083 テイムを拒否された後。
「わたしの仲間になりませんか。そうすれば、体調が良くなるかもしれません」
サラーゴは魔獣なので、青黒い色をしています。しかし弱っていながらも、その瞳には力強い意思を感じました。
サラーゴが、ぐぐぐ、とどうにか力を入れて頭をわたしに寄せてきます。
良かった、これでテイムができる。
そう思いましたが、冒険者証に触ってもいつもの文言が出てきません。何度触ってみても同じです。
懐いてもらうか、負けを認めてもらうか。その上で冒険者証を触る。テイムは、ずっとこの方法でした。
「サラーゴ。どうか、わたしの仲間になってください。このままでは、あなたは死んでしまいます」
「テイムできないの?」
「はい……。テイムして友獣にさえなってくれれば、この子の苦しみをわたしが肩代わりできるのですが」
「え、何それ。初耳だよ?」
「申し訳ございません。伝えていなかったですね」
ドニー様が見抜いたテイマーの弱点を、イザヤ様に伝えました。
その瞬間。イザヤ様はわたしの手を掴んでサラーゴから離しました。
「あの、イザヤ様?」
「エミリア、今のサラーゴの状態をわかってる? いつ死んじゃってもおかしくない状態なんだよ!?」
「はい。ですので、テイムしようと」
「駄目だ!」
イザヤ様が力強く、言葉を荒らげます。
怒っているように見えるそのお顔に驚くと、イザヤ様は謝ってくださり、わたしの手を離しました。
「……サラーゴは、捕まえると魔王の元へ導いてくれるとされている。魔王はサラーゴに乗って現れるとも言われていて……魔王の強大な力にすら耐えられる魔獣なんだ。その魔獣が耐えている苦しみを、エミリアが肩代わりする!? エミリアは死ぬ気なの!?」
「い、いえ……わたしには<治癒>がありますし、防御力も『∞』ですし、問題ないかと」
「問題大ありだよ!! <治癒>をかけるまでの間、体の大きなサラーゴが耐えていた苦しみをエミリアが体感しちゃうんだよ!? 体の大きさの違いから、<防御力、∞>だって機能しないかもしれないでしょ!?」
イザヤ様から指摘され、わたしはステータス値を過信していたことに気づかされます。
そんなわたしを、イザヤ様は全力で叱ってくださいました。
「申し訳ございませんでした。イザヤ様の言う通りです」
「エミリアが救える命を救いたいって考えているのは、わかる。わかるけど、エミリアがどれだけすごくても、できないこともあるんだ。ましてや、エミリアが死んじゃう可能性がある方法なんて、試さないでほしい」
「はい。肝に銘じます」
わたしには、心の底から心配してくださるイザヤ様がいる。そう思うと、すべてを救うという傲慢な考えが解けていきます。
もちろん、わたしにできることはしたいです。ですがそれは、こんなにわたしのことを心配してくださるイザヤ様を悩ませてまですることではないのだと思いました。
「……せめて、最後を看取らせてください」
「そうだね。隣にいてあげよう」
わたしはイザヤ様とサラーゴの隣へ行きます。
青黒い竜はいよいよ死期が近いのか、わたしに頭を撫でられるとゆっくりと目を閉じました。
少しでも、心が安らかな状態になってくださったら嬉しいです。
竜の鱗は、いつも冷たいのでしょうか。
撫でる度にざらつく手触りは、少し癖になってしまいそうです。
頭を撫で、背を撫で、翼を撫で。
全身を撫で終わる頃、サラーゴは静かに息を引き取りました。
「お疲れ様です。ゆっくり、休んでくださいね」
死んでしまったサラーゴが一瞬、鳴いたように思えました。
しかしそれは幻聴で、サラーゴがいた場所にはわたしの身長と同じくらいの高さがある卵が残されています。
白い首輪は、自在に大きさを変えるのかもしれません。サラーゴの首に着いていた白い首輪は、青黒い卵に巻きつくように着いています。
卵の殻にある鱗が、先程まで触っていたサラーゴの鱗と同じ手触りでした。
「看取ってくれてありがと。それじゃあ、その子はぼくが引き取ろうか」
突然現れたドニー様の気配に驚き、思わずサラーゴの卵を守るように前に立ちました。
イザヤ様もわたしから話を聞いていたからか、ドニー様と敵対するように睨みつけています。
「イザヤ君はエミリアと仲良くしてれば良いんだよ」
「エミリアとのことは、ドニーさんには関係ないです」
「冷たいなー。一緒に魔王軍の魔獣を討伐したでしょ?」
ドニー様は微笑みながら、余裕を見せるように近づいてきます。その微笑みがより怖さを際立て、思わず後退してしまいました。
それでも何を考えているのかわからないドニー様に、サラーゴの卵を渡すわけにはいきません。
「今回もエミリアに術を解かれるかと思って、ひやひやしたよ。まさか、オルビにいるとは。騒ぎを起こす順番を間違えたよね」
