3話 「実力」
天恵の流れを掴んだ私は身体強化という天恵の基礎を
スタシア・マーレンという美しい女性に教えて貰っていた。
身体強化は細かな技術がないとあっという間に天恵を使い切ってしまう。
試験まであと2日という所まで迫っていたが、
どうやら私は天恵の細かな技術が「下手」みたいだ。
「はぁ、はぁ、どうしても、天恵の消費が…」
「おかしいですね。天恵を使うタイミングも量も
間違っていない、むしろ完璧に近いはずなのにどうしてでしょうか。」
ディシからは天恵は人の体質によっては使い方が
難しい人もいると言っていたが、まさに私がそうなのではないかと思ってしまう。
これを克服しないことには始まらない。
「そんなに焦る必要は無いですよ。ゆっくりでいいんです。自分の思った以上に天恵消費してしまうなら
一撃にかけるというのもありますよ。言っちゃうと
試験にさえ合格すればいいんですから」
「一撃…」
「試験の内容は聞いていますか?」
「はい…守恵者の方との一対一です。それ以外は聞いていないです。」
「今回の試験は守恵者の方に1度でも攻撃が当たれば合格だそうですよ」
「1度でも?」
初耳だ。だが、それは嬉しい誤算というものだ。
それならばスタシアが言っていた一撃にかけるという作戦でも全然あり、むしろその方が確率は高い。
しかし相手は剣のエキスパートであり、かけた一撃が簡単に防がれることもある。
だから必要なのは一撃までの隙を作り出すこと。
(私の今の力で守恵者に隙を作り出すことなどできるのか…。)
(どうやら悩んでいるようですね…。試験前に悩むのは良くないのですが、どうしましょう。ディシ君なら…)
「ヨーセルさん!今日はもう終わりにして、一緒にご飯食べに行きませんか?」
「え?」
私はオシャレなお店に連れてこられていた。
外装も店内もオシャレだがお客さんには特別裕福というような身なりの人はおらず、誰でも気軽に来れるようなお店なのだろう。
「お!スタシアちゃんじゃねーか!今日は連れも一緒かい!ディシ様だと思ったら違うな!」
「マスター、私だってディシ君以外のお友達はいますよ!」
「ハハハ!悪ぃな!好きなとこ座りな!」
マスターと呼ばれるこの人はここのお店の店主だった。
スタシアはよくここに訪れるのだろう。
店主だけでなく、他のお客さんにも挨拶をしたり笑顔で話したりしていた。
この国の人は基本愛想が良くとても絡みやすい。
ディシやスタシアの周りにそういう人が多いだけかもしれないがそれでもとても良い国だと分かる。
「ヨーセルさんは何を食べますか?私のおすすめはオムライスっていう食べ物ですよ」
「おむらいす?」
「ご飯を卵で包むんです!すごい美味しいですよ」
「じゃあ、それでお願いします」
スタシアは店主を呼びオムライスを2つ、お酒を1つ注文する。
そこでハッとしたかのように
「ヨーセルさんも飲みます?」と尋ねて来たため、
断った。
この人は何歳なのだろうか。見た感じ私より歳下に見えるのだが…
「あ、もしかして私の年齢気になりますか?」
「え、まぁ…」
「初対面の人にはよく聞かれるんですよね。どうしてでしょうか」
童顔だからだろ とツッコミたくなる。
顔だけ見たら本当に10歳と言われても違和感が無いくらいではある。
「ここだけですよ!17歳です!」
「え?」
え?………え?????
私と同い歳なの?????
