違う。
「自己紹介が遅れましたね。
私の名前は正式には無いのですが、主からはパロスと呼ばれていますので気軽にそうお呼びください」
(こいつ…何が目的だ。)
一つ分かることがあるとしたらこいつは天帝と深く関わりがあるということ。
主とやらは恐らく天帝。
そしてこいつは限りなく天帝に近い強さを持っている。
負けることは無いがここら一帯の自然を破壊することになる。
「何が目的なんだっていう目をしていますね。」
「分かってるなら答えろ。私を殺すのが目的か?」
「そんなこと出来るわけないじゃないですか。
そもそも別に命令されてあなたの前に姿を現したわけでもありませんから」
「ならなんだ?」
「腕試し…といった所でしょうかね」
いくら天帝に近い力を持っているからと言って私に勝てる確率は低い。
それをこいつは理解している。
それを踏まえた上で私に勝負を仕掛けてきたということか。
「ふふっ、面白いね。いいよ、受けて立つよ」
読んで頂きありがとうございます!




