35話 「お父さん」
メアリー女王からのお呼びを受けた。
俺とキャスがメアリー女王からお呼ばれすることはそう珍しいことでは無い。
だが、メアリー女王の側近護衛から伝えられた言葉は
「直ぐに私の部屋まで来て欲しいです」
だった。
こんな呼ばれ方をするのは初めてだった。
基本メアリー女王は時間さえ守ってくれればいつ来てくれても構わないと言った心の広い性格だが、
直ぐに などの時間を指定したり急かすような事は言わないお方だ。
(なにか重要な件か…)
最近感じる嫌な予感も相まって少々緊張が走る。
俺一人の身だけを守るならば普通に生きているだけで良いのだが、俺には俺以外に守るものがある。
メアリー女王、ユーランシーの民、ユーランシーという国。
俺はこの国を守らねばならない。
かつて俺を救ってくれたメアリー女王の母上に当たる
アシュリエル・ソフィア女王。
病に倒れ、メアリー女王が19の歳にその人生を幕を閉じた。
御歳47という短い人生だった。
ソフィア女王はメアリー女王と同様に優しく穏やかでだが厳格なお方だった。
メアリー女王程の愛想は無かったがその献身的な姿が民から好かれていた。
俺が29の時、ソフィア女王はまだその時は23。
俺の方が歳上だったが人間としての格が違っていたのを今でも覚えている。
他国で罪人の疑いをかけられて処刑されそうになった俺を守ってくださったのがその日に国王会議があり、その国を訪れていたソフィア女王だった。
俺の冤罪を少ない情報で見破り犯人を見つけ出すその頭脳。
俺はその時からこのお方…このお方の一族に仕えなければならないのだと直感した。
だが当時の俺は体も細く、運動もままならないほどの筋力だった。
俺は助けられたその日にソフィア女王の元へ行き、
「貴女様にこの身を仕えさせて頂きたい!
私はアビス・コーエン!必ず貴女様のお役に立たせて頂くことお約束させていただきます!ですのでどうかお願いしたい!」
今思えば最悪な頼み方だ。
言葉使いもバラバラ、内容もまとまっていない、普通ならば必ず断られるだろう。
しかしソフィア女王は違った。
頭を地面に着けて懇願する俺の目の前で両膝を地面に着ける。
オシャレで綺麗なドレスが汚れてしまっているがソフィア女王は気にせず話し始める。
「お顔を上げてください。」
俺の顎を人差し指と親指でクイっと上げ目を合わせさせる。
「アビスさん、あなたは誰かの下に着くような立場は似合いませんよ。
仕える という立場ではなく 護衛 という立場になって貰えませんか?」
その言葉に驚いてしまった。
ガリガリで見るからに弱そうな汚らしい男を護衛などにしてくれるなんて。
それに、こちらがお願いしていた立場なのにソフィア女王がお願いする側になっていた。
「どうして…私を護衛に?」
「それは私達の国に着いてからお話致します。
それでは馬車に行きましょう」
俺は言われるがままソフィア女王の馬車に乗せられ、
ユーランシーへと向かい始める。
ユーランシーに着くのに数日かかった。
俺が処刑されそうだった国は今で言うザブレーサだ。
名前は当時は少し違っていたが水の王国と呼ばれていたのは今も昔も変わらない。
ユーランシーに着いてまず風呂に入れられた。
風呂もデカすぎて動揺したがすぐに慣れた。
風呂で髪も体も良く洗いあの美しい女性の前にいても大丈夫のように入念に洗う。
風呂から上がり、置かれていた白シャツと柔らかい生地で出来た黒の長ズボンを履く。
髭も剃り、清潔感をしっかりと出す。
(だいぶマシにはなったか。)
俺はソフィア女王の部屋をノックし、返事が来たため中に入る。
ソフィア女王は俺の姿を見るなり驚いた表情をしていた。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、すみません//先程と印象が違っていたので…」
確かに先程に比べたら全く印象が違う。
俺でもそう感じた。
汚いおっさんから綺麗なおっさんになっただけだがな。
「それで、護衛というのは。」
