28話 「無能の過去」
アレルとミカリエについて行った翌日、
今までアレルに対して嫌悪感を抱いていたことが恥ずかしくなるのと同時に申し訳なくなってしまう。
そのせいで、勝手にアレルと話すのが気まずいと感じてしまう。
いつものように起きて、食事スペースに行くとアレルがコーヒーを飲みながら朝刊を読んでいた。
ミカリエはアレルの膝に座りながら甘い香りのする飲み物を飲んでいる。
恐らくココアだろう。
「ヨーセル…おはよ」
「おはよう!ミカリエ」
癒しだなぁと感じつつアレルの方を見る。
「アレルさんもおはようございます」
それに対する返事はなく、朝刊から目を離さない。
まぁ、アレルの優しいところを私が知ったからといってこの関係が変わる訳では無いのはわかっていたが…
勝手にアレルを分かった気でいる自分に恥ずかしくなる。
だが、何もしなければ何も変わらない。
行動を起こすことが大切。
「アレルさん、今夜、私も見回りついて行ってもよろしいですか?」
私が突然そんなことを言い始めたからか、目を離そうとしなかった朝刊から目を離して私の顔を見る。
相変わらず冷たい目だ。
「気づいていたのか」
「はい、1週間ほど前から…。
ここに来てから毎日行っていますよね?」
「俺はマリオロの護衛として来ている。
当然のことだ。」
「すみません…私ももっと早くから行くべきでした」
「バカが、よく考えろ。俺は睡眠不足にも慣れているから夜遅くまで見回りすることが出来る。
だが、お前みたいな新人の無能は睡眠をしっかり取らないと日中の任務が疎かになる。
アビス師匠から教わらなかったのか?
まずは基礎、応用などはよく見せるための演技でしかない」
その理論だと、アレルは良く見せれていないのではないだろうか。
夜に国のみんなが寝静まった頃に国の見回りなんて、
誰からも気づかれないし評価されない。
アレル自身の得がないのではないか…?
「一つ、教えてやる。
守る立場にある者が望んでいいものは守られる者の平穏だ。
どんなに無能であろうと、どんなに嫌われようと、
どんなに目立たなくても、守ろうとする意志だけは捨てるな。」
アレルはそう言うとミカリエを下ろし、朝刊を机の上に置いてこちらを見ることなくからのカップを持ってキッチンへと向かう。
今の言葉…なぜだかとてつもなく心に響いた。
しかも、説得力もあった。
「ヨーセル…。アレル、ツンツン?」
ミカリエが私の服を引っ張りながらそんな事を言う。
私は同じ目線の高さまでしゃがんで頭を撫でてあげる。
「そうだね、アレルさんはきっとツンツンだね」
「アレル、可愛い」
アレルはこんなに可愛い天使の初恋を奪ってしまったのか…。
罪な男…。
今日は任務…というよりマリオロ兵との手合わせをする日だった。
ほぼ指導みたいな感じなのだが、私は人に指導をしたことが無いためもちろんどうすれば良いかなども分からなかった。
チラッとアレルの方に目線を向けると意外にも真面目に指導をしていた。
いつもの鋭い目つきではなく、アビス師匠やミリィノが教える時のどことなく優しくも厳しい目。
どのような指導をしているのか少し近づいて聞いてみる。
「間合いを読め。1歩と半歩では間合いの測り方が全然違うことを理解しろ。
剣は一発にかけるのではなく、何回かの攻撃を囮に使い相手の隙を狙え。
それが、弱いやつなりの戦い方だ。」
一言余計な気がするが至極真っ当な指導をしている。
しかも普段のアレルからは考えられないことだが、
剣の振り方の型までも実際にマリオロ兵の体に触って
手直しをしている。
いつの間にかアレルの周りに兵が集まって指導を願っていた。
「アレル様…普段はクールで人を寄せつけないのに、こういう時にとても丁寧な指導をするなんて…素敵」
ミューが私の隣にいつの間にか立っておりそんな事を言う。
「やはり、実力者なだけあって教え方とかも上手いな。
アレルさんのことを少し誤解しすぎてたみたいだ。
指導なんて放ったらかしにするような人だと思っていたよ。」
「アレルさんは任務には熱心だからね。
それより、2人とも私と手合わせしよ。2人同時で良いよ」
「ふーん。怪我しても知らないよ?最近は本気で頑張ってるからね!」
「そうだぞ、ヨーセル。俺だって騎士団の端くれ。