「驚きました?顔だけ見たらもっと歳下かと思われるんですよね〜。ヨーセルさんはおいくつなんですか?」
「私も…17です」
「え!ご一緒なんですね!なんだか嬉しいな!私の周りには大人ばかりだから!」
年齢が一緒なのは少しびっくりしたが、むしろこちらとしては嬉しい。
だが、目の前にいる童顔の女性は間違いなく只者では無い。私は天恵というものを認識して日は浅い。
なんなら無に等しい。
しかし、スタシアを前にすると私でも分かる。
とてつもなく 強い ということが。
その女性が私と同い歳ということに驚いてしまう。
(と言っても所詮私だから、勘違いに過ぎないだろうけど…)
「良ければお互いタメ語で話しませんか?砕けた感じの方がヨーセルさんも良いと思うのですが」
「そう…だね。私もその方が嬉しいかも」
「やった!決まり!」
そう言いながら届いたお酒の入ったジョッキを一気に流し込む。
17歳の風格には全く見えない。
村では20歳までお酒は飲んではいけなかったためまだ少し抵抗がある。
「そういえばこの国は他国との関わりはあるの?」
ずっと疑問なことがあった。
スクリムシリは他国にも影響を及ぼしているのか、
壁に囲まれているが他国との交流はどうしているのかなどなど。
「他国との交流ならしてるよ。半年から1年に1回、
他国の王達が集まって国王会議っていうのを開催してる。この国は中々に大国だからさ、そういう重要な会議に参加しないといけないんだよね。」
「そうなんだね。そういうところでしか交流できなさそうだもんね」
「まぁ、スクリムシリが襲ってくるのって私達の国だけだからね。他国は無理に私達に介入しようとしないと思うからね。」
「私達の国だけ?」
私達の国だけとはどういうことなのだろうか。スクリムシリはわざわざ私達の国だけを襲う程の知性も判別もできるとは思えない。
「天使の呪い…だね。」
「呪い…?」
「この国の昔のお話。私も詳しくは分からないけど、先代の女王を助ける代わりに試練を与えたと言われている。それがスクリムシリという存在」
ディシの話では女王の呪いはこの国を守る結界。
スタシアの話では天使の呪いはスクリムシリ。
何となく話が見えてきそうで見えてこない。
「あ、そうそう。あと、他国の人達と話す機会があっても天恵のことは言ったらダメだよ?
天恵という存在はスクリムシリに対抗するための物であり、人同士の戦争に使われるべきでは無いからね」
確かに少し使えるようになっただけでも天恵の凄さが分かる。
これが他国に知れ渡れば軍事利用する国も出てくるだろう。
そもそも私達以外の国の人達が使えるかどうかだが。
「分かった」
「はい、オムライスだよ!お嬢ちゃんには少しオマケに肉入れといたからしっかり食べなよ!」
「ちょっとマスター!私にはおまけくれないの!?」
「だってスタシアちゃんこの前、ダイエットするとか言っていただろ?気を使ったつもりだったが」
「うっ、そうだった…。過去の自分が恨めしい」
「ハッハッハ!お嬢ちゃん!スタシアちゃんといると大変かもだから覚悟しときなよ!」
「大変?」
「勝手なこと言わないでよ!マスター!」
「わりぃわりぃ!」
店主は笑いながら歩き去る。
スタシアを見ると顔を少し赤くしながら拗ねている。やはりとてつもなく若く見えてしまう。
オムライスを1口食べる。初めての感覚だった、頭で考えるより言葉が出てしまっていた。
「おいし…」
次の日も同じ場所で同じ訓練だった。
違うとこと言えば、若干二日酔いのスタシアが隣にいるくらいだった。
試験は予定通りならば明日、私がスクリムシリ達に立ち向かう資格があるかどうかの試験。
(必ず…皆の仇をうってみせる)
天恵についての力を意識してから数日、
私はある事に気がついた。
天恵は感情に深く関わっているということだ。身体強化の練習をしている時に、ふとあの日村で起こったことを思い出してしまうことがある。
その時に、当時感じたどうしようもない無力感と怒りが込み上げてくる。
そして気がついたら天恵の制御が出来ずにいた。
これをスタシアに聞いたら
「天恵って基本的に 意思 で制御するものなの。でも、感情というどうしても抑えられない人間の本質によって完璧に制御は出来ない。中には例外がいるけどね。
それこそディシ君とかは感情に左右されないくらいの
技術があるけどね」
と言っていた。
言うならば守恵者程の実力がないと感情に左右されてしまうということだ。
今の私にはそれに足るほどの実力は無い。