「そうでしたね。アビスさんを初めて見た時から私は貴方の潜在能力が凄まじいことを確信しました。
あなたが私に声をかけなくとも私からあなたをお誘いするつもりでした。」
「潜在能力…ですか?」
「はい。今からお話することは基本他国の方に言ってはいけないことです。
他国の者に広めないとお約束出来ますか?」
俺はもうこのお方に命を捧げると決めた身。
断る理由がない。
「私…アビス・コーエンは貴女様の願いとあれば必ず守ってみせます」
「ありがとうございます!それではお話します」
俺はそれからスクリムシリの事、天恵の事、意思者の事を全て聞かされた。
そんなものがいるなんて聞いたことがなかったし信じていいのか分からなかった。
しかし、ソフィア女王はそんな嘘はつかないお方だと俺は理解している。
「天恵…俺にもあるのですか?」
「それなのですが…私は 見通す目 というものを持っているのですが、貴方は天恵が毎秒ごとに人間の上限分生成され、直ぐに消えるというのを繰り返しているのですよ。」
あまり理解できなかった。
言葉で理解するのには難しい気がしたがひとまず話を聞くことにする。
「普通は天恵は先程説明した身体強化、物の生成、治癒などで消費しない限り減らないはずなのですよ。
ですが、アビスさんは減るどころか消えていると表現した方がよろしいかもしれないです。
言うならば 天恵を分解する体質 です。
これはユーランシーでも過去に事例はありません。
天恵を分解するということは天恵が使えない。
デメリットでしかないと感じるかもしれませんが、逆に考えてみたら相手からの天恵を使った攻撃も効かないということになります。」
話が見えてきた。
俺は天恵を分解するという体質。
故に自分で天恵による治癒や身体強化は不可、
だが他者からの天恵を含んだ攻撃も効かない。
これだけ聞いたらデメリットの方が多い気がするのだが。
「これだけでは私が護衛に選ばれた理由にはならないのでは…」
「そうですね。これだけでは足りません。
スクリムシリは天恵を中心とした攻撃をしますがもちろん近接戦闘もします。
ならばアビスさんは近接戦闘のみを極めれば良いのです。
時間は沢山あります。
あとは貴方の覚悟次第です。
どう致しますか?」
今の俺のガリガリな体型でどこまで役に立てるかなんて不確定。
ソフィア女王の期待に応えられないかもしれない。
だがやるしかない。
このお方の役に立つことが俺の生き甲斐なのだから。
「この身果てるまで貴女様に…ソフィア女王のために動きます」
目の前の美しい女王はニコッと聖母のように笑顔になり 「そう言うと思っていました」 と言う。
メアリー女王の元に行っている間に懐かしいことを思い出しながらホールディングスの一室を開ける。
メアリー女王は姿勢よく座りながら何かを書いている。
相変わらず忙しそうだった。
机の上には山積みになった紙が大量にある。
メアリー女王はこちらに気がつくと、真剣な表情から柔らかい表情になる。
「来ていただいてありがとうございます」
そう言いながら席を立ち、目の前のソファまで移動して座る。
メアリー女王が座ったのを見たあとに対面に腰を下ろす。
「それで、ご要件はなんでしょうか」
「まずはこちらを見てください」
送り主を見て少し驚く。
オロビアヌスのバルタ・ザール王からの手紙だった。
「バルタ王から…また珍しいですね。中を見てもよろしいですか?」
「はい」
中身を見て少々情報処理に時間がかかった。
簡単にまとめると 大変だから来て欲しい ということだろうか。
「バルタ王がこのようなお手紙を、それに交流がほぼ無い私に送るのは余程の事態と考えられます。
カエリオン王の何かを握っているということは彼が私たちの国に何かしら害のある存在だと言うのも考えられます。
アビスさん、行って貰えますか?」
「かしこまりました。数名の団員をお借りしてもよろしいですか?」
「それなのですが、アビスさんとナルバン団長のお二人でお願いします出来ますか?
