30話 「マリオロ襲撃-前編」
マリオロに来てから1ヶ月が経った。
早く感じるようで遅い。
残り1ヶ月もマリオロに滞在しなければならないと考えると辛いのかもしれないな。
1週間ほど前にマリオロ 東の地区にスクリムシリ 破 が
現れた。
マリオロ内で目撃された幽霊…。
民にその噂が広まったことが功を奏した。
もし、下手に近づいていれば死者が出ていたかもしれない。
だが、目撃情報からまだもう1体人型がマリオロに潜んでいるということになる。
西地区で目撃されたため、俺が夜に西地区を見回っているのだが1週間ほど経っても出くわさなかった。
虚偽か見間違いなのか?とも思ったが、ほぼ同時刻に目撃されたらしく虚偽のしようが無い。
いつものように夜の見回りを終えて貸家に帰り、
ミカリエの朝食を作る。
今日は緊急的な任務がない限り、俺は特にすることが無かった。
目撃があったというのにスクリムシリが見つからないストレスから俺は朝から酒を飲むことにした。
もちろん程々に抑えるつもりだが。
以前、ルシニエが俺におすすめしてきた朝から酒を提供しているという飯屋の前まで来た。
俺が飯屋に入ろうとすると後ろから呼び止められる。
「アレルさん?」
「ミュレイか?」
「覚えててくれたんですね!なんだか嬉しいです!」
懐かしい声だと思ったらミュレイが笑顔で立っていた。
長く滞在するとは聞いていたが想像以上に長かったな。
少なくとも1ヶ月は滞在しているということか。
「お久しぶりですね!あの女の子は元気ですか?」
「ミカリエか。お陰様で元気だ。あの時は助かった」
「いいんですよ!困った時はお互い様です!」
遠慮がちに両手のひらをこちらに向けて振る。
「アレルさんは今から何をするところだったんですか?」
「今日は特に用事がないからな。朝から軽くだが酒を飲もうと思ってな。」
「そうなんですか!でしたら、ご一緒してもいいですか?」
そんな提案をされる。
正直、酒は1人でゆっくり飲む方が好きなのだが…。
俺が悩んでいるのを察したのかミュレイは
「ほら!お酒は人と飲む方が美味しいんですよ!愚痴とかもこぼせますし!」
まぁ、一理ある。
ミュレイの素性を知らないため愚痴などを言うつもりは無いが実際に人と飲む酒は1人で飲む時とは違った美味しさがある。
ディシやミリィノ、スタシアと飲むのは別に嫌いでは無い。
いや、訂正だな。スタシアと飲むのはあんま好きでは無い。
あいつは誘い方が強引すぎて気が乗らない時でも飲まないといけない時があるからな。
「せっかくだし飲むか。」
「そうこなくっちゃ!じゃ、早速入りましょ!」
ミュレイは喜びながら店に入っていく。
店に入る瞬間、ミュレイは不気味に笑ったように見えたのだが…気のせいだろうか。
俺とミュレイは席に着き、早速酒を2つ頼む。
「今更なんですけどアレルさんはこちらにどのような用で来たのですか?ユーランシーから来たと言っていましたが。」
「言っていなかったか。
俺はユーランシーの騎士団で働いている。
訳あって、マリオロの騎士団と入れ替わりで護衛している。」
「それって…ユーランシーの化け物が関係しているんですか?」
ユーランシーの化け物…久々に聞いたな。
スクリムシリは他国では実際に見たことがある者はほとんどおらず、そのため不確定な存在として
ユーランシーの化け物と呼ばれている。
「安心しろ。無関係だ」
他国の者がスクリムシリを知らないならこちらとしては好都合だ。
天恵を知られてしまうリスクが減るのだから利用させてもらう。
「そうなんですか…ユーランシーの化け物、怖さもあるのですが見てみたいという好奇心もあるんですよね。」
「それはやめておけ」
しまった…つい、反射的に言ってしまった。
だが、スクリムシリの怖さを知らない人で、ものの好奇心でスクリムシリが気になりユーランシーに来る者もいる。
過去に何件もそれで命を落とした者もいる。
ミュレイは驚いた顔をしていた。
強く言いすぎてしまったか。
「す、すみません。こんなこと言うべきではなかったですね」
「いや、気にするな。俺も少し強く言いすぎた」
少し気まずい雰囲気が流れる。
