007 イザヤ様は優しすぎます
そこそこ長めの文量です。
「イザヤ様……。またお隣とは、ご縁がありますね」
「そ、そうだね。ところで、エミリア。顔色が悪いみたいだけど、どうしたの」
「あぁ、えぇと……」
わたしの婚約者が名前も知らない女性とお部屋でとってもお盛ん。
そんなことを、イザヤ様に伝えても困らせるだけだと思いました。
「……えぇと、ちょっと婚約者の殿方と上手くいかなくて」
「あの肉欲にまみれているように見えた人だね? 暴力的だし、エミリアが我慢しなくても良いと思うけど」
「そういう訳にはいきません。貴族同士は家同士の繋がりも重要になってきます」
「エミリアも大変だね。そんな人と結婚をしないといけないなんて」
イザヤ様とお話をしながら立ち上がり、自分の発言を振り返ります。
家同士の繋がり。そんなもの、わたしとヨークボ様にあったでしょうか。
わたしはウォルフォード家の厄介者。「結婚」という名目で、早く家を出ていってほしいと思われていると推測します。
ただ嫁ぐとウォルフォード家と繋がったまま、被害を拡大するだけ。だから、婿取り。
そして、ヨークボ様。この方の女性問題を解決するつもりもないような両親が、ヨークボ様との家同士の繋がりなんて求めません。
考え事をしていると、イザヤ様がわたしを見ていることに気がつきました。
「イザヤ様? いかがされましたか」
「あ、うん。ごめん。女の子をじろじろと見るのは良くないね」
「いいえ。わたしの方こそ、お話の途中で物思いに耽り、申し訳ありませんでした」
頭を下げた後、イザヤ様は何か言いたそうなお顔をされました。
わたしを見つつ、言いづらそうに目をそらし、頬を指で掻いています。
わたしは左手を右手に重ね、聞く姿勢を取りました。
「その……おれが言うのも変だけど、エミリアには幸せになってほしいんだ。だからもし、つらいなら……おれと一緒に駆け落ちしないか!」
「駆け、落ち……?」
「あ、いや、ごめん! 言い間違えた!! おれと一緒に、冒険者として活動しないかっていう誘い!!」
「言い間違えるにしては少々違うような気もしますが……。冒険者というのは、魔獣を討伐するお仕事ですよね? わたしは魔法を使えません。なるとしても、イザヤ様のお荷物になってしまいます」
「そんなこと、絶対ない!」
きらきらとした、熱の入った瞳を向けられました。
イザヤ様からの提案を受け、なるほどとわたしも納得します。
貴族特有の家同士の繋がりなんて、そんなゴミカスのような関係性を両親から求められていないでしょう。
求められているのは、わたしが家を出ること。厳密にいえば、本邸から出ること。
一般的に貴族令嬢が家を出るのは結婚。だから、結婚させようとした。
わたしが家を出てウォルフォード家に迷惑をかけなければ、全てが万事上手くいくのではないでしょうか。
「イザヤ様。質問をしてもよろしいでしょうか」
「うん。何でも聞いて」
「イザヤ様は剣の腕前を、どこでおつけになったのでしょうか」
「え、剣の腕前?」
「イザヤ様のお言葉で、ハッとなりました。ヨークボ様のような方の妻にはなりたくありません。ですがウォルフォード家の令嬢である限り、どこかで次の被害者が出ます。それなら、わたしが家を出れば良いのではないかと!」
話している内に、本当にそれが最善の道だと思えてきます。
つい早口になってしまってイザヤ様を驚かせてしまったみたいですが、わたしの目標が定まりました。
そもそも、一人で生きていける力をつけることを目標にしていたのです。令嬢である限り、その目標はいつまでも達成できません。
「え、いや、でも、女の子一人だけで冒険者になるなんて危ないよ。敵は、魔獣だけじゃないんだ」
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、わたしはもう決めたのです。冒険者になって、一人で生きていくと!」
ぐっと両手を握ると、イザヤ様が焦ったように言います。
「で、でもさ、エミリア。冒険者になるとして、まずはエミリアの婚約者と関係を解消しないと!」
「それもそうですね。わたしとしたことが、冷静さを欠いておりました。事は早い方が良いですね。明朝、両親に家を出たいと伝えてみます。助言してくださり、ありがとうございました」
頭を下げ、部屋へ戻ります。
えぇ、そうです。わたしはまだ冷静さを欠いていました。
明日のためにしっかりと睡眠を取らねばと意気込み、ベッドへ行って。
お隣からの、お励み真っ最中のお盛んなお声を聞いてベッドを飛び出しました。
またバルコニーに退却します。
「エミリア? 今度はどうしたの」
「イ、イザヤ様……」
「は、はい」
