097 作戦会議
「……エミリア。話を聞こうか」
「い、いえ、お兄様を煩わせるわけにはいきませんので」
「妹に何かがあるのかと、気になる方が煩わしい。早く話せ」
口調が強くなると、お兄様のお顔の険しさもあいまってとても恐ろしいです。
イザヤ様に助けを求めましたが、首を振りました。それは、言ってはいけないなのか、
言わなければいけないのか。どちらの反応でしょう。
わたしとイザヤ様が見つめ合っていると、お兄様は何かを察してくれたようです。
「……とりあえず、寝る場所の手配もしようと思っていた。場所を移動するか」
「ど、どちらに?」
「一応、男爵だからな。王都に家がある」
「なるほど、お兄様の家、に……」
「エミリア。わかっているな?」
目元が笑っていないです、お兄様。
ついて行かないという選択肢は、与えてくださらないようです。
わたしとイザヤ様は、覚悟を決めてお兄様の家に向かうことになりました。
無理やり半休を取ったらしいお兄様と一緒に、王都にあるという家に向かいます。
魔塔がある場所から徒歩で十分ほど。小さいながらも立派な庭があるフォード男爵邸へやってきました。庭には、柑橘類がなっている木も見えます。
一代限りの男爵といえど、貴族として最低限の華やかさを保たねばいけないそうです。お兄様の補佐係兼庭師の方、世話係兼料理人の方、掃除担当の方がいらっしゃいます。ですが皆様お忙しいらしく、当主のお兄様が戻られても迎えはありませんでした。
こんなものだと言いながら、お兄様が執務室へ向かいます。
そして執務室へ入り、お兄様と向かい合うようにわたし達も長椅子に座りました。
「さて。場所も移動したことだし、話してもらおうか」
にっこりと微笑む姿は、目の下の隈もあり、拒むことはできません。
覚悟は決めましたが、やはり躊躇ってしまいます。これから話すことは、お兄様の命すら危険にさらしてしまうかもしれません。
言い出せないでいると、イザヤ様がわたしを安心させるように手を握ってくださいます。
イザヤ様が握ってくださった手の方が、気になってしまいました。しかしそのおかげで、お兄様に話すという緊張感が少し和らぎます。
何から話せば良いでしょうか。
わたしがテイマーであること。異常なステータス値。ドニー様の計画に巻きこまれたギルド長様のこと。
まず、ドニー様に対抗しうる力を持っていることを伝えようと決めます。
「お兄様。わたしの後ろへ回ってくださいますか」
「ああ、わかった」
お兄様が背後に来たとき、わたしはお兄様も見えるようにステータスを開示しました。
お兄様は見たばかりのステータス画面が信じられないのか、長椅子の背に手を置いて前のめりで凝視しています。
「……凄まじいな、この数値は」
「お兄様。再度伺います。ドニー様よりも高い数値というのは、どれくらい高ければ良いのでしょうか」
「これが最大値だろう? ここからさらにステータスなんて上がらないはずだ」
「それがですね、お兄様。ステータスの上限値は1億なのです」
「は? 今、何て言った?」
「ですから、ステータスの上限値は1億だと申し上げました」
「上限値を明言できるということは」
お兄様がイザヤ様を見て、イザヤ様は頷きます。
そこでなぜ、わたしに確認しないのでしょうか。わたしの言葉は信用できないのでしょうか。
「ドニー様の術を無効化させるためには、わたしのステータスが高くないとダメでしょうか」
「……他に、誰のステータスがあると言うんだ」
わたしは左の薬指を二度触り、ファラを出します。
ファラは進化していますから、出したときから虹色になっていました。
そんなファラを見て、お兄様は開いた口が塞がらないようです。
「は? 魔獣? そういえばステータス画面に、テイマーだと書かれていたか。エミリアがテイマー? それに、たしかこの魔獣は火属性……風と水だけじゃないのか??」
「ちなみにですが、お兄様。わたしは四属性持ちです」
「四属性……なるほどな。属性別の魔法を色覚化して混ぜた結果と同じだ。白になった。そうか、いや、しかし……エレノラと双子なのに、どうしてエミリアだけ白いんだ??」
「ドニー様曰く、わたしは先祖返りだそうですよ」
畳み掛けるように情報を出すと、さすがのお兄様も許容量が越えてしまったようです。
頭を抱えたまま、長椅子に腰を下ろしました。
ファラから、何をすれば良いのか問う意思を感じます。
「お兄様。悩まれているところに申し訳ありません。先程されたお兄様の質問の答えです。この子のステータスならば、100万なんて余裕で越えるのですが」
「……越えたとして、虹色だとして、蝶のままじゃ何もできないだろう」
「ファラ。前のように姿を変えてもらえますか」
了承の意思を感じた後、ファラが擬人化しました。その姿は前と変わらず、小さな男の子のような見た目です。
ファラを見たお兄様は、抱えきれない情報よりも目の前の不思議を追求したいようでした。
恐らく無意識に、ファラに手を伸ばします。
「いけません、お兄様!! ファラは9900万のステータス値です!」
「きゅうせん……? そんな数値、ありえるのか」
「ありえるのです。申し上げました。ステータス値の上限は1億だと」
「まあ、そうだな? それで、エミリアが100万だと言っていたな?」
「ファラが進化するとき、わたしのステータスの99%を譲渡したのです」
「つまり、元々、エミリアが1億……」
抱える情報量が多くなりすぎたのでしょう。お兄様は脱力するように長椅子に背を預けます。
そして一度冷静になるためか、執務室を出て行きました。
少ししてから、ティーセットを持って戻ってこられます。手ずから入れてくださり、わたしとイザヤ様の前にもカップを置いてくださいました。
お兄様にもファラが子供に見えているのでしょう。搾ったばかりなのか、粒が見える柑橘水が置かれています。
「お兄様。ファラは友獣なので、人と同じものは必要ありませんよ」
「そ、そうか」
お兄様も混乱しているのでしょう。
それもそのはず。やれ異常なステータス値だ、それ以上のステータス値だ、擬人化したファラだとかを見ているのです。
まだ気を失っていないだけすごいのかもしれません。
「お兄様。それで本題なのですが」
「あ、ああ。そうだったな。その子のステータス値が高いなら、可能性がある。エミリアとイザヤくんの首に触ってみてもらってくれ」
「かしこまりました。ファラ、わたしとイザヤ様の首に触ってもらえますか」
頷いたファラは、わたしの首元に右手の指先を、イザヤ様の首元に拳を押しつけるようにして触ってくれました。
「お兄様。どうでしょうか」
紅茶を飲んでいたお兄様は、ようやく一息つけたようです。
すぐに気配探知をしてくださいました。
「駄目だな。圧倒的な数値でも解除されないということは、あの糞と同じ風属性と土属性の複合属性でないといけないのかもしれん」
「なるほど……。ということは、風属性の子と土属性の子で試してみないといけないということですね」
「それか、エミリアがもう少し魔力を上げてって感じじゃない?」
「そうですね。わたしは四属性持ちですから、その方が確実です」
「今が100万でしょ? 魔力がテイマーの攻撃力として、<+1%>のところでも」
「待った!」
イザヤ様と話していると、お兄様は驚きっぱなしのお顔で止めました。
わたしとイザヤ様はお互いに顔を見合い、お兄様に向けます。
「二人の話の先を読んだ。もしかして、ステータス値を簡単に上げる方法があるのか」
「はい。それがテイマーの強みです」
「は……? エミリア、お前は今100万だぞ? そこからステータスを上げるなんて、そんなことが」
「できるのです。テイマーならば」
「テイマーとは、恐ろしい職業だな……」
驚き認めつつ、まだ信じ切れていないように思います。
そんなお兄様には実際に見てもらう方が良いかと思い、誰の技能牧場を開拓しようかと考えましょう。
技能牧場の開拓状況を、それぞれ確認します。
ですが、<攻撃力Ⅱ>は最上段の項目。意外にも、すぐには開拓できないようです。
で、あるならば、次の選択は<忠誠Ⅱ>を上げることですね。これは99%譲渡にかからない項目でしたので、常に<∞>となっています。この項目を開拓すれば、すぐに全開拓ができるようになるでしょう。
誰の開拓が適切かを考えていると、執務室の扉が叩かれました。