すると店員が丁度よく頼んだ酒を持ってきてくれる。
俺は一口軽く飲む。
ミュレイに目を向けるとグビっと一口を多く飲んでいる。
「酒、強いのか?」
「そうですね。私の上司というか…尊敬している人がよくお酒の席に誘ってくださるのでその影響ですね」
「そうか。俺はそこまで強くないから羨ましいものだな。」
「ふふっ、強くなくても楽しめたら良いんですよ!」
それはそうだな。
ミュレイと話しているとミリィノと同じくらい気楽に話せる。
どことなくミリィノに似ていると思ったら敬語でしか話さないからか。
「敬語は癖か?」
「え?」
「俺の知り合いに敬語が癖で俺以外には敬語を絶対使う奴がいるんだ。
それで似ていると感じたのだが」
「私は、別に癖という訳では無いですよ。
アレルさんがよろしいのであれば敬語を外しますし。
でも、その知り合いの方の気持ちも分かります。
私も自分の周りには圧倒的に私より優秀な方しかいなくて尊敬から敬語を使っていたら色々な人に敬語を使うようになっていました。
きっと、アレルさんには敬語を使わない知り合いの方はアレルさんに心を許しているんですね!」
「どうだろうな。如何せん、何考えているかあまりわからないやつだからな」
「ふふっ、そう言い合える仲なのはとても良いことですよ。
ですが少し嫉妬もしてしまいますね。
私…アレルさんのこと少し良いなと思い始めてしまってます」
その言葉に酒を飲もうとしていた手を止める。
「冗談はやめろ。俺に気を向けても良い事などない」
「女性からの好意は素直に受け入れるべきですよ?もう」
「そうだな。すまない」
「はい!許します!」
「それと、俺に敬語はいらない。もう十分仲良くなれた。
俺だけ敬語じゃないというのは違和感がある」
「ほんと?なら、敬語やーめた!ふふ」
ミリィノと謙虚なスタシアが合体したみたいな性格だな。
「そういえば、この国の幽霊の噂は知っているか?」
「幽霊?あー、夜に出るっていう?」
「そうだ。騎士団内で少し問題になっている。
何か知ってることがあるなら教えて欲しい」
「ごめん、知らないや。夜は外出ないから分からないんだよね。」
「そうか、すまないな。」
情報収集は一応ルシニエに任せてはいるが、こちらでも聞いておいて損は無いと思ったが、そんな都合よく知っている訳は無いか。
「つい最近、その幽霊の正体が分かったんだ。
詳しくはいえないが危険ということだけは確かだ。
ミュレイも気をつけろ。」
「危険…ね。
アレルはさ、人を信用することってできる?」
「どうした?急に」
「答えてほしい」
「出来ないな。
完璧な信用などは存在しない。人と人であれば互いに少なからず疑いを持つものだ。
だが、その少ない疑問が信頼関係を確立するという見方もある。」
「面白い考えだね」
ミュレイの表情が見えない。
顔を少し伏せているため目元が見えずに口しか分からない。
その口は口角が少し上がっている。
「アレルは…お人好しだね。
だって、私とこんなにお喋りしてくれるんだもんね。」
「お人好し…か。言われた事がないな。」
「私の信用ってね…恐怖、束縛、権力。
この三つが主だと思うの。
そして、私が特に好きなのは恐怖。
恐怖を与えたら人間はただ叫ぶか怖がり声が出なくなるかの二択。
その姿を見ているのが大好きなの」
「ミュレイ…?」
意味不明なことを言い始める。
すると、外で大きな爆発音と人の悲鳴が沢山聞こえてくる。
俺はすぐ立ち上がり、外に出ようとするがミュレイが俺の手首を掴む。
「おい!ミュレイ、離せ!」
俺がミュレイの方を見るとミュレイは不気味な笑顔を浮かべていた。
「私は他人に恐怖を与えるのが大好き。
でも、他人から与えられたことがない。
アレル…私に恐怖を!教えて!」
俺の手首を掴む力がありえないほど強くなる。
うちの騎士団員なんてゆうに超えている力の強さ…。
すると目の前の女に天恵が流れ始める。
ハッとした時には遅かった。
ミュレイは俺の腹部に天恵の攻撃をド近距離でぶつける。
天恵の攻撃が俺にぶつかると同時に周辺を巻き込む爆発が起こり、俺は勢いのまま何軒もの建物を貫通する。
「ゲホッゲホッ、煙っ…」