ならば、今私がやるべきことは…
「スタシア…良かったら私と手合わせをしてくれない?」
剣の技を少しでも磨くこと
「…いいよ。どうやら目指すものが見つかったみたいだね!」
スタシアが何者かは分からないが少なくとも私よりかは絶対に強い…はず。
スタシアと私は木刀を手に持ち向かい合う。
そしてお互い構える。
私は あれ? と思う。
そして合図とともに私とスタシアは木刀をぶつけ合う…のだが、簡単にスタシアが後方に飛んでいってしまう。
「いたた…あ、負けちゃった」
私は拍子抜けしてしまう。
構えた時に、子供が剣を構えるくらいの隙の多さだった…。あえて隙を作っているのかと思い、本気で向かっていったがぶつかり合った時に、簡単に押し返せてしまった。
スタシアとの間に感じていた圧倒的な圧…圧…。
どうやら気のせいだったみたいだ。正直に言うが剣をあまり扱ってこなかった私ですらお世辞にも強いとは言えなかった。
「ご、ごめん。加減するべきだったよね」
「気にしないで!私、本当に剣だけはあまり上手く使えなくてさ。騎士団でも異質っていうかなんというか」
「え?スタシアって騎士団なの…?」
「え、そうだよ?教えてなかったっけ?」
「うん…初耳」
気にすべきはそこでは無い。ディシが言っていた。
騎士団には女性が2人だけいる。
その2人とも守恵者だと。
そして1人はミリィノという女性。そして、スタシアの言っていることが正しいのであれば、もう1人の守恵者とはこの目の前にいる私に剣で押し負けた女性。
夜になり、私はディシィ邸で食事をしていた。
ドアが開き、貴族正装に身を包んだディシが入ってきた。
「ディシさん。お先に食べております」
「あぁ!構わないよ!こちらも遅れてしまってすまないね」
ディシが席に着くと食事が運ばれていく。
私はディシに話しかけることなく、黙々と食べる。
私は決してディシの事が苦手とかそういうのでは無いのだが、守恵者と聞いてからはあまり馴れ馴れしくしないように心がけている。
私が仮に騎士団に受かったとして、ディシは私の上に立つ人間なため今のうちから礼儀をしっかりしておくべきなのだ。と言っても所詮は田舎育ちの田舎娘。
正規の礼儀など知る訳もなく…。まぁ、その辺は慣れていけば良いだろう。
「どう?スタシアとの特訓は」
「おかげさまで、天恵の使い方のコツがだいぶ掴めてきました。」
「やっぱり才能あるね。天恵の使い方とかって小さい頃から地道に訓練したりしてやっと出来るようになるものなのにね」
「私は結構大雑把に練習してるので騎士団の方々と比べたら相当劣ると思います」
「今はそれで十分。それより、スタシアはどう?君と仲良くできそうと思うんだけど」
「はい、歳も同じで気軽に話せます。でも…」
「でも?」
「今日、スタシアと剣の手合わせをしてもらいました。えっと…その…スタシアって守恵者なんですか?」
めちゃくちゃ遠回しに言ったけどだいぶ失礼なこと言ってるのは変わりないな。だが、気になって眠れる気がしない。
「あー、スタシアと剣の手合わせしたんだ〜。
ぶっちゃけお世辞にも強いと言えなかったでしょ?」
「…正直。」
「スタシアは守恵者だよ。彼女は超例外だね。剣の扱いはそこら辺の犬の方が上手いと思う」
めっちゃ酷いこと言うな、この人。
まぁ、私も思っている事だが。守恵者になるためにはそれなりに剣の実力もいると聞いていたのだが…。
超例外とはどういう意味なのだろうか。
「まぁ、そのうち分かると思うよ。今は明日の試験に集中しなよ」
「…わかりました」
食事が終わり、先にお風呂に入らせてもらった。
相変わらずでかいお風呂だった。
私が頭を洗って流し終わると後ろに気配がした、
「お背中流しましょうか?」
聞き覚えのある声だった。ディシィ邸にはメイドが数人と男の執事のような人がいた。
そして、その聞き覚えのある声はその執事の人の声だった。
私は後ろを振り返り、腕で体を隠しながら警戒する。
「驚かせてしまいましたね。すみません。普段はあのような格好しかしていなかったので勘違いされても仕方ありませんよね」
確か…アンレグ・ヘンリル。騎士団でも優秀な成績を収めている人は守恵者の直属の部下になることが出来る。収入面でも普通の騎士団員よりも大きく違うため
それなりに人気のある役職だと教えてもらった。
私は警戒しながらアンレグの全身を見る。
あれ、胸がふっくらと膨らんでるし…下には…
付いていない…。
え?どういうことだ?アンレグは男じゃないのか?
