089 進化
少し長めの文章量です。
「エミリア!? どうしたの!?」
「イザヤ様、睡眠の妨害をしてしまい申し訳ありません。本日のファラの活躍により、ファラが求めていた技能牧場の開拓が終了しました」
「それで、この強い光り……?」
眩いほどの光を発していた技能牧場の上に、ポンと小さな画面が現れます。
そこに虹色の文字で書かれていたのは。
「<『友獣の進化』が可能となりました。進化しますか? YES or NO?>と出ています」
「進化? そんなことができるんだ。進化は、何か注意することはある? もしなければ、しちゃった方が良いと思う」
『友獣の進化』の部分だけ白字で表示されていましたので、触ってみます。
すると、進化についての注意事項の画面が出てきました。箇条書きされています。
・進化の選択は技能牧場の開拓が済んだ直後のみ可能。
・進化すると友獣は体の大きさを変えられる。
・主だけでなく、主が望む相手にスキル効果やその他の効果を付与可能。
※主ではないため、効果時間は半分となる。
・YESを選択した場合、主のステータス※体力とスキル以外※の99%を友獣に譲渡しなければいけない。
注意画面に書かれていたことを、イザヤ様に報告しました。
「なる、ほど……。それは、究極の選択だね」
「わたしの力を受け継いだ状態で進化させると、わたしはステータス値が低くなります。ですが、<∞>は1億という数値だったはずです。その99%を譲渡ということは、えぇと……どれくらい残るのでしょうか」
「えっと、ごめん。おれも計算できない」
「では、進化を選択してみましょうか。そうすれば答えもわかります」
「ちょ、ちょっと待った! そんなすぐに選択しちゃっても良いの? エミリアのステータスの、99%を譲渡しないといけないんだよ!?」
イザヤ様が、技能牧場が出ている辺りにぶつからないようにわたしの肩を持ちました。
検証したことはないですが、テイマーではない人が技能牧場に触れてしまった場合、それは反映されるのでしょうか。
ステータス画面のように、開示すると行けるのでしょうか。
疑問はさておき、わたしの答えは決まっています。
「イザヤ様。ファラを進化させますよ?」
「本当に、良いの?」
「はい。ファラはずっと、それを望んでいましたから」
「そっか。エミリアが決めたなら、見守るよ」
わたしは、画面の<YES>を選択します。
その瞬間。
技能牧場とステータス画面が強制的に閉じてしまいました。
そしてファラが入っている指輪が熱くなり、光ります。右手を添えると、スルスルっとまるで煙のようなものが出てきました。
それはファラの形を取ります。
ファラが虹色に輝いたと視認したと同時に、わたしの体からごっそりと何かが抜け落ちたような感覚になりました。
ファラの方に引っ張られたような感覚になり、体が傾いてしまいます。
「……もしかして、ファラ、か?」
わたしを支えてくれた相手に、イザヤ様が驚愕というような声音で話しかけています。
わたしもファラを見ようと顔を上げると、そこには虹色の人がおりました。
服を着ているような、着ていないような、曖昧な見た目をしています。ファラだとわかるのは、背中に蝶の翅があるからでしょうか。背の高さは、十歳ぐらいの男の子ぐらいだと思います。
わたしを守るように抱きしめてくれていました。
進化をしても意思の伝え方は同じで、わたしに直接語りかけるようなやり方です。
ファラが、イザヤ様を滅するという物騒な考えを持っています。
「ファラ、お願いですから止めてください」
「どうしたの、エミリア」
「あ、いえ……。ファラが、イザヤ様に敵対しているようでして」
「まあ、今さらかな。前からそんな気はしていたし」
「なぜなのでしょうか。わたしは、ファラもイザヤ様と仲良くしてほしいのですが」
わたしが言うと、擬人化したファラは眉間の辺りをギュッと寄せて嫌だと伝えてきます。
進化をすると、表情が豊かになるのですね。
「友獣からすると主が一番だと思うからね。主以外は敵なのかもしれない」
「そういうものでしょうか……」
「そうだ、エミリア。1億の99%を譲渡したら、どれくらいの数値が残った?」
「確認してみますね」
ステータス画面を開きました。
すると<攻撃力>以下<器用>まで、すべての数値が100万となっています。
イザヤ様に報告しました。
「上限値の1億だったから、100万残ったんだね」
「そのようですね。テイマーはステータス値を上げ、それを友獣に譲渡し、ということを繰り返す職業なのかもしれません」
「どれくらいの数値が残るのか心配だったけど、100万もあるなら問題ないね」
「今回は、そうですね」
わたしの言い方が気になったのか、イザヤ様は首を傾げます。