咄嗟に天恵による身体強化で全身を守ったため大したダメージではなかった。
だが、掴まれていた方の腕がちぎられて肘から先が無くなっていた。
(俺の手首をがっしりと掴んで、後ろに吹き飛ばすと同時に腕を引きちぎる。
考えてもやらねぇだろ。)
俺はすぐに屋根の上に登り、天恵の流れを感知する。
東、西、北、それぞれの方向から スクリムシリ 破 の強さを感じる。
俺が今いる北の強さだけが別格。
そしてそれが恐らくミュレイ。
あいつは天帝ではないがそれに次ぐレベル。
幽霊の噂…あの人型スクリムシリを放っていたのはお前だったのか。
信用…か、確かに俺はお人好しになっていたのかもしれないな。
それにしても、
(俺一人で倒せるのか?いや、やるしかない。)
問題は東と西に感じるスクリムシリ 破 なのだが。
気配から察するに俺が前に東の地区で殺したやつと同じタイプが暴れている。
どちらか一方向ならばすぐに片付けられるのだが、
二方向、加えて逆方向ならばそうも行かない。
それに、今こちら側に歩いてきている不気味に微笑むあの女を相手しながらだと尚更だ。
どうしようかと悩んでいると丁度良いタイミングで
ルシニエが現れた。
「アレルさん!腕が…!」
「既に治癒を始めている。それより現状を教えろ」
「東と西それぞれに人型スクリムシリが出現しました。
どちらもアレルさんが以前会ったとされるスクリムシリの見た目と合致しており、民にはすぐに中心街へと避難させました。」
「そうか…」
正直助かった。
こいつらを相手にする場合、民の安全を気を使えるほど俺は器用では無い。
どうする…ルシニエはまだ未熟、スクリムシリ 破 を任せていいのか?
「アレルさん…私を信じてみてください」
俺の目をまっすぐと見つめてくるその目は覚悟を決めた目をしている。
「分かった。西のスクリムシリを相手取れ。ただし、倒さなくていい。粘れ。
最重要命令は死ぬな。それだけだ。
俺が来るまでの時間を作るんだ。行け!」
「了解!」
ルシニエが粘るといっても相手は スクリムシリ 破 だ。
長時間粘るのは不可能。
俺が取るべき選択肢は二つ。
目の前の女を殺す事と東のスクリムシリを殺す事。
(どうするべきだ。東のスクリムシリを速攻で片付けてミュレイに集中するべきか?
それとも東を片付けた後、すぐに西に行き、ルシニエが相手しているスクリムシリを殺すべきか?)
一つの事実として、ミュレイは簡単には倒せない。
それだけは確実。
「何か考え事?アレル。戦いに考え事なんていらない!
楽しもうよ、アレル」
目の前の女は剣身の細長い剣を生成し、その場でしゃがんでこちらに向かって両足で真っ直ぐ飛んでくる。
俺は再生させた手で剣を作り出し攻撃を受ける。
衝撃で地面がひび割れる。
「何が目的だ…」
「マリオロの崩壊とあなたの抹殺よ」
「ずっと、騙していたのか」
「ふふっ、騙してなんかいないよ。私は一度でも自分がスクリムシリじゃないと言ったかしら?」
「そうか…殺す」
剣を弾き、ミュレイの腹を思いっきり蹴るとミュレイは先程いた食事屋まで吹き飛ぶ。
(この隙に!)
俺は東へ向かおうとする…が
「行かせないよ!!」
吹き飛ばしたはずのミュレイが既に俺の前に遮る様に剣を構えて立っている。
(恐ろしく早い…先程の俺を吹き飛ばした天恵の攻撃といい、爆発を仕組むなどの器用な天恵技術。
俺と同等までとは行かないが良い勝負はする技術力か。)
ミュレイが剣を突き刺す様に俺に向ける。
手で刀身の軌道を逸らしながら宙で横に回転し、そのままの勢いでミュレイの体に剣を振るう。
ミュレイの左肩から右腰にかけてを切断する攻撃のはずが一切動かなくなる。
ミュレイの左肩が裂けて口のようになっており、俺の剣を噛んで止めていた。
「残念」
ニヤッと笑いながらミュレイは剣をこちらに振りつけてくる。
「どうだろうな」
剣を消し、すぐに短剣生成する。
片方でミュレイの剣を止め、もう片方で剣を持つ方の肩を切断し、顔面を身体強化で思いっきり殴り飛ばす。
先程とは別方向、西側に吹き飛ばす。
すぐさま、俺は東地区へと走り出す。
「ふふっ、そうよね、これが守恵者よね!