「順番って……もしかして、ルコの次元の裂け目を!?」
「ご明察! まあ、今回のだけじゃないけどね」
「ルコで発生した次元の裂け目は、合計三回。ドニーさんは、何がしたいんですか!!」
わたしの知る限りでは二回ですが、わたしがリンウッド辺境伯領にいる間にも次元の裂け目が発生していたのでしょう。
しかし、解せません。ドニー様はなぜわたしたちにこれまでしてきたことを話しているのでしょうか。
まるで、この場から絶対に逃げられると確信しているかのようです。
「あっは。サラーゴの卵は、ぼくがやりたいことの第一歩。他にもあるけど、一番可能性が高いんだよね」
「その、やりたいこととは?」
「二人して恐い顔しないでよー。そうだな。サラーゴの卵をぼくに渡して、ぼくを逃がしてくれたら……次に会ったときは教えてあげても良いよ」
「騒ぎの首謀者とわかっているのに、ここから逃がすわけないじゃないですか!」
「そうです!」
イザヤ様と二人で、じりじりとドニー様へ詰め寄ります。
ドニー様もステータス値は高いと思いますが、わたしよりも敏捷性が高いなんてことはないでしょう。
わたしは<敏捷性、∞>です。ドニー様を捕まえるなんて一瞬でできます。
「あっは。二人で遊んでも良いけど、今はサラーゴの卵を回収しないと。もうそろそろ、孵化しちゃうし?」
「そんなこと、させません!」
「あれ、エミリア。そんな強気で良いの?」
「何、を!?」
ドニー様は腕で円を描いたかと思うと、わたしのすぐ横まで来ました。とっさに構えて手を突き出しますが、わたしの横に来たドニー様は幻影のようなものだったようです。
独特な笑い方をして、元いた位置に戻っています。
「エミリアってば暴力的。そんな子は好きな人から嫌われちゃうよ?」
「ご心配していただき痛み入りますが、残念ながらそんな相手はいません」
「あっは。そうなんだ!」
ドニー様はなぜか、イザヤ様を見て嘲笑します。意味がわかりません。なぜわたしの好きな人云々の話で、イザヤ様を見るのでしょうか。
「エミリア……卵が、ない」
「えっ!?」
「サラーゴの卵は、ぼくが回収させてもらったよ? ありがとね!」
「ドニー様!? お待ちください!!」
イザヤ様に指摘され、サラーゴの卵がなくなっていることを視認しました。
そしてその間に、ドニー様がこの場を離れようとします。
とっさに追いかけると、わたしにだけ聞こえるようにドニー様が囁きました。
「そうそう。エミリアは、イザヤ君のことを守りたいよね?」
「そんなの、当然……」
体を浮かせているドニー様は満面の笑みを浮かべながら、指を弾こうとします。その動作は、リンウッド辺境伯領でレタリア様にしたことを思い出させました。
「エミリアなら、わかるよね?」
「ドニーさん!!」
「イザヤ様、ダメです」
「エミリア!?」
追いついたイザヤ様が、ドニー様の手を掴もうとしました。それを、わたしが止めます。
命を守るためでしたが、イザヤ様は混乱しているようでした。それもそうでしょう。騒ぎを自白した首謀者が、逃げようとしているのですから。
「ありがと、エミリア!」
ドニー様は何か術を使ったのでしょう。忽然と姿を消してしまいました。
イザヤ様はまだ納得されていないようで、わたしの両肩を掴みます。
「エミリア!? どうしてドニーさんを逃がしたの!?」
「……イザヤ様を守るためです」
「おれを!? どういうこと!?」
イザヤ様に、時限魔術のようなものが仕掛けられているかもしれない。
そんな、不確定的なことをイザヤ様にお伝えするわけにはいきません。現状、すぐに仕掛けを発見できない状態です。発見できたとして、人に対してされた術をどうやって無効化すれば良いのかわかりません。
地面にあったものは踏み消せましたが、そんなにうまい話は何度も続かないと思うのです。
「わたしの力不足で、申し訳ありません」
「いや、別に謝ってほしいわけじゃなくて」
「わたしの勝手な考えで、行動してしまいました。ですが、信じてほしいのです。ドニー様を逃がしたかったのではなく、イザヤ様を守りたかったのだと」
「うん……それは、信じるけど」
イザヤ様に仕掛けられていると思われる時限魔術が解けたときには、きちんと説明しましょう。
そう思いながら、亡くなった七人の方々を弔おうと思いました。
そんなわたしの視界に、突然苦しみ始めたサペリカが映ります。
スケジュールが整いました!
明日更新分より、3〜4話を18:00以降に上げていきます。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
完結まで、打ち終えています。
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