「ごめんなさい。私こう見えて女なんですよ。」
ひとまず私とアンレグは身体を洗い、温泉に入り身体を癒しながら話す。
「父がいなくて母が1人で私のことを育ててくれたんです。そんな母の助けになりたくて騎士団になることを決めました。でも、女性としての前例などはその頃はありませんでした。ミリィノ様もスタシア様もその頃はまだ騎士団にいませんでしたから。そんな時にディシ様に出会いました。ディシ様は、ヨーセルさんと同じように私を推薦してくださったんです。
ですが、私は事情が事情だったので女性ではなく男性として推薦を受けさせてもらいました。
だから、普段から男性の様な装いでディシ様の側近として働かせてもらっています。これを知っているのはディシ様とヨーセルさんだけですね!他言は無用でお願いします。」
事情は分かったのだが1つだけ気になることがあった。
「どうして私には教えてくれるんですか?」
「…状況と理由は違えど私と同じ境遇なので少しでも安心させてあげたかったのかもしれません。
私は騎士団に入ってから他の騎士団員とよく揉め事を起こしてしまっていまして。男性と女性の意見の違いというものでしょうか。ですが、私は頑張って良い成績を残し続けてたんですけどそれに嫉妬されたのか、 あいつはサボってまともに仕事をしない。他の人に押し付けてばっか などと嘘を吐かれるようになりましてね。それを見兼ねたディシ様が私を側近に置いたという訳です」
なんというか…騎士団内でもそういうのがあるのだな。この国の人達はとても良い人だと勝手に思ってはいるが、そういうの内情を知ってしまうと不信感は残ってしまう。
私の目的はスクリムシリをできる限り殺すことだからあまり気にする要素では無いがアンレグはそうもいかない。母のために騎士団を辞める訳にはいかないためそういうのにも我慢しなければならない。
私は不思議とアンレグを尊敬の対象として見ていた。
「長く話してすみません。私はお先にあがりますね、
どうか、他言無用で。それと、ヨーセルさんのお胸は少々大きいのでさらしなどを巻いた方が良いかと思われますよ」
いたずらに笑う、美形なイケメンの女性はお風呂場を後にする。
最後の最後でとんでもないことを言って去っていったな…。
「さらし…巻こうかな」
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北の地区にある巨大な円形の騎士団専用の闘技場がある。ここで、入団試験をしたり、騎士団の訓練をしたりしている。
守恵者同士でもよくここで手合わせをしたりしている。
俺は、ヨーセルの特別試験開始時刻の1時間早く来ていた。高階級席にはスタシアとアレルが座っている。
見た感じ、いつも通りスタシアがだる絡みをしてそれがめんどくさくて素っ気なく返事をするアレルと言ったところか。
スタシアの鈍さは考えものだな…。
俺が近づくのに気づいたスタシアは俺に向かって走ってきて顔をニコニコさせながらだる絡みの標的を俺に変える。
「ディシ君!今度一緒の任務だね!楽しみだよ!」
「楽しみってお前…普通に考えて守恵者2人も出る任務なんだからそれなりに厳しい任務だぞ。
スクリムシリ・予 以上が数十体くらいいるかもなんだから緊張感持てって」
「だいじょーぶ!何かあったらディシ君が守ってくれるでしょ?」