これくらい強くないと楽しくないものね!」
東の地区に着き、人型を見つける。
無差別に建物を破壊しており、こちらに見向きもしない。
スクリムシリは以前の奴より二本多く腕を生やしており、天恵の攻撃を投げ飛ばしている。
すると6本の手を胸の前を囲うようにするスクリムシリ。
そこに天恵が集中していき、一つのでかい天恵の球体ができる。
(あれが地面に落ちたらここら一体は更地か。くそが)
両手に持っている短剣の片方を投げ飛ばし、腕を二本切り落とす。
まだ天恵の攻撃は消えない。
もう一本を使い、脳みそを背後から突き刺そうと短剣を突き立てるが人型の頭が グルッ とこちら側まで半回転して口を大きく開けて俺の短剣を噛んで抑える。
頭の方向に体も回転させ、目の前に天恵の攻撃が来る。
「チッ…」
人型が俺に向けて放った攻撃がその場で大爆発を起こす。
東の地区の建物がほとんど消し飛び、更地のようになっている。
身体強化をしたことによって最小限のダメージに押えたが爆発で左肩が吹き飛んだ。
「ふふっ、どうかしら、私の爆発力を兼ね備えさせた人型のスクリムシリは。
私ほどでは無いけどそれなりの攻撃力でしょう?」
ミュレイが笑いながら俺と人型に近づいてくる。
「ふっ、失敗作だな。知力も見た目も全然ダメダメだ。」
「ならその失敗作に追い詰められているあなたは製造中止の被検体ってところかしら?」
「ならばその製造中止の被検体に殺されるお前たちは…カスだ」
俺は契約の意思を発動させる。
「強制」
ミュレイと俺の圧倒的な違いは 意思 が宿っているかないか。
あるのとないのとでは天地の差。
この差で殺す。
人型とミュレイは重力に押しつぶされるように地面に勢いよく倒れる。
立ち上がろうとするが腕すら動かすことの出来ない人型と立ち上がろうとするが体が重く上手く動かせないミュレイ。
「くっ!」
反撃を考慮して先に人型を殺す。
「選択…同意」
人型の腕と足が地面に潰され、顔と胴体だけになる。
俺は上に飛び、短剣から剣に変えて落下の勢いのまま人型の頭を突き刺す。
その衝撃でクレーターができ、地面は地割れが起こる。
既に、強制 は解除されている。
そのため、ミュレイが立ち上がる。
「やるね。面白いわ」
俺の足元には動かなくなった人型。既に天恵の流れは無い。
死んだ。
あとはミュレイを片付けてルシニエの方へと向かうのみ。
「契約の意思…ね。
あなたのような頭の良い人だから使いこなせるけど実際は難しそうね。
だけど、使いこなせたら厄介極まりない。
ふふっ、楽しくなってきたわね!まだ 意志 も残しているのでしょう!」
(ベラベラ、ベラベラと、うるさい女だ。)
「お前達は何が目的でマリオロを襲撃している?
ユーランシーのみではなくなぜマリオロやザブレーサを攻撃するんだ」
「知らないというのが答えかしらね。
私は指示に従っているだけ。」
「ピエロということか。哀れだな」
「当然でしょう。従わなければ殺されてしまうもの。
私の場合は忠誠を誓っているからだけどね。
私の主様と尊敬する 空虚の意思 様に」
「空虚の意思…」
俺はその名前を聞いた瞬間、殺意以外の何の感情も消えた。
「そうか…そうなんだな、
お前と 空虚 は繋がっていたんだな…」
「ええ、そうよ。だからどうしたの?」
「殺す」
空虚の意思者 は俺たち守恵者内で絶対に殺さなければならない人物として認識されている。
5年前に起きた事件。
守恵者2人が 空虚の意思者 たった1人に敗れた。
そして、文献に載っていた事実。
アシュリエル・ミレー女王が残した記しによれば、
この悪夢の始まりは 空虚の意思者だった と書かれている。
今の空虚の意思が始まりなのかどうかは問題では無い。
空虚の意思 はいつの時代も悪ということは確かだ。
この悪夢を引き起こしたのは…大切な人が奪われたのは全て、空虚の意思 が始まり。
それと繋がっているならば同罪。
「覚悟しろ、ゴミ野郎」
俺とミュレイは互いに剣を構えて建物の瓦礫が広がる東の地区で戦闘を始める。
いよいよ始まるアレルとミュレイの決戦…
読んで頂きありがとうございます!
戦闘描写の書き方が下手だったりして伝わらなかったりしたらすみません。
その際はご自身の解釈で大丈夫です!




