22話 「天帝慈刑人」
セルシャの掛け声と共に始まる会議。
人間を皆殺し…か。
セルシャにしては珍しく荒々しい表現だな。
「あら、そんな言葉遣いもできたのねぇ。
セルシャ〜ちゃん!」
煽り口調でギャラリスがセルシャに茶々を入れる。
(はぁ、馬鹿なことを…)
次の瞬間、ギャラリスの顔半分が縦に消し飛ばされる。
「不快」
セルシャはその一言で片付けて話を続ける。
ギャラリスは頭を天恵で再生する。
「ふふっ、悪くないわぁ。空虚 ってやっぱ凄いわねぇ!」
「うるさい。聞け」
セルシャは珍しく苛立ちを覚えてそうな顔をするがいつもみたいな無表情に戻る。
「この前、マリオロを襲撃させ被害は半壊まではいかなかったが大きくダメージを受けさせた。
そして、ギャラリスにザブレーサを壊せと命令した。
だが、ザブレーサの被害はマリオロの半分にも満たない。
言い訳は?」
「ちょうど私がザブレーサを襲撃したのが国王会議がある日だったのよ。
当然、ユーランシーの王も来ていたわ。
問題はその護衛。
片方は 結命の意思者。こいつは以前戦ったことあるけどその時より強くなった私からすれば勝てない訳ではないわ。
だけどもう片方の護衛に 信愛の意思者 がいたわ。」
この場にいる全員がその言葉に反応する。
当然僕も反応せざる得ない。
ユーランシーの最高戦力にして、
4つの意思…総称して 天命の意思 と呼ばれる、意思の中でも格が違うと言われている4つ。
その内の1つである 信愛の意思。
本来、意思は相性が勝敗を大きく左右する。
天命の意思 と そうでない意思 でも相性によっては 天命の意思 に勝つことが出来る。
そして当然、天命の意思 内でも相性がある。
(信愛の意思…前から観察しているが、僕は相性最悪だろうな…)
「いくら街中といえど守恵者2人…その片方には 信愛 がいる。
さすがに身の安全を優先させてもらったわ。
だけど安心してちょうだい、タダでは帰らなかったわ。
破 ほどのスクリムシリをガキを媒体に作り出して置き土産としてザブレーサ内で暴れさせたわ。
結果的に守恵者2人に殺されたけど」
「…まぁ、いい。」
さすがのセルシャも 信愛 がいたとなるとその言い訳は納得せざる得ないか。
「ザブレーサの件はもういい。
今日の本題は、マリオロの完全崩壊。
この大陸内で中央国であり、この大陸の中心の臓器。
心臓を潰す。」
「ほう…わざわざ僕たちが集められたということは僕たちの誰かが行くのかい?」
「違う。今回は私たちの直属の側近を1人行かせる。
誰の側近を行かせるかを決める。」
「側近を?何故だ?」
ジャレンが僕も気になる疑問を聞いてくれた。
「近々、ユーランシーを壊滅させる。
その際に私たちが自ら動く。それまではできる限り天帝は削れてはいけない。
マリオロを守るユーランシーの兵に守恵者がいた場合は話は別だ。
ユーランシーへ1人視察しに行ってもらう。」
全員が驚いた様子を浮かべる。
今、ユーランシーにいる守恵者は全部で4人。
その中の1人がマリオロに行ったところで3人の守恵者がいる場所に視察しに行くのはリスクが大きすぎる。
「あらあらあらぁ!とっても面白そうじゃない!」
「ギャラリスは行かせない…いや、行けない。
お前は顔が割れている。行っても直ぐにバレる。」
「チッ、せっかく面白そうな任務だったのにねぇ」
「それなら僕も危ういだろうな。
僕もユーランシーに1人顔見知りがいる。」
「アビス・コーエンですか…」
「ああ。あれは化け物だ。あれがユーランシーにいる限りそう簡単に攻め落とすことは出来ない。」
「勘違いするな。今回はユーランシーの防衛体制とかを見に行くだけだ。
ランスロット、お前が行け」
「あのなぁ、セルシャ。だから僕は顔が割れてると…」
「命令だ」
(はぁ…こいつ、いい歳してわがままだなぁ。
こんな童顔で可愛らしい顔してるのに言葉遣いがキツイわ)
「報酬として私の天恵をスクリムシリの生成に使わせてやる」
「ほう…」
なるほどな…中々に面白そうではないか。
「分かった。良いだろう」
セルシャの天恵を使わせてもらえるなんて一生にあるかないかの事だ。
僕のスクリムシリの生成も捗るだろうな。
「そして、マリオロ。」
「それに関しては残念だが僕は側近を取っていない。僕以外で話し合ってくれ」
「アンバーはユーランシーの任務とスクリムシリ生成だけに時間を使っておけ」
「了解したよ。スクリムシリ数体くらいなら貸してあげるよ」
「それでぇ?誰のを連れていくのかしら?」
「危険性はあるのですか?仮に側近の者が死ぬようなリスクがあったら困るのですが?」
ハインケルは基本的に雑務を側近にやらせているから、
万が一にも側近が死ぬようなことがあったら困る様子。
「ザブレーサでの国王会議は恐らくマリオロ襲撃についての話し合い。
