066 仕掛けの内訳。
藍色の部屋に入るなり、ドニー様は仕掛けた悪戯が成功して喜ぶ子供のようなお顔をされました。
「エミリアはぼくの思い通りに動いてくれるね」
「どういうことでしょうか」
「いかにして仕事をしないかに情熱をかけていた女がさ、軽ーく死んじゃったでしょ? 結果的にはあの女でもギレルモでもどっちでも良かったんだけど、埋めてくれたじゃん? それで、術を発動できたんだ」
「……やはり。埋めたことがきっかけだったのですね。あれは、何の儀式なのでしょうか。故人を弔うために掘り起こすことはできませんが、死して尚何かに使われてしまっているのであれば救わないといけません」
わたしが確固たる意思を伝えると、ドニー様はそれを面白がるように口笛を吹きます。
「エミリアってば、善人! いや、偽善者かな?」
「確かにわたしは、ある面から見たら偽善者かもしれません。ですがそれは、少し違います。わたしは本心から、誰かを助けたいと思うのです。助けられたかもしれないのに、と後悔することがイヤなので」
「ふーん。まあ、そんなことはどうでも良いや。頭の回転が速いエミリアなら、あの仕掛けの意味がわかるんじゃない?」
「仕掛けの、意味……」
先程ドニー様は、あの場に埋められるのがギレルモ様でも侍女でもどちらでも良いとおっしゃっていました。
それはつまり、あの場に埋められるのがレタリア様ではいけないということです。
レタリア様や侍女への様子から、恐らくドニー様は前々から仕掛けをしていたのでしょう。
事前に準備をする、意味とは。
「……レタリア様の、お力ですね」
「ご明察! レタはね、ぼくの言うことを何でも聞くから良いんだけどさ。忠犬のギレルモが、ちょっと邪魔でね。ぼくが来るとずっと監視してさ、なかなかレタと二人きりにさせてくれないんだ」
「それで、あの侍女ですか。しかし、命を奪わなくても」
「あの女はさ、いつでも職務放棄をするために努力してた。ここは本宅から離れているから、監視の目は届かない。だからレタのドレスを自分が懇意にしている店に頼んで、差額を懐に入れてる。それでも飽き足らず、ぼくにすり寄ってきた。だから、囁いてあげたんだ。ギレルモをレタから離してくれたら、願い事を一つ叶えてあげるって」
にんまりと、悪魔のような微笑みを浮かべるドニー様。
この方はきっと、全ての事象を自分の思い通りにしたい方なのでしょう。
ドニー様は、勇者様一行の魔術師。確かイザヤ様よりも四つは上のはずです。となれば、最低でも二十歳以上。それなのに、まるで子供のような方です。
純粋に、自分の欲のためだけに情熱を注いでいます。
「……レタリア様と二人きりになるのは、白い魔獣のことがあるからですね」
「そう。あ、ちなみに白い魔獣じゃなくて、神獣って分類だよ。神様の愛玩動物」
「神獣様を、なぜレタリアさまが生み出せるのでしょうか」
「エミリアも見たでしょ? この部屋でレタが魔獣を生成したのを」
「確認しています。レタリアさまから、お力のことも伺いました」
ドニー様は、にっこりと微笑みます。それはまるで極上の玩具を手に入れた子供のように、無邪気に。
「レタはね、貴重な先祖返りなんだ」
「先祖返り?」
「そう。あとたぶん、エミリアもね」
「わたしも?」
「レタは魔獣や神獣を生成するけど、エミリアは魔獣と仲良しでしょ?」
ドニー様の言葉を聞き、ようやくわたしは現在地がどこなのか思いいたりました。
窓から見えた景色は、少し遠くに海と、要塞のような堅牢な造りの建物。
そしてレタリア様のお力。感情に左右されますが、レタリア様は魔獣を生成されます。そして生み出された魔獣は、青黒い色のままなのにレタリア様の指示に従っているように見えました。
魔獣や神獣を生み出すお力は藍色の瞳。そして恐らく、魔獣に意思を伝えられるのが、紫の瞳なのでしょう。
魔獣と意思疎通ができる。それは、すなわち。
「……ここは、リンウッド辺境伯領ですね」
「エミリア、今わかったの? リンウッド家が魔獣を使役できる話なんて、有名でしょ?」
