082 白い首輪
朝更新ですが、長めの文章量です。
ブックマーク登録をしていただき、次の話と合わせて読んでいただければっ(-_-;)
サメシュペルは何をしているのだろうと思っていると、海から出たり入ったりを繰り返しています。
軽微な体つきの違い、青黒い色の濃淡。それらをよく見てみると、どこからか歩いてきて海へ入っていくのは別個体だとわかりました。
では、なぜ何体も海に入っていくのか。
サメシュペルは水の中で作業をする種族です。だから水中で何かをしているとわかるのですが、白い首輪をつけています。
それはすなわち、ドニー様の策略。
「イザヤ様、いかがいたしましょうか」
「白い首輪が着いているから、解放してあげたい。でも、白い首輪が着いている魔獣を全て解放できるかっていうと、また違うからね」
イザヤ様は、養獣場のことを仰っているのでしょう。
白い首輪は、確かに魔獣のまま扱えるようにするものです。ですが、養獣場に関しては食糧を供給しています。
すべての「白い首輪」が悪とは限りません。お肉がなくなってしまったら、とても寂しい食卓になってしまいます。
目にしている「白い首輪」をつけている魔獣が、どんな状態なのかを見極める必要があるでしょう。
サメシュペルはどんな状態なのでしょうか。
それを観察しようとしていると、左手の薬指が熱くなったように感じました。
慌てて見ると、ファラが何か伝えたいことがあるようです。小さな赤い宝石が点滅していました。
二度触り、ファラを出します。
ファラによれば、倉庫街のどこかで苦しんでいる魔獣がいるとのこと。
そのことをイザヤ様にもお伝えしました。
「サメシュペルは海の中だ。それを追って様子を窺うよりも先に、その苦しんでいる魔獣の所へ行ってみよう」
「かしこまりました」
わたし達はファラの先導に従い、移動します。
建物の影に隠れながら進みますが、その中で一番大きな建物でファラが止まりました。
中から、弱々しい声が聞こえるような気がします。窓を捜し、倉庫の裏手から中の様子を窺いました。
ぐったりしている魔獣を囲むように立っている数人の男性がいます。
イザヤ様が驚いたように、恐れるように、中にいる魔獣のことを小声で教えてくださいました。
「竜型魔獣だ。あんなにぐったりして……」
「あの子をテイムしたら、助けられないでしょうか」
「どうだろう。周りにいる男達がやっかいかな」
イザヤ様曰く、サラーゴは魔獣の中でも特殊なのだそう。
まず、そもそも頻繁に見かけるような魔獣ではないそうです。イザヤ様ですら、見かけたのは二年前の王都での戦いだけ。
そしてサラーゴはさらに他にはない特性を持っていて、傷が原因ではない死に方をした場合、そこに卵を一つ残すそうです。その卵は、成竜の力を受け継ぐとのこと。そして、体の中からじわじわと弱っていくと、断末魔も上げないのだそうです。
「あの方々は、サラーゴが死ぬことを待っているのでしょうか」
「そうかもしれない。あれだけ人が近くにいて、何も反応しないんだ。あのサラーゴの死期は近いんだと思う」
「そんな……死ぬことを待つだなんて、なんて外道な方々でしょうか」
すべての魔獣を助けることは難しいと思いますし、人を攻撃する魔獣を攻撃するなとは言えません。
ですが、ただ近くで死ぬのを待つというのは人道に反すると思ってしまいます。まだ生きているのなら、助けたいと思うのは人として当たり前でしょう。
ましてや、わたしはテイマーです。助けられるのなら、助けたいと思ってしまいます。
サラーゴを取り囲むのは、七人の男性。見た目は鍛えているような様子は見られませんが、なぜ動けているのでしょうか。
サラーゴを助けたいですが、もしかしたらドニー様が仕掛けた罠かもしれません。あの男性方が動ける理由の解明が先です。そうしないと、イザヤ様のお命を危険に晒してしまうかもしれません。
この先の行動をどうするべきかと悩んでいると、空が陰ります。
見上げると、白い首輪に木札のようなものが着いている鳥型魔獣がいました。サペリカは風属性の魔獣ですので、どこにいてもおかしくはありません。
ですが、今という状況を考えると、七人の男性方の所へやってきたのでしょうか。
その考えは正しかったようで、サペリカが降りていきます。わたし達がいる反対側の、倉庫の入口に降りました。
大きな翼を一度動かすと、ぶわっと風が通り過ぎたような感覚になります。
イザヤ様を確認しても特に違和感を覚えていないようでしたので、わたしも様子を見ることにしました。
男性方はサペリカに近づくと、嘴の下の喉袋に手を伸ばします。そして取り出したのは、手の平大の白い輪っかと紙袋。
紙袋の中には食事が入っていたようで、男性方はその場で座って食べ始めます。
「しっかしよお、金払いは良いとしてまだ終わらねーのかよ」
「まあ、そう言うなって。この仕事が終わったら一生働かなくて良いなら、待つだけってのでも良いじゃねーか」
「でもよ、これが送られてきたってことは、もう少しで終わりだろ? やべーよな。俺ら以外は時間が止まってるって」
「そうそう。時間が止まっているくせに人間的な機能は止まらないってんだから、今回のことが終わってからどれくらいの死人が出るんだろうな」
「俺らにはその影響がないようにしてくれるって、魔術師様様って感じだよな」
イザヤ様と同時に見合わせました。
気づかれないように、より注意して声を潜めます。
「……恐らく、あいつらが言っている魔術師様っていうのがドニーさんだと思う」
「わたしもそう思います。あの方々が動いていて、且つサペリカも動いています。サペリカの白い首輪に、木札のようなものが見えました。もしかしたらその木札が、動けるようにしているのかもしれません」
「周囲の時を止め、この場所だけ時を動かす……もしかして、サラーゴの体調変化だけを操作しようとしているのかも」
「どういうことでしょう」
イザヤ様も本で読んだだけだということで曖昧だそうです。
時間というものは常に流れているものであって、それを故意に止めると歪みが生まれる。そしてその歪みの部分だけ、異常な時間の流れ方をするらしいです。
そんな難しいことを覚えているなんて、イザヤ様はやはり素晴らしいお方ですね。
「しっかし、マジでこんなんで竜を操れるようになるんかね?」
「おい、気をつけろよ。それ一つしかないんだからな」
「わーってるって」
ドニー様が依頼した仕事の完遂が近いのでしょう。男性方は白い輪っかを投げ合って遊んでいます。
中には、足下が覚束ない方もいるようです。ふらつき、白い輪っかを持っている人にぶつかりました。
「ってーな! 気をつけろよ!」
「待て……。こいつ、死んでるぞ」
「はあ!?」
誰かの一言によって、その場にいる方々が騒ぎ始めます。その証言の通り、倒れたまま動かない方が見えました。
現場が恐慌状態に陥っている今なら、乗り込めるかもしれません。
イザヤ様と頷き合って、倉庫の表側に回り込みます。その途中、カランと乾いた音が聞こえました。
「そんな……一瞬で!?」
表に回り込むと、七人いた男性方はすべて死んでしまっていました。
その内の誰かが持っていたと思われる白い輪っかは、コロコロと転がってサラーゴにぶつかります。
その、瞬間。
硬質そうな白い輪っかは、サラーゴの首に装着されてしまいました。大きさは全く違うのに、そういう術でもかけられていたのでしょうか。
死人が出てしまった以上、非人道的な方々でも弔わなければいけません。人数が多いので、それも大変でしょう。
しかし先に、弱っていたサラーゴをテイムして回復してあげたいと思いました。
ぐったりとしているサラーゴに近づきます。




