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006 地獄からの癒やし

 少し長めの文量です。


 イザヤ様のおかげでヨークボ様の襲来をやり過ごしたわたしは、一晩ぐっすりと睡眠を取れました。


「畑の手入れを……って、そうでした。まだウォルフォード領に帰っている途中でしたね」


 寝起きの一言目がぼけたような感じでしたが、自分のその発言で畑のことを案じます。

 ヨークボ様との婚約は、きっと解消されないと思います。十年も婚約者を捜して、ようやく現れた相手なので。

 ですがそうすると、この十年で育てた畑を手放さなくてはいけないかもしれません。


 一度だけの食事では足りなかったため、小屋の裏手にある林から長い木の棒を使って耕した、わたし特製の畑。

 畑を転がり回るキャベツにも、地中を動き回るジャガイモにも、飛びかかってきて自爆するようなトマトにも、催涙液を噴射してくるタマネギにも、ようやく対応できるようになったというのに。一緒に戦ってくれた戦友も、いるというのに。

 婚約だけでその全てを失ってしまうのは、かなりの痛手です。


 いえ、ですが、婚約ということであれば、わたしは小屋で過ごさないのでしょうか。

 今日からまた、ヨークボ様も一緒に馬車に乗るのでしょう。次の街はウォルフォード領の手前、ラゴサです。

 馬車で隣になるだけでも脅威なのに、また一泊しなければいけない。恐ろしいです。


 あぁ、でも。昨日のヨークボ様は声を荒げておりました。お父様やお母様も聞いていたはず。

 であるならば、きっと娘を守るために何かしてくださるでしょう。

 そんな風に思っていたのは、一時間ほど前のわたしです。





「ヨークボ殿は、まだいらっしゃらないのか」


 お父様は、昨夜伝えたとおり、朝になってからヨークボ様のお部屋まで迎えに行かせたそうです。

 ですが、ヨークボ様は部屋にはおりませんでした。どこかへ外出するという言伝も預かっていないため、こうして宿の中にある待合室にてヨークボ様をお待ちしています。

 この部屋は外に面した場所に窓があるため、ヨークボ様が戻ってきたらすぐにわかるはずです。


 いらっしゃらないのなら、畑の手入れをしたい。


 わたしは両親にはばれないよう、密かに息をこぼします。


 昨夜のことは両親のどちらも言及しませんし、こうしてどこに行ったのかわからないヨークボ様を待っています。

 わたしは確かに、ウォルフォード家の娘です。出生届もきちんと出されており、無戸籍ではありません。

 ですが、それだけなのだなと思ってしまいます。実の娘のことよりも、十年目にしてようやく手中に収めた婚約者を逃すまいとしているのでしょう。


 誰かを待つだけの時間は、本当に無駄だと思ってしまいます。

 いえ、もしこれが恋人との逢瀬であれば、もっと心が躍りワクワクとした気持ちで待てるのでしょう。好きな人などいたことはありませんが。

 ヨークボ様を待つだけの時間。これを畑の手入れだったり、知識をつけたり、体力をつけるための運動ができたりすれば、わたしが一人で生きるための糧となるのに。


 いけませんね。余りにも暇で、つい愚痴っぽくなってしまいました。

 意識を切り替えるために、かるく両頬を叩きます。


 顔を上げたわたしの目に映ったのは、待合室の前を通るヨークボ様のお姿。その腕には、胸元を主張する服を着た女性がしなだれかかっていました。


 ……わたしの、見間違いでしょうか。


 仮にも婚約者の両親がいるのに、女性を伴って戻ってくる? そんなことが、ありえるのでしょうか。


 結論を言えば、ありえてしまいました。

 悪びれた様子もなく、ヨークボ様は両親に女性のことを紹介しています。お母様は微笑みの裏に怒りを隠しているようなお顔をされていますが、お父様は特に気にしていないように歓待します。