「わたしは最近、知りました」
「えっ、すごいねエミリア。リンウッド家の情報は厳重な管理下にあるのに。どうして知ってるの?」
「調べた方がいるので、その方、から……」
話している最中、ドニー様は何回か指を鳴らしていました。そのことに注目すべきだったのに、わたしは疑うことなく話しています。
「……これも、儀式のせいですね?」
「んー、やっぱりエミリアは扱いづらいなあ。そのまま誰から教えてもらったか聞けたら、次の段階に行けたのに」
「次の段階、とは」
「教えないよー。教えたらつまらないでしょ?」
にっこりと微笑むドニー様。その微笑みはもはや、何か悪いことを考えているようにしか思えません。
いえ、子供が玩具に目を輝かせるように、純粋な好奇心とも言えるでしょう。
まるでわたしが答えを導けるかを心待ちにしているかのように、期待する目をされています。
そこで、考えます。
ドニー様は、わたしから何を聞きたいのかを。
わたしがドニー様を疑うことなく話していたら、恐らく登場した相手に何かするのでしょう。
では、その「何か」とは何か。
ドニー様の計画。それがわかれば、ドニー様が何をしたいのかがわかります。
ドニー様は、レタリア様のお力を求めていましたね。そのお力は、魔獣生成というよりかは神獣生成の方に注目している気がします。
神獣は、白。白といえば。
頭に浮かんでしまった可能性。それは、白い首輪によって行う、何か。
ルコの街へ行く直前、崖から登ってきたサグラン。あのとき既に、瀕死だったと思います。そして引き起こされた、次元の裂け目による騒動。
「……ドニー様は、魔術師ですよね? 何を、求めているのでしょうか」
「あ。その目は、何かわかったみたいだね。それならさ、エミリア。ぼくの計画に協力してくれないかな」
「いたしません」
「良いの? そんなに即決しちゃって」
「良いも何も、悪巧みには加担しません」
「ふうーん?」
ドニー様が、何か企むようなお顔になりました。
レタリア様が寝ていると思われる方角に目線を向け、左腕で右肘を支えます。右手は、いつでも指を弾けるようになっているように見えました。
「何をする気でしょうか!?」
「別にー?」
ドニー様の様子は、余裕があるように見えました。それはまるで、離れていてもドニー様が仕掛けた術が発動すると示しているかのようです。
そしてその術は、レタリア様に危害を与えるものでしょう。
そこまで考え、恐ろしいことに気がつきました。
イザヤ様とドニー様は、勇者様一行。もしドニー様がイザヤ様に何か仕掛けていれば、イザヤ様のお命も危険ということになります。
イザヤ様の命を狙う不届き者。
そう思った瞬間、わたしは血が沸騰するような感覚になりました。
しかし、ドニー様は何も変化がありません。
「あ、もしかして何かした? だとしたらごめんね? ぼくってば優秀だからさ、ぼくに向けられた害意は全部弾いちゃうんだよね」
わたしは<攻撃力、200万>であることを、どこかで驕っていたのかもしれません。血の温度を戻せば、全てを御せると思っていました。
今のわたしでは、ドニー様に逆らえません。
「……わたしは、何をすれば良いのでしょうか」
「あ、協力してくれる? それならまずは動けるようになってよ」
「何、をっ!?」
ドニー様が指を弾いた瞬間、またズンッと重たい何かを背負わされました。そして今度はその重みに耐えられず、地面に伏してしまいます。
「たぶんエミリアならね、二日ぐらいで動けるようになると思うんだ」
わくわくとした、まるで玩具で何かを作る子供のような目をされています。ドニー様は、本当に二十歳を超えているのでしょうか。
「あ、そうだ。ちなみにだけど、エミリアの防御力は高い?」
「3200万、ありますが……」
「あっは。レタと違って動けるみたいだから相当高いと思ってたけど、化け物級だね! うん、うん。それなら二日ぐらいは食べなくても平気だよね」
二日後に様子を見に来るねと笑顔で言い残したドニー様は、藍色の部屋を出て行かれました。




