068 レタリア VS エミリア。
長めの文章量です。
ドニー様から仕掛けられた精神攻撃は、結果としてわたしを大きく成長させました。
あれだけ制御が難しかった<敏捷性、200万>ですら、血流を意識することで抑えられています。
そのため、走ることも可能となりました。
わたしは駆け、レタリア様の元へ急ぎます。
屋敷に入り、レタリア様のお部屋へ行きましたが誰もいませんでした。それならば、地下でしょう。
わたしは地下の藍色の部屋を目指します。
その道中、ギレルモ様が倒れているのを発見しました。
駆け寄り、すぐに<治癒>をしようと考えますが、思い止まります。ひとまず呼吸を確認し、気絶しているだけだとわかりました。
ギレルモ様は、ドニー様の計画には邪魔な人物。今までは幸運にも排除されませんでしたが、これからはわかりません。
こうして藍色の部屋に行くまでに倒れているのも、ドニー様が仕掛けた罠という可能性があります。<治癒>をかけた瞬間に、術が発動するかもしれません。
……いえ、ドニー様はなぜ、今までギレルモ様を排除しなかったのでしょうか。
ふと、疑問が浮かびました。
圧倒的な力を持つドニー様です。やろうと思えば、いつでもギレルモ様を排除できたでしょう。
それをしなかったのは、何かしらの人間的な情があったと思いたいです。
ひとまず、今気絶しているだけならばすぐに<治癒>をしなくても大丈夫。
そう判断し、わたしは藍色の部屋へ急ぎます。
駆けていくと、まるでわたしを誘っているかのように扉が開け放たれていました。
何か仕掛けられているかもしれないと思い、術があっても消せるように足を地面に擦りつけながら入ります。
「エミリア。ここには何も仕掛けてないから、入ってくれば?」
「エミリア! 早く来る!」
良かった。ひとまずレタリア様の意識はあるようです。
ですが、別邸に仕掛けられていた術を解いたはずなのに、まだレタリア様はドニー様に従順なように感じます。
新たに、術をかけられてしまったのでしょうか。
慎重に、藍色の部屋へ入室します。
その瞬間。パチパチパチと、ドニー様が大仰に拍手をしました。
「エミリア、さすがだね。まさか術を破られるとは思ってもみなかったよ。一つだけでなく、外のやつもだなんて。あれ、大規模だから結構大変だったんだよ?」
「それは、申し訳ありません」
「あっは。エミリア、強気だね。良いよ、素晴らしいよ! 強気な方が面白い!」
ドニー様が、わたしを褒めます。それは言葉通りの意味ではなく嫌味だとわかりますが、レタリア様には正しく伝わらなかったようです。
レタリア様の前に、見たことのない魔獣が現れました。
体と同等の大きさの翅翼を持ち、宙に浮いています。人型のような見た目は、場所が違えば魔除けになりそうな見た目です。
「あっは。頑張れ、エミリア! サゴイルは強敵だよ!」
ドニー様は藍色の部屋の隅へ行き、高みの見物を決め込むようです。
サゴイルを出したレタリア様は、まるで操られているかのように鋭い目つきをされているようです。
この部屋に来たときからすでに、レタリア様は黒い布を首に落としていました。ドニー様は最初から、こうなることを予測していたのでしょう。
「エミリア、殺す!」
レタリア様の殺意に呼応するように、サゴイルの青黒い瞳がキラリと光ります。
そして軽く一撃、ということでしょうか。大きな翼でわたしを吹き飛ばそうとしました。
しかしわたしは、<防御力、3200万>です。サゴイルの攻撃など、全く効きません。
「エミリアは化け物。もっと攻撃!」
レタリア様の指示に従い、サゴイルが腕を上げながら近づいてきました。
さながら、その鋭そうな爪でわたしを切り裂くのでしょうか。
通常ならば、それはとてつもない脅威でしょう。ですがそれは、わたし以外ならば、というお話。
「あっは。すごいね、エミリア」
サゴイルの爪がわたしに接触した瞬間、粉々に砕け散ります。
その様子を見てドニー様は上機嫌なようですが、レタリア様はますます不機嫌になってしまったようです。
新たにサゴイルが二体、出現しました。
わたしの防御力を持ってすれば戦う事はもちろん、防御の姿勢を取るだけで勝てるでしょう。
しかし、それでは永遠に終わりません。
レタリア様は先祖返りの力を持っていらっしゃいます。それが魔力などステータスに関わるかは、わかりません。
ですが、関わるかもしれません。そしてそれは、レタリア様の命を短くしてしまう可能性も。
なるべく早く、レタリア様の視界を塞がなければいけません。
わたしは、右耳の一番上にあるアロイカフスを二度触りました。
パッと出てきてくれたのは、蛇型の友獣。テンとペルです。
「テン、ペル。わたしの前にいる女性の視界を奪ってください」
<承知>
<承った>
わたしの指示に従い、テンとペルが素早くレタリア様を登っていきます。
女性としては耐え難い感覚だったのでしょう。テンとペルが視界を覆うよりも先に、レタリア様は意識を手放しました。
すぐに駆け寄り、頭を打たないようレタリア様を横にします。
主を失ったサゴイル方は戦意を喪失したようですね。
まるで恭順の意を示すかのように足を抱えて座り、翼を閉じました。
冒険者証を触ります。お馴染みの文言に触れました。
「あなた方はイル、ゴルと名付けます」
