090 ステータス値
イザヤ様が突然眠ってしまわれてから三日目の朝。
イザヤ様はぱっちりと目を覚ましました。
「イザヤ様!! 良かった。お目覚めになったのですね!!」
「え、あれ……おれ、もしかして寝てた?」
「そうです! 二日前の夜のことは覚えていらっしゃいますか」
「ええと、確か……ファラが進化して」
「そうです! その後なぜかファラに、イザヤ様が殴り飛ばされてしまいまして」
「なぜ殴られたのかは想像つくけど……エミリアのステータス値の99%を譲渡されたファラに殴られて、無事だったことが奇跡」
イザヤ様は腕を上げたり立ち上がったりして、自分の体に不備がないように確認しているように見えます。
そんなイザヤ様にわたしは頭を下げ、<治癒>を使ったことを伝えました。
「そっか。<治癒>してくれたんだね。ありがとう」
「そ、その、イザヤ様には記憶の混濁が見られました。ファラに殴られてしまった後のことは覚えていらっしゃいますか」
「ううん……それがさ、ものすごく曖昧なんだよね。すごく気分が良かったってことは覚えているんだけど、具体的に何かしたって、いう、のは……もしかして、おれ、エミリアに何かしちゃった!?」
「い、いえ、その……」
わたしはイザヤ様の行動を思い出し、思わず右手の甲を擦ってしまいます。
その行動は、混乱している様子のイザヤ様には見つかりませんでした。
ただ、思い出してしまったが故にわたしは顔を赤くしてしまったのでしょう。イザヤ様がわたしを見て、青ざめたお顔をされます。
イザヤ様の反応を見て、わたしの胸がチクリと痛みました。
あれ、なぜでしょう。
イザヤ様の性格から考えると、無理強いしてしまったことを悔やむからこその反応だと思います。
ですのに、なぜかわたしを拒否されたような気持ちになってしまいました。
わたしは、イザヤ様とのあんなやり取りを期待しているのでしょうか。
あんな、人格が変わってしまったかのように、積極的すぎるイザヤ様の行動を。
「っっっ!」
「エミリア!? やっぱり、おれ、何かしちゃったんだね!? どうしよう。過去には戻れないけど、何をしたら許してもらえる!?」
「あ、い、いえ……」
わたしとしたことが、自分の考えに没頭しすぎて目の前にいるイザヤ様のことを忘れてしまっていました。
あの夜のことは、過去のこと。
イザヤ様が悪いわけではありません。
「イ、イザヤ様。早く王都へ急ぎましょう。ギルド長様を助けないと」
「そ、そうだね。でも、一つだけ譲れないことがある。おれは、エミリアに嫌われたくない。おれの記憶がないところでした行動が原因なら、きちんと贖罪したい」
「そ、そんな大それたことではないので」
「大それたことだよ! エミリアが望まないことを、おれはしちゃったんでしょ?」
わたしが望まないこと。
それは、確かにそうなのです。
ですがそれは、積極的なイザヤ様に慣れていないので、どうすればいいのかわからなくなるからで。
はて、そうなるとわたしは、積極的でなければ、イザヤ様がイザヤ様らしく同じような行動をすれば、歓迎するということでしょうか。
互いの気持ちを確かめ合い、触れ合い……。
「エミリア!?」
「も、申し訳ありません。少々、お待ちいただけるでしょうか」
わたしは<治癒>の過程で、イザヤ様の唇の柔らかさをしっています。
それが二度目となると、もう指先からその感触が消えなくなってしまいました。思わず、その指先を自分の口元へ持っていこうとして、はたと気づきます。
ボフンと、頭の中で小さな爆発のようなものが起こりました。
無意識で行った自分の行動を恥ずかしいと思いつつ、もしイザヤ様とそんな状態になったら受け入れるだろうと思ってしまいます。
それは、つまり。
どういうことでしょうか。
わたしがまた自分の考えに没頭していると、イザヤ様は青ざめています。わたしに何かをしてしまったのだと悔やんでいるように見えました。
そんなイザヤ様を見て、わたしは思ったことがあり、それを伝えます。
「イザヤ様。今のイザヤ様はこれまで共に行動してきたままのように感じますが、なぜイザヤ様は元の人格に戻ったのでしょうか」
「そういえばそうだね。おれは戻り、ヨークボが戻らなかったのは、ステータス値が影響しているのかも」
「なるほど。<治癒>も一応、外からの干渉。それを攻撃だとみなせば、高い防御力が反応するということですね」
「それで二日も寝ちゃったのは、たぶん、あまりにもエミリアからの『干渉』が大きすぎたんだろうね。ありがとう、エミリア。それだけおれの事を助けようと思ってくれたんだね」
イザヤ様が、ふわりと笑います。
その笑顔は、わたしの心をグッと掴みました。
「イ、イザヤ様に限っていえば『次』はないと思いますが、もし次があった場合には『干渉』が小さい方法にします」
「そういえば、前の時も今回も、どんな方法でやってくれたの?」
「そ、れは……」
ちらりと、イザヤ様の唇を見てしまいます。
忘れられなくなってしまった、イザヤ様の柔らかな唇。高い防御力の賜物か、冬でも乾燥していませんでした。
「っっっ!」
「エミリア!? どうしたの!?」
わたしが一点を見つめて動かなかったからでしょう。心配してくださったイザヤ様が、わたしと目を合わせるように首を傾げました。
少々破廉恥なことを考えてしまっていたわたしとしましては、そこで目が合ってしまうと罪悪感に苛まれます。
しゃがみ込み、一時的にその罪悪感から逃れました。
そんな不審な行動をしたわたしに、イザヤ様はお優しいです。肩に手を置き、慰めてくださいました。
「エミリア? 大丈夫?」
「え、えぇ。問題ありません。では、王都へ行きましょう!」
「防御力値があるから体調は悪くならないと思うけど、気分が悪くなったら我慢しないで言ってね」
「はいっ……ありがとうございます!!」
不埒な考えをしたわたしに、なんと慈悲深きお言葉。
イザヤ様には一生、ついて行きます。そして必ず、恩を返しましょう。
イザヤ様と王都へ向けて動き出します。
ラゴサから王都までは馬車で三日。徒歩だとさらに時間がかかります。
不慮の事故とはいえ、すでに二日経っていますので、早めに移動しなければいけません。
わたし一人ではダメです。イザヤ様と一緒に、素早く移動する方法。
「エミリア? どうかしたの?」
「あ、えぇと……イザヤ様と別行動にならずに、どうやって早く移動できるかを考えていたのです。思いついたのですが、わたしでは実行ができません」
「エミリアでも? それなら、おれでも無理か」
「い、いえ……イザヤ様であれば、問題なくできると思いますが」
この方法を提案することは、図々しいでしょうか。
わたしが楽するだけと思われてしまうでしょうか。
「あ、あの、イザヤ様」
「な、何?」
「そ、その……わたしを背負って、駆けてくれませんか!」
「ん? んん? エミリアが言い淀むから、どんなことかと思ったよ。でも確かに、そうすれば一緒に行動できるね。どうして思いつかなかったんだろう」
「あの、イザヤ様。イザヤ様はその方法で構いませんか? 発案者のくせに、わたしは体力値が低くまだイザヤ様を背負えないのですが」
「全然問題ないよ。おれとしても、エミリアに背負われるよりも背負いたい」
急な提案に嫌な顔をすることなく、イザヤ様は快く受け入れてくださいました。
「以前背負ってくださったときよりも、わたしはステータス値が跳ね上がっています。イザヤ様の速度で問題ないと思いますので、よろしくお願いします!」
「了解。それじゃあ、行こうか」
イザヤ様が背を向けてしゃがんでくださいます。
わたしはイザヤ様の背に乗りまして、気づいてしまいました。
イ、イザヤ様の背中は、こんなにも広かったでしょうか。以前は、安心したような気がするのですが、今回は安心と、違う何かが……。
「話すと舌を噛んじゃうかもしれないから、口を閉じていてね」
「は、はい!」
こうして、わたしはイザヤ様に背負われて移動することになりました。
もちろん、イザヤ様が疲れる前に服越しに<治癒>をかけることは忘れません。




