10話 「疑問と謝罪」
目を覚ましてから3日が経った。
身体は大分回復してきて、既に1人で歩けるくらいだった。
この3日間で、スタシアやミリィノ達がお見舞いに来てくれた。
その際に、ミリィノにある物を渡されたのだった。
〜〜2日前〜〜
「これは…?」
「…ホルトーさんの騎士団紋章です。」
頭が真っ白になった。
目の前で殺された時の光景を思い返す。
私は吐き気に襲われて口を手で抑える、息が荒くなり様々な感情が湧き上がる。
「私が、ヨーセルさんをカルナさんの元まで届ける時に服から取っておいたものです。
メルバル総戦が終わるまで行けませんでしたが、
終わった後にホルトーさんの遺体を回収しに行こうとしましたが、既に死体はありませんでした。
恐らく…スクリムシリに食べられてしまったと思います。」
心臓が苦しくなり、私は自身の手で胸の部分の服をギュッと握る。
彼が居なかったら私は生きていなかった。
彼との関係は浅いが信頼関係ができていた。
彼のひたむきな家族への想い…それを思い出し、さらに色んな感情が混ざる。
「ヨーセルさん…すみませんでした。遺体を回収出来なかったことをお詫びします」
ミリィノは頭を下げる。
しょうがない事だと分かっている。
あの時、生きている私の生存を第1優先にする判断はとても合理的で他者から見たら当然の選択だ。
しかし、当事者である私は苦しかった。
私がもっと上手くやれていればホルトーは生きていたのではないかなどと自分を責める。
「少しだけ…1人にして頂けますか?」
恩人であるミリィノに感謝を伝えずに1人にして欲しいと頼む…。
最低な人間だ。
仲間も救えず、中途半端な行動で足でまといになり、
ましてや感謝1つも言えない。
つくづく自分に嫌気がさす、
「分かりました。お大事になさってください」
そして、心を整理するのに丸1日かかった。
あの後ミリィノとは会っていない、きっとミリィノは私を気遣ってくれているのだと思う。
私は、ミリィノ邸に帰ってきていた。
自分の部屋に帰るためではなく、ミリィノに謝罪と感謝を伝えるために。
ミリィノの部屋をノックし、返事があったため中に入る。
部屋に入ると左右の壁にはびっしりと本の入った本棚、部屋の中心にはソファが2つ向かい合って設置されている。
そして部屋に入って正面に机と椅子が置かれており、
ミリィノが座って何やら作業をしていた。
「ヨーセルさん!お身体の方は大丈夫ですか?」
「はい。だいぶ回復してきました」
ミリィノは席を立ち上がり、私をソファに座るように促し、私が座ったあとに正面に座る。
「改めて元気な姿を見た後だと1ヶ月も目を覚まさないのは大丈夫とわかっていてもさすがに不安になりましたね。目を覚ましてくれて良かったです」
いつものように優しく話しかけてくれるミリィノ。
今の私には心臓を針で刺されるように痛い。
「ミリィノさん…すみませんでした」
私は頭を下げて、ミリィノに謝罪をする。
「ど、どうしたんですか?なにか私にしましたっけ?」
「ミリィノさんは私の命を救って頂いた命の恩人なのに、2日前に感謝も伝えずにあのような態度をとってしまった。
本当にすみませんでした。」
ミリィノは焦った表情からニコッと笑顔へと変わる。
「そんなこと気にしないでください。
初任務であのようなことがあれば誰でも気持ちの整理が出来ないのは当然です。
私はヨーセルさんが目を覚ましてくれたということだけで十分なんですから」
その言葉に涙が出そうになる。いや、出てるのかもしれない。
自分が泣いているのかどうかも分からないほどにミリィノの優しさが心に染みる。
「改めて、助けて頂いてありがとうございます。」
「良いんですよ。それと、こちらの紙を」
ミリィノが小さい正方形の紙を机に滑らせながらこちらに渡す。
「これは?」
「ホルトーさんのご家族のお家がある場所です。
既に、ご家族にはホルトーさんの訃報をお知らせに行きました。
ヨーセルさん自身が何かお伝えしたいことがあればとメモをしておきました。」
ミリィノは私の目を真っ直ぐと見る。
その時に察した。
ホルトーの騎士団紋章を私に渡したのは、ホルトーの家族に私から渡しに行くように仕向けたからなのだと。
「ありがとうございます。必ず、お伺いします。」
「それと、スクリムシリ 解 以上を撃破した者は毎回
ホールディングスでメアリー女王から守印が贈呈されますからヨーセルさんも贈呈されますね。
ヨーセルさんが目を覚ます前に既に行われたのですがヨーセルさんの贈呈式はまだなので明日のお昼頃にするとの事なので遅れないようにお願いしますね」
「分かりました。」
ディシの部屋にあったとんでもない量の丸い守印は全て 解 以上を倒した数の量分だったのか。
そう考えるとディシのやばさが伝わってくる。
天恵を使い切ってやっと致命傷を与えられるくらいだったのだが、ディシの部屋には少なくとも守印は100以上あった。
改めて、メルバル総戦を思い返す。
わかったことはそれぞれの強さの段階には明確な差があること。
解 相手では1人では確実に死んでいたし、破 なんて私がいくら万全の状態でも確実に倒すことなどできなかった。
「スクリムシリ 破 はどれほどの強さが普通なんですか?