テイム完了すると、イルとゴルはその場から姿を消しました。どこのアロイカフスが住居になったかは、後で確認しておきましょう。それにより、サゴイルが何属性かもわかります。
「さて、ドニー様。いかがされますか」
高みの見物と決め込んでいたドニー様を睨みました。
魔獣生成は抑えましたが、まだドニー様の術が残っています。油断は禁物です。
藍色の部屋の大きさを考えると、この場で出せるのはルパぐらいですが、圧迫されることがわかっていてもルーガを出した方が良いかもしれません。
いつでも出せるように、右手を左手に添える準備をします。
この場所で新たに友獣にした方々はまだ何ができるか把握できていませんので、今は一緒に戦えません。
「降さーん。降参、降参」
ドニー様はおどけたように両手を上げ、敗北宣言をしました。
余裕があるようなので、その言葉が本当かどうかわかりません。
何か仕掛けるつもりかもしれないと思い、戦闘態勢のままでいます。
「エミリア、強いね。びっくりしたよ。やっぱり、ぼくの目に狂いはなかった。ね、どうだろう、エミリア。やっぱりぼくの計画を手伝ってよ」
「お断り」
即断しようとしましたが、ドニー様がレタリア様に視線を向けました。そして、指を弾きます。
<あ、主っ>
<無念……>
「テン!? ペル!?」
ドニー様の攻撃を受けたのでしょう。テンとペルは突然体を痙攣させ、レタリア様から転げ落ちます。
レタリア様の目元を覆うように黒い布を上に移動してから、テンとペルをアロイカフスに戻しました。
その、瞬間。
ツーッと、鼻から何かが垂れてくるような感覚がありました。
慌てて手で拭います。手の甲が赤くなったので、鼻血が流れたようでした。
「レタはもういらないと思ったけど、エミリアの使役獣が代わりに攻撃を受けちゃったみたいだね。残念。でも、テイマーの弱点を見つけちゃった♪」
「レタリア様の命を奪うつもりだったのですか!? なんて非道な!」
「だって、もういらないもん。エミリアがぼくの計画を手伝ってくれるでしょ?」
無邪気そうな笑みを見せながら、ドニー様はまたレタリア様へ視線を向けます。
一体、どれくらい術を重ねているのでしょうか。
「か、かしこまりました。ドニー様の計画を手伝います。わたしは何をすれば良いでしょうか」
「ぼくの夢を叶えてもらうために、まずは……ああ、そうだった。まだまだ計画途中だから、レタを殺しちゃいけないんだった。エミリアの強さに惚れこんで、うっかりしていたよ」
ドニー様は、末恐ろしい方です。本当に、うっかりだったのかもしれません。
ですが、テンとペルはレタリア様の視界を覆っていました。つまりは、頭にいたのです。その二体が攻撃を肩代わりしたとなると、レタリア様の頭に術を施していたということになります。
無慈悲な行いで、到底許せることではありません。
今回はテンとペルが肩代わりした形になりましたが、レタリア様にはあとどれくらいの術がかけられているのでしょうか。
ドニー様を警戒していたわたしに告げられたのは、理解するまでに時間がかかりそうな課題。
イザヤ様と合流し、アラバス王国で発生する魔獣の問題を解決するということでした。
……本当に、ドニー様は何を考えていらっしゃるのでしょうか。
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エミリアを見送ったドニーは、小石を発生させてレタリアの顔にぶつける。
何度か繰り返すと、レタリアが意識を取り戻した。
そのレタリアへ、課題を与える。ギレルモをドニーだと思い、接するようにと。その様子によっては、今後隣にいられる時間が長くなるかもと。
ドニーがレタリアから離れようとした時、ギレルモが藍色の部屋に入ってきた。ドニーがギレルモの首に仕掛けていた術の痕が残っている。
どうやらエミリアは、ドニーの攻撃があるかもしれないと予測して<治癒>はかけなかったようだ。
自力で回復するのは、ギレルモの身体能力の高さを示す。
ドニーが藍色の部屋を出ようとすると、レタリアは早速行動に出たようだ。後ろから、ギレルモの焦るような気配がする。
(あっは。楽しみだなー)
ギレルモがレタリアを慕っていることは、レタリアの力を監視するために王から勅命を受けたドニーも、すぐに気がついた。
ギレルモは、レタリアに忠実だ。透ける恋心は、からかう価値がある。
レタリアに指示した内容は、ドニーの夢に大きく関わることだ。成功するかどうかはまだ仮説でしかないが、きっと成功する。
夢が叶う時。それは魔術師ドニーの名を世に知らしめることだろう。
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エミリアと離ればなれになってしまったファラは、エミリアを求めて外へ出た。
エミリアの気配がする方へ。
エミリアとまた一緒にいるために。
必死なファラは、周囲への配慮ができなかった。
エミリアを求め、進んでいく。
友獣となり薄れていた本能のままに、ただひたすらに翅を動かす。
ファラが飛んだ箇所は、まるで赤い道ができているかのようだった。
小さく、しかし確実に火種がばらまかれていく。
この火花は、ファラがまたエミリアに出会えるまで燻り続けるだろう。
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