最初と同じようにしゃがみ込み、イザヤ様を見上げるようになったことは不可抗力です。
淑女教育の一環として勉強させられて知っているからこそ、お隣の様子を想像できてしまって顔を真っ赤にしているのも。
ゴクリと唾を飲みこみ、何やら緊張しているかのようなイザヤ様。
そうだ、イザヤ様は昨日も助けてくれた。
そう思ってしまったら、わたしは立ち上がってお願いしてしまいました。
「一晩、イザヤ様のお部屋で寝かせてもらえないでしょうか!」
「んん!? え、いや、ちょっと待って!? どういうこと!?」
「困らせてしまって申し訳ありません。実は……」
わたしが泊まる部屋の隣室の状況を伝えました。イザヤ様は、爽やかなそのお顔を真っ赤に染めています。
そんなお顔を見て、親近感を覚えました。
そうですよね、恥ずかしいですよね。そう思うのが、普通ですよね。
わたしの感覚は正しかったのだと、安心しました。
お父様やお母様、ヨークボ様などがずれているのです。
イザヤ様はお優しいから、きっと願いを聞いてくれる。
そう、思っていました。
しかしイザヤ様は、腕を組んで眉間にシワを寄せています。
わたしは、なんて浅はかだったのでしょう。自分が窮地から脱したいために、異性であるイザヤ様を利用するなんて。
ましてや、隣室のことを相談したばかりです。一応、わたしも令嬢としての自覚があるので、イザヤ様からすれば異性です。
同じ部屋で寝るなんて嫌なはず。
「……イザヤ様。申し訳ありません。無理なお願いでした」
「い、いや、待って! そんな状況なら、エミリアが寝られないよ!」
「いえ、良いのです。窓際にいれば、声も聞こえないと思うので」
「そんな所じゃ、エミリアが風邪引いちゃうよ!」
「大丈夫です。自慢ではありませんが、わたしは風邪を引いたことはありません。珍しく一日に二度目の食事だと思って喜んで食べてお腹を下しても、風邪だけは引いたことがないのです」
「え、いや、待って? エミリアは貴族令嬢だよね? その食事ってどうなの? じゃなくて」
イザヤ様はまだ言いたいことがありそうですが、落ち着くためでしょうか。深呼吸をしました。
「返事が遅くなってごめん。エミリアがきちんと寝るために、おれの部屋を使ってくれて全然問題ない」
「ですが……」
「えっと、その、エミリアは嫌じゃない? おれも男だけど」
「はい。存じております」
「その感じだと、たぶんわかっていないと思うんだ。……おれも、十六歳の健全な男だよ? おれに襲われるかもしれないって思わない?」
「いいえ、全く。イザヤ様がわたしと同じ年なのは驚きますが、イザヤ様だってお好みがありますでしょう?」
「うん……そうだね……」
わたしは答えを間違えたでしょうか。
イザヤ様は落ちこんだように肩を落としています。正確にいえば、燃え尽きたかのようにお顔から精気がなくなりました。
イザヤ様の体調を心配していると、ふっきれたのか、また元のように少し精気を取り戻して爽やかなお顔になります。
「エミリアの期待に添えるよう、絶対に襲わないと約束する。だからおれの部屋においで」
「ありがとうございます、イザヤ様。それで、その……大変申し訳ないのですが、昨夜のことがあり、父から部屋を出るなと言われています。なので、その……」
わたしが言いたいことをわかってくれたイザヤ様は、昨日と同じように両手を広げてくれました。
わたしは昨日のように躊躇わず、イザヤ様の腕の中に飛びこみます。
イザヤ様は剣士だとおっしゃっていました。わたしを危なげなく抱き留めてくださった体つきは、確かに鍛えられたものです。
わたしは女性ですが、鍛えたらこれぐらいの筋力をつけられるでしょうか。
「……エ、エミリア? そ、そろそろ部屋に入ろうか??」
「あっ、申し訳ありません。思わずイザヤ様の筋肉構造を考えてしまいました」
「そ、そうなんだね?? それなら、部屋に行こう」
「はい。ご迷惑をおかけしますが、今晩はよろしくお願いします」
「スゥーーーーーーーーーー」
「イザヤ様?」
イザヤ様はなぜか、大きく息を吸い込みました。その行動の真意を測りかねて首を傾げると、イザヤ様はゆっくりとわたしを解放します。
部屋に入ったイザヤ様を追い、わたしもベッドへ向かいました。
イザヤ様はとてもお優しい方です。
万が一にも間違いがあってはいけないと、イザヤ様の愛剣を二人の間に置かれました。
二日続けてイザヤ様がお隣に泊まるなんて偶然があるのですね、と思いながら目を閉じます。
明日は初めて両親に自分の意思を伝えますから、しっかりと寝て英気を養わねばいけません。
明日、昼に投稿します。
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