 いえ、おかしいと思うのです。

 なぜ、婚約者の女性問題を悪としないのでしょうか。仲睦まじい様子のヨークボ様と女性を見ていると、婚外子が産まれてしまいますが。


 考え、合点がいきます。

 恐らく、わたしにはそういう夫婦らしさを求めていないのでしょう。両親も、ヨークボ様も。

 だから愛人……と称していいのかどうかわかりませんが、女性を伴うことを許せということでしょう。

 結婚したという結果だけを残せば、あとは関係ない。そう、思っているのかもしれません。


 貴族の娘として産まれている以上、恋愛をしてから結婚して、などと夢を見ているわけではありません。

 ですがなぜ、最初から幸せになれないとわかっていて結婚をしなければいけないのでしょうか。


 わたしの嘆きは誰にも気づかれず、お父様に呼ばれて外へ出ます。

 そして馬車に乗るのですが……やはり、おかしいです。


 四人であればゆったりとした空間の、ウォルフォード家の剣と盾の紋章が入った馬車。

 その馬車に五人の人間がいます。お父様とお母様、わたし、ヨークボ様。そしてヨークボ様が連れてきた女性。

 まだわたしがヨークボ様と結婚していないために、ウォルフォード領のことを話さず窓から景色を眺めているお父様とお母様。

 そして、婚約者の両親の前なのに憚らず睦み合っているヨークボ様と女性。


 まるで、わたしが邪魔物です。

 時折、真ん中に座っている女性からのヒップアタックを受けます。それを避けるために移動したら、いつの間にか馬車の端へ寄ってしまいました。

 いえ、本当に。なぜわたしの横には、窓がないのでしょうか。窓さえあれば、お二方の睦み合いを見ず、両親の様子を観察しなくても良くなるのに。


 地獄のような時間は、長いものです。

 今晩泊まる宿がある街、ラゴサにやっと到着しました。

 昨日と同じように、まっすぐ宿に向かいます。


「エミリア。ヨークボ殿から聞いたぞ。部屋を抜け出すなんてはしたない。今夜は朝まで部屋にいなさい」


 はぁ……?


 開いた口が塞がらないというのは、こういうときに使うのでしょうか。


 お父様は昨日のヨークボ様の行動を注意するどころか、わたしだけが悪者のようにおっしゃいます。

 わたしと婚約しているのに女性を連れてきたのは、わたしが不甲斐ないからだと?


 お父様が取った部屋は、昨日と同じく三部屋。お父様とお母様が同室、わたしが一人。そして当然のようにヨークボ様と女性が同室のようです。

 ちらりと見えた鍵の番号を確認したら、お父様達はちゃっかり上の階の部屋を取っていました。


 もはや、問題を問題として捉えることを放棄していますね……?


 わたしの怒りなんて知らないように、お父様はお母様と一緒に移動します。

 ヨークボ様と女性は、仲睦まじくその後を追っていきます。

 そしてなぜか、四人の後をわたしが追います。


 解せぬ。


 そんな言葉が出てしまいそうになりました。

 いえ、一応、わたしも貴族の端くれですから、口には出しません。

 ですが、思うだけなら良いと思うのです。誰であっても人の思考まで咎められません。


 四人の後を追い、お父様とお母様が上の階に行ったのを見て、わたしは考え方を改めます。

 昨日のような恐怖を味わうことがない。ただそれだけで、どれだけ幸せなことか。

 そう、思っていたのですが。


「~~~~~っ」


 お母様がいらっしゃるから、宿の選択ミスなんてしないはずです。

 はずですが、隣室からはとってもお盛んな声が聞こえてきます。それも、部屋に着くなりわりとすぐに。

 壁が薄いのでしょうか。それとも、わざと聞かされているのでしょうか。後者だとしたら、女性の品位を疑ってしまいます。

 ヨークボ様達が使う部屋が角部屋でなかったら、反対側の部屋にまでこの声が聞こえてしまうということです。


 わたしはベッドの掛布の下に潜り込み、枕を頭の上に置いてお励みになる声を聞かないように努力します。

 ですが、お部屋の構造のせいなのか、壁越しに聞こえる声は一向に収まりません。心を無にすることも試しましたが、壁が叩かれるような大きな音がするともうダメです。

 いえ、女性の方の声の方ではなくて。


 わたしはそのままベッドでの防衛を放棄し、バルコニーへ逃げました。

 しかし頭の中では、女性の声が何度も再生されます。そのせいで正気でいられなくて、耳を塞いだまましゃがみ込んでしまいました。


「エミリア。どうしたの」


 わたしはついに精神に異常をきたしてしまったのでしょうか。

 わたしがいるバルコニーの隣から――ヨークボ様達がいる部屋ではない方から、イザヤ様のお声がしました。


「エミリア。大丈夫?」


 幻聴ではないようです。また、イザヤ様のお声がしました。

 両耳を塞いでいた手を解除し、右を見上げます。

 すると、なんと言うことでしょう。わたしを心配そうに見ているイザヤ様がいらっしゃいます。

 見知ったお顔を見た瞬間、ほっと一息つけました。





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