15話 「苦戦」
ザブレーサ内は少々混乱に巻き込まれている。
得体の知れない毒の蔓延。
事情を知らない人からすれば感染症が広まったとしか思わないだろう。
私とディシの目の前にいるスクリムシリ。
強さは 破 であるが未知の力を持っている。
先程、直撃した攻撃はひとまず完治させた。
後ろにはメアリー女王がいる状態でこいつを殺さなければならない。
私とディシならば間違いなく勝てる!
ディシが人型との距離を一気に近づけ短剣を首元に…と思ったが、人型の手にはディシと同様の短剣が現れてディシの動きと完全に同じ動きでその攻撃を短剣で受け止める。
素早く追撃を加えるがまたしても全く同じ動きで攻撃を相殺させられる。
両者とも攻撃の速度の次元が違く、互いの短剣がぶつかり合っている音がその威力を物語っている。
ディシと人型がいる場所の地面はその衝撃によって
抉れている。
同じ守恵者であるがその攻防に全くついていけてなかった。
しかし、そんな私でも分かる結末。
その攻防を制したのはディシ。
人型の両腕を切断し、胸の部分に短剣を突き立てる。
人型は後方に勢いよく飛んで行き、何軒もの家を貫通する。
「ディシくん!大丈夫?」
「問題ない…あいつ、俺の動きをコピーしてる。
完全に初見のはずなのにあそこまでの精度で…」
私も正直言葉が出ないほどに驚いてはいた。
あいつの強さは守恵者のそれをゆうに超えている。
(懸念点があるとしたらもう1つ…。いや、そんなことありえないか…)
人型が崩れた家の瓦礫の中から歩いて出てくる。
「嘘だろ…」
「え…」
人型は既に完全完治をしていた。
いくらなんでも早すぎる。そんな早さで体を治癒するなど神の芸当だ。
私自身は 信愛 の力を使えば可能だが相手はそれ一切無しの天恵のみだとしたらこいつは2人がかりでも負ける可能性がでてきた。
私の力は攻撃に使うには制御が難しく、辺りに巻き込みたくない人がいれば本気を使うことなどできない。
例え自分が死にかけになろうとすぐそばにはメアリー女王がいる。
私が制御を失敗してメアリー女王を巻き込んだら元も子もない。
そのため、私は後ろで護衛に専念する方が良いのだ。
「体を治癒するのが早いならそれを上回る速度でお前のことを切り刻んでやる」
ディシは先程と同様に一瞬で間合いを詰め、先程よりも早い速度の攻撃を人型に浴びせる。
が、次の光景に目を疑う。
ディシの右手首から先が無くなっている。
その切断の速さに切り口からは血が吹き出すことも無く、ディシですらその攻撃を視認することが出来なかった。
「は…、?」
自身に何が起きたか理解できないディシの一瞬の隙をついて人型は腹部に蹴りをいれる。
先程の人型と同様に近くにある家に吹き飛ばされる。
「ディシくん!!」
「スタシアさん!前!」
ハッとした時にはもう既に目の前には刃があった。
あぁ、死んだ…
確かに、私の目の部分に刃が振られてその攻撃は私の頭を切断するほどの攻撃だった。
しかし私の体は無傷であり、逆に人型の目が切断され
血を吹き出す。
人型は私達から距離を取り、目を治癒させる。
「お前…絶対殺す。」
腕を治癒しながら瓦礫から戻ってくるディシ。
「ディシくん!大丈夫?やっぱり私も…」
「いや、メアリー女王の護衛に専念してくれ。
必ず、俺がこいつを仕留める。」
『必ず』 ディシはこの言葉を毎回守ってくれる。
しかし、私は目の前の人型はなにか得体の知れない違和感があるような気がした。
あいつ…もし、対象の力をコピーする力があるなら…
「意志『共鳴』」
結命の意思
対象の心臓の鼓動と自身の心臓の鼓動を合わせることによって、相手の行動に高い耐性を持つ。
自身の身体能力に加えて対象の身体能力を自身に
『掛け合わせる』ことによって圧倒的な身体能力を得る
意志 『共鳴』
対象者を 攻 と 守 の2人選び、守 が受けた攻撃を攻 に
肩代わりさせる。
肩代わりさせられるのは 攻 の攻撃で受けたダメージのみ。
即死の攻撃を肩代わりさせることは不可。
ディシの意思…結命の意思 は文字通り心臓の鼓動によるもの。
その力は強力な分、心臓と体にかかる負担が大きい。
時間制限ありの強力な能力。
「『愛憎』」
私はディシに向けて意志を発動する。
ディシの治りかけの右手は完全に治癒、ディシは両手に短剣を持つ。
人型も同様に両手に短剣を持ち、ディシと同じ構えをする。
人型が先に攻撃を仕掛けようと腕を少し動かした瞬間、
ディシは既に人型の後ろに背中を合わせて立っていた。
人型は固まって動かずに静止する。
しかし数秒後、四肢が切断されて胴体は地面に落ちる。
ディシがトドメを刺そうと追撃を加えようとした瞬間に腕を再生させてディシの脇腹に剣を刺し捻じる。
だが、ディシは表情を変えることも無く脇腹からも血が一切出ていなかった。
人型の脇腹から血が吹き出すが、ディシは止まることなく人型の身体中を切り刻む。
人型の首にディシの刃が食い込もうとした瞬間、
勝ちを確信したが次の光景ではディシの両腕が地面に押し潰されていた。
「え…、?」
私は目の前の光景がありえない程に受け入れ難かった。
だって今のは、信愛 の力…
「クソっ…、!」
ディシは両肩から先が無くなり、血を流している。
今のは間違い無く 信愛 の力。
人型は切り刻まれたことによって両腕は切断されていた。
剣を振る事など出来ないはず。
なんなら、まだ腕を再生していない。
これが違和感の正体。
私の力をコピーされた。
ディシは人型の前に膝をつき頭を伏せる。
変わらず両肩から血を流している。
ディシは 意志 を使ったことによって脳と心臓を酷使し、天恵の回りが遅くなって治癒が出来ずにいた。
私が出ようとしたら声とともにいくつもの足音が聞こえくる。
ザブレーサの騎士団だった。
この状況を見て、すぐに人型が敵だと認識したのか
すぐに人型を囲むように円形に広がり剣を構える。
人型は完全に体の治癒を終わらせる。
ディシはやっと治癒を始めた頃だ。
取り囲む中心にはスクリムシリと膝をつく両腕が無くなったディシ。
「貴様の身柄を拘束する!逆らうならば躊躇うことなく殺す!」
「メアリー女王!」
後方からアダル王が走ってくる。
腰には剣を備え、身なりは王でありながら使い古している騎士団服を着ている。
恐らく、立場に甘えることなく努力を続けているのだろう。
「アダル王!駆けつけて頂いてとても助かります!」
「気にするな。それよりあやつはなんだ?」
「スクリムシリです。それも、破 というスクリムシリの中でも強い部類のものです」
「あれが…!?人のような見た目だが、?
いや、あれは人では無いな。」
「お話は後でいたします。」
「そうだな。まずはあやつを…。
お前たち!そいつの身柄は確保せずに今すぐに処刑せよ!」
アダル王の合図で騎士団はスクリムシリに向かって全員で切りかかる。
「待って!ダメ!!」
私は咄嗟に止めようとしたが時すでに遅く、一瞬で騎士団の上半身が跡形もなく消し飛ぶ。
膝をついていたディシはその攻撃に当たらずにすんだ。
「…なっ!?なんだ今のは!!何をしたのだ!」
一瞬で自国の騎士団を消し殺されたことによって
動揺と怒りが隠せ無いアダル王。
これほどまでの力を持つスクリムシリは私自身も初めて出会った。
言葉が出ない…。
勝てるのか?こいつに。
本気を出そうにもメアリー女王達が近くにいて危険だ。
最低300メートル以上離れなければ被害が出る。
人型はディシのすぐ目の前に立ち、短剣を片手に持つ。
天恵の消費が激しいがやるしかない…。
状況を変えるためには。
「『無邪気な愛と信念の憎しみ』意志『愛憎』」
詠唱をすることで意志本来の力の解放。
私を中心に半径、142メートルの範囲が出現して
その中にいる私が指定した人物は『永遠の治癒』をもたらす。
天恵の消費が激しく、技術と制御をフルに活用しなければすぐ詰み。
だから、天恵が尽きる前に決着をつける!
ディシの腕が一瞬で再生する。
その他の怪我も即時に治癒。
目の前にいる人型に剣を振るうが当然のように防がれてしまう。
しかし、距離をとるには十分だった。
「アダル王…メアリー女王を頼みます。必ず守ってください」
「…ああ、わかった。お前も気をつけるが良い」
「はい」
「スタシアさん…」
私はメアリー女王をアダル王に託して、ディシの横に立つ。
「残りは?」
「半分もない。ディシくんは?」
「俺もだ。息を合わせてくれ。絶対に殺し切る」
「うん」
ディシの 行くぞ と合図とともにディシは体をフルに強化し、距離を詰める。
人型はまた 信愛 の力を使うが私の 信愛 によって相殺。
いや、押し返す。スクリムシリの片腕を捻り潰す。
(簡単に模倣されてたまるか!私は何年も天恵の技術を磨いてきたんだ!)
信愛 はより精密な天恵の制御でより攻撃の質が上がる。
私はそれに全てをかけてきた。
故にいくら模倣しようが私以上の天恵操作がなければ
信愛 の押し合いで私に勝てることは無い
ディシが人型の脇腹を抉り切る。
人型も腕を再生させながらディシの脇腹を刺し切る。
だが、互いにすぐに再生する。
お互いの攻撃速度はどんどん上がる。
攻防の中で互いに切られようとすぐに再生する。
私は地面を変形させて人型の足を鋭い物体で刺し、
固定する。
足を固定されたことで振り向くことが出来ず、ディシの攻撃を喰らう。
上半身と下半身は切断され、私は 信愛 で下半身を押し潰し跡形もなくする。
人型の上半身は床に落ちる。
また、再生を始める。
「『共鳴』」
ディシは自分の腕を切り落とす…が無傷で逆に人型の腕が切断される。
明らかに再生が遅くなり、ディシが頭を突き刺そうと短剣を振り下ろす。
人型は口を変形させて、とてつもなくでかい口になり咆哮をあげる。
あまりのうるささに私は耳を閉じる。
それでも頭がくらくらして平衡感覚を失うほどだ。
間近で聞いていたディシは!と思い顔を向けると
自身の指で耳を破壊しており、平衡感覚を保っていたが耳からは血が流れる。
だが、その血は一瞬で無くなる。
(まさか!?そんな芸当ができるの…!?)
ディシの耳の血が引くと同時に人型の耳から血を吹き出す。
ディシは自身の耳を咆哮が発せられる前に破壊し、
咆哮が終わると同時に 意志 を発動して、自分の耳破壊を人型に肩代わりさせたのだった。
頭がおかしい…そんなこと思いついても普通の精神状態の人はそんな事しない…。
再生が完全に止まった人型を見下すように立ち、
頭に短剣をぶっ刺す。
勝った…脳を完全に破壊した。
再生はしていない。
身体もピクリとも動いていない。
ディシは頭から短剣を抜くとその場で倒れる。
私は 意志 を解除しディシの元へ駆け寄る。
私もディシも天恵が意識を保つ分しか無くなってしまった。
「ディシくん!大丈夫?」
「ああ、大丈夫。早くメアリー女王の所へ行こう。」
ディシが立とうとしたが、フラっと倒れそうになってしまうため私が肩を貸してあげる。
身長差的にこちらの方が辛そうだが、倒れるよりかは良いだろう。
「スタシアさん!ディシさん!」
メアリー女王がこちらに駆け寄ってくる。
その顔は心配と安堵が混じっており、目が潤んでいた。
「良かったっ!ご無事で…本当に良かった…!」
メアリー女王は私とディシを抱きしめる。
「メアリー女王こそ、ご無事で良かったです」
近くの家にディシを寄りかからせてあげる。
ディシは壁によりかかりながら座り、戦闘した跡地を眺める。
「礼を言う…助かった」
アダル王が頭を下げる。
言葉遣いからは分かりにくいがきっと思った以上に感謝されているのだろう。
「いえ…騎士団の方々をお守りできずに申し訳ありません」
「良いんだ…正直舐めていた。あそこまで化け物な存在だとは思ってもいなかった。
君達が居なかったらザブレーサはきっと完全に破壊されていただろう。」
確かに、破 と戦った割にだいぶ被害を抑えた方ではあった。
第二川線と第三川線に挟まれている土地の小規模の建物と地面が壊れたのみだった。
「色々と聞きたいことがあるがそれを教えてはくれないのだろう?」
「すみません。お教えすることは出来ません。」
「そうか、ひとまずミッド城に行くぞ。
あの化け物について少々詳しく聞かせてもらった後に騎士団の派遣についての話し合いをしたい」
私とメアリー女王はびっくりしながら顔を見合わせる。
その後に ふふっ と笑ってしまう。
アダル王自身、きっとスクリムシリの脅威を実感したのだろう。
ザブレーサの騎士団のみなら犠牲を込して倒せても
解 程だろうか。
「毎回、あれほどの化け物な訳ではありませんよ。
今回は特例でしたが…。」
「あれはスクリムシリの中ならばどれほどなんだ」
「強さのレベルで言ったら2番目の強さです。」
「あの上がいるのか…?」
「その件についてもミッド城でお話します」
そうだった と思ったのか 着いてこい と言いながら
ミッド城の方向へと歩き始める。
私はディシに肩を貸そうと目をやる。
相変わらずスクリムシリの死体を見ていた。
「ディシくん!ミッド城に行くよ」
私がディシの前に立ち手を挙げた瞬間、ディシは ハッ とする。
「逃げろ!!今すぐに走って逃げろ!!!」
ディシは残り少ない天恵を使ってすぐそばにいる私を抱え、メアリー女王の元に走り、メアリー女王も逆の手で抱える。
そして、猛スピードでスクリムシリの死体から距離をとる。
アダル王も何が何だか理解する前に走り出していた。
次の瞬間、スクリムシリから地面が抉れるほどの衝撃波と爆発が起こる。
逃げていたもののその衝撃波に巻き込まれて私達は爆発に巻き込まれる。
「スタシアッ!!!」
ディシが大声を出しながら咄嗟にメアリー女王を私に
投げる。
私は最後の力を使って爆発からメアリー女王を守るために、天恵でメアリー女王とアダル王を囲う層を作る。
私はそのまま爆発で吹き飛ばされる。
目が覚ました時、メアリー女王が心配そうな顔で見ていた。
「メアリー女王…お怪我、は?」
「大丈夫です!それよりもスタシアさんがご無事で何よりです…」
「…ディシくんは!」
「姿が見えないです…、周辺は爆発に巻き込まれた建物の残骸だらけで…」
私は痛みを堪えながら立ち上がり、フラフラな足取りでディシを探す。
姿が見えない…耳をすましても呼吸音も聞こえない。
私は焦りで気が狂いそうになっていた。
探し続けていると瓦礫から手が見えた。
小さい瓦礫を退かすとディシが意識を失っていた。
下半身が大きな瓦礫に挟まれて抜け出せない。
私一人ではビクともしない。
アダル王とメアリー女王が一緒に持ってくれて、何とか退かすことが出来た。
ディシは身体中がボロボロであり、頭から血も流していた。
「ディシくん!ディシくん!!」
呼びかけても返事はなく、私は 信愛 を使おうとしたが
メアリー女王に止められてしまう。
「それ以上、天恵を使ってはいけませんっ!
スタシアさんがタダでは済まなくなってしまいます」
「ですが、私よりもディシくんの方がずっと助ける価値があります!」
「なりません!こんなことは言いたくないですが、
スタシアさんの能力をここで失うわけにはいきません!それに、冷静になってください!
ディシさんは天恵が不足しています!」
私は焦燥感で冷静に物事を考えられていなかった。
確かにディシは天恵が不足して意識を失っていた。
仮に体の怪我を治したからといって目を覚ます訳ではなかった。
メアリー女王はそこを理解した上で咄嗟に私を止めたのだった。
「ディシくん…!お願い返事してよ!」
ディシの呼吸は止まっており、意識が相変わらず無い。
私は人工呼吸をするために口をつけて息を吹き込む。
そして、心臓マッサージもする。
「お願い…お願い…」
無我夢中に何度も繰り返す。
「ゲホッ、ゲホッ、」
ディシが息を吹き返した。
まだ弱いが呼吸もしている。
「すぐに治療を!!」
「既に呼んでいる。それよりも、娘。お前の怪我は大丈夫なのか?」
アダル王にそう言われてやっと自分が限界なのだと気づきふらつく。
メアリー女王に支えられてしまう。
「申し訳ないです…」
「気になさらないでください。なんの活躍も出来なかったからこれくらいはさせてください。」
遠くから数名が走ってくる音が聞こえる。
「助けが来ました。これからミッド城へ向かいます」
意識が朦朧としている私にメアリー女王が状況を
詳しく教えてくれる。
そこで安堵して私は再度意識を失う
スタシアとディシの活躍度が凄いですね。
読んで頂きありがとうございます!
投稿が遅くなってしまい申し訳ないです!
体調が優れなくて書くペースがとても遅くなってしまいました。