そこでユーランシーの女王もいたならば他国の警戒態勢を高めるという話も出るよ。
少なからずユーランシーの兵がいると考えておくべき。」
「あらそうなのね。なおさら私達が行った方が確実な気がするけどね」
「いや、そうでも無いぞギャラリス。
お前の話からするとその子供を媒体にしたスクリムシリに随分と手こずっていたらしいじゃないか。
君たちの側近はスクリムシリの中でも知力が高く、限りなく僕たちに近い強さを持っている。」
少し強いくらいのスクリムシリ 破 に手こずっていたならそれ以上のスクリムシリの場合、勝てる可能性は薄いだろうな。
「あら、そういう事ね。
つまり私たちが動くまでもないって事よね」
「そう。誰にするか」
「ならば俺の側近を連れていけ。
破壊力がある分、今回の目的に合致しているだろう。」
「…そう。なら、決まり。
終わりでいいよ」
ジャレンの側近に決まったらしい。
案外、すぐに決まったな。
「恵み は使っても良いのか?」
「任せる。勝手にして」
恵み…意思者である者が自身の眷属になった者に 意思 の能力の一部を共有することが出来る。
天帝である僕たちにのみ使える力。
恵み は与えられる方にもそれ相応のリスクがあり、体への負担が大きくなってしまう。
僕とセルシャは 恵み を禁じられているがな。
「ジャレンの側近の子…あの可愛い子よねぇ?
心配じゃないのかしら?」
「ミュレイは最近、側近の仕事ばかりでストレスが溜まっている。
良い機会だ」
「ふふっ、気が向いたらミュレイちゃんの戦い見に行くわね」
「それだと側近を行かせた意味が無くなるではないですか。
馬鹿ですか、ギャラリス」
「あんたは黙りな。」
「黙れ。もう解散する。各自、それぞれの使命を全うしろ」
解散した後、僕はさっさと拠点に帰ろうとしたがギャラリスに止められる。
「なんだ?」
「さっきスクリムシリをくれるといったじゃない?」
「ああ。それがどうした?」
「きっとただでは無いのでしょう?」
「当然だろう。お前の天恵を貰うつもりだが?」
「今から私と サイナス 無しの一対一をして私が勝ったらタダでくれないかしら?」
「なぜ?天恵のちょっとくらい良くないか?」
「与奪で失った天恵は回復するのが遅いのよ。
研究にすぐに取り掛かりたいのにそれじゃ、直ぐに取り掛かれないでしよう?」
「相変わらず短気なやつだ。そのくらい待てばいいだろう」
「嫌よ。私だって暇じゃないのよ。
それに、セルシャが近いうちにユーランシーを壊滅させると言っていたわ。
できるだけ多くの毒の研究をしておきたいのよ。
1秒だって無駄に出来ないわ」
こいつの言い分も分かる。
ユーランシーを壊滅させるとなれば俺たちの全戦力をもってかかっていかなければいけないだろう。
(少しでも自身の強化に務めるというのも勤勉か…)
「理解はしたがなぜ一対一?
お前が俺に勝てる見込みはあるのか?」
「どうでしょうね。やってみないと分からないものよ」
「そうか。」
俺が指を パチン と鳴らすと暗い空間が割れ、闘技場のような場所になる。
無駄に豪華な闘技場だ。
岩漿が下にあり、その中から石の柱が伸びておりそれが今僕たちが立っている場所を支えている。
「悪くないわね」
「さて、いつでも始めていいよ」
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「アビス師匠…」
「ああ、嫌な感じがするな。近いうちに何か起こるぞ」
スタシアとアビス師匠に特訓をつけてもらっていると突然2人が天を見ながらそう話し始める。
なんのことだか全く分からないが、かなり深刻そうな顔。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
「気にするな」
そう素っ気なく言うアビス師匠だが、ここまで怖い顔は見た事がなかった。
「2人は天帝と戦ったことはあるんですか?」
前にディシに天帝と少し戦ったと聞いて、ふと気になってしまった。
「私は無いよ。出会ったことは2回あるけど…」
「俺は2回戦ったことがあるな。1人は殺したがもう1人はやり切れなかった。
言ったこと無かったか?」
「え、初耳です。アビス師匠、あまり自分の過去話さないですから」
スタシアも驚いた様子だ。
天帝を1人殺しているというのも驚きなのだが、アビス師匠と戦って生き延びた天帝がいるというのも驚きだった。
「もしかしてですが、その殺りきれなかった天帝というのは…」
「事象の意思者だ」
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目の前には両手片膝を地面に着け、血を吐くギャラリス。
片足が切断され、その傷口から血が流れている。
禍々しい短剣が2本近くに転がっている。
「あははっ!あはははは!やっぱり、天命の意思 は凄いわねぇ!
