067 降って湧いた修業の時間
ドニー様の術により、わたしは何かしらの重さを背負わされてしまいました。例えるならば、大きな岩を載せられているような。
どうにか呼吸はできるものの、四つん這いになろうとしてもそれ以上の力で潰されているような感覚です。
ドニー様から二日でどうにかなるだろうというお言葉を受けましたが、本当にどうにかなるものなのでしょうか。
いえ、どうにかしないといけません。
わたしが動けるようにならないと、レタリア様のお命は狙われたままです。
ドニー様の攻撃の効力がどれくらいの範囲まで届くのかわかりませんが、イザヤ様のお命もかかっています。
まず、わたしの状態を客観的に考えてみましょう。
わたしは今、背中に大きな岩を置かれているような状態です。
そう、それは背中だけなのです。手足には何もありません。しかし背中の中央部分を御されてしまっているため、その手足に力を上手く入れられない状況です。
で、あるならば、体の向きを変えてみてはどうでしょうか。
「っ、はっ……」
仮説を立て、体を横にしようとしました。
しかしその瞬間、細い面で重みを支えることになってしまい、肋骨が急激に圧迫され、猛烈な痛みが走ります。
もしかして、何本か骨が折れてしまったのではないか。そんな感覚になりました。
いえ、落ち着きなさい、エミリア。
わたしは<防御力、3200万>です。生半可な攻撃では、太刀打ちできないはず。
そう考えたとき、これは物理攻撃ではなく精神的なものではないかと思いました。
大きな岩が背中に載っている。だから、動けない。
そう考えさせることが、ドニー様の策略なのかもしれません。
わたしは、背中にあるものは大きな岩ではないと考えることにしました。
そうですね、わたしの背中には小さな子供が載って遊んでいる。そんな様子でしょうか。
「!」
仮説は正しかったようです。
身動きすらままならならなかった状態から、ふっと背中が軽くなりました。
わたしは小さな子供を背中から落とさないように、支えながら立ち上がります。
立ち上がれました。
次は、背中に背負っているのは子供ではなくイザヤ様と一緒にいるときに買ったリュックだけだと思うようにします。
するとどうでしょう。錘として石をいくつも入れていたような感覚になりました。
思わず背中に腕を回して確認します。そこには確かに、リュックがありました。これは想像でも幻覚でもなく、現実です。
「動けるようにはなりましたが……」
通常通り、動けるようになったと思います。ですが、両手首と両足首に何か別の錘を強引に装着させられているような気がしました。
この錘に関しては、何も装着していないと考えても重だるさは変わりません。
<治癒>を試してみますが、変化はありませんでした。
「んー……これは違う術がかけられているのでしょうか」
一つを解けば、すぐに違和感がなくなると思いました。
しかし、ドニー様は想像以上に魔術に長けているようです。術を重ねるなどと、並大抵の努力ではできないと思います。
ドニー様の目的はわかりません。ですがその目的に対する真摯な姿勢だけは、支持できると思います。あくまでも、その飽くなき探究心だけ、ですが。
両手首と両足首の重さを排除するため、藍色の部屋の中を動きます。
足は重たく、腕も自由には動かせませんが、ゆっくりゆっくり、牛歩のごとく動き、仕掛けられた何かがないか捜しました。
「……この部屋には、何もないようですね」
扉から壁伝いに一周、天井も地面も確認しましたが何もありません。
レタリア様にディポポを生成させていた、あの部屋のように何か描かれていると思ったのですが、その予測は外れてしまったようです。
「いえ、ちょっと待ってください? あながち外れてはいないかもしれません」
ディポポによってこの場所へ移動してきたとき。ディポポの口から出たときに体は重くなりましたが、足を置くとそれはなくなりました。
あれはきっと、ディポポの真下にあった何かが力を抑えるなり、何なりかの効果を出していたのだと思います。
例えば、ディポポだけでなく生成される神獣を御するような効果を。
そして今。
わたしは両手首と両足首に重だるさを感じています。それはこの部屋に来てからそう感じたと思いましたが、それもドニー様からの精神的攻撃ではないでしょうか。
外で侍女を埋めた際に発動してしまった、あの瞬間に仕掛けられていたのでは。
「ふふ。ドニー様。わたしを甘く見ましたね」
仮説を立て、外へ向かいます。
あのとき発動した術を解ければ、わたしに仕掛けられた攻撃も解除できると思います。
やることは決まりました。
しかし、何分少し動くのにも時間を要する状態です。そもそも地下を出ることですら通常通りにはいきません。
少しずつ、地下を進みます。そして角が丸くなった階段が見えてきました。
人工的な木の壁となり、地下からの出口が見えてきます。
わたしは<幸運、200万>を信じ、誰にも遭遇しないことを望んで地下から出ました。
やはりステータス値は偉大です。
わたしは誰にも会わずに、墓標が並ぶ墓地まで行けました。
「さて、ここからですね。どこに術が描かれているのでしょうか」
墓地に来たのは良いものの、リンウッド家の別邸とはいえ敷地が広いです。
迅速に動ける訳でもないので、的確に場所を定め無いといけません。
いえ、ここはもっと素早く動けるように方法を考えてみるべきでしょうか。
背中の重みは、想像することでなくなりました。両手首と両足首の重みは、なくなりません。
それならばきっと、違うことに目を向ければ良いと思うのです。
背中の重みは、想像。あくまでも、頭の中に描いた絵を変える作業でした。
では、あとわたしにできることは何でしょうか。
イザヤ様のお命を救うために考えた、自分の血流について思い出します。
わたしは血の温度を下げることだけに集中していました。
その想像を、もう少し違うように考えてみるのはどうでしょうか。
わたしは今、両手首と両足首に攻撃を受けている。それは物理ではなく、精神的なもの。
精神的なものならば、わたしの内部に攻撃を受けているということです。それならば、わたしは自分の「血」で、侵入者に「攻撃」します。
「! 今、感覚が……」
一瞬だけ、手枷と足枷が外されたような感覚になりました。これを繰り返せばきっと、自由に動かせるようになるはず。
何度か繰り返してみましたが、重だるさは抜けきりません。
やはり、大本を絶つしかないようです。
わたしは、手枷と足枷を外すような感覚を小刻みに刻みながら、リンウッド家の別宅周辺を探ります。
「あれ、は……」
体力値が低いため、休みながら探りました。
いつの間にか日が暮れ、夜を越えてうっすらと空が明るくなっていきます。
そんな中、不思議な光を発見しました。
リンウッド家の別邸から三十分くらい歩いた場所に、二重に光る線が見えます。
一度違和感を覚えると、他にも違和感に気づくようです。二重の線から真っ直ぐに伸びる線を確認できました。
確実に術を破るため、その線を辿ります。
二重線の中に、三角形が六つありました。そして、その六つの中央にリンウッド家の別邸があるような図形。
これぞまさしく、ドニー様が仕掛けた術ということでしょう。
わたしは全ての線を消すため、線を踏み荒らしていきます。
一箇所消すごとにほんの少しだけ体が軽くなり、移動できる速度が上がっていきました。
結果的に、ドニー様が宣言された通り二日目の夜が明ける頃に全ての線を消し終わったのです。
次は、レタリア様を助けに行きましょう。
お待たせしました?
六月中にエピソードの書き溜め成功です。
明日からとりあえずネトコン13の募集期間が終わるまで、一日に二回更新します!
朝7時と、文字数によって昼の12時か夕方の18時かのどちらかに更新します。
毎日暑いので、ブックマーク登録をして涼しい場所で読んでいただくのはどうでしょうか?
目に見える数値が増えると、作者が歓喜します!