行くぞ!」
マリオロに来て2週間弱、最初はあんまり良い国とは思わなかったが今や少しずつ好きになりつつあった。
指導終わり、私はミューとハーバで飲みに来ていた。
明日は早朝任務だから遅くまで飲むつもりは無いが、
少しくらいなら良いだろう。
「またヨーセルにいじめられたよぉ」
ミューが半べそかきながらお酒をぐびぐびと飲んでいる。
私の周辺の女性はなぜこんなにもお酒が強いのだろうか。
強さの基準でいったらミリィノの次くらいにミューが強いだろうな。
「2人ともすごく上達していると思うよ」
「いや、二対一でも一回も攻撃当てられないのにそんなこと言われてもなぁ」
「そうそう〜。ヨーセルどうしてそんなに強いのぉ」
ちなみに身体強化は使っていない、というか天恵は余程の事がない限りスクリムシリ以外の人間相手などには使わない。
私は苦笑いして誤魔化す。
「そういえば…最近、夜になると幽霊を見る人が増えてきたんだって」
「え、何それ」
幽霊、あれは存在価値が分からないただ人間を驚かすだけの不確定な要素。
あれがいるせいで村に住んでいた頃の私は夜、1人でトイレに行けなかった時期がある。
つまり、スクリムシリの次くらいに嫌い。
「へぇ〜、どんな幽霊?」
「噂によるとね、手足と腕が異様に長くて…髪の毛は一切生えてないの。
衣服を身につけていないらしい
目撃情報によると夜に道を横に頭を大きく揺らしながら歩いているんだって。」
「…被害は?」
「ど、どうしたのヨーセル…急にそんな真面目な顔」
「いいから」
「被害は特に出てない…かな。
目撃した人は数人いるけどその幽霊について行ったら危険な気がして直ぐに逃げているの。
問題なのは、目撃されたのが東と西でそれぞれ違う方角だということ。
しかも一晩で」
「一晩…?」
「うん、時刻もほぼ同じ」
手足、腕が異様に長い…衣服を身につけず髪の毛は生えていない
それが事実だとしたら…今すぐにそいつを殺らないと手遅れになる。
だが、同時刻に別方角での確認…
(アレルさんに伝えるべき事だ…、)
「ごめん、私帰るね」
「え?えぇ!?飲まないの!?」
「うん、ちゃんと埋め合わせはする。急用出来ちゃった。」
「そ、そうか?ならまた明日な」
「うん。」
私はすぐさま立ち上がり、中心街へと急ぎ足で向かい始める。
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本当はルシニエが料理をするはずだったのだが、
俺がルシニエの料理を信用せずに変わり、ミカリエに食べさせたことで俺の料理を気に入ってしまったミカリエに毎日作ってあげなければならない。
ミカリエは断ろうとするとめちゃくちゃ悲しそうな顔をするがために断れん。
まぁ、子供の割には無理なお願いなどは一切しないのだが。
俺はいつものように皿に料理を盛り付けてミカリエに運ぶ。
今回は自分の分も少しだけよそった。
そして、向かい合って料理を食べ始める。
寒い事もあり、クリームシチューを作った。
海鮮系を入れられればよかったのだが大陸の中心部に位置するマリオロでは海鮮系が腐ってしまうためここまで運べないのだ。
ユーランシーは何かと恵まれている方なのだとつくづく感じる。
「アレル、美味しい」
「そうか…」
毎回、この言葉を言ってくれるから作りがいがあるというものだ。
ミカリエは正直な気持ちめちゃくちゃ癒されている。
ガキは好きでは無いがミカリエはどことなく大人の振る舞い方を感じるためそこまでストレスを感じない。
逆にもう少し子供らしくしても良いくらいだ。
「アレル…元気無い?」
俺はそれを聞き、食べる手を止める。
ガキの勘というものなのだろうか、鋭い所をつくな…
「あぁ、そうかもな」
「どうして?」
「この立ち位置にも疲れ始めたのかもな」
「立ち位置…?」
「皆から嫌われる立ち位置。」
「どうして、嫌われようとするの?」
「俺は…俺の信念で、そうしているだけだ」
「信念…?」
「ずっと昔の事だ」
「聞きたい。」
「聞いてどうする」
「アレルのこと、知りたい」
本当にガキかと思うようなことを言う。
「17年くらい前、俺がまだ10歳の頃の話だ。
当初、俺には仲良くしている2個上の女性がいた。
名は…」