空虚 といい、事象 といい」
目の前のボロボロの女は狂気じみた笑いをあげる。
やはりこいつはキモイな。
こんなボロボロで傷だらけなのにそれすらも楽しんでいるように見える。
「ギャラリス、お前の 意思 と俺の 意思 は相性が悪い。
こうなるのは分かっていただろう。」
「ええ、そうね。だけど、だいぶ楽しめたわ!」
「まぁ、僕もだな。前よりもさらに技が洗練されていた。
数ミリだがかすり傷をつけられたのは驚いたよ。」
「毒を簡単に分解しておいて何言ってるのよ。
それに、まだまだ強くなりたいもの。
またお願いするわね!ランスロット」
こいつはいつまで経ってもガキのような性格をしているな。
まぁ、割とギャラリスの性格は嫌いでは無い。
時々腹が立つ時もあるが基本的に自身のやりたいことに熱心なだけだからな。
「それと、スクリムシリはタダでやる。それなりに良い戦闘データが取れたからね」
「あら、ありがとう。」
ギャラリスは既に足を天恵で治癒し終えていた。
「お前の側近をこちらに寄越してくれればスクリムシリを預けて届けさせる。
主をお前と認識させておいてやる」
「何から何までありがとう。ランスロット。
お礼にどうかしら?身体くらいなら使わせてあげても良いわよ?」
「やめろ気色悪い。僕はこれで失礼する」
下品な奴だ。
正直、あいつは僕に少なからず好意を持っているのは知っている。
元々、あいつは他者に対する関心が高いがためその気にさせるような発言が多い。
それなりに整っている容姿なこともあり、様々な人間を騙し、実験の材料として使っている。
かつては僕もターゲットの1人だった。
だが、そういうのがどうでも良い僕はギャラリスの容姿になんてなびかなかった。
それが、今の歪んだ愛を生んだのだろうな。
暗い空間を歩いていると気がつけばいつも自分が過ごしている部屋に出る。
コーヒーを入れ、ソファにもたれ掛かりながら味わうように飲む。
そして、前のメルバル総戦の時を思い出す。
(あの時の底知れぬ力…。)
作ったスクリムシリは 剣韻の意思者 によって殺されたが、問題はそこでは無い。
あの小森林で感じたとてつもない力…。
あの場にはまだ 剣韻の意思者 も 作ったスクリムシリもいなかった。
当然、僕でも無かった。
あの時その力を感じて急いで小森林へと向かったが、瀕死の騎士団員2人がいるだけだった。
どちらがあの力を出したのか確認しようと、まず男の方に天恵を与えた。
結果的には大したことなくすぐに殺された。
そして、女の方にも天恵を与えようとしたが 剣韻の意思者 がこちらに向かっていることに気づき断念した。
当初の目的としてはスクリムシリがどれほど戦えるかを見るためであり、守恵者と戦わせるつもりは無かった。
だが、守恵者とどれほどの戦闘ができるのか気になったがためそのままにした。
(結果的に、サイナスを使わせるくらい…か。)
試作段階にしてはまぁまぁくらいだろうか。
目標としては、側近ほどの強さのスクリムシリを作ること。
自然発生したスクリムシリと僕たちの手で作られたスクリムシリの差は強さに上限があるかないか。
自然発生…良い例として側近のスクリムシリ 破 は人型であり、高い知力を持っている。
意思 は宿っていないものの戦闘センスが良い。
しかし、僕や他の天帝に作られたスクリムシリには知力をつけることが難しく強さにも上限があってしまう。
それを試行錯誤繰り返してメルバル総戦の時のスクリムシリを作り出せた。
あれくらいの知力なら簡単なんだが、側近レベルとなると困難を極めるものになる。
それと、ユーランシーへの視察の件。
まだ行くと確定した訳では無いがそれなりに準備をしておいた方がいいだろう。
恐らくセルシャはギャラリスの顔が割れていなければギャラリスに行かせていただろうな。
ハインケルもジャレンも悪目立ちする見た目なために潜入には不向きだ。
となると僕が1番適切というわけか。
ユーランシーの結界…僕は人間であるから問題ないだろうけどスクリムシリは連れて行けないだろうな。
スクリムシリの種を小さくまとめて持ち歩くようにしているがあの結界はスクリムシリを通さない。
完全に僕一人ということか…。
僕は、ソファから立ち上がり研究室へと向かう。
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「うわーーーん!!ヨーセル!!!行かないでよぉぉぉ!!」
マリオロへの派遣も明日にまで迫った現在。
スタシアに抱きつかれていた。
しれっと胸を揉んでくるのだが、もうそれも慣れたので突っ込まない。
「2ヶ月くらいらしいから大丈夫だよ。」
「それでも寂しいもん!!」
「アレゥ…向こうではあまり無理しすぎないでくらさいね」
「ああ、お前もな。」
「やけに素直だな。」
今、私は守恵者4人と飲みに来ていた。
なぜ私なんかがこの人達に混ざって飲んでいるのかは知らないがやはりお酒が入るとこの人達だいぶ人が変わる気がする。
「ヨーセル、もしアレルが駄々をこねたら頭思いっきり剣で叩き切っていいからな」
「黙れディシ。そもそもこんな奴の攻撃が俺に当たるわけないだろう」
「それはどうでしょね!ヨーシェルしゃん、強くなってますよ!」
「うんうん!今日だってアビス師匠驚いてたからね!
でも、天恵の消費が何故か激しいんだよねぇ。
原因分からないし。」
「その程度の実力って事だろ。」
「もう!アレゥ!しょんなこと言っちゃダメですよぉ!」
珍しく、スタシアとミリィノが酔っている。
ディシは微酔いくらいだろうか。
私とアレルはお酒を飲んでおらずシラフでこの人達の相手をしなければいけない。
「あ、そういえば」
いきなり、酔いが覚めたように真面目な顔つきと口調になるスタシア。
どうやってあの酔いからここまで覚ますことができたのだろうか…。
「アレルさん、ヨーセル。アビス師匠からの伝言なんだけど…
マリオロで天帝と接敵しても向こうに戦闘の意志が無さそうだったらこちらから手を出さないように との事」
「どゆことでしゅか?」
「ディシ、その酔っぱらい寝かせろ」
アレルがディシにそう指示を出すとディシが手刀でミリィノの首を トン とするとミリィノは机に俯いて寝てしまった。
「それで、どういうことだ?」
「今日、私とアビス師匠が同時に嫌な感覚を感じ取ったの。
近々何かあるかもしれない。
それがマリオロ派遣かもしれないし、それ以外かもしれない。
だから、アビス師匠は最悪の事態をいくつか考えてくれたの。」
「それが、マリオロに天帝がいるという事態か?」
「そういうこと。
それと向こうに戦う意志があった場合、勝とうとしなくて良い。生き延びることのみを考えろ との事。
分かった?」
「う、うん。分かった」
スタシアの真剣な顔付きとアビス師匠からの伝言で少し緊張してしまう。
「天帝…」
「これがアビス師匠からの伝言。私からもお願い。
絶対に無事で帰ってきてね」
「当たり前だ。お前たちはマリオロとザブレーサからの派遣兵のことを考えておけ」
「うんうん!その心構え!」
いつものスタシアの口調に戻る。
私が少し外の空気を吸っているとディシが隣に立つ。
「不安か?」
「少し…」
「それはアレルとの事か?それともさっきの?」
「どちらともですね…。アレルさんに認めてもらうには絶好の機会なんですけど、天帝がもし出てきてしまうような事態になってしまったら私には何も出来なくなってしまうと思うんです。」
「…あまり気負いすぎるな。
仮に危険にさらされたとしてもアレルは必ず助けてくれる。
あいつは人が嫌いでも見捨てることはしない。
そういうやつだ。」
「ディシさんが言うなら安心ですね!
私、ディシさんと離れるのがすごく寂しいです…」
ディシは少し笑って私の頭を撫でながら言う。
「帰ってきたらまた特訓してやる。だから、無事で帰ってこい」
「ッ!、、はい!」
私の頭を撫でるディシの手をそっと握る。
読んで頂きありがとうございます!
いよいよマリオロへと行きますね!
アレルとヨーセルの意外な組み合わせ…
どうなるのでしょうかね!