「はぁ、お前なぁ。まぁ、いいか。それよりミリィノは?」
「多分、待機室にいるよ!それなりにミリィノさんも気合い入れてるみたい!」
「そうか…」
(ミリィノはあくまでも手は抜かないつもりか。この短い期間でヨーセルにはできる限りの事は教えたつもりだ。)
〜ミリィノ待機室〜
「ミリィノ様…いつになく真剣ですね」
「レイ…あたかも私が普段の任務を真剣に受けてないみたいな口ぶりですね」
「事実そうでは無いのですか?」
「真面目には受けていますよ。ただ、今回の特別試験は確かにいつもより真剣であるというのは認めますよ。」
「ヨーセル と言いましたっけ?彼女にはまだお会いしたことがありませんよね?」
「はい。ですが霊園でディシさんとご一緒しているのを偶然お見かけしたことならあります。
あの時はまだディシさんが推薦する前でしたけど、一目見ただけでその後ディシさんが推薦したのを納得しました。
彼女の底にある感知できないほどの…『憎しみ』
私は自分の手で彼女の実力を試してみたくなりました。どれほどの者なのか。
だから、手を抜くつもりはありませんよ」
「…ですが、本気を出してもダメですよ。
あなたが本気を出したら闘技場どころか北の地区が半壊する可能性がありますからね」
「分かっていますよ。」
〜ヨーセル待機室〜
「ヨーセルさん。そろそろ時間です。」
「はい。ありがとうございます、アンレグさん」
(アンレグさんが持ってきてくれたこの服と剣。
身体にすごく馴染む。とても良い素材で出来ている。ディシさん、スタシア、アンレグさん。ここまで私の力になってくれた人のためにも合格しなければならない。絶対勝つ)
「ヨーセルさん」
「はい?」
「健闘を祈ります」
「…はい!」
〜高階級席〜
開始まで残り5分程、そろそろか。
騎士団員達もどんどん集まり中階級席に、
騎士団内でも位の高い者達は俺たちと同じく高階級席に着席していく。
この観戦は全く強制ではないが、推薦試験ということ自体が珍しいがそれに加えて試験内容は守恵者直々ということもあり、騎士団の今日任務ではない者全員が見に来ていた。
ミリィノとヨーセルが闘う場の中心にに騎士団長 ナルバン・キャス が立っていた。
すると高階級席のドアが開かれ、2人の鎧を纏った騎士団員が開かれたドアの左右に立つ。
そして、奥からメアリー女王が歩いてくる。
高階級席にいる者も中階級席にいる者も全員立ち上がりその場で右膝を床に着け右手を胸に添える。
メアリー女王は 楽に という合図を手で送る。
そして女王の椅子に座る。
それと同時に我々も席に着く。
「只今より、剣韻の意思者 カウセル・ミリィノとルシニエ・ヨーセルによる特別試験を開始する。
合格条件はどちらかの武器を破壊または降参、それと特別合格条件として1度でも攻撃を当てることが出来たら合格となる。
それでは2名、入場」
ミリィノとヨーセルがそれぞれの入口から入ってくる。
アンレグに渡しといたヨーセル用の服と剣、大丈夫そうだな。ミリィノは…剣を持っていない。
まさか!?そこまで手を抜くつもりがないのかミリィノは…。
ミリィノは両手を前に出し、拳を握ると光り出す。
そして、空をなぞる様に両手を広げると剣が現れる。
剣韻の意思を宿ったことにより自身の力を最大限に引き出すことの出来る剣をいつでも出現させられる。