〜17年前〜
「ちょっと、シスウス!そんなところ登ったら危険だよ!!」
「えへへ!見てて!アレル!」
当時の俺は気が弱く、何をするにもシスウスについて行っていた。
主体性がない…親鳥について行く雛鳥のようなものだった。
シスウスは少し男勝りな性格をしているが体つきは女性らしかった。
「行くよぉ!」
シスウスは木の枝に膝をかけてぶら下がって揺れて楽しんだりする野生児だった…のだが、毎回失敗する。
その時も、木の枝が折れて地面に頭から落ちそうになった。
俺は咄嗟に下に入ってシスウスを守った。
「もぉ〜!シスウス!危ないじゃないか!!そんなことして大きな怪我でもしたらどうするんだ!」
「あはは!大丈夫!だってアレルが守ってくれるでしょ?」
子供ながらにそんな言葉に俺は嬉しくなったのを覚えている。
俺を頼ってくれているのだと感じられて嬉しくなる。
「ねね!見て!これ!」
草むらで2人で草と花を使ってアクセサリーを作っているとシスウスは草でできた指輪に綺麗なマーガレットという花を付けた物を俺に見せてくる。
「指輪?可愛いね!」
「左手出して!」
「左手?なんで?」
疑問に思いつつも左手を差し出すと薬指にアレルはその指輪を通す。
ピッタリ綺麗にハマった。
「うわぁ!凄い!これくれるの!?」
「う、うん!」
「やったぁ!」
シフウスはどこか恥ずかしそうな照れた表情をしている。
その日からシスウスは変わった。
お淑やかに上品になった。
その理由は今なら分かる。
俺は貴族の端くれであり、政略結婚などに利用されるような家柄だった。
対して、シスウスは貴族でもない平凡な家系。
シスウスは俺に好意を抱いていて、あの指輪も本当は告白の意味で渡したのだろう。
俺はそんな事など意味も知らずにただ喜んでしまっていた。
それをYESと捉えたのだろうな。シスウスは女性らしく接することで少しでも俺と結婚できる可能性を見出した。
そんな状態が数ヶ月続いた頃。
前みたいなやんちゃなシスウスはおらず少し退屈しているとシスウスが綺麗な服を身にまとって俺の前に現れた。
水色と白の可愛らしいドレスだった。
俺は不意にもそんなシスウスにドキッとしてしまった。
「えへへ!どう?」
「か、可愛い…」
「ありがと!」
「その服どうしたの?高かったんじゃ」
「うん!頑張って貯めたお小遣いと誕生日プレゼントで買ったの!
アレルに見せたかったんだ!」
「すごく似合ってるよ!可愛い!」
「ありがと!ねね、久々にやんちゃなことしない?」
シスウスは俺の耳に口を近づけてそんな事を言う。
しばらく、シスウスとやんちゃなことをしていなかったため俺は直ぐに いいよ! と了承してしまった。
この時点で辞めておけば良かった。
シスウスが俺を連れてきたのは壁際、しかも東と南の門のちょうど中心部分。
ここには何も無いのでは?と思ったがシスウスは壁際の地面に置いてある石をどかす。
するとそこには少し大きめの穴がある。
シスウスは構うことなくそこに入っていく。
俺もどこに続いているのだろうかという好奇心からすぐについて行く。
穴を抜けると、そこはユーランシー城壁の外側だった。
初めて見る城壁外の景色に俺は心踊りスゴく興奮していた。
シスウスは俺の手を引っ張り近くの森の方まで走る。
そこには綺麗な花が沢山咲いており、とても綺麗な空間だった。
「綺麗…」
「ね!」
「こんなところどうやって見つけたの?」
「内緒!」
「えーけち!」
「けちでいいもーん!」
そんな会話をしながら花畑に寝っ転がる俺とシスウス。
「俺ね、シスウスのこと好き!大好き!」
「えっ、」
「結婚しよ!今すぐには無理でも、大人になったら必ず」
空を見上げながら俺はそう言い放つ。
返事がなく、鼻をすする音だけが聞こえる。
シスウスの方を見ると涙を流していた。
「え、だ、大丈夫!?どこか痛い?」
「んーん。違う…嬉しいの。私もアレルのこと大好き」
「本当…?結婚してくれる?」
「うん!お願いします!」
まだ明るいが時間はいい頃合の時に俺とシスウスはユーランシー内に戻ろうと先程の穴まで向かう。
シスウスを先に行かせてその後に俺も続こうとしたが急に足に激痛が走った。
足の方を見ると、見たこともないようないようの姿をした鋭い牙を持つ獣が俺の足を噛んでいた。