今回のオロビアヌスの件は思っている以上に深刻だと思います。
私の嫌な予感が当たればスクリムシリ 破 以上。
最悪な場合で天帝が絡んでいると思います。」
(天帝…確かに可能性がある以上、下手に騎士団員を動かすよりも俺とキャスで動く方が危険度は低い。)
キャスの実力は意思無しの勝負ならば守恵者全員(スタシア除く)と互角だろう。
あいつもあいつで相当化け物ではある。
俺と違い特殊体質でないキャスがここまでの力を有するのにどれほどの努力をしたのか…。
「分かりました。キャスと俺でオロビアヌスに行ってまいります」
「ありがとうございます。天帝が…絡んでいた場合、どうかお気をつけてください」
心配そうに言うメアリー女王。
「俺のご心配は不要ですよ。オロビアヌスへ向かう準備をしますのでこれで失礼します。」
俺が部屋を出ようとドアノブに手をかけた瞬間、
逆の腕の袖を軽く掴まれる。
「必ず…無事で帰ってきてね…お父さん。」
悲しそうな声ながらも強い気持ちを感じる。
「…ああ、メアリー。」
俺は部屋を出て、ミリィノの屋敷へと向かう。
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「あれ、セルシャいつの間にか戻ってきてんじゃん。
ヴェルファド行ってたんじゃないの?」
「一段落したから戻ってきただけだ。一々聞くな」
相変わらず口調強すぎて可愛げねーな。
こいつに女の子らしさというのは無いものだうか。
「あぁ、そう。またヴェルファド戻るのね」
「行かん。次はオロビアヌスだ。
ヴェルファドの王であるあのゴミと交渉している際に覗いている奴がいた。
ゴミを脅している時に何も助けようとしなかったところを見るとヴェルファドから比較的近い国の潜入員だろうな。
オロビアヌスにその情報が回り、ユーランシーにバレることがあるかもしれない。
必要とあらばオロビアヌスを破壊しに行く」
「えー、手伝おうか?あそこの国でかいから大変だよ?」
「必要ない。ハインケルが自ら行くと申し出た。
私とハインケルで行く」
「珍しいこともあるもんだな。てか、ユーランシーからオロビアヌスに向けて誰かしら送られてきてんじゃない?」
セルシャの予想が正しければその情報は手紙を使ってすぐにオロビアヌスの王へと伝えられるだろう。
そして、オロビアヌスの王はユーランシーに手紙を送り誰かしらを寄越させるだろうな。
自分がその情報を知ってしまった場合、命を狙われるのでは無いかと心配になるはずだ。
問題は誰が来るか…だが。
(守恵者が来るとすれば信愛だが…セルシャと信愛が対決したらオロビアヌスはどちらにせよ滅ぶだろうな。
そもそも守恵者は来ないだろう。
マリオロに一人いるという情報がある。
これ以上ユーランシーから守恵者を出す訳には行かないだろう。
ならばあるとするならば騎士団長辺りか。
セルシャなら問題ないだろうな。)
「ユーランシー兵など私にとっては大した驚異では無い。」
「というか聞かれていたのわかっていたならどうしてその場で始末しなかった?目立ちたくなかったのか?」
「…」
このガキ黙りやがった。
まさかとは思うがオロビアヌスとユーランシーの兵を同時に潰すためにわざと見逃したとか舐めたことでは無いだろうな。
「お前…まさか面倒だから一度にやろうとわざと見逃したのか?」
「…だからどうした」
「お前さ…一応目立たないように動いてくれよ。
オロビアヌス潰すのは構わないけどユーランシーが関わるだけで厄介になるんだからさ。」
こいつもこいつでまともじゃないな。
天帝の中でこいつは唯一の純粋なスクリムシリだ。
ギャラリス、ハインケル、ジャレン、僕。
この4人は人間だが目的が一致したため天帝という事で手を組んでいる。
だがセルシャは人間では無い。
体は天恵で構築されており、意思も宿っている。
極めて珍しい個体だ。
素がスクリムシリの本質なため、人間の感覚が分からない時がある。
「言っただろう。私にとっては大した相手では無いと。1人を除いてな。」
「あー、もういいよ、言っても分からなそうだし、君なら死ぬことは無いだろうし。
でも気をつけなよ、人間って生き物を殺すときの執念だけはスクリムシリを上回るから」
人間はしつこく、しょうもないことを覚えている。
故に弱く、脆い哀れな生き物だ。
だが、怒り、恨み、憎しみ
これらは人間の限界を引き上げる。
これが人間だ。
(僕もそろそろユーランシーに向かわないとな〜。
アビス・コーエンがオロビアヌスに行くのが1番手っ取り早いんだけどなぁ。)
ひとまずハインケルの元へ向かう。
ミュレイにスクリムシリを数体あげてあまり余裕は無いのだが念の為としてスクリムシリを持たせておくとするか。
(ハインケルが住んでるところ寒いんだよなぁ)
なんて考えながら真っ暗の空間を数分くらい歩くと森の中に出る。
木々や地面には雪が積もっており冷たい。
というかめちゃくちゃ寒い。
森の中を少し歩くと木でできた家が出てきた。
一軒家で素朴な家。
煙突からは煙が出ている。
(さすがのハインケルでもこの寒さは耐えられないか)
僕はノックもすることなくドアを開けるとハインケルが火のついた暖炉の前にソファを置いて寝ていた。
こいつは相変わらず自分の仕事もせずにダラダラしている。
こいつが自分からオロビアヌスに行くと言ったのが嘘に思えてくる。
「ハインケル、起きろ。」
「寝ていませんよ。頭の中で私の好きな曲を流していたのですよ」
「寝ようとしていたのは変わらないだろ。
そんな事よりもお前にこれを渡しておく」
人型スクリムシリ 破 が入ったガラスのカプセルをソファの前にある机に3つ置く。
「なぜ?」
「ユーランシーからの兵がいるとセルシャが読んでいる以上、邪魔されないように足止め用のスクリムシリだ。
普通の兵くらいなら脅威にはならないだろうけど団長レベルが来たら厄介だろ。」
「ふむ…まぁ、そうですね。ありがたく貰っておきますよ」
「あ、でも大事に使ってくれよ。
ミュレイちゃんに3体あげてもう余裕ないから」
「あなたね…頼んでもないのに渡しておいてそれ言いますか。
まぁ、こいつらには雑事でも任せますよ。
知力は?」
「無いよ。でも命令すればその通りに動く。
こいつらはミュレイちゃんにあげたやつと違って体の形を変形させられるから人間サイズにもそれより大きくもできるよ。
でも肌の色は変えられないから注意しなよ。」
「それ私に言わないでセルシャに伝えておくべきとは思いません?」
「あいつ、いらないって言うからな。わがままな童顔おばさん」
少し悪口言っただけだ。
ほんのふざけのつもりだったが思ったよりセルシャは怒ってしまったようだ。
僕の右腕が空間ごと消える。
僕の右腕があった場所は何も存在しない 無 となっている。
セルシャは僕の発言をいつでも聞ける。
事象の意思 という天命に分類される意思から裏切りに合うのが怖いのだろうな。
実際、僕の能力はセルシャと相性が良い。
まぁ、僕がセルシャに勝てるとは思っていないが。
(というか、何も存在しない 無 となると黒くなるのか…。面白いな。
もしくは視覚が黒と捉えているだけで本当は別の何かなのか。)
僕の右腕の型まんまに切り取られた空間を眺めながらそんなことを考えていると右腕に痛みが伝わってくる。
「セルシャ…悪かったよ。戻してくれ」
ちゃんと誠意を込めて謝った。
気がつけば右腕が戻っていた。
何も無かったかのように動くし痛みもなかった。
「あなたもあなたでセルシャと仲がよろしいですね」
「これのどこ見て言ってるんだよ。今は機嫌悪いんだろうな。
感情薄いくせに怒りはわかりやすいんだよねなぁ。」
「逆に彼女、怒り以外無くないですか?」
「感情のない生物を相手にするのは疲れるもんだよ。
まぁ、それなりに助けて貰ってるからこれ以上文句は言えないけど」
「そうですよ、そんなに煽る発言したら殺されますよ」
「その時は命かけて戦うさ」
「面白そうですね、その時は私を呼んでください」
「なんだい?手伝ってくれるのかい?」
「バカ言わないでください。死にたくありませんから手伝いませんよ。
鑑賞するんですよ。
2人の芸術が戦い合う姿を」
「なんだよ。つまらないなぁ。」
薄情なやつだな全く。
実際、セルシャと僕が戦ったら面白い戦いにはなるとは思うな。
セルシャの 空虚 は不可避では無い。
自分と相手の力量次第だ。
(僕とハインケル2人がかりなら8分位は生きてられるかなぁ)
「それじゃ、僕はこれで。あんまりサボりすぎるなよ」
「サボってなんかいませんよ。」
扉を開けると真っ暗な空間が続いており歩き続けていくと気がつけば自分の研究部屋にいた。
「さてと…そろそろ向かう準備しますか」
読んで頂きありがとうございます!
気がつけば3章開始ですね。
自己満すぎて内容が濃い時と薄い時で分かれてしまっているので3章は全体的に濃い内容で書いていこうかなと思います!