「ヨーセルさん…手加減はいたしません。良い勝負を」
「…はい。良い勝負を」
「構え!」
2人は互いに向き合い構える。
ヨーセルは少し緊張をしているな、ミリィノの目を見つめすぎている。
「始め!」
ナルバンの合図と共にミリィノとヨーセルが動き出す。
動き出しは同じ、だが速さはミリィノのが圧倒。
互いの剣をぶつけ合うと同時にヨーセルは後ろの壁まで吹き飛ぶ。
「ゲホッ!ゲホッ!」
(速い…速すぎてミリィノさんの剣に合わせる形でしか剣を振れなかった。それに、速さだけではなく、力も強い…)
速さの勢いと素力がより攻撃力を底上げする。
速さでいったらミリィノは守恵者で1番。どう対処する…ヨーセル。
(ひとまず、もう一度構えて体勢を…)
ヨーセルがもう一度構えようとするとミリィノは瞬時に距離を詰めて追撃を加える。
ミリィノはその攻撃を何とか天恵で強化した剣で受け止めるが依然として押される。
(追撃が速いっ…!辛うじて剣で流せてはいるけどこのままじゃ消耗戦で負ける。早くこの連撃から抜け出さないと……あ、やば)
ヨーセルが連撃を抜け出そうと反撃を試みたのだろう。だがその一瞬すらミリィノは見逃さなかった。
ヨーセルが反撃のためにほんの少し剣を上げたところをついて、脇腹に重い一撃を入れる。
ヨーセルはまた壁まで吹き飛ぶ。
先程は剣でダメージを抑えていたが今回は直撃。
俺ですら喰らいたくない攻撃だ。ここまでか。
…っ!?
「何を…終わったみたいな顔を…しているのですか?まだ…負けて、ないですっ!」
(立ち上がった!?手を抜いたとはいえ直撃したはず。あの直撃に耐えられるのなんて…いや、そんなことはいい。立ち上がるならば倒すのみ。)
ミリィノとヨーセルがまた互いに構える。
そして、今度はミリィノだけがヨーセルへと向かっていく。
ヨーセルはまだ動かない…カウンター狙いか。
(カウンター狙い…バレバレです!…なっ!)
ヨーセルはミリィノがカウンター狙いだと思い込んだのを逆に利用し、ミリィノが少し速さを落としたタイミングで天恵によって身体強化を足に集中させミリィノへと剣を振りつける。
ミリィノは完全に隙をつかれる。
「あれは、私が教えた一撃にかけるものだね!本来スクリムシリは群れることが多くて一撃にかけるというのは不利になりに行くようなものだけど、今回は試験で1回でも攻撃を当てられたら合格!ありな戦法でしょ?」
隣に座るスタシアがニコッとしながら言う。
確かに、試験を合格するという目的ならばその作戦は良いだろう。だが、それが通用するとは限らない。
「う…そ、でしょ、」
ヨーセルの渾身の一撃はミリィノが反応しきって剣で受けきっていた。
それどころかミリィノはそこからヨーセルに次の攻撃を与えられる段階で止まっており、ヨーセルは動けば次の攻撃が来ると理解していた。
「降参してください。もう天恵も残っていないでしょう。無駄に傷つけるのは好ましくありません。この試験に落ちても普通の入団試験があります。最終警告です。降参してください」
(諦める…?降参…?私はスクリムシリをできるだけ多く殺さないといけない。こんなところで止まってちゃダメなのに。また…私は無力で何も…何も出来ないの?そんなのは嫌、嫌嫌嫌嫌嫌!もう、大切な人が死ぬのを見たくない。絶対に諦めないっ!!!)