足からは血が流れ、歯が深くまで刺さる。
「シスウス!助け…」
化け物は俺の足を咥えたまま森の方まで俺を引きずりながら引っ張ってく。
「アレル!!」
化け物は森まで俺を引っ張り思いっきり俺を振り飛ばし、俺は木にぶつけられる。
噛まれた足の痛みとぶつけた背中の痛みで俺は混乱状態になり泣いていた。
化け物は顔を俺の顔の近くまで近づけてヨダレを垂らしながら口を大きく開ける。
死んだ そう思った。
「アレル!!」
だがシスウスが化け物を木の棒で思いっきり殴りつける。
ダメージは効いていなかったが驚いた化け物は咄嗟に俺たちから距離をとる。
「アレル!」
「痛いよぉ!助けてぇ!お母さん!お父さん!!怖いよ!!」
俺はずっと泣き叫んでいた。
男である俺が泣き叫び、シスウスは勇敢に立ち向かっていた。
その時の俺には今思い出しただけでも反吐が出る。
「アレル!!しっかりして!」
シスウスがそう怒鳴り、俺はビクッとしてシスウスの言葉に耳を傾ける。
「化け物は私が引きつけるからユーランシーまで戻って大人を連れてきて!」
「で、でも、痛くて、動けないよ!!」
「アレル!!大丈夫、あなたには私がついてる。」
「それだとシスウスが!」
「私には困っている人を見捨てるということの方が出来ない!
アレルは今、困ってるでしょ?
歳上の婚約者を信じて…」
「で、でも!!」
「アレル!!早く行って!!」
俺は痛みに耐えながら立ち上がり、片足を引きずりながら壁の方へと向かう。
後ろを振り向くことなく。
壁にやっとの思いで着いて、穴を通り、急いで大人にこの事を知らせた。
穴から通ろうとしても大人には小さすぎて、門から向かうことになった。
俺は怪我が酷いためついて行くことは許されなかった。
1時間後、シスウスの助けに向かった騎士団員が戻ってきた。
俺は、足を引き摺って直ぐにシスウスの安否を確認しようとした。
戻ってきた騎士団員の中に、シスウスはいなかった。
1人の男騎士団員が俺の前に片膝をつけて屈む。
「…これが、落ちていた。これは、君が言っていた女の子の物かい?」
騎士団員が見せてきたのは血が付着した水色の生地とシスウスの首部分の服に着けてあった赤いブローチ。
頭が真っ白になり、冷や汗が止まらない。
全身の震えが止まらず吐き気もする。
俺はその場に両膝をつき地面を強く両手で何度も叩きつけて泣き叫んだ。
結局、シスウスの死体は見つからなかった。
当然、シスウスの親から泣き叫びながら怒られ、殴られ、お前が死ねばよかった と言われた。
言い返す言葉などなかった。
俺自身も俺が死ねばよかったと思った。
それから、俺は部屋にひきこもってばかりだった。
親はずっと慰めてくれたがそれが余計俺の心を抉った。
そんな時に、テーブルの上に置いてある一つの贈り物に気がついた。
マーガレットの花が付いた草でできた指輪。
俺はそれを見た瞬間に涙がどんどん溢れてくる。
声にならない声で泣き続けた。
俺があの時もっと強ければ、俺があの時残って一緒に戦っていれば、俺が 無能 じゃなければ…
「だから、俺は無能が嫌いだ。
あの時の俺を…思い出してしまう。過去の俺を見ているようで虫酸が走る。
次第に俺は俺と関わることで人が不幸になってしまうのではと考えるようになった。
だから、人と関わるのを極力避けるようにした。
自分を守れるくらいの実力を備えた人にのみ関わるようにする事にした。
俺は嫌われたっていい、1人でもいい。
俺が守りたいものが守れればそれでいいんだ」
シチューはすっかり冷めてしまっただろうか。
ミカリエも食べずにずっと聞いてくれていた。
子供に対して話すことでは無いのは理解している。
だが俺はきっと、誰かにこのことを聞いて欲しかったのかもしれない。
同情なんて求めないしいらない。
ただ、俺の過去を誰かに理解して欲しかった。
ミカリエは席を立ち、俺の側まで歩いてくる。
そして、俺の袖を掴む。
「ミカリエは…アレルのこと…好き」
顔を下に向けて恥ずかしそうに言う姿は幼い子供とは思えない。
その姿を見て俺は頬を弛めてしまう。
そしてミカリエの頭を優しく撫でる。
「ありがとうな」
アレル…(泣
読んで頂きありがとうございます!