わたしは、友獣の進化の注意事項に書かれていたことを、見逃しません。
「進化は、主が望む相手にもスキルやその他の効果を付与できるとありました。それは一時的かもしれませんが、イザヤ様が失ってしまった感覚を取り戻せるのだと思います」
「そ、っか……」
「イザヤ様が失ってしまったのは、嗅覚と味覚。その二つだと半魚人型友獣と犬型友獣ですよね。その子達を進化させれば」
メシュの技能牧場を開きます。
メシュの開拓状況は、二箇所のみ。左上にある水属性のマークを見て確認すると、ギリギリ進化を狙えそうな気がします。
メシュの技能牧場を閉じ、カッチャの技能牧場も確認してみましょう。
カッチャは三箇所開拓していましたが、ファラの同じように開拓を進められそうです。
そのことをイザヤ様に伝えようとしたら、真剣な眼差しで両肩を掴まれます。
ファラが即座に反応し、イザヤ様はファラに殴り飛ばされてしまいました。天幕が崩れます。
「イザヤ様!!」
わたしはイザヤ様を追うため、左の薬指を触ってファラを戻します。
擬人化していても指輪に戻せるようで、その確認ができたと同時に殴り飛ばされてしまったイザヤ様を捜しました。
わたしのステータスの99%を譲渡したファラが殴ったのです。もしかしたらイザヤ様が死んでしまったかもしれません。
イザヤ様を失ってしまったかもしれないと思うと、胸が潰れる思いです。
イザヤ様を見つけるため、目を見開きます。
見よう、見ようと思ったためか、視覚強化の影響か。わたしは深夜の暗がりの中でもまるで昼間のように見ることができました。
イザヤ様を捜します。
イザヤ様が飛ばされた方向を進んでいると、途中から地面が抉れたような場所がありました。イザヤ様が衝突し、弾んだ場所かもしれません。
その延長線上に、イザヤ様がいました。
「イザヤ様!!」
駆け寄ると、イザヤ様は幸運にもまだ息がありました。
迷うことなく、<治癒>をするために左の中指をイザヤ様の口元へ持っていきます。
99%を譲渡したとはいえ、<攻撃力、100万>です。<治癒>の効果はすぐに現れました。
むくり、とイザヤ様が体を起こします。
「イザヤ様!!」
「エミリア!?」
わたしは思わずイザヤ様に抱きつき、その勢いで倒してしまいました。
イザヤ様は驚きつつ、まるでわたしを逃さないかのようにギュッと抱きしめ返してくださいます。
その力が強く、今までのイザヤ様とは違うような気がしました。
そして、はたと気づきます。
今のわたしは、<攻撃力、100万>です。これまで、そこまでの数値ではなくても人格の改変を確認しています。
今の攻撃力値では、イザヤ様の人格を変えてしまったかもしれません。
確認しようと、イザヤ様から離れようとします。ですが、イザヤ様はわたしを強く抱きしめ、離してはくれません。
「あ、あの、イザヤ様っ」
「エミリア……」
「っっっ!」
わたしの耳元で、イザヤ様がお声を発します。
ただ名前を呼ばれただけなのに、その声は甘く、まるでイザヤ様から告白をされたかのように勘違いしてしまいそうです。
わたしは猛烈に体が熱くなり、ぐっとイザヤ様を押して強制的に離れます。
「イ、イザヤ様。どうか、正気に戻ってください」
「何を言っているの、エミリア。おれはいつでも正気だよ?」
「っっっ!」
誰ですか、あなたは!!
イザヤ様の姿をした、イザヤ様ではないと思いたいような、自分は正気だと言うイザヤ様が、わたしの指を掴んで手の甲に唇を落としました。
思わずその場から逃げだそうとしましたが、イザヤ様にはそんなわたしの行動はお見通しのようです。
逃げる前に、ぐっと腰を掴まれてしまいました。
「エミリア。どこへ行こうというの」
「っ、イザヤ様っ、どうか、どうか……以前のイザヤ様に戻ってください!!」
「以前のって、どういうこと? おれはおれだよ? エミリアがおれの腕の中にいて、すごく良い気分なんだ」
「いえ、あの、本当にっ……イザヤ様!?」
トロンとした目をしていたイザヤ様が、急に脱力しました。何事かと思ってとっさに支えると、イザヤ様は眠っているようです。
なぜ急に、と疑問に思いつつ、イザヤ様の腕をわたしの肩に回し、天幕がある場所まで戻りました。崩れていた天幕を直します。
ギルド長様のため、早く移動しなければいけませんでした。
しかし急に寝てしまったイザヤ様が丸二日も目を覚ましませんでしたので、移動できたのは三日目の朝になります。
現在のステータス
<攻撃力、100万>
<防御力、100万>
<敏捷性、100万>
<幸運、100万>
<技能、100万>
<器用、100万>
<体力、85>
<スキルⅠ、477>
<スキルII、340>
<スキルIII、260>