「っ!!!!」
ミリィノは反射的に後ろへ下がる。これは慈悲などではなく自分の身の危険を全身で察知したからだ。
そしてそれを感じていたのはミリィノだけではなかった。
この場にいる者全てがヨーセルがなにか変化を起こしたのだと直感した。
(見た目は変わってない…。何ですか…この威圧感は。決して舐めてかかってはいけないと私の頭から足先全てが感じ取っている。)
「よ、ヨーセル…だよね?ディシ君…」
憎しみと…殺意が。ヨーセルの中に溜まっていた底知れない憎悪が何かの拍子に開放されたのか。
決して舐めてかかったらいけない。それはミリィノも分かっているだろうな。
「ディシ。お前はあれが彼女の中にあると分かっていたのか?」
「あそこまでとは思わなかったけど、そうだな。
人間が1番輝ける時の意思は 憎悪 を持っている。何も気にする必要が無いからだ。俺はそれを覚醒者と呼ぶ。俺らみたいに意思を宿してない。けど、大きな力を出すことが出来る。面白いのはここからということだよ」
「ミリィノさん…まだ終わりませんよ…」
(先程と打って変わって全く隙がない。それどころか私の隙を狙っている。そういう事だったのですねディシさん。あなたが気に入るはずです。)
「ルシニエ・ヨーセル。貴女に敬意を示します。剣韻を奏でましょう。『同調』」
剣韻の意思は切るという概念がある物全ての性能を極限まで引き出す。
そして剣韻の意思がもつ固有の意志、
『同調』。
剣韻の意思によって創造することが出来る剣自体に自身の考える動きを流し込み、より速くより鋭い一撃を出すことが出来る。
初見の時はこれを直で体験したが不可避だと思えるくらい目で追えられなかった。
両者はもう一度構える。
覚醒者 対 剣韻 これで決まるだろう。
今度は2人ともが互いに激突し合う。
ヨーセルが振り下ろした剣をミリィノは剣を持っていない左手で側面から受け流し、先程と同様に右脇腹に一撃をいれようとする…がその剣をヨーセルは払い除けられたはずの剣で受ける。
そして、そのまま自身の剣をミリィノの剣に滑らせながら間合いを詰め思いっきり剣を振る。
ミリィノは素早くヨーセルと距離を取った。
「え、は、え?早すぎて見えなかったよ!ディシ君見えた?」
「うん。確かに早かったね。あと面白い結果になったみたいだよ」
「はぁ、はぁ、ゲホッ!ゲホッ!」
(疲労が…身体が今の動きに耐えられなかった…。でも、なんだろう今の感覚。身体の全神経がどう動くべきかを理解していたような感覚。今までで1番速く動けた。でも…)
ヨーセルの左手には刀身が折れた剣があった。
合格条件であり不合格条件の剣が折れる。
(不合格が決まった。相手が格上とはいえさすがに悔しい。立っているのもやっとなくらいには疲れているけど倒れたくないような…)
「勝負あり!」
ナルバンが終わりの合図を告げる。
普通の騎士団員達や隣にいるスタシアは気づいていないようだ。なんならヨーセル自身も気付いていない。
「勝者はルシニエ・ヨーセル!」
「…え?」
ミリィノがヨーセルに近づき笑って話しかける。
「正直ここまでとは思いませんでした。あなたは正真正銘私に一撃…傷を負わせましたよ。」
ミリィノの頬にはかすり傷が出来ていた。
「え、ほ、本当ですか?」
「本当です。私としては嘘であって欲しいんですけどね。」
「よ、よかっ…た」
ヨーセルはその場に倒れる。疲労によるものだろう。
闘技場内の騎士団は状況を飲み込んだのか大盛り上がりになる。
女王の方を見ると真剣な顔をしている…その顔をしているのはこの闘技場内で女王だけだった。
俺はそれをあまり気に留めることなく、ひとまず安堵した。
「とりあえずおめでとうだな」
戦闘シーンを書くのは難しく変な表現とかあるかもしれないです。
段々キャラの名前が増えてきたのでできるだけややこしくならないように気をつけながら書いていきます!