094 残り二日。
「いやー、ごめんね? ちょっと外に行ってた」
「……この子達はあなたの客でしょう。呼んだのならしっかりともてなしてください」
「ごめん、ごめん。怒らないでよフォード君。もう戻って良いよ」
「そうさせていただきます。書類が、溜まっていますので」
お兄様はドニー様に一礼すると、すぐに部屋を出て行かれました。
聞いてしまったお言葉からすると、もしかしたらお兄様はドニー様の仕事も肩代わりしているのかもしれません。それはもう、実質魔術師長では?
お兄様の健康について考えていたら、お兄様が去って行った方に視線を向けていたわたしを見て、ドニー様がにんまりと笑います。
「あっは。エミリアってば、フォード君みたいな堅物が好み?」
「い、いえ……」
「まあ、エミリアの好みはどうでも良いや。それよりさ、やっぱりエミリアに協力してもらいたいんだよね。無償でとは言わないからさ、手伝ってよ」
「それは、わたしに拒否権はありませんよね」
「んー、まあ、手伝ってもらうってなったら本格的にぼくと一緒にいてもらうし……二日待ってあげるよ」
「それはそれは。寛大なお心で」
いつもの言葉の裏を考えるやり取りか、と思っていました。
ドニー様はわたしの反応が面白くなかったのか、長椅子で待つイザヤ様に見せつけるようにわたしの耳元に顔を寄せます。
「二日後に、第一級犯罪者の公開処刑が行われるよ」
「なっ……」
「楽しみだねえ。第一級犯罪者の公開処刑の見学なんて、子供の時以来だよ。前は体内に流し込んだ魔力の暴発だったけど、今回はどんな方法かなあ?」
公開処刑の見学をした際、魔力は無限の可能性があると思ってしまったようです。
ドニー様は魔法についてうっとりとした目で語りながら、イザヤ様の元へ行きます。
……やはりドニー様は、普通ではないようです。
ドニー様がいくつのときに見学したのかはわかりません。ですが、子供のときということならば、普通は精神的に負傷するはずです。
いえ、もしかしたら逆かもしれません。子供のときの、精神的な負傷。それを癒やすために、魔力という存在だけに目を向けたのではないでしょうか。
その結果、少々歪んで成長してしまった。
恐らく、ギルド長様の処刑はドニー様が仕掛けた舞台です。ドニー様は、処刑の方法を知っているのか、知らないのか。
どちらにせよ、ご自身が楽しいと思うことには素直な方だと思います。あと二日、猶予があるということでしょう。
ギルド長様を、助け出さねば。
「エミリアー。そんな所に突っ立ってないで、こっちにおいでよー」
「今行きます」
ドニー様はイザヤ様の隣に座り、肩を組んでいました。何も知らない方が見たら、二人は親しいと思うでしょう。
ですが、わたしは見逃しません。ドニー様の仕草を。
今にも指を弾きそうなその手を、動かせるわけにはいきません。
わたしが席へ向かうと、ドニー様が端に移動しました。ドニー様とイザヤ様の間に座れということでしょう。
わたしはドニー様の指示通りに座ります。
「よし、それじゃあエミリアにも仕掛けるね」
「は? ドニーさん、いきなり何を……」
「イザヤ君も聞いてるよね? 自分の首にぼくの罠が仕掛けられてるって」
「ドニー様。何を考えていらっしゃるのですか」
悪さの首謀者だと明かしているからか、悪巧みがあからさますぎます。
だからこそ、言葉では示していない術を仕掛けようとしているのではと勘繰ってしまうのは仕方なしでしょう。
明かされない術も把握しておこうと、<気配探知>を発動しようとしました。
「あれ? エミリアってば、何かしようとした?」
ドニー様が、面白がるようなお顔になります。
ですが、これはドニー様の罠ではありません。わたしの落ち度です。
<気配探知>を発動した状態で、イザヤ様の首元の罠を解除してみようと思っていました。
その後お兄様がいらっしゃいましたので、当然、その持続時間は過ぎてしまっています。
そもそも、今日は<発育>も使用していますので、<気配探知>も使用時間は短くなっているのです。
<発育>に関しては、成長してしまえば自動的に止まっていました。一回使うのも、それほど長い時間ではありません。
<スキルⅡ>。テイマーとして活躍するために戦闘でもよく使っていくでしょうし、日常的にも使います。
本当に、持続時間に関しては常に考えながらやらないといけません。
「エミリアが何もしないんだったら、ぼくがやっちゃうよ?」
「ドニー様は、何をされようとしているのですか」
「何って、単純だよ。エミリアとイザヤ君。お互いがお互いの枷になってくれたら、ぼくの思い通りに動いてくれるでしょ?」
「エミリア、ごめん。魔法に関しては、ドニーさんに対抗できない」
「イザヤ様が悪いわけではありません。ドニー様が悪いのです」
「えー、エミリアってばひどーい。ぼくだけが悪いわけじゃないでしょ? 気配探知ができるようになったんだから、その後から今日まで、時間をあげたじゃない」
「確かに、その通りです」
潔いのは良いことだねと、ドニー様がわたしとイザヤ様の首元に指先を向けます。
わたしだけに仕掛けるのではないかと思っていたら、ドニー様が笑いながら教えてくださいました。
「二人の距離が離れすぎたら、罠が炸裂するようにしておいたよ」
「それは、どれくらいの距離でしょうか」
「実験してみれば? って言っても良いけど、潔く罠を受けることを認めたエミリアに免じて教えてあげるよ。罠が炸裂する距離はね、二人が両手を広げたぐらいかな」
「ちなみに、解除方法は」
「解除法法は、二つ。一つは、罠を仕掛けたぼくが死ぬこと。二つ目は、ぼくの性格を考えたら解けるかなー」
「ぼくはこの部屋にあまり来ないから、ここで過ごして良いよー」と言って、ドニー様はまたどこかへ行ってしまいました。