あれほどの強さが普通ということなんですか…?」
「いえ、あの森で戦った人型は普通の 破 と違って知力があったため普段の数段強かったです。
本来、破 は守恵者1人で倒せるかどうかの強さです。」
守恵者が1人で勝てるかどうか…。
確かに、ミリィノも追い詰められていた。
だが、一瞬で形勢逆転をした…あの時の技はなんだったのだろうか。
「スクリムシリにトドメを指した時の技ってなんだったのですか?突然、空間が隔離されたかのようになっていましたが…」
「あれは サイナス です。我々、守恵者の 意思 は脳でその力を行使していますが サイナス は脳に加えて心臓を 意思 と直結させて 意思 本来の力を使えるようになるんです。
言ってしまえば必殺みたいなものですかね。
天恵の消費はそれぞれの 意思 によって異なりますが私の場合はその時点での残りの天恵の 5割 を消費しますね。」
「サイナス…」
スクリムシリ 破 をあそこまで一方的に殺せるとなると
とてつもなく大きな力。
改めて守恵者の実力を再認識した。
目の前の紅茶を上品に飲む美しい女性は、私のはるか先の極地にいる。
(いつか私もここまで強くなれるかな…)
私は他にも様々な疑問があったが、1番の疑問はホルトーの件。
スクリムシリ 破 が現れた時、ホルトーは天恵をほぼ使い切って動けるはずがなかった…のにも関わらず
人型に向かって攻撃を仕掛けたのだ。
あの時は止めるのに必死だったが今考えるとおかしかった。
解 の首を切り落とす時にホルトーは間違いなく自分の命を削って天恵を消費した。
ならばなぜ…
この疑問をミリィノに包み隠さず伝えるとミリィノも
困惑した表情をしていた。
「大前提として、天恵は人と人同士の与奪は出来ないはずです。
仮にそれが出来るとしたら確実に私やディシさん以上の実力の持ち主。
スタシアさん程の精密な天恵の技術があればできるかもしれませんが…」
つまり…あの場には私とホルトーと人型以外に誰かがいたということ?それも、ミリィノやディシ以上の力を持つものが?
仮にそうだとしてなんのためにホルトーに天恵を?
(まさか…いや、あくまでも憶測だが、、)
あの時点でミリィノはこちらに向かっていただろう。
人型はその接近には全く気づいていなかったが、
ホルトーに天恵を与えた何者かはミリィノの接近に気づいており、ミリィノに邪魔される前に余裕をかましていた人型にホルトーを殺させるように仕向けさせた。
その時に、自身が姿を現さなかったのはなにか事情があったということか。
(しかし、これはあくまで予想であり、ミリィノが言ったみたいに天恵の与奪が出来る者があの場のどこかにいた場合の想定だ。
もしかしたら単純にホルトーが天恵を思いの外、消費をせずに 解 の首を切れただけかもしれない。)
「この件は気にかかりますね。守恵者内でも話を通しておきます。」
「ありがとうございます。あ、あと…気になっていたことがあるんですけど…守恵者になる具体的な条件って何かありますか?」
「守恵者の条件ですか。主に2つですね。
1つは 意思 を宿ること。これは絶対条件で例外は無いです。
2つ目は スクリムシリ 破 以上を単独で撃破することです。意思 が宿ったからと言って守恵者になる実力があるとは限りません。
なので、メルバル総戦や普段の任務で スクリムシリ 破 と遭遇した際に、完全単独撃破 をすることで守恵者になれます。
これには例外がありますね。
スタシアさんのような 4つの意思 の1つを宿っている場合は有無を言わさず守恵者になれますよ。」
ここまで聞いて、守恵者までの道のりはとてつもなく遠いなと感じた。
ひとまず、私は天恵の制御などの技術面をより高めないといけないと思う。
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。
ヨーセルさんは今よりもっともっと強くなります。
ディシさんが目をつけた人物なので間違いはありません。なので一緒に頑張りましょうね!」
この人は人の心を掴むのが上手いなとつくづく思う。
「はい!」
ミリィノ邸を出ると先程ミリィノから向かった紙を頼りにホルトーの家へと向かう。
場所はミリィノ邸とは真反対の南国。
体は十分に回復したとはいえ、この距離を歩くのはさすがにしんどかった。
私は、途中で東国の霊園により ホルトー の名前が刻まれた石の前で手を合わせる。
(必ず、強くなって…ホルトーの分まで頑張るから)
心の中でそう誓って立ち上がり、霊園を後にする。
そういえば南国はあまり来たことがなかった。
街並みは他の地区と変わらないようだった。
他の地区と比べて子供の数が少ないなと感じるくらい。
東国は子供が沢山遊んで笑いあったりして賑わっていたが、南国は高級そうな服を着ている上品な大人が多かった。
(この辺に家があるはず…)
私は紙に記されていた家の前で足を止める。
白い壁に周りと同様のオレンジ色の屋根。
だが、どこか周りと比べてボロボロに見える。
私はドアを3回ノックすると、家の中から足音が聞こえてくる。
ドアが開くと、痩せている女性がでてきた。
「はい、どちら様ですか…」
女性は顔色が酷く目の下の隈も濃い。
服はちゃんとしたものを着ていたが所々汚れていた。
「突然申し訳ありません。
騎士団のルシニエ・ヨーセルと申します。」
「なにか御用でしょうか。」
「ホルトーさんのことでお話をしたくてお伺いました」
ホルトーの名前を出すと女性の顔はすぐに変わった。
目は潤んでいるのを必死に我慢して、何か言いたげな顔をする。
だがそれを必死に堪えて、
「中へどうぞ。」
家の中へと案内される。
木製の椅子に座る。女性は飲み物を私の前に置いて、対面に座る。
「申し遅れました…ホルトーの母のアイメルと申します。」
「急に来てしまいすみません」
「お気になさらないでください。それで…ホルトーのお話というのは?」
「私は…ホルトーと同期で同じでメルバル総戦の際に協力させてもらいました。
これを…」
私はミリィノから貰ったホルトーの騎士団紋章を机の上に出す。
「これは、ホルトーの物です。メルバル総戦で
ホルトーと私はスクリムシリ 解 を協力して倒すことが出来ました。
ホルトーがいなければ私は今生きてはいません。」
「…」
アイメルは沈黙する。ホルトーの騎士団紋章をじっと見つめながら。
すると、部屋の奥から2人の小さい子供が出てくる。
ドアの間からそっと覗くように。
その存在に気づき私が目を向けると、同様にアイメルもその子達に気づいたようだ。
「2人とも…お客さんと話しているから奥で遊んでいてちょうだい。」
優しい口調と顔で言うと2人は頷いて「何して遊ぶー?」と言いながら奥に入っていく。
「ホルトーやあの子達の父親…夫は騎士団員でした。
とても勇敢で、正義感が強く曲がったことが嫌いでした。
ある任務で強敵と会った際に部下を庇って命を落としました。
最後まであの人らしく…誇りに思っています。
ホルトーは…最後まで勇敢でしたか…?」
アイメルは涙声になる。必死に泣くのをこらえているようだった。
「はい…最後までスクリムシリに向かって行きました。
彼は弟さん達やアイメルさんのお話をしてくれました。
『母やあの子達は俺の誇りだ』と…」
アイメルは机の上の騎士団紋章を手に取ると胸に抱えて涙を流す。
「ホルトーを…ホルトーさんを救えずに申し訳ありませんでした。」
私は立ち上がり、アイメルに頭を深く下げる。
「ホルトーは…父親に憧れていました。父親のように勇敢だったと聞けて…それを伝えに来てくれてありがとうございます。」
別れ際にアイメルに1つ頼まれた。
「ホルトーの分まで、お願いします。
ヨーセルさんのような同期がいてくれてホルトーもきっと嬉しかったと思います。」
「私も…ホルトーのような人と同期で光栄に思います。
それでは、失礼します」
私はアイメルの家を後にする。
「お母さん?お兄ちゃんの友達?」
「お兄ちゃんはまだ帰ってこないの?」
アイメルはいつの間にか後ろにいた2人の子を抱き寄せて涙を流す。
「お兄ちゃんは少し眠ったの。大丈夫、いつかまた逢えるから」
再認識した…。
スクリムシリという存在は今すぐにこの世から抹消しなければいけない。
大切な人を、不平等に殺して、食って…。
私は北国へと向かう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
メルバル総戦中、東で指揮を取りながらスクリムシリを殺していた際に聖者の1人から報告が入った。
「北西にて 人型スクリムシリ 破 が現れました。
北西の指揮を執るドンレル様は人型と対峙し、重症。
人型は急に北北西へと向かいルシニエ・ヨーセルとコールス・ホルトーを襲撃、コールス団員は死亡しルシニエ団員は重症。
ミリィノ様が応援に向かい、人型を殺したみたいです」
「やはり出たか…ミリィノとルシニエは?」
「ミリィノ様もルシニエ団員も無事です!
ミリィノ様がルシニエ団員を北門からユーランシーへ送るそうです」
「わかった。持ち場に戻ってくれ。」
「失礼します」
出る予感はしていた。だが、まさかヨーセルが遭遇してしまうとは思わなかった。
なぜ、ドンレル聖者にトドメを刺さずに北北西へと向かったのか。
(考えるのは後だ…ひとまずこのスクリムシリの群れを止めるっ!)
メルバル総戦が終わった後、すぐにヨーセルが治療を受けているノース城に向かう。
ベッドの上で仰向けに寝ているヨーセル。
話を聞くと、肋が数本と片腕が折れており、内蔵も傷ついているようだった。
一命を取り留めてはいるが天恵が少なく、すぐには目を覚まさないとの事だった。
その後、ホールディングスでメルバル総戦の報告をした。
今回のメルバル総戦の死亡者数は28人。
負傷者数は482人、内昏睡状態などの重傷者数は57人。
ある程度の報告をしたあと、ミリィノの話を聞く。
「私が人型に遭遇した時点で、ホルトー団員の死体、スクリムシリ 解 の死体。人型に首を絞められているヨーセルさんがいました。
間一髪のところでヨーセルさんを救うことが出来た後に、人型と戦闘になりました。
正直、強かったです。知性がある分、厄介な動きが多く、それに加えて素早い動きで初見のはずの私の意志に反応しました。」
ミリィノの意志に初見で反応…。
スピードだけなら守恵者で圧倒的なミリィノの攻撃に適応する程の身体能力か…。
「意志を防がれたことで不意をつかれてしまい、近距離で天恵の攻撃をもろに喰らってしまいました。
瞬時に全身を天恵で強化しましたが高威力に吹き飛ばされて今は治しましたが肋と左腕が折れました。
その後、 サイナス を使用して人型を殺しました」
やはり俺とスタシアが遭遇した段階ではまだまだ成長段階だったみたいだ。
ミリィノの実力ならば普段の 破 は意志で殺すことが出来るだろう。
しかし、サイナス まで使用させるとなるとかなりの強敵だ。
知力があるのと無いのとでは圧倒的に手強さが違う。
一通りの報告を済ませ、メアリー女王が
「皆さん、メルバル総戦お疲れ様でした。
犠牲になった方や怪我を負った方々にお祈り捧げ致します。
民の代表として、感謝を伝えさせてください。
ありがとうございます。」
メアリー女王は犠牲になった団員の墓を毎回訪れて祈りを捧げている。
自身が戦闘の場にいけないことを悔やんでおり、最大限の感謝を伝えたいとの事だった。
俺たちは、メアリー女王の前で頭を下げ、感謝を受け取る。
読んで頂きありがとうございます!
分かりづらい表現があった場合は笑って許してください